開催報告:第12回国際フォーラム
ドイツ大連立政権の誕生と労働組合
―マルティン・ポール氏
(在日ドイツ大使館労働社会担当参事官)講演―
(2006年2月22日)

 

マルティン・ポール氏講演

本日のテーマの中心は、協約政策が選挙戦の中でどのように扱われたかということです。実際、国政選挙の場で労働協約政策が、労働組合と使用者団体との間で議論され、それが選挙のテーマになったのは久方ぶりのことです。協約政策については労働組合も使用者団体も、協約自治があると見ています。何十年もの間、当然のことと見られてきたこうした考え方に、初めて、疑問符が付せられることになったわけです。労働組合の政策担当者、また使用者団体の政策担当者も、この点については極めて頑固な態度をとっています。

本日はまず、皆様にこの背景を知っていただく意味で、労働組合と事業所委員会がどのようなものであるか、そして、それらがお互いにどのような関係にあるのかということ、さらには、労働協約と、事業所合意が、それぞれどのような性格を持っており、互いにどのような関係にあるのかをお話しした上で、選挙戦の中で、各政党がどのような異なる立場をとっていったのかについても、お話を進めていきたいと考えています。そのうえで、皆さんが本や文献などでは読むことができない、私自身の経験を踏まえた具体的な例をお話ししていきたい。そうした中で、事業所合意がどのような形で行われているのかをお話しし、最後に、私の個人的な結論に結びつけたいと考えております。

ドイツの労働組合は、基本的に産業別の単一労働組合として組織されており、政治の主義、主張の枠を越えた形の労働組合組織となっています。例えば、金属と電気の産業別労働組合やサービス労働組合、さらには建設、清掃の分野の労働組合があり、各政党はそのメンバーがどの労働組合に組織されるかについて、特別な影響力を行使しない形となっています。このような産業別労働組合がドイツには8つ存在し、連邦のレベルでは、ドイツ労働組合総同盟(DGB)が約700万人を組織しています。ドイツの人口総数は約8200万人ですので、そのうちの約700万人がDGBの傘下にあると言えるわけです。これらの産業別労働組合は、合わせて約1万人の専従職員を雇っています。

このほかに、いくつか独立系の労働組合的組織もあります。しかし、こうした組織は、労働組合というよりは、むしろ職能団体といった性格を持っており、その典型的な例が、ルフトハンザのパイロット団体です。パイロットという非常に特殊な職ゆえに、その活動がメディアで大きく取り上げられることがあります。しかし、政治的な意味において、こうした職能団体は、ほとんど意味を持っていないと言ってもいいと思います。労働条件等について、労働組合が協約を結ぶ相手は使用者団体、ないしは個別の企業ですが、使用者団体や各企業の使用者は地域レベル、州レベル、連邦レベルにおいて、さまざまな形でその組織を形成しています。労働組合は、使用者側の団体と州レベル、あるいは場合によっては全国レベルにおいても協定を結びますが、そこで結ばれる協定が、いわゆる労働協約と言われています。

労働協約を締結することができる組織は労働組合のみであって、他の組織はその権限を持っていませんが、労働組合組織のほかに、企業の中には、従業員によって選ばれる別の組織が存在します。従業員は労働組合に参加しているか否かにかかわらず、従業員代表を選ぶ権利を持っています。このようにして選ばれる企業内の組織、職員、従業員の代表が、いわゆるベトリープスラートと言われる事業所委員会です。この従業員代表組織の事業所委員会は、事業所側、経営者側と合意を結ぶことができますが、それは労働協約に反する内容の合意であってはなりません。さらに、国全体に適用される労働協約法の中で、労働協約が対象とする分野であると明確に定めている内容、案件について、事業所委員会は事業所レベルで合意することができません。

このようにして結ばれる事業所合意は、たとえ労働協約や連邦労働協約法に違反していなくても、その内容が、労働協約の内容よりもよいものでなければ有効とみなされません。したがって、労働協約の中で定められている条件よりも悪いことを事業所の合意によって決定することはできないことになっています。

労働協約は、その協約が対象としている特定の産業分野について、そこで働いている人の半数以上および企業の半数以上が賛成し、さらに労働組合もそれに合意すれば、連邦の労働担当省は、この労働協約が一般的に適用されるものである旨を宣言することができます。このように、一般拘束宣言がなされた労働協約については、その協約が適用される地域における、すべての事業所、すべての労働者に適用されることになりますので、その際、適用される事業所、企業が使用者団体に属しているか否かに一切かかわりなく、また労働組合に働く者が属しているか否かに全くかかわりなく、その地域で労働協約が一律に適用されることになります。

ここで、もう1つ重要な観点について触れておきたいと思います。地域で一律に適用される労働協約と、協約締結のパートナーが1つの企業であるような、いわゆる企業労働協約の違いについてです。ドイツでは、非常に数多くの地域一律労働協約が存在しています。この地域一律労働協約は、連邦の州を単位として決められることもありますし、あるいはドイツ西部全体に適用する形で決められる場合、また、全国に適用される場合もあります。しかし、この地域一律労働協約は、それぞれのレベルにおいて、トップの労働組合組織と使用者団体の組織が交渉することによって、労働協約が決定されます。

このような制度になっていますので、一見、パラドックスのように聞こえるかもしれませんが、この2つの協約当事者は、互いに、相手の当事者ができるだけたくさんのメンバーを持つことに大きな関心を持っているわけです。つまり、労働組合は使用者団体側と協約を結ぶ場合に、できるだけたくさんの企業が使用者団体に所属しているほうが、労働組合にとっても喜ばしいわけです。

このような協約制度の持つメリットは、まず初めに、各企業間の競争が、製品などのイノベーションや製造工程を刷新することによって競争する方向に向けられ、決して賃金ダンピングのような形での競争にならないということです。これは、地域レベルや全国レベル、また、国内にとどまらず、国際的な競争関係についても言えることです。

個別の企業と労働組合にとってのメリットは、労働協約が一定の期間を定めて締結されるので、それは比較的、長い期間になるわけですから、その期間は、自分たちの方針を決定する基盤が安定していることを前提に物事が考えられるということです。協約期間は、労使双方に対して、事業所内における平和維持義務が存在し、そこで労働争議は起こらないことになります。このような地域一律労働協約と並んで、労働組合が個別の企業と結ぶ労働協約があって、その場合に、当該労働協約が適用されるのはパートナーとなる企業のみです。

企業別に結ばれる労働協約のデメリットは、労力がかかるということです。つまり、労働組合も個別の企業との間で交渉しなければいけない。また、企業の経営陣も、自ら交渉に当たらなければいけないということになります。また、企業の中で働いている者にとっても、このような形での交渉が影響を及ぼします。というのも、従業員が選んだ代表である職場委員会が一方で存在し、これと別に労働組合が、企業との間で労働協約の締結交渉をするわけです。そういう形になりますと、事業所委員会も微妙にその影響を受けるわけで、賃金を決定するといった内容について厳しい交渉をすることが、具体的にその職場の雰囲気に反映してきます。

ドイツに関して申しますと、ある産業分野において、個別企業との間で結ばれる労働協約の件数が多いということは、産業分野の中での格差が大きいということを意味しています。例えば、旧東独地域と、それから旧西独地域の間の格差が余りに大きければ、地域一律労働協約ではカバーし切れない現状が存在し、その結果として、非常に多くの個別企業との間で労働協約が結ばれることになります。マクロ経済的な観点から見た場合に、このように、賃金格差が1つの産業分野の中で非常に大きいということは、その業界自体が、これから非常に多くの倒産企業を出すような業界である、あるいは、その市場からの撤退を余儀なくされるような状態にあるということを示すインジケーターであると理解できます。

それでは、昨年の選挙の前の状況がどうであったのかということに目を向けてみます。昨年の選挙結果は、関係者すべてにとって驚きであり、だれ1人として、事前に、こうなることを予想していなかったわけです。

そこで、いろいろな考え方がありますので、そのすべてに目を向けるためには、2つの極端に対立する立場を紹介してみたいと思います。1つには、自由民主党(FDP)の考え方、主張があります。FDPは、党内に2つの派閥があります。1つの派閥は、どちらかというと社会民主主義的な考え方に立つグループですが、もう1つのグループは、ネオリベラルの考え方に立脚をするグループです。現在のFDPの党内情勢は、ネオリベラルの力が圧倒的であるということを、まずご理解いただいた上で、私の話を聞いていただきたいと思います。基本的に、選挙戦でFDPが主張したのは、労働協約の決定、具体的には賃金の決定を地域レベルではなく、各企業のレベルに移しかえよということです。

FDPの選挙綱領の中には、そのような形での解決が実質的に可能になるような、さまざまなモデルが示されています。その1つの考え方は、ある事業所の従業員の4分の3が、例えば従業員総会で賛成すれば、地域の労働協約からの逸脱を認めるべきであるというものです。この主張は、あまり公の議論では取り上げられませんでしたが、1つの企業を会社単位ではなく、その企業が各地に持っている事業所の単位で考えて、その4分の3の賛成があれば、このルールを適用すべきであるということです。1つの会社の従業員全体に対して何らかのルールを決めるのではなく、いくつかの事業所が存在していれば、それぞれの事業所ごとに従業員が合意する。そして、その合意の内容をさまざまなものにすることによって、企業経営者は、1つの会社の中で、事業所単位で従業員同士を敵対させ、あるいは競争させることが可能になると主張していました。

もう1つ、FDPが選挙綱領の中で主張していたモデルは、事業所単位で形成される事業所委員会のメンバーの半分以上が賛成すれば、労働協約からの逸脱を認めるべきであるという考え方です。その場合には、そこで働いている人たちに、特に意見を聞く必要もなく、事業所委員会が賛成すればよいとしています。

3番目のポイントは、このような労働協約からの逸脱について、特に条件を設けず、この条件の場合には認めるというような条件づけをしないということです。経営者が、どのような理由であれ、労働協約から逸脱しようと考えた場合には、従業員に聞く、あるいは事業所委員会に聞くといった形で、事業所レベルでの合意、逸脱を可能にすべきであると主張していました。

これと正反対の立場をとったのが社会民主党でした。社会民主党の考え方は、基本的にこの点について何ら変更せず、運用の柔軟性は法律で定められるものではないということでした。

このほかに、さまざまな政党や社会的グループが存在します。こうした団体、組織の考え方は、今挙げた2つの両極端な考え方の中間にありますが、時間の関係上、一つ一つ詳細に紹介することはできません。

おそらく皆さんの関心は、選挙の後に事情がどう変わったかということであろうと思いますが、それは私にとっても驚きでした。選挙後の状況では、大連立を組む2つの政党の考え方が注目されるわけで、それ以外の政党については、とりあえず度外視して、この2つを見ていきたいと思います。キリスト教民主同盟(CDU)は、労働協約の自治は今後とも継続するべきであり、労働協約からの開放条項については、逸脱を許す考え方です。そして、事業所レベルの合意を許す方向については、協約当事者同士で話し合いが持たれるであろうという、非常にあいまいな言い方しかしていません。

社会民主党(SPD)は、大連立成立後も、その立場に基本的に変化はなく、労働協約については、協約当事者が、その運用についてより柔軟になってほしいと言ったにすぎません。
さて、ここで皆さんが本、あるいは選挙のときに出された印刷物などでは読むことができない点について、お話しておきたいと思います。今、労働協約からの逸脱との関連で、柔軟性と申しましたが、この柔軟性は現実にどういうことを意味していたのかということです。

2年前のことですが、私はハイデルベルク近くのある建設会社に呼ばれました。その企業は500人ほどの従業員を抱え、経営状況が非常に悪かった。そこで、私は企業にリストラ計画の提出を要求しました。また、経済的な指標がどういった数値であるのか、決算の内容を見せてほしいと言いました。経営者が私に来てほしいと言ったその趣旨は、経営が厳しいので、賃金を10%引き下げてほしいと言うためでした。

そこでの私の課題は、従業員が10%の賃下げを受け入れる影響と、それを受け入れなかった場合に、企業自体の存立が危うくなり、従業員が失業者になって、失業給付がこれまでの賃金よりずっと低いものになってしまう事実を比較考量することでした。そして、10%の賃下げによって、ほんとうに、この企業に生き残りのチャンスが生まれるのかどうかを判断することでした。もし、私が完全に、その経営者を信頼することができたなら、10%の賃下げをのんで、そのかわりに企業が確かに生き残ることになったでしょう。けれども、確実にそうなるかどうかは、だれも言えなかったわけです。私を招き入れた経営者は、自信たっぷりに、この条件をのんでくれなければ、明日、企業は倒産すると言いました。それに対して私が、ほんとうに実力のある企業しか生き残れない原則から考えると、今のような脅しではなく、もう少し内容的にしっかりしたデータを示してもらいたい言ったとき、経営者は少し驚きました。

最初のやり取りの段階で、経営者が考えていた話のコンセプトが全く崩れてしまったわけです。その後の話し合いの中で、銀行が、もはやこの企業を長期的には支えないと、既に決定を下していることが明らかになりました。私の推定は正しかったわけで、2カ月後に、この企業は実際に倒産しました。しかし、倒産手続が開始される2日前に、経営者が私にクリスマスカードを送ってきて、そこに事業所合意を実現すべきであると書いてありました。

これは、最終的にはうまくいかなかったケースですが、逆に、成功した例もあります。それは、清掃業界のある企業ですが、同じように、経営者が私に労働組合の代表として来てほしいというので出向きました。そこで同じように、企業の基本的なデータやこれからの方針について説明を受け、なおかつ、銀行との間で話し合いもしました。そうした中で、この企業は説得力のある、成功に向けての展望を示すことができたわけです。それを受けて、私は労働組合代表として、賃下げに同意しました。2年間にわたる賃金引き下げをのんだわけですが、そうした対策を受けて、企業が2年間できちんと立ち直ったならば、その賃下げ分を少しずつ労働者に返していくことで合意したわけです。

もう1つの例は、日本企業のあるドイツ現地法人ですが、ドイツ国内の700人の雇用を、すべてルーマニアに移転をする計画を持ち出しました。私は、この計画の中で、日本の親会社の基本的な方針として、経営的な観点から、別の国に生産拠点を移していくことが有効な対策と見られていることをよく理解しました。例えば、日本からフィリピンへの移転、あるいはアメリカからメキシコへの移転と同様に、ドイツからルーマニアへの移転を経営的な観点からの考えていることを理解しました。この案件の企業は金属分野で、IGメタルにかかわる部分でした。私はIGメタルの人間ではないので、単に助言を求められただけです。直接かかわっていたわけでありませんが、労働組合側はこの子会社の経営陣(半数がドイツ人、半数が日本人)との間で合意を結びました。その内容は、雇用をルーマニアに移転し、ルーマニアに投資を行うと同時に、ドイツ国内に残る従業員のために、職業能力開発対策や職業転換教育にお金をかけて充実させていくというものでした。

私は、この合意は、企業にとっては将来的に非常に採算性が見込める新しい土地への投資が可能になるというメリットをもたらし、ドイツ国内に残る従業員にとっても、雇用が確保されるということで、いわゆるWin-Winの状況が達成された成功事例であると見ています。

特に、指摘しておきたいのは、この企業の中で、1分1秒たりともスト、あるいはサボタージュという形で、労働時間が失われることがなかったということです。700名もの雇用が移転することは、極めて重大な案件です。もし、このようなことがあれば、日本国内でも大きくメディアをにぎわす形で語られる案件だろうと思いますが、ストなどが一切なかったことを申し添えておきます。

以上のようなことを背景情報も含めてお話しした上で、私自身がどういう考え方を持っているのか、政治の分野において、どういうふうに物事を見ているのかについて述べてみたいと思います。

例えば、企業経営者が経営が厳しい状況にあると主張した場合に、事業所委員会であろうと、そこで働く個人であろうと、グループであろうと、だれ1人として、実際、どの程度まで経営が厳しいのかについて、きちんと把握する能力を持っている者はいないと思います。したがって、企業経営が難しいから賃下げが必要なのだという要求が出てきたときに、それを実践の場で解決していくアプローチは、極めて難しいと言えます。

ある企業の経営が非常に難しい状況の中で、たとえ事業所の合意が法律的にも全く問題ない形で許されるとしても、使用者団体側にも、労働組合側にも、企業が経営困難に陥ったときの事業所の合意内容について、社会的側面、福祉、福利厚生といった側面も含めて、あるいは経営的な側面からの判断も含めて、きちんとした判断を下せるような専門家が非常に少ない。労働組合側が事業所委員会に対してきちんとした情報を提供したり、事業所委員会の信頼を得られるような体制にないということが確認されるわけです。したがって、このような形で事業所の合意を実現したいと希望しても、現実には、専門的な知識を持っている人がいないため、挫折してしまうケースが非常に多いのです。

通常、事業所委員会が経営者側と交渉する場合でも、事業所委員会側は交渉能力がないことがほとんどです。その理由は、企業、事業所別にさまざまあると思います。場合によっては、経営陣が事業所委員会のメンバーに対して特別扱いするようなことを言って、ある意味で買収してしまうようなこともあるでしょう。あるいは、交渉に当たるのは人間ですので、一人一人の人間に、そういった能力がない場合、あるいは事業所委員会のメンバーが、いろいろな要素を総合的に勘案して判断するだけの教育を受けていない場合もあると思います。

たとえ、交渉に当たる人間に、そのような能力があったとしても、さらに、もう1つ重大な問題があります。ある企業が、経営的にうまくいっているのか、いないのかを何によって判断するかということですが、1番信頼ができるのは決算書です。決算書は、公認会計士がきちんと審査した文書ですので、これは信頼に足るだろうと思います。もちろん、ほかにも企業の経営状況をあらわすさまざまな指標はあると思いますが、それらは法律で定められた基準にのっとって作成されているのではなく、企業によってまちまちなため、やはり信頼が置けません。唯一、信頼できるのが年に1度提出される決算書ですが、会計期間が終了してから3カ月後から6カ月後に初めて一般に公開されるものです。

さらに、実際に労働協約からの逸脱を許す、いわゆる開放条項が既に合意されている業界の中でも、実際にその開放条項が利用されているか否かについては大きな差があります。開放条項を許している業界、産業分野は、IGメタルや建設労働組合が担当する中核部分で、労働協約において開放条項が既に合意されています。ただ、我々がこれまで見てきた経験には非常に差があります。IGメタルの管轄分野では、幾つかのハイテク企業が積極的に開放条項を利用しています。それ以外の企業は、例えば、経営状況が悪いために開放条項を利用すると、業界の他の企業に対して、みずからの弱みを見せることになるため、開放条項を積極的に利用しようという姿勢は見られません。

これと全く違う展開を示したのが建設業界です。建設業界では、この開放条項に合意してから数カ月以内に、瞬く間に業界のすべてにこの適用が広がりました。この労働協約は地域一律協約です。経営者は、別の会社、要するに隣の会社の労働者側はこれを飲んだぞ、君たちも飲んでくれなければいけない。建設業界は、もともと利益の幅が非常に少なく、もはや価格競争しかないのだから、これは飲んでもらうしかないという脅しをかけて、結局のませるような形で、数カ月以内に、ほぼすべての企業にこの開放条項の利用が広がりました。先ほど申しましたように、企業別の労働協約と地域一律労働協約には、性格の違いがあります。このようにして、各企業がそれぞれ開放条項を結ぶと、結局は価格競争、ダンピング競争の方向に進んでしまうわけです。

それから、最後に2点まとめて申し上げます。まず、労働協約にもっと柔軟性を持たせるべきであるということが政治的な議論の中で主張されるわけですが、政党が考えるより、実践の場における柔軟性ははるかに大きいということがあります。もう1つは、企業経営が悪いときに賃下げの議論がなされ、それが場合によって必要であったり、必要でなかったりするわけですが、それとは別に、企業の経営状況がよくなったときには、逆に特別のボーナスや賃上げが議論されてしかるべきです。悪いときにはいろいろ言うけれども、よいときにどういう対策を行うについて、公にほとんど議論されていない点が、まさに問題です。

ここでまとめますと、さきの連邦議会選挙の中で、労働分野に関連して争われたポイントは、一般の議論では隠れてしまっていると思います。これは、1つには明確な目標として、労働組合だけでなく、使用者団体を含む労働協約当事者の立場を弱めてしまおうといった政治的な意図が一方にあります。それに反対するもう1つの立場は、協約制度を、今のまま維持していこうと主張する立場です。この2つの考え方は、別の言い方をすれば、後者は、いわゆるライン型資本主義と言えると思いますし、前者は、アメリカ的な要素を非常に強く持ったネオリベラリズムであると言えます。マクロ経済、国民経済の立場に立ったときに、この2つのモデルは、どちらがすぐれているのかについて、いろいろな議論が可能だろうと思います。

したがて、民主主義国家においては、今述べた2つの考え方の間で議論し、互いが競争していくことが必要であろうと私は思います。しかし、ドイツのさきの連邦議会選挙におけるこの議論に関する結論は明らかであり、これからドイツが向かっていく方向性が明確に示されたと思います。

コメンテーターのコメント

司会

ありがとうございました。

続きまして、毛塚中央大学教授にご登壇いただきまして、特に労働法の立場からコメントをいただき、その後に質疑応答の時間にしたいと思っております。よろしくお願いいたします。

毛塚

それでは、皆さん、大連立政権後の話をお聞きになりたいと思いますので、私のほうで若干、今のお話を補足する形で、問題状況をご説明しようと思います。

歴史的に見ますと、ドイツの労働政策には、例えば、イギリスなどと違って、いわゆる労使関係政策が伝統的になかったわけです。80年代以降、労働の柔軟性を求める形でドイツでも議論されましたが、主に労働時間の柔軟性を議論していました。90年代に入って、徐々に労使関係もターゲットになってきました。それが、いわゆる協約に対する経済界からの批判で、不況期に失業が多い理由とされました。現在のドイツ、あるいはグローバル化が進む中で、ドイツ国内において企業の立地を保つためには、ドイツの広範囲の産別労働組合が締結する労働協約が足かせとなり、ドイツの魅力をそいでいるという主張です。好況期には、産別協約は最低賃金ですからいいわけですが、景気が悪くなったときには困る。日本の中小企業には、賃金格差、業種別格差、企業別格差がある。

余談ですが、ドイツでは伝統的に、規模別統計が発達しませんでした。なぜかというと、一元的に協約によって労働条件を決めていたからです。しかし、企業規模が小さいうちや、好況期はよいのですが、不況期には、うちの会社は労働協約の水準を守っては生きていけない。雇用を守るためには、ある程度、協約の水準を下回る労働条件でやらせてくれ。こういう事情が1つの大きな背景にあって、協約の開放条項、協約の水準を下回ることを認める圧力が、90年代に強まってきます。

その中で、労働組合自身が、中小企業や経営危機にある事業所を対象に、場合によっては、協約水準を一定期間下回ることを認める、いわば開放条項が協約の中に入ってくるわけです。

ところが、今回政争になったのは、協約によって、協約当事者が開放条項をつくるのではなく、法律によって協約当事者の意思を超えて、ベトリープスラート(事業所委員会)が合意すれば、協約当事者の意思とは関係なく、協約の労働条件を破ってもよいという議論がFDPから出てきたことです。FDPの考え方にも2つくらいあって、4分の3の要件とか、2分の1要件とか、あるいは、さらに言えば、企業の雇用を維持するためとか、単純に従業員の過半数が賛成すればよいなど、いろいろな要件があります。要するに、労働組合と使用者団体の意向とは関係なく、事業所レベルにおいて当事者が合意をすれば、協約を破ってもよいということを法律にしようとしたことが今回の最大の特徴です。

これは労働組合、使用者団体からすると、協約自治に対する大きな脅威です。私は、おととし、ドイツに調査に行ってこの話をしたときに、反対したのは労働組合だけではありませんでした。やはり使用者団体も契約当事者ですから、企業とは別に協約を結んでいる使用者団体も、この法律には反対でした。自分たちの任務がなくなってしまう、あるいは、形骸化するわけですから。そういう形で議論が進行し、選挙前から、一元化に関して言えば、実現する可能性は小さいという話を聞いていました。結果的に、大連立政権で、法律によって開放条項を規定し、協約で決まったことを破ってもよいようにする政策は、とりあえずなくなりました。

きょうは、興味深いお話がたくさんありましたが、現実には、労働組合が問題のある事業所に出かけて、状況を見て判断する。労働組合のある程度専門性を持った人が、経営の状態を見て、協約の水準を、一定期間緩めていいかどうかを判断するのが望ましい。そういうことに全然関与する余地がなく、事業所の当事者や企業のベトリープスラート当事者だけで物事を判断することは必ずしも好ましくないということが、きょうのお話の趣旨であったと思います。

そういう意味では、ドイツの労使関係の最も根幹、あるいはドイツ労働法の最も根幹である労使自治あるいは協約政策にかかわる伝統的な協約自治、あるいは労使自治が、今後もしばらくの間は続くという話で終わられたと思います。

コメントということで言えば、大変わかりやすく、また具体的な例を、日系企業も含めてご紹介いただき、有益であったと思います。

質疑応答

毛塚

それでは、今お話しいただいたテーマに必ずしも限定することなく、最近の連立政権の動向、とりわけ労働政策、社会政策に関してご質問があればお受けしたいと思います。

質問者

きょうは、開放条項の利用を盛んにしようという議論がドイツで行われているというご紹介がありました。この開放条項の利用を促進したいと考えている人たちは、事業所レベルで、どのような形で労働条件の決定ですとか、労働契約内容を決めていくことがふさわしいと想定しているのかについて、教えていただきたいと思います。

ポール

開放条項の利用に関する議論は、決してさきの連邦選挙戦で始まったわけではありません。もとをたどってみれば、2003年にシュレーダー首相が、ドイツ労働総同盟を訪問した折に、労働組合幹部に対して、労働組合があらかじめ労働協約の内容に開放条項を盛り込まないのであれば、立法手段をもって開放条項と同じ効果が達成されるよう、政府側は対処するであろうと明言したことに始まるわけです。その当時の立法者は、もちろん社会民主党と緑の党の連立政権です。このときのシュレーダー氏の主張は、さきの連邦議会選挙で自由民主党がとっていた立場にほぼ近いものでした。このシュレーダー首相の発言が公になったとき、労働組合に対して非常に強い圧力をかけたと言われました。公正な協約自治の維持と同時に、柔軟性は法律によって規定できるものではないと社会民主党はさきの連邦議会選挙で言っていました。当時のシュレーダー首相のこの発言を背景に考えた場合、社会民主党がさきの選挙戦の中で言っていたことは、非常に複雑な意味を持っていると考えられます。

当時は、事実、さまざまな産業分野において、いわゆる包括労働協約の中に開放条項が盛り込まれました。それが現実的に何を意味したのかについては、先ほど紹介した建設業界では、平均賃金引下げ率3%という結果につながったわけです。

このような開放条項によって、当時、シュレーダー首相が考えていた意図が実現するチャンスがあるとすれば、それは非常に能力レベルの高い人たちが働いている業界ではないかと思います。私自身も、そういった業界、産業分野であれば、開放条項がある意味でチャンスを持っていると思います。こうした開放条項の中で、さまざまな要素(賃金、従業員の能力向上訓練対策、企業が行う投資先の選抜、雇用確保)を組み合わせ、事業所で合意することによって、当該企業の活動にとって大きな飛躍が期待できる、あるいは、国民経済全体にプラスの影響が出てくるようなチャンスがあると考えています。

毛塚

質問の趣旨は、開放条項を用いたときの事業所レベルでの交渉の当事者をだれと想定しているのか。おそらく、質問者としては、ベトリープスラートが賃金などの交渉を行ってもよいと考えているのか、それとも、協約当事者がそこでやるのか。そういう意味で、交渉の当事者として、開放条項はだれを事業所レベルで考えているのかということではないかと思います。

ポール

先ほど、建設業と金属業では、開放条項の使い方が違うというご紹介がありましたが、IG-BAU(ドイツ建設・農業・環境労組)の建設の場合は、ポールさんと同じような方が出向いていって、現実に開放条項を使って事業所の中での合意をつくっているのか、それとも、そこまで手が回らなくて、勝手に事業所レベルで協約を下回る条件を結んでいるのか。労働組合のコントロールがどの程度現実に開放条項に対してあるのか。もちろんこれは、従来あった労働協約による開放条項の話です。

ポール

ドイツには約8万社の建設企業がありますので、この数からしても、建設労働組合がそれぞれの企業にいって、賃金の下げ幅について交渉することは、物理的に不可能です。労働組合が、例えば、企業規模からいって、20から30くらいの代表的な建設企業、あるいは、規模だけでなくて、何らかの別の基準で選抜された代表的なところと交渉することは可能ですが、それ以外については不可能なことが明らだと思います。

ただ、労働組合代表の立場で申し上げますと、開放条項が実現された暁には、労働組合、使用者団体、そして事業所委員会、また各企業の経営者と事業所の経営陣などのさまざまな人たちが、事業所合意の交渉にかかわってくるわけです。そういった交渉にかかわる際の能力、ノウハウを、交渉に当たる予定の人たちに対してあらかじめ付与するような対策を国がきちんととらなければいけない。そうしたことを要求できると思いますが、今、国はそのような枠組み条件の確立までは考えていないということを明言しておきます。

質問者

お話の中心だと私が思うのは、賃下げやリストラを、企業が労働組合に提案し、労働組合が交渉する場合、先ほどのお話では、専門家が労働組合の交渉委員にはいないということをおっしゃいました。経営を分析する人が労働側にはいないから、対等の交渉にならないというふうに私は聞き取ったわけです。

それで、お伺いしたいのは、賃下げやリストラ、あるいは事業の閉鎖など、経営が厳しい場合にはいろいろな提案がありますが、そういう場合に、労働組合は何を基本的に考えるのかというと、私は、労働者自身の生活や家族の生活をやはり第一義的に考えるのではないかと思います。今のお話では、そういうことは全くなかったわけですが、こうしたことをどのように考えたらよいのか。労働者の生活、家族の生活、あるいは地場産業の場合は、日本でもそうですが、土地を離れられない労働者がたくさんいるわけです。そういう人を、どこかに配置転換しなければならない場合、労働組合は対応せざるを得ないのではないかと思います。

それからもう1つは、労働組合に専門家がいない場合は、労使交渉に、専門家を労働組合の交渉委員として参加させているのかどうか。そういう制度がドイツにはあるのかどうかをお伺いしたいです。

毛塚

今のご質問の趣旨の労働組合は、ベトリープスラート、事業所委員会に置きかえて理解してよろしいでしょうか。すなわち、先ほどのお話の文脈では、開放条項の当事者として認められる事業所委員会、すなわちベトリープスラートは、今申し上げたような、本部にいるポールさんのようなスタッフと違って専門性が低いから、その専門性の低い方が経営危機に当たって、いろいろな対応をするのは難しいのではないかというお話しでした。

ですから、そういう文脈でもう1回、整理しておくと、ご質問の組合をどのように翻訳したらよいか。すなわち、先ほど労働組合には、1万人の専従が全国にいるという話がありました。そういう方は専門性を持っているけれど、何十万もある事業所の中には、そういうノウハウがないところもある。そういう中で、勝手に開放条項を使われては困るというのが、話の流れであったと思うのです。

ですから、ご質問の趣旨は、事業所レベルのベトリープスラートにノウハウを持つ人がいないというふうにお考えかということでしょうか。

質問者

はい。

ポール

ここで、まず申し上げなければならないことは、ドイツの労働組合が持つ基本的な課題は、必ずしも、その傘下にある事業所のことだけを考えることではないという点です。つまり、労働組合は、国民経済全体に対しても目を配るという課題を持っており、その意味において、労働組合は単なる私的な組織ではなく、公の性格を持った組織です。したがって労働組合は、その傘下にある企業、そして、労働組合に参加するメンバーのことだけを考えるのではなく、もっと大きな視点から物事を考えなければいけない。そういった性格を持っていることは、おそらくドイツの労働組合の存在が、ほかの国と大きく違う点ではないかと思います。

今、質問者のお話の中にありました大変興味深い課題、つまり働く者の生活、働く者の家族の生活を守ることが第一義的な課題ではないかというお話。これは、ドイツにおいては、事業所委員会の課題と理解されています。例えば、各企業の事業所委員会の考え方と、その企業が属している産業別労働組合の考え方が食い違う可能性があるだけではなく、場合によっては対立する可能性すらあることを意味しています。この対立する可能性は、その企業が清算されなければいけない、あるいは企業を根本的に再建しなければいけないといったような問題のときに、起こり得えます。

私自身の経験で、こうした交渉を行っている際に、事業所委員会や労働組合、それから企業経営者も、いろいろな面で議論を重ねてきたわけです。どのグループにも非常に難しい関係をうまく調整して、何とか解決を引き出す能力を持った人がいますし、そうでない人もいます。したがって、どのグループでも、そこにいる一人一人の人間の能力は、非常にさまざまであり得る。いい人もいるし、能力が低い人もいるわけです。極端な例ですが、賃金を下げてほしいとしか言わないような経営者もいます。企業経営が非常に困難に陥っているから賃金を下げてくれというばかりで、2年、3年後に企業が立ち直って、どうやって再び利益を生む体質に変わっていくかの展望を示さない。リストラクチャリングの計画を何も示さないような企業経営者との話し合いであれば、働く者の代表としては、いかにあなたが我々よりすぐれているか実証しなければ何も信じられないと言うしかないわけです。

ただ、つけ加えておきますと、ドイツの経営者の中には、社員の福利厚生に対して、非常に心を砕いている経営者もたくさんいます。そうした人たちの中には、私財をなげうって、自腹を切っても社員の福利厚生を実現しようとするケースも非常に多くあります。
また、もう1つ指摘したいのは、ドイツには共同決定の制度があるということで、この共同決定制度によって、働く者はドイツにおいて、経営者側に対して、非常に強い立場を持っているということです。

質問者

私の質問は、きょうのテーマから少しずれているかもしれません。十何年も前になると思いますが、ドイツが統一された後、労働契約に関する統一法制をつくろうという案が、たしかつくれられて、私もその中身を拝見して、大変立派な、新しい労働契約法ができると思いました。それがその後、私がフォローしないでいるうちにどうなったのかということが1つ。

なぜ、こういう質問をするのかというと、現在、日本でも、新しく労働契約に関する統一立法をつくろうという動きが出ています。その運用にかかわる労使委員会は、ドイツのベトリープスラートとは大分違いますが、労働組合の組織率が低下する中、新しい契約法では、労使協議体制に重点を置いた法律が議論されています。ということで、統一的な労働契約法の行方がどうなったのか、そのときに、どんな政治的な議論があったのか、お伺いしたいと思います。

毛塚

東西ドイツ統一後に、統一の労働契約法をつくる話があったけれども、どうなったか。私は法律が専門で、ポールさんは、どちらかというと経済ですので、かわってお答えしたいと思います。

基本的に議論は続いています。労働契約法は性格からして、日本でもそうですが、どうしてもなくては困りますが、制度を新しくつくるのではなく、従来の判例や解雇制限法に出ている法律をまとめて統一の契約法にしようということですから、緊急性はありません。緊急性がないということは、政治的な状況によって左右され、お互い一致しなければ新しい法律は生まれないということです。ドイツの場合も、昔から労働契約法は、戦前から、議論していたけれども成立しなかったということです。

今も、統一の労働契約法はドイツではできていない。ただ、労働契約法の中身は日本と同じです。あるいは日本よりもずっと豊富な形で、それぞれの個別の法律の中にある。もともとはドイツの東と西で基準が違ったものを一緒にしようとした経緯があったのですが、現在ではBGB(民法)の中にあって、とりあえず緊急性がないために、議論が弱くなっているのが現状です。

質問者

ご講演の最後のほうに、ライン型資本主義とアングロサクソン型資本主義の対立というお話をされました。さきのドイツの総選挙の結果は、ライン型資本主義の根幹である産業別労使協約が維持されたということでした。それ自体、私は非常に心強いお話を聞かせていただき感謝しているのですが、マクロ的なデータを見ると、2001年以降、ドイツの賃金水準は下がってきている。それから自動車産業を中心に、賃金をそのままに、労働時間を延長するという動きも非常に活発になっている。

ところが、企業はこの期間に非常にたくさん収益を得て、それを株主に対する配当という形で還元している。アングロサクソン型資本主義が、かなりドイツ型社会市場モデルを痛めつけているという印象なのですが、それをどのように解釈したらよいのでしょうか。

質問者

今の方と同じ観点なのですが、先ほど、ライン型資本主義が勝ったというか、維持されたというお話がありました。今回の選挙で、FDPは弱小政党ですが票を伸ばし、そのかわりSPDは負けた。CDUは中道というか、非常にあいまいな立場だとおっしゃいました。

特に、西ドイツ側では、おそらく中道右派が勝ったと解釈されていて、ライン型資本主義に対する批判は強まったというより、むしろ、アングロサクソン型を求める声が大きくなったのではないかというふうには解釈できないのかというのが1つ。

もう1つは、緑の党はこの協約問題についてどういう立場をとっているのかということをお聞かせ願いたいと思います。

ポール

では、まず最初の質問者にお答えをさせていただきます。今、おっしゃられたような大きな経済的な動きは、そのとおりだと思います。経済のグローバル化の中で、ドイツの企業も、やはりコーポレートガバナンスといったアメリカ型の考え方を、より強く採用するようになってきています。上場企業は、株主に対してしっかりと配当しなければいけない立場に追い込まれる。そうしなければ、M&Aの対象になってしまうという危機感があるわけです。つまり、配当すればするほど株価がり、買収の危険性から逃れられるといった発想です。極端な設備集約型、例えば石油企業などでない限り、労働コストのファクターが非常に大きな意味を持ってくるわけです。そうしたことから、おっしゃられたような大きな動きが出て来ていると思います。

このような大きな動きに対して抵抗し得るかどうかを考えた場合に、事業所委員会であれ、あるいは企業の監査役会の中には労働側代表が含まれていますが、こういった監査役会の労働側代表であれ、あるいは労働組合であれ、なかなかそういった力を持ち得ないのが実態ではないかと思います。世界のこの大きな流れの中においては、ドイツは小さな国です。したがって、ドイツ一国だけでこうした流れに抵抗するのは難しいと思います。

後の質問者へのお答えは、今の説明さらに補足をして申し上げますが、最初のご質問のお答えにもなるかと思います。東部ドイツ、西部ドイツとの間に賃金格差が存在し、協約にも格差が存在しているという現実が確かにあるわけです。選挙の結果が何を意味するのかを評価することは極めて困難であると思いますが、労働側の観点からしても、それから経営者側の観点からしても、新たに誕生した新政権は、労働分野以外に強みを持っている新政権であると言えます。つまり、圧倒的多数を占める大連立ですので、ドイツ国内の連邦性の問題についての議論を進めていく上では、非常に大きな強みを持った政権であると言えると思います。

しかし、労働分野を考えた場合、今の政府の構成は、ある意味で、どうにも前にも進まないし、戻らないといった行き止まり状態の組み合わせになっていると思います。近い将来、労働分野において、大きな変化は、おそらくないだろうと予想されます。もし、何らかの変化があったとすれば、それはマーケティング的な要素として、それを使おうということであり得るかもしれませんが、本質的な変化はないのではないかと考えています。

野党になった緑の党が、こうした点をどう評価しているかということについて申し上げると、労働の分野に関して、緑の党とSPDは、基本的にそれほど大きな考え方の差がないわけです。それに加えて、緑の党は、今や、野党ですので、少なくとも今後4年間、緑の党が事をどう考えようと、あまり大きく政局には影響してこないと言えるかもしれません。