旧・JIL国際講演会
ドイツ労働総同盟(DGB)若手指導者との国際交流懇談会
(2000年11月14日)

日時:平成12年11月14日

懇談会内容

司会者: 皆さんこんにちは。時間がまいりましたので、国際交流懇談会を開催させていただきます。日本労働研究機構では、今回ドイツ労働総同盟(DGB)より3名の方を招聘いたしました。このうちDGB教育研究所長でいらっしゃいますディーター・アイヒさんは仕事の都合で本日帰国されました。そこで、本日の懇談会では2名の方にお話をいただきます。

  お二人の方をご紹介いたします。まずDGB基本政策担当局長のマリー・ソフィー・サイボスさんです。サイボスさんからはドイツの労働組合の合併の問題を中心に最近の動きについてお話いただくことになっております。次にDGB賃金政策局長のラインハルト・ドンブレさんです。ドンブレさんからは最近のドイツの労働事情についてお話をいただくこととしております。本日はまずお二人に1時間程度お話いただきまして、その後質疑応答ということにさせていただきます。事前にいただいておりますご質問につきましては、講演の中にその内容を含めてお話していただくようにお願いしてございますが、そのほかにもご質問がございましたら、講演後の質疑応答でお願いいたします。

 では、ドンブレさんから、よろしくお願いいたします。


ドンブレ: ご来場の皆さまこんにちは。本日は、ドイツにおける私たち労働組合の労働協政策や賃金政策について、その現状や展望についてお話しする機会をいただきましたことを大変光栄に思います。

  世界規模で経済情勢が変化している中、ドイツにおきましても同様に変遷の中にあり、ここ数年来大変難しい状況にあります。これを背景として労働組合がどのような活動を行ってきたか、また賃金政策をどのように行っていくのか、これは確かに難しいものがあります。と申しますのもその背景には360万人という失業者を抱えており、これは失業率10%に相当します。この失業率のうちでも、特に旧東ドイツ地域の失業率は旧西ドイツ地域に比べて2倍も高いという状況を抱えておりまして、これはドイツが統一された後遺症の1つでもあり、すでに日本でもお聞き及びのことと思います。

  このように経済全体が変化している中で、特に旧東ドイツ地域においてインフラを構築するため大変なコストがかかっております。そちらの地域で適切に雇用を創出し、新しい社会的インフラ、これは年金や健康保険を含むわけでありますが、これらを含めて、ソーシャルインフラストラクチャーをつくるということがどれほど大きなお金がかかるか、国民経済にとってどれほど大きな負担となっているかということが、例えば次のような数字によく現れていると思います。西から東への移転された金額でありますが、統一以降の10年間で移転された金額は、ネットで1兆2,000億マルクにのぼります。

  このように莫大な資金が、労働者や企業や納税者一般にとって負担となってかかってきたわけでありまして、しかもこのプロセスはまだ終わったわけではありません。全経済的な発展の中において、これから年金制度あるいは健康保険制度というものを立ち上げていかなくてはならないわけでありますが、ドイツ統一によって生じましたこうした問題を解決していくことに、私どもは政治的及び社会的課題として取り組んでいるわけであります。

 1998年の選挙によって誕生したシュレーダー政権が、改選後これまでにどのような仕事をしてきたかについて、労働組合・経営者団体・政府という三者構成による「雇用のための同盟」というサークルの中でどのような合意に達してきたかをお話しながら申し上げたいと思います。「雇用のための同盟」における会談の中で、政労使三者は一丸となって今抱えております一番大きな問題、―失業問題―をどう解決していくかについて検討し、共同の目標を決定するという作業に取り組んでまいりました。

 まず2000年の賃金交渉がどのように始まったかについて、そのときの前提条件となっていた数字を申し上げますと、経済成長は2.7%、生産性の伸びは2.6%と仮定しておりました。また物価上昇率については、年度初めの時点では1.2%から1.5%と踏んでおりました。しかしこれは現時点ではもはや合わないという結果が出ております。というのも、その間に石油価格が高騰し、これが物価を1ポイント押し上げております。そして労働組合からの要求といたしましては、5%から5.5%の賃金上昇率ということで始まりましたけれども、落ち着いたところは大体2.3%というところになっております。ただ、今年の賃金交渉の特徴といたしまして、金属・化学・公務の3労組では2年間有効な労働協約が結ばれております。ということで、来年はそれまでと同じような激しい春闘を行う必要がなく、別のテーマ、賃金以外のテーマに集中できる状況です。

  この10年間の東部ドイツ諸州における賃金政策、労働協約政策について申し上げますと、90年は統一の年でありましたので、91年からこれまでを見てみます。91年の東側地域と西側地域の賃金水準を比べますと、60%という数字になっています。この差が99年には91.5%まで縮まっております。現在も若干東部地域の収入のほうが低いわけでありますが、これは生産性が劣るなどといったところに理由を見出すことができます。

 「雇用のための同盟」は今夏の結論の中で、ドイツの持つ経済的競争力を高めるための1つの前提条件として、クオリフィケーション・アクションというものを決定いたしました。その内容ですが、労使双方が一致協力して、一定の労働者グループにターゲットを当て、特定のあるいは様々な特殊な技能を向上させていこうという活動です。例えばそれは外国語かもしれませんし、ある種の技能かもしれません。たとえばコンピュータに習熟するといった形で労働者の技能を向上するというようなアクションです。

  これはドイツにおける労働市場政策の中で足りない部分として、この夏にあがってきたテーマであります。つまり企業も政府も認めるところですが、専門分野の労働力、特にコンピュータエンジニアリングの面で専門家が足りない、また情報技術分野全体にわたってそうした人材が足りないということから、そのような技術者を世界市場全体から迎えてくる。特にインドなどがターゲットに挙がっているわけですけれども、そうした専門家を何人か招いてはどうかという論議になりました。そうすることによってドイツがこれまで行ってきた人材育成の面での穴埋めをしようということでありますが、これについては非常に大きな論議が巻き起こりました。そして今、自国内でそうした人材を確保していこう、育てていこうというためのアクションとしてクオリフィケーション・アクションというものがスタートし、2001年から実施されることになっております。

  また、ドイツにおける高い失業率の背景には時間外労働の問題があります。労働者1人当たりの年平均時間外労働時間は70時間となっています。これをドイツ経済全体でみますと、19億時間という量になり、全体の労働量の4%にあたります。しかし日本の時間外労働の同じ数字をみますと、全体の労働量の10%となっています。今回の招聘で労働関係団体を訪問した際、日本の時間外労働について議論を行ない、ここに失業率緩和のための1つの可能性が秘められていることを話しました。またサービス残業の問題についてお伺いし、サービス残業というのは今後少なくとも減っていくだろうとのお話がありました。といいますのも、若い世代ではサービス残業に対する意識が変化してきており、今後はなかなか受け入れられていかない傾向にあるとのことでした。

 労働時間の問題について、まず、時間外労働については、増加していくことを防がなくてはいけないというのが、私どもの考えであり、また全般的に時短というものを追求してまいりました。これは労働組合が数年前から懸命な努力を払って実現してきた課題でもあります。当時、この時短ということに託されていたのは、労働の再分配ということが時短の中で可能ではないかと見られたわけであります。これが第1点です。

  第2点としましては、労働時間を減らすことによって、それぞれの労働者の抱えるストレスと言いますか、負担を減らすということがありました。

  第3点としまして、これは男女間の家庭内での仕事の分担も含めて、このような労働時間短縮によって、男女共に家庭生活と職業生活が両立するようにという取り組みがあったわけであります。こうしたことから始まった時短であり、そしてここまで成功してまいりました。これを再度長くするような方向には、我々は決してしたくないと考えております。

  この結果、現在の週当り労働時間は、協約によって定められております労働時間ですが、西側の平均が37.4時間、東側の平均が39.2時間となっております。そして年当りの労働時間に直しますと、1,600時間になっております。これは時間外労働を含んだものです。これに対して日本の労働者の年当り労働時間、実働時間は1,900時間という数字をいただきました。この中にも時間外労働が入っております。

  またドイツにおきましては休暇というのが非常に重要なポイントであり、長い伝統があります。労働組合も有給休暇の日数を増やす闘いに力を尽くしてまいりました。現在の数字は、これはすべての労働者ではありませんが、ほとんどの労働者が得ている有給休暇日数は6週間となっております。この6週間という日数を家族のために、そしてまた日ごろの仕事から解放された日々としてリラックスのために使っております。

  労働組合としては、様々な要求を貫徹するための条件というものを整備してきたわけでありますが、それを取り巻く条件が様々に変わることによって難しくなってきてはおります。それは、労働協約というシステムを使って労働組合の要求を貫徹していくというシステムに対する経営者側からの批判という形でも出てきております。1つの産業分野に対して全面的に適用されることになっている、あるいは1つの地域に対して全面的に適用されることになっている広域的労働協約というものに対する大きな批判が出ております。そこで、日本で行っているような企業ごとの交渉にしてはどうかという論議も出ているわけでありますが、これには労働組合にとって大きなリスクが隠れていると私は申し上げたいと思います。

  例えば電機産業のある1社が、その会社だけの労働協約を結ぶとしますと、そこには今の経済状態が悪いからということで経営側からの説得に応じて、労使間で低い賃金上昇水準で妥結をするというリスクがいつもあるわけであります。そうしますと社会全体として、労働者全体の連帯として悪い影響をもたらすことになります。ドイツの労働組合はその路線はとりません。むしろ日本の労働組合運動も今後1社だけの妥結ではなくて広域的な妥結の方向に行かれることを勧めたい。そのような路線にこそ未来があると申し上げたいと思います。

  次に賃金政策ですけれども、ドイツにおける1つの命題として言えることは、もし賃金がそれほど上がらないということであれば、企業側に残る利益というのは大変大きくなる。我々は、その大きくなった利益を、新しい雇用を生み出すための投資として使うべきであるというスタンスに立っています。こうしたスタンスからリベラル及び保守両方共に、そのような雇用創出策を言ってきております。労働組合の見解としては、賃金を上げることにより一般購買力を上げるということが大事であると。それにより内需が刺激される。内需を拡大することのほうが大事であるという見解にたって行動しております。このようなことで1人1人が多くの製品を買うことができる、また家を買い換えるかもしれない、そうしたことの方を重視しています。

  また私ども労働組合が政府と非常に激しい議論を繰り広げているもう1つの問題として年金があります。ドイツの人口構成の推移は日本と同じです。人々の平均寿命が長くなりましたので、それによって年金受給期間も大変長くなっております。もちろんそれは年金基金にとってはより大きな支出を意味するわけで、若い人が負担する年金保険料というのが大変高くなっています。これを修正せずにそのままでいけばさらに高い額になるわけで、若い世代の間では、今これだけの保険料を払っても自分たちが年金を受け取る段になると同じ水準は維持できないはずだという懸念から、大変大きな批判があがっており、いわゆるジェネレーション・コンフリクトを引き起こしています。

  政府は新年金法を計画しており、それによりますと、現在は年金受給額というのは、最後に受け取った給与のネット(手取額)の70%となっておりますが、これを64%に引き下げるという内容になっています。この開始が2010年からで、2010年には現在の70%から64%に引き下げるという計画です。64%に下がったけれども、その下がった分を穴埋めするため、現状の年金レベルを保つために政府の計画としては民間年金保険を取り上げるというプランを推奨しております。この計画によりますと、補助的な民間年金保険のために、労働者は税込みの収入の4%を支払うことになります。しかしこの4%というのは普通の年金保険料と違って、労働者のみの負担となります。これまでの社会保険の枠内であれば、労働者と経営者で折半して同額ずつ支払うことになるわけですが、この場合には折半ではありません。そこで政府としては、このために支払われた保険料の支出をそれぞれの状況、家族の状況、何人の子供がいるかといった状況を加味して、課税対象から控除していくという形で推奨しようとしております。

  この辺りで私の持ち時間が切れてしまいましたので、皆様のご清聴に感謝をいたしまして、ひとまずこれでマイクを譲りたいと思います。


司会者: ありがとうございました。続きましてサイボスさんお願いいたします。


サイボス: 皆様こんにちは。本日は皆様の前で、現在のドイツの労働組合が進めようとしております大きな合併の試みについてのお話をする機会を得られましたことを大変喜んでおります。またこの労働組合の合従について日本の皆様が大きな関心をお持ちであることを知りまして、嬉しく思います。

  労働組合の現状の構造といいますのは40年来非常に安定した形で推移してまいりました。この理由の1つとしてドイツの労働組合がイデオロギー組合ではなかったこと、企業での現場を多く取り上げた、産業別労働組合であるということがあります。90年代の中頃になりますと、様々な合従、併合が起こりました。ここでご説明いたしますと、まず96年に建設・農業・環境労組ができ上がりました。これは、それまでは建設土石労組と農業労組が別々にあったものが合併した結果です。また97、98年の2回にわたって合従、併合が行われた結果、鉱山・化学・エネルギー労組(IGBCE)というものが生まれました。これは、もとは鉱山労組、化学労組、エネルギー労組が1つになったものです。金属産業労組(IGMetall)についても1つの合併がありました。IGMetallという名前はそのままでありますが、本来これは金属産業だけだったところへ繊維労組、木材・プラスティック労組が吸収されました。その結果として、DGBの傘下の16産業別労働組合は、いま11に減っております。これまでのこうした合併というのは比較的問題なしに進んできました。その理由は、概ねこれがテイクオーバー、つまり大きな労組が小さな労組を吸収するという形で進んできたからです。

  それと全く事情が異なるのが、新しい合併の計画、"VER.DI"であります。このVER.DI、VERというのは統合、DIというのはサービス、つまりサービス部門の労働組合が合併しようとしているものです。これに参加予定の労組は、商業・銀行・保険労組(hbv)、メディア労組(IGMedien)、公務・運輸・交通労組(otv)、そしてドイツ郵便労組です。この4つは元々DGB傘下の労組ですが、これにドイツ職員労組(DAG)というDGB以外の労組が加わって合併が行われます。

  規模の話をいたしますと、otvが群を抜いて大きく180万人です。hbvとドイツ郵便労組とDAGの3つは同じぐらいで50万人規模の組合員数です。IGMedienはそれより少し小さくなりまして22万人程度です。これらの統合が現在着々と進んでいるわけですが、このような大きな労働組合が一度に合併しようとするのになぜ着々と進み得るかという理由を申し上げますと、1つにはこれが対等合併という形をとるということがあります。90年代の末に盛んに行われました、先ほど申し上げましたような大が小を飲み込むという形ではなくて、5つの労働組合が対等に合併して、新しい労働組合をつくろうという試みであることが新しい点です。

  またここには1つの要素として、DGB傘下の4労働組合が、DGB外にいた組織、DAGと、つまりこれは独立した組織だったわけですが、合併するというポイントがあります。これもプラスの要素となって働いております。このようなわけで労働組合にはいわゆる合併の波があったわけです。その背景の1つには、社会の中で組織の構造変革が行われてきたということがあります。これは労働組合の活動の上でも組織政策の上でも様々な変化となって現れました。またもう一つの理由として、グローバル化の波、あるいはフレキシビリティ、柔軟化の波が世界中を駆け巡っているという状況があります。これによりまして、労働側と資本側の権力バランス、パワーバランスは崩れてきておりますが、それが崩れた先というのは概ね労働側にとって負担となる形で推移しているのです。

  また労働組合員の加入数が減っているという事情もあります。現在新しい分野で雇用が増えつつあるわけですが、典型的な例としてITという分野をとりますと、組合員になろうという数字は、決して多くありません。また労働組合をめぐる構造というものがいまや古くなっているという問題があります。というわけで、労働組合の組合員数が減るということは当然の帰結として組合費が減るということになり、労働組合にとっての収入が下がることとなります。

  それでは合併によってどのような展望が開けるでしょうか。1つにはこれによってリソースの一本化ということがあります。つまりサービス部門だけをとりましても、hbvというのは、商業・銀行・保険部門なわけですが、これまでDAGと往々にして組合員の取り合いをするという競争関係がありました。そのような競争関係は不毛な結果を呼ぶことになるわけですが、1つにまとまることにより、hbvとDAGが協力し合う関係になりますから、政治的な影響力を強めることができます。またIT部門を開拓していくことができます。1つの部門にあるいは1つの企業内に2つの組合があり、お互いに組合員確保のために競争しているという状態になりますと、経営者側としては2つの組合を競わせることで、いわゆる協約ダンピングを行わせることができる。このような状態を回避したいというのも1つにあります。

  そこでVER.DIという構想になったわけでありますが、これをめぐる最新の状況を申し上げますと、2年前からこのVER.DIについては討議が交わされてまいりました。そして2001年3月に開会総会を開くということを1つの期限として作業が進められてきたわけです。VER.DI成立の暁には310万人の組合員を抱える世界最大の労組となるはずであります。このVER.DI自体は13の分野をこの中に含むことになります。そしてVER.DIとして、自立的な労働協約交渉にあたる存在となりDGBの傘下に入ります。  こうした統合には、確かに大きな困難を伴います。労働組合は各々異なるメンタリティを持っておりますから、これを調整する必要があり、その過程では権力闘争に似た争いも起こります。このようなプロセスの中で最も難しい状態となっているのがotvです。皆さんもうお聞き及びかと思いますが、先週末にライプツィヒでotvの代議員総会がありました。この時の大きなテーマは合併問題です。この総会で合併に向けて出席代議員の60%の賛成をとらなくてはなりませんが、2001年の3月にVER.DIとして設立総会を開けるようになるには全otv組合員の80%の賛成を必要とします。

 先週の総会の結果ですけれども、65%が賛成という数字になりました。ということは確かに60%はクリアしているにしても、80%から見ると、15%少なかったわけです。このように60%を上回るポイントが少ない、ぎりぎりの可決であるということから、その結果として委員長のヘルベルト・マイがこの後の委員長選挙に立候補しないという辞任の意向を明らかにしました。ということで委員長交代があったわけですが、このように事態は錯綜しておりますので、まだ完全に確かなことは言えません。来年3月の時点で、今あがっております5つの労働組合すべてが、全組合員の80%という賛成票をクリアできるかどうかは、その時になってみないとわからないといったところです。

  しかし来年の3月という時点で、この合併問題が失敗に終わるとしましたら、その結果というのは労働組合にとって致命的と言っていいような大きな影響があると思います。これまで2年間にわたってこうした努力が続けられてきたわけです。合併しようと言い出したのは、それなりに妥当な理由があってのことだったわけです。これがうまくいかないということになりますと、労働組合運動全体にとって、非常に大きなネガティブな影響があるものと思わなくてはならない。これは私の意見です。

 皆さまご清聴ありがとうございました。残りの時間は皆さまのご質問にお答えしていきたいと思います。

司会者: 現在進行しつつあるドイツの労働事情を大変興味深く聞かせていただきましてありがとうございました。それではここから質疑応答とさせていただきます。

 

質問1: 組合の合併のことについて今伺ったのですが、いわゆるベルリンの壁の崩壊から東西ドイツの統一というのが、組合の合併に何か影響というか、契機になったとは考えられるのでしょうか。

サイボス: 壁の崩壊、そしてドイツが統一したこと自体は、決して合併の直接的原因ではなかったと思います。壁が崩壊しなくてもこのような合併というのは起こってきたと思います。ドイツの労働組合はこうした合併の後に東部地域について労働組合の組織強化を図ってきました。組合員の獲得に対して非常に大きな努力をスタートさせたわけでありますが、東部地域ではあまり多くの人を獲得することはできませんでした。労働組合に対する体制というのはそれほどできておりませんで、東部地域においては労働組合支部のどこを取りましても大変大きな財政問題を抱えるにいたっております。

  合併問題を引き起こした直接の理由というのは経済構造の変化、そして一般的な組織構造の変化というものがほとんどです。それが内部的な対応だけでは追いつかないということで、抜本的な組織政策の変化というものが求められて、このような合併の波が起こっているわけです。


質問2: 欧州でも進んでいるのではないかと思うのですが、柔軟な就業形態、即ち在宅ワークやジョブシェアリングなど、そのような働き方の普及の具合はどのようなものか。また従来の働き方と比べて、賃金はどのような形になっているのか教えてください。


ドンブレ: 就業形態のフレキシブル化という問題ですが、フレキシブル化自体が始まったのは83、84年といった頃からです。84年に労働時間が週あたりで40時間を初めて切りました。これに呼応するような形で労働時間のフレキシブル化が求められていったわけであります。その後労働時間は35時間に向かって短くなっていったわけですけれども、経営者側からみますと機械の稼働時間というものはなるべく効率よく、今までどおり長い稼働時間で動かしたいと。ここで35時間から40時間の間でフレキシブルに労働時間を形成してもらいたいという要望が出てきたわけです。つまりピーク時の生産には少し余計に働く、40時間を上限として働いてもいいというような形でのフレキシビリティが望まれたわけです。これを解決する形として、労働時間積み立て口座制度というものが生まれました。これは銀行口座のような形で時間外に余計に働いた時間は残高として積み立てられる方法ですが、これを消化するにあたっては自由な時間、つまり休暇という形で消化することが求められました。ということで、フレキシビリティというのは進んでいるわけですが、在宅ワークという形とは必ずしも結びついておりません。このときのフレキシビリティというのは在宅を含めた就業形態の柔軟化ということではありませんでした。また賃金水準についてですが、在宅ワークはテレワークという名前で呼んでおりますが、これは労働協約の中に一括して含まれておりますので、労働条件はテレワークでない人たちと同じになります。つまりこれは特別な働き方ではありますが、これだけを対象とした労働協約交渉というのは行われておりません。それがドイツの状況であります。

  今回日本で多くの方々とお話をいたしましたが、それぞれお話下さった方々から伺ったところでは、日本ではパート労働が非常に多い。全労働者の4分の1は有期雇用契約による労働であるということが言われました。日本の場合には正社員と同じ仕事をしていても、賃金の水準、つまり基本賃金が全く違うという状況を聞かされてまいりました。同じ仕事をしていながら安い賃金で済むということになりますと、経営者にとってコストメリットがあるわけですから、ドイツでこのようなことがあれば、正社員にとっては無関心ではいられない問題としてとらえられると思います。


質問3: 公的年金を補完するものとして、ドイツにはさまざまなタイプの企業年金といいますか、職域年金があると思いますが、職域年金に対するDGBの考え方というのを教えていただけたらと思います。


ドンブレ: ドイツの年金制度は3つの段階から成り立っております。まず第1段階として申し上げるのは、働く人すべてが入る。これはワーカーであるかホワイトカラーであるかを問わずみんなが入る年金です。この公的年金というのは収入の19.3%の保険料を労使折半で負担します。1つのモデルとして、45年間保険料を払い続けて退職した場合には、最後の給与の70%が年金額として受け取れるようになっています。ただしこの45年間払い続けるというモデルがこれまでどおりにはいかなくなってきたというのが実状です。と申しますのも、昔に比べて教育年限が長くなっている。これは職業教育ないしは大学教育に行く人が増えているために、職業に参入する年が遅くなっていることが1つ。またキャリアの積み方が変わってきたということがあります。つまり、女性の参入が著しいわけですが、女性は育児なりその他の事情なりで、一時的に退職するなど45年丸々はとても勤め続けられないという事情が男性よりも多く起こります。その場合には45年以下だった短さに応じて、70%はもらえない。70%は理論的最高額ですから、それを切った額になる。ですから何もなくても、これからの状況は今よりも手取額は低くなるだろうという事情があります。


  そしてもう一つの年金の柱として企業年金があります。これは公的年金の上乗せとして、つまりそれをさらに補完する年金として、ある企業の従業員に与えられた一つの方法なわけですけれども、企業がそのような年金を用意するかどうかというのは従業員側の決定ではなく経営者側の決定になります。それが1つ。それから企業としてはそこで年金制度を用意することによって払わなくてはならない保険料、負担額が少なくありませんから、それを支えきれない、あるいは支える気がない企業というのが増えています。つまり企業年金を用意する企業は減っております。また経済事情を見ましても、労働市場は買い手市場ですから、いい人材を確保するために少しでも企業に魅力を備えて、人材確保に精を出さなくてはならない時代ではないということ。それによって「うちの会社は企業年金がありますよ」という売りを必要としなくなっているという事情があります。

  そこで第3の柱、これが経営者側のより好む年金システムでありますけれども、この追加的な年金を民間の年金保険会社による給付でまかなおうということであります。この場合には、経営者側は全く保険料を払わなくていい、労働者側が1人で保険料を支払うことになるわけですから、経営者にとっては都合がよろしいのですが、その分労働者としては消費に回すお金が減るわけであります。ですから経済全体に及ぼす影響というものを見なくてはならない。しかしそれでも引退後にそこそこの生活レベルを維持するために、労働者としてはこれに頼らざるを得ないという傾向もあります。

  この企業年金の法的側面ですけれども、この条件として今法律が定めているのは、その企業に最低10年は在籍すること。そして退職時の年齢が35歳にはなっているということがあります。しかしこれを法的には緩和の方向へという努力がなされております。少なくとも在籍年限を10年から5年に下げようと。そして退職時年齢も35歳よりももっと下げようという方向で動いています。


質問4: 現在、来年3月のVER.DIの設立がotvの問題などで未確定だということはよくわかりましたが、VER.DI5労組の内部だけでなく、VER.DI が設立した際のIGMetallとの争い、例えばDAGの金属分野の職員を、将来VER.DIが代表するのかIGMetallが代表するか、1事業所、1労組の原則と絡んで非常にIGMetallと争っていると聞いていますが、これは将来どのようになるとお考えでしょうか。


サイボス: おっしゃるとおりで、DAGは特に全産業分野にわたっておりますので、以前からIGMetallやhbvと組合員争奪戦というのがありました。そこで、これについて範囲を設ける形で、それをどうするかという話し合いが行われてきました。これはIGBCEとも行われてきたわけであります。IGMetallの時は特に大きく、これについてはすったもんだがあったわけですが、現状では次のような合意がなされています。つまり現在DAGのメンバーであるものはVER.DIができたときにもIGMetallには移行しない。VER.DIにとどまるという形で、今の組合員の獲得については現状のままという合意がなされております。それが金属関連の企業であってもです。そのかわりその企業における労働協約政策ないしはその企業での賃金政策というものはIGMetallが担当することになります。

  ただしこれは今後の話し合いを必要とします。DGBの組織メンバーにはなるわけですけれども、例えばそこでVER.DIという組織が、IGMetallの活動範囲内で組織を強化しようとする。あるいは組合員の獲得を企図していくということになりますと、これがDGB内競合ということで、最終的には全数としてDGBの人数を減らしてしまうような挫折が生じるかもしれない。ですからルールというものが必要であるというのは皆一致して理解しているところで、これについては今後も話し合っていかなければならない問題です。


質問5: お話の最後に、リースター労働大臣がようやくこぎつけた年金改革法案についてちょっとお触れになりましたが、リースター法案については使用者側と労働者側双方が反対しております。法案では2030年度に公的年金の保険料率を22%まで抑えると言っていますが、これは使用者側から見ると上がってしまうということで、例えばフント使用者連盟会長は反対しております。これに対して個人年金のほうですが、使用者側が負担しないで労働者だけが負担するということに対して、エンゲレン・ケーファーDGB副会長などは反対しております。つまりリースター労相の案というのは労使双方の反対にあっていますが、11月の本格審議が始まって以降どういう方向に行くのか、DGBの立場からでも結構ですのでお見通しをお聞かせ願えればと思います。


ドンブレ: 労働組合からの批判というのは、まず1つはリースター大臣が言っている最終手取額を64%に落とすという点です。64%は落としすぎであるということが第1点です。また2030年をめどに保険料率を22%まで抑えることについてですが、30年というのは長過ぎると思います。30年も経つと経済的な発展がどうなっているのか、今の段階ですべてを見通すことは困難でしょう。30年後に、60歳が何人、65歳が何人、70歳が何人という数字だけならわかりますが、その他の点については30年以降と言うのは、不確定要素が大きいというのが1つあります。それから経営者側からの批判としては、経営者側というのはまず賃金附帯コストをなるべく下げる、最低限にしたいわけですから、そういう点から言いますと、22%というのは高過ぎるということです。

 さらに4%というのが民間による付加的年金のための保険料になるわけですけれども、これは労働者が1人で払わなくてはならない。政府としてはこれに対して、いろいろな税制優遇措置を策定しているわけですが、現在の平均年収はグロスで60,000マルクです。その4%というわけですから、2,400マルクと非常に大きな金額になります。これに対して家族構成ないしは、結婚しているかしていないかといったような事情に応じて優遇措置が変わってくるわけでありますが、これをどのような形で実施するのか。今、ドイツの平均的家族構成は両親プラス1.4人の子どもですからこれをモデルとして交渉しています。しかしこれは家族内の税金をめぐる問題ですから、労働協約の範囲内での交渉事にしていくというのは難しい面もあるわけです。

  明日11月15日の閣議でこれについての何らかの決定が出ます。大蔵省と労働省の各次官の合意を得た上で、このためのワーキンググループをつくっていこうということになっており、補完的年金についての規定をそこで練り上げていくこととなっております。これは対象になる人々が1,000万人、つまり全労働人口の3分の1を網羅しますから、この人たちをどういう形で取り込んでいくことになるのか、これについての決定は大変重要な決定事項になります。明日になればどういった形になるかクリアになるでしょう。



質問6: 先だって、ダイムラーベンツとアメリカのクライスラーとの大合併が行われて、我々は非常に驚いたのですが、この合併に際して労働組合にとって何か問題は起きなかったでしょうか。例えば賃金をどちらのレベルに合わせるか、あるいはフリンジベネフィットをどちらのレベルに合わせるかなど。また、ドイツには監査役制度がありますが、統合に際しての監査役制度の調整問題についても教えていただければと思います。


ドンブレ: 賃金水準についてですが、とりあえずは、合併による賃金水準の変化はドイツもアメリカもございません。といいますのも、生産はこれまでアメリカで行われていたものはアメリカのまま、ドイツのものはドイツのままですから、それぞれの労働協約がありますので、そのまま続いております。ただ実際上今後どうなっていくかということになりますと、従業員代表委員会や労働組合にとって今後問題となってくるというのはご指摘のとおりだと思います。アメリカの方がエンジニアのコストが低いので、開発センターなどのエンジニアを必要とする作業が次第にアメリカの方に移されていくのではないかなど、それによってダイムラークライスラーという1つの企業内で、賃金レベルをめぐる競争ないし戦いはハードになるのではないかということは懸念されております。

サイボス: 監査役の話ですが、確かにドイツのルールでは2,000人以上の従業員を持つ企業は監査役会を設定しなくてはなりません。そこには資本側の代表と共に、同格で従業員側の代表が、大体労組の人が入るわけですが、そこに参加します。この監査役会はドイツに関してはそのまま残ります。監査役会はマネジメントのチェック機能というのが仕事でありますから、合併の決議をする際にもそこで共同決定をしております。

  このような事例として非常に大きなセンセーションを呼んだのがマンネスマンのケースです。マンネスマンがイギリスのボーダフォンに買収された際、大きな議論がありました。結局はマンネスマンの立地自体は海外移転しないでそこに留まるという結論に落ち着いております。しかしこの問題が持ち上がったとき、ドイツの労働組合にとってはドイツ企業が外国企業に買収されるというので大変驚いたのです。そのことから今では買収に関する法律をつくるべきであるという論議がなされております。これまでも買収を規制するようなルールとして倫理規範的なものはありましたが、これは法的強制力をもたない。つまり買収から守るための倫理的な圧力はありますけれども、強制ではないということから、特に大蔵省を中心に立法化について検討されております。これは買収に対して企業を保護するということと、買収に関連したプロセスを透明にすることによって小さな株主も守られるようにしていこうとするものです。


質問7: 先ほど質問に出た監査役会のことですが、ドイツの監査役会は非常に力が強く、チェック機能が働いていると思っているのですが、日本の様々な企業のチェックがドイツの監査役会であれば防げるかどうか、その点についてどうお考えでしょうか。


サイボス: ドイツの監査役というシステムは、監査役会を行わなくてはならないという義務が法的に規定されております。経営状況を監視するというものですが、それにも限度があります。まず構成は先程申し上げたように労使が半々の構成です。ここで決定を下すために十分な情報、経営者側からのレポート及びデータ等を要求することはできますが、残念ながら実際には必ずしもそうはいっておりません。構成は労使双方と申し上げましたが、その労のほうにはほとんどが労働組合の人が入っており、この監査役会というのは労働組合にとっても経営側に対して影響力を与える1つのツールではあるのですが、ただそれに対して監査役会の賛成を必要としないビジネスというのがありまして、その場合には情報をもらえるだけで何も発言できないわけです。そうしたビジネス分野にも影響力を拡大しようというのを労働組合として取り組んでおります。

 ドイツの共同決定という概念はコンセンサスを基盤にしております。監査役会についてもその行動はコンセンサスというのを原則にするわけでして、経営側の決定が正しいかどうかということを従業員の代表を巻き込んだ形で決定していく、コンセンサスをつくり上げていくと。この機能が正しく発揮されれば確かに倒産にいたるような大きな失敗は回避できるはずだと考えております。


質問8: この先10年をめどにして、欧州内ということでの国境を越えた労働組合の統合というのはあり得ますか。


サイボス: それはないでしょう。しかし欧州レベルでは、国境を越えて協議あるいは株式会社内における共同決定やソーシャルダイアログというものが行われてきております。従って、そうしたものから展開していって、直接国境を接する国々との協力ということは近い将来起こりうるのではないかと見ております。オランダやベルギーなどベネルクス三国とドイツの間での国境越しの共闘というものがまずスタートになるでしょう。これ自体非常に大きな一歩になると思います。しかし統合、合併ということにまではいかないと思います。


ドンブレ: これについて私も一言お話します。具体的な例としてオランダのドルンというところですが、禁止合意条項という、2つの国にまたがった企業の場合に、両方の安い方にまとまるような形のダンピングを規制するというルールがあります。多国にわたる企業の場合にはそれぞれの国のインフレ率に応じた労働協約を結ぶということになっております。数カ国にまたがる場合に、社会的条件がより低いほうに流れることを労働組合としては恐れるわけですが、日本で有期、期限つき雇用契約やパートの待遇などについて規制緩和が行われるという方向性が大きく進んでいくのは、私たちにとっては大きな懸念材料なんです。例えば経営者団体は日本にもありますから、フント使用者連名会長が日本を訪問し、日本では規制緩和が大々的に行われて自由化が進んでいる。全労働人口の4分の1がこのような自由な形で企業と雇用契約を結ぶことができるというようなプロパガンダをドイツに持って帰られますと、ドイツの国民経済としての下支えがどんどん侵食されていくという方向を懸念しております。


司会: まだまだご質問があるかと思いますが、予定の時間を過ぎてしまいましたので、この辺で国際交流懇談会を終了させていただきます。本日は長い間どうもありがとうございました。最後に講師のお二人にもう一度大きな拍手をお願いいたします。

本日はどうもありがとうございました。