旧・JIL国際講演会国際シンポジウム
弾力化するEU各国の労働法と労使関係
(1999年6月2日)

日時:1999年6月2日(水)午後3:00~4:30
場所:日本労働研究機構 LINCホール
主催:日本労働研究機構

 

講演内容

講演者 ブルーノ・ヴェネツィアーニ教授/バーリ大学(イタリア)

1)なぜ欧州では労働市場が弾力的なのか。
2)労働市場の弾力化によって影響を受けるのは誰か。そして、それらのグループの利害はお互いに抵触するかしないか。
3)労働市場の弾力化は、どのような種類の弾力化なのか。
4)弾力化のある労働市場に関する問題は誰が管理するべきか。
5)労働市場の弾力化によって法制度や既存の労使関係が変わるか。

 労働法改正の必要が叫ばれている日本にとっても、この5つの問いは興味深いはずである。労働市場の弾力化は雇用契約の確立に影響を与えるとともに、国内の労働市場における人材配置に関する法規制にも影響を与えている。日本の労働市場においても「集団から個人へ」という大きな変化がある。
 欧州に目を転じると、1994年のEU白書は、労働市場の柔軟化に対する北米的なアプローチに対して否定的な立場をとった。保障への規制を単に緩和するだけにとどまり、非熟練労働者の実質賃金を低く押さえたり、福祉政策が保障する法的保護のレベルを低いままにする可能性があるからである。
 労働市場の弾力化に関連する、EUにとっての最優先課題は、被雇用者の労働条件の確立に加えて、雇用創出とそこへの斡旋である。労働時間、雇用関係の個別化、雇用創出などへの調停はEUが介入するべき政策ということになってきているが、EUレベルの協定が結ばれたとしても各加盟国レベルの保障が充分に行えるかどうかとう根本的な問題が解決されなければならない。
 欧州では1980年代にサービス産業をはじめとして、中小零細企業が増加した。これに対応して、労働市場の弾力化が雇用政策の焦点となった。従業員の新規雇用契約の弾力化(外的弾力化)と労働内容に対する待遇の基本的水準を見直すことへの可能性(内的弾力化)の二つがその焦点であり、新しいタイプの雇用モデルには「弾力化」と「規制緩和」の2つが決まり文句となっていた。かつての雇用モデルは、労働者が不特定時間、雇用主のために働くという上下関係であり、その場合の雇用契約は、労働法に従い、場所や仕事内容を変えないという意味での一貫性の法則に基づくものであった。
 しかし、労働市場の変化、企業自体のシステムの変化は、新しいタイプの労使関係や仕事を生むことになり、新しいタイプの労働者の出現による新しい雇用関係が見られるようになった。このため、これまでとは違った法的保護が求められるようになってきた。
 各国政府の重要な仕事は、このような新しいタイプの労働者の雇用関係への定義付けを行い、企業の経済的ニーズと社会正義のバランスをとるのに適当な法的保障を確保することとなっている。新しいタイプの雇用関係は、期間にさだめのある雇用契約、パートタイム労働、アウトソーシングなどによる労働に従事する場所の変化、派遣労働者などさまざまな形が生まれた。
 これまでの欧州における契約期間の停止は、業務の終了、あるいは停止する日を定めることを意味していた。しかし、最近ではその契約そのものを緩やかなものにするという傾向が見られている。かつて禁止されていた期間を区切った雇用契約を認可する指令が発令されることになっている。
 また、パートタイム労働は欧州各国で驚くほどの増加を見せている。これは労働市場が流動的に活用されるようになったことが原因である。期間の定めのない雇用契約を減らすと同時に、たとえ短期間であっても就業率の上昇をもたらすことになったのもそのためである。パートタイム労働に関する論点は、パートタイム労働と認められるには労働時間と差別に対する保護措置の2点である。しかし、組織的にパートタイム労働を正社員の代用とするのは避けるべきである。
 次に、先端技術を利用した業務のアウトソーシング化が進んでいる。しかし、テレワークに対する法的保障は、EU加盟国ごとに大きく異なり、その範囲もさまざまであることがわかっている。欧州議会は、このような新しいタイプの労働者のニーズに応えられるよう、単に既存の保護措置の焼き直しではなく、新しいタイプの仕事に対する新しい規則をつくることが求められる。
 最後に、雇用契約の構成自体の変化、派遣労働についてである。派遣業は、利用者は雇用者(派遣会社)からではなく、臨時労働者から直接サービスを受けるという三角関係になっている。欧州では民間人材派遣業に関する指針として、臨時労働者に対する差別撤廃と組合活動の権利の保障、政府による開業認可を求めている。
 これらの弾力化にともなう動きに関して、どの程度までの保護が必要なのであろうか。集団解雇のような、雇用主の都合によって切り捨てられるという外的弾力化を誰が規制すべきか。解雇された労働者のために政府や組合による介入が行われるべきか。EUにはこのような状況に対する2つのモデルケースが見られる。1つめは労働市場の弾力化、いわゆる規制緩和の道である。このケースでは、労働力の管理に関する社会的責任を雇用者側に負わせることになる。2つめのモデルは立法と団体交渉の2本立てでいく道である。このケースでは雇用者は集団解雇を行う前に組合と協議し、解雇する従業員に再就職先を斡旋することが求められる。

 現在、労働力の弾力化に関しては、立法政策よりも社会現象のほうが先行している状態である。硬直した立法政策では、新しいカテゴリーの労働者の利益に結びつくとは限らない。臨時労働者の待遇に関する法律がほとんどあるいはまったくないという不確実な要素はまだ残っており、いまだに臨時労働者は自営業者と見なされている。この状態では臨時労働者は民間人材派遣会社に従属する立場から脱することはできない。
一方で、時間外労働の分野では当事者団体の自治権が最も発達してきた。
 労働法の専門家の中には、労働市場の弾力化によって労働法と労使関係の間の関係が壊れつつあると指摘する人もいる。その指摘によれば、集団的労働法は手続きに関する規則だけに絞るべきであると提案している。また、労働者が「中核労働者」と「周辺労働者」に二極分化してしまうという不安の声も聞かれる。この中で、若年労働者への保護は今後ますます重視するべきである

●最初に提起した5つの問いに対する答えて、講演を終えようと思う。

1)なぜ欧州では労働市場が弾力的なのか。


 経済の変容、グローバリゼーション、先端技術の出現の結果としての欧州における労働市場の弾力化があろうとも、すべての関係者が目指すべき目標は、経済効率と社会的公正のバランスである。

2)労働市場の弾力化によって影響を受けるのは誰か。そして、それらのグループの利害はお互いに抵触するかしないか。
労働力の弾力化によって雇用者も被用者もどちらも影響を受ける。双方の利害がぶつかりあうのは従来通りであるが、最近は過度の弾力化による社会的リスクを避けるため、労使が歩み寄る傾向があること。

3)労働市場の弾力化は、どのような種類の弾力化なのか。
内的弾力化と外的弾力化がある。内的弾力化とは、労働力を活用する雇用者が労働の場所や業務内容を変えることである。外的弾力化とは、新しい契約形態の従業員を新規に雇用したり、従来の従業員を集団解雇したりすることである。労働者を自由市場に無理に放り出さないということは道義的義務である。

4)弾力化のある労働市場に関する問題は誰が管理するべきか。
労働力の弾力化に関する問題のコントロールは政府が行うべきである。政府は問題のコントロールの方法として、良好な労使関係を促進し、個々の労働者の立場に立った解決策を見い出すという方法をとるべきである。

5) 労働市場の弾力化によって法制度や既存の労使関係が変わるか。
法制度や既存の労使関係を変えていくが、これは世界各国の企業が新たなマーケットを求めて国外へ進出してきた結果である。しかし、労働市場の柔軟化の結果として解雇される労働者に対しての保護は企業や国家が責任を負うべきであり、この中で、労働組合や労働協約の役割は変わってくるということを念頭に置かねばならない。