講演録:第5回国際フォーラム
英国労働運動の挑戦
Challenges facing the British trade union movement
―TUC(英国労働組合会議)書記長ブレンダン・バーバー氏講演―
(2004年12月10日)

講演録

はじめに

今回、このような場をいただきまして、大変うれしく思います。日本に参りましたことは、これまで過去2回、いずれもJILPTのお招きでした。私の家内の名前はメアリー・バーバーというのですが、これまで家内もこちらの機構の招きで、2、3度日本に参ったことがあります。それで、本人もTUCで特に日本との関係ですとか、あるいは連携を強化する、特に英国の労働運動と日本との関係といったところに従事していたので、私が日本に来ると、あの有名なメアリー・バーバーさんと親戚でいらっしゃいますかというようなことも、よく聞かれます。

私は、これまでの何日間か、宮崎で開かれました第18回ICFTU(国際自由労連)世界大会に行っておりました。ICFTUは、4年に1回世界大会が開かれ、それが宮崎で開かれたものです。そして、今回開かれた世界大会は、特に歴史的な世界大会としてこれからも記憶されることになると思います。といいますのも、この大会におきまして、新たに統合された労働組合の国際的な組織をつくっていこうということが決定されました。つまり、独立系のいろいろな労働組合を一まとめに統合していこうではないかということ。それから、またWCLとの統合というものもありまして、これから国際的な組織として、例えば今まで各国にあった、国際的な組織と連携を持っていなかったセンターも含めて、さらなる統合を図っていこうということが決定されました。これはICFTUの歴史に中でも大きな転機となる重大な決定でした。

そして、このように一体化を図っていこうという動き、その背景には何があるかといいますと、今グローバル化という大きな波があります。それに対して、やはりそれぞれ国レベルの労働組合の組織というのは、国で起こるいろいろな事柄、あるいは国際的な事柄に影響力を行使する能力が不足している、あるいは限界があるという認識があります。そこで、国際的な形でまとまることによって労組としての影響力を行使していけるようにというものです。

現在国際的機関としてILO、WTO、世界銀行、IMFといったところがありますが、こういったグローバルな、パワフルな組織と同等に、十分な力強い声を上げていく労働組合の組織というものが必要で、そこが一貫性を持って、強いメッセージを出していくことが重要だと考えます。こういった国際的な問題につきましても、かなり幅広いものがありますが、この後、皆様との議論の中でぜひ取り上げたいと思っております。

その前にまず、英国における労働組合の運動に関してどういう課題があるか、説明をしていきたいと思います。それからまた、政治の分野での進展についても説明していきたいと思います。労働運動に対してどのような政治的な影響があったのかということ。まずは保守党政権の時代、79年から97年を振り返り、その後97年に今のブレア政権の労働党になってどういう変化があったのか等についても触れます。

それから、また大きな問題としまして、組織化の問題。これはイギリスだけにとどまらず、世界的な潮流として問題になっていると思われます。どうやって労働組合の再活性化を図り、組織を拡大していくのかというメンバーシップの問題について取り上げます。それからまた、労働組合が今議論している個別の問題、また活動内容について取り上げます。中でもとりわけ働く人々にとって重要視されているテーマについて説明します。具体的な問題といたしましては、女性で働いている方々に対する賃金を同等レベルにするという問題、労働時間の問題、それからクオリティ・オブ・ワーキングライフ、つまり働いている人々にとっての質の問題、それからまた年金の問題。特にもうすぐリタイアしようという人たちが不安を感じているということですので、そういう問題についても取り上げますし、スキルに関する問題や、学ぶ機会、それからまた何か変化があるときに従業員にそれをきちんと説明する、あるいは相談をする、相談を受ける権利を従業員は持っているといったところを取り上げます。

それから、今挙げた個別の問題の根底に流れる共通の要素、ヨーロッパモデルを使うのか、それともアメリカのモデルなのかという問題が根底にあると思います。つまり、英国以外のヨーロッパで使われているようなモデルが、雇用に関して、あるいは社会問題に関してあります。その一方で、アメリカ式の資本主義のモデルというものがあります。そのどちらが英国にとって相応しいのかという議論があります。今申し上げた点を、きょうはお話ししていきたいと思っています。

TUCの構成

中にはTUCについてご存じない方もいらっしゃると思うので、少し背景説明をさせていただきます。このTUC、正式には英国労働組合会議といいますけれども、おそらく世界で最も古い労働組合のセンターであり、初めての大会が開かれましたのは1868年です。これだけ長い間、存続をしてきている中では、もうほとんど犯せる過ちはすべて犯してきた。場合によっては、2度、同じ過ちも犯したということが言えるかもしれません。

1つ、私どもが誇りに思っている点は、1つのナショナルセンターという立場をずっと貫いてきたということです。つまり、分裂をしたことがないということで、ほかの国では例えば政治的、あるいは宗教的な理由から労働組合の活動が分裂をするということがよくありますが、英国の場合は幸いにしてそうした事態は起こりませんでした。

現在、TUCに加盟している労組の数は68あります。ほとんどすべての分野をカバーしておりまして、公共部門も民間部門も含まれています。その中には、いわゆる特定業種、あるいは特定職種の人だけが入っているような組合もたくさんありますが、大体すべて幅広く網羅しており、ごく一般的な業種で特定業種に限らない労働組合が大半を占めています。現在のところ、加盟組合の中で最も大きいのがユニソンというところです。これは公務部門労組でありまして、主に公共部門で構成されているわけですが、組合員数が120万人ほどです。

労働組合の名前についてですが、職種とか業種に全く関係のない名前をつける傾向が最近多いような気がします。例えばユニソン、アミカス、アコード、コネクトなど。これは聞いただけではどんな組合かよくわかりません。他方、TUCで一番小さい加盟労組の名前はシェフィールド・ウールシザー・ワーカーズという、組合なのですが、これはシェフィールドという地域の羊の毛を刈る職種の人たちの組合です。メンバーは12人。昔ながらの羊の毛を刈る大きなはさみ、あれをシザーというのですが、それをつくっている人たちです。ですから労働組合の名前を見れば、どういう人が何をやっているのかがすぐわかるというケースもあります。

保守党政権と経済構造の変化が影響

現在加盟労組に含まれている人数は、約650万人。しかし実は79年にサッチャー首相が就任した当時は1,210万人もいました。保守党政権時代の18年間というのは、労働運動にとって厳しい時代でした。一連の法律が施行され、それによって労働運動が新たな組合員を増やしたり、あるいは労働者の代表をすることがより難しかった時代です。

それからまた、この18年間の間に、英国の経済の構造も大きく変わりました。この79年当初というのは、製造業に従事する人数がまだ700万人ほどいました。しかし、今日、製造業に属している人は300万人に満たない状態です。ですから、この時期に、従来ですと組織化が大変きちんとなされていた分野での労働組織が衰退してしまい、それから一方、伸びてきたものはというと民間部門なのですが、こういった分野は従来から、組織化が効果的に行われにくい分野だったわけです。

97年に、ブレア首相が選ばれることになる選挙があったわけですが、そのときに労働組合が特に注目したのは、労働組合がよりきちんとその役割を果たせるような土台を提供してもらえるような政策を打ち出してほしいということでした。そのときの重要な約束があったのは、まず最低賃金の確立ということでした。特に、イギリスにおける貧しい労働者に対する最低賃金を確立しようということがあったわけです。もう一つの約束というのは、EU、すなわち欧州連合での社会憲章に対してイギリスもサインアップするということでした。すなわち、EUにおけるさまざまな手続をイギリスにおいても標準的なセットとして、法律、雇用もしくは福祉政策に至るまで適用させるという考え方です。保守党政権下において、社会憲章の合意形成に関し、ほかのEU諸国がそれに署名していく中で、イギリスはそれに賛同しながらも、それに対する特例措置をおくということで、オプトアウトしたわけです。したがってイギリスでは、共通のヨーロッパ標準が適用されないことになりました。

したがって、そういった背景があることから、ヨーロッパの主流―すなわち雇用政策の点でも共通にしていこうという努力、そしてそういった合意形成、そういったアレンジに対しての署名をするということに対してコミットが示されたわけであります。また、それ以外のものとして、パートタイム労働者の権利の確立及び育児休暇などの休暇に関わる労働者の権利の確立、それからテンポラリー、契約労働者の権利の確立、さらに労働者の権利としてさまざまな権利がうたわれることになったわけです。

このように社会憲章及び最低賃金ということが非常に重要なポイントだったわけですが、これ以外にも法律制度として確立されるべきものとして、職場での平等、公平さということが挙げられました。これは法律を確立し、それによって労働組合も職場での公平さということに関して、有効で効果的な役割をすることが期待されたわけです。そういった職場での公平さという旗のもと、権利として、労働者として何らかの規律、規則によって、そういった処分を受ける際にも、例えば労働組合自体が団体交渉権を得ていない職場であっても、集団で交渉できるという権利が確立されました。

労働組合の承認

職場において、その労働組合が必ずしも大多数を得ていなくても、その使用者が労働組合と認識することにより、労働者の権利を守るという、新しいフレームワークが確立されました。すなわち、従前は、使用者側が労働組合を承認することは、使用者自身で決めて、それに対する交渉を自由にできたわけです。仮にその職場において一人一人の労働者自身がその労働組合によって代表されたいというふうに願ったとしても、それを使用者の方で無視することができたわけです。しかし、この法律により、法的な権利が認められることになりました。このように、職場における労組の役割といったものが新しい、非常に肯定的な、ポジティブな形で見られるようになり、それが公共政策に対しても良い影響を及ぼすようになったわけです。

保守党政権時代、かなり長期間にわたって労働組合の組合員数はずっと減少してきました。しかし、政権の交代とともに労働組合としては組合員数も比較的安定し、またそういった新しい手段、対策といったものがとられてきたわけです。もちろん組合員数自体は安定したわけですが、上昇傾向にまで転じたというわけではありません。我々としては、やはり労働組合が拡大傾向の勢いを持つ労働組合運動として、さらに展開していきたいと願っております。そして、TUCにおいては、組織化により一層力を入れることが必要だと考えているわけです。

そして、主にイギリス以外の世界各地の労働組合運動のイニシアティブを参考にすることによって、我々は各労働組合に対して、その資源を有効に活用するということ。そしてまた、項目の優先順位を決めて、それによってオルグのベースをさらに強化していくということ、すなわち既存の組合構成員に対してのサービスだけではなく、さらに労働組合そのものを強化するということを優先順位に取り組むということを考えなくてはなりません。例えば、オルグをしていく際のスキルとして、一人一人に向いているスキル、そして属性があるということです。すなわち、人によっては職場の交渉に向いた人もいるでしょうし、裁定委員会においての取り組みに向いている人もいると思います。それぞれに合ったオルグの仕方を考えていかなければなりません。

オーガナイジング・アカデミーの創設

私どもはTUCにおいてオーガナイジング・アカデミーというものをつくりました。このオーガナイジング・アカデミーという場においては、新しい、そしてより若い人たちをどんどんリクルートし、彼らが実際に、構築されたシステムに基づいてトレーニングを受けることになります。これは実際に現場で労働組合としての実践、オルグをしていくことになるわけですが、そういった中で若い人たちが、オーガナイジング・アカデミーのトレーニングに基づいて実践していくものです。

1996年にこのオーガナイジング・アカデミーのプログラムがスタートして以来、およそ200人の人が参加しております。そして、こういったオーガナイジング・アカデミーの活動、努力によりまして、労働組合を代表する人たちのプロフィールそのものが変わってきたということが言えます。すなわち、従来からの労働組合は高齢の男性が多かったわけですが、例えば女性も増えましたし、それから若い人も増えました。そして、民族的にも少数派のコミュニティの人たちも増えました。そういった形で、トレードユニオニズムに関して、新しい顔、新しい代表を育成するに至ったわけであります。したがって、TUCとしてはより現実に即した形で、各加盟組合がオルグ活動をしていく上で、新しいアイデア、新しい実践の方法といったものを採用して、どんどんやっていくということを奨励しています。

このキャンペーンアジェンダとして幾つかの課題もあります。まず、労働組合の顔として、例えば一般国民に対して、あるいは組合員に対して、そしてマスコミに対して、どういった顔をトレードユニオニズムが示しているのかということがあげられます。もちろん一番大切なキーポイントというのは、やはり労働組合の各組合構成員が現実的な側面において、いかにオルグ活動をしていくか、そして、それらに優先順位をつけて取り組んでいくかということにあると思いますけれども、同時にまたそういった人々が労働組合に持つイメージというものもやはり大きな影響を与えると考えています。

従来、労働組合活動において最もよく持たれているイメージというのがあります。大体、労働組合の幹部の人たちというのは男性で、そして顔色もあまりよくない、使い古されたというイメージです。男性で、そして白人で、そして年齢的にもかなり熟しているといった感じです。したがって、効果的なキャンペーンを職場で展開していくためにも、そして職場で働いているあらゆる人たち、色々な人たちに受け入れられるようなイメージを、労働組合として形成していく必要があると感じています。

女性の均等処遇

それでは今度は、労働運動に、具体的にどういった課題が存在するのか、職場で働く人間にとって、労働者にとって、どういったことが懸念される問題なのかということを、それぞれ一つ一つを追って説明していきたいと思います。

まず最初に申し上げたいのが、女性労働者における賃金平等、すなわち均等の給与ということです。イギリスにおける就労人口のうち、男性と女性の割合というのは、現在ではほぼ等しく、50%対50%になっています。そして、職場において女性に対して平等な給与を提供するという法律は、既にもう30年以上前に確立されたものがあるわけです。しかし、現実的には給与のギャップがあるわけでして、フルタイムで労働に従事している女性においては、男性と比べた場合に2割ほど少ないという統計が出ています。かつパートタイムに従事している女性労働者の場合には、そのギャップはもっと大きいわけです。

イギリスにおいてパートタイム雇用は非常に人数が多く、700万人以上のパートタイム労働者がいるといわれています。すなわち、イギリスにおいては、やはりまだ、どうしても男女の格差があるということ、すなわち労働条件が非常によくなく、そして賃金も低い形で女性の労働者が従事する職場が多くあるということです。すなわち等しい価値をもたらす労働に対しては等しい給与、平等な給与を提供すべきであるという考えに基づくヨーロッパの法律があるわけですが、しかし、イギリスにおいては職場の給与体系、給与構造が改善されていないという現状があるわけです。

クオリティ・オブ・ワーキングライフ

次に労働従事者の生活の質の問題、クオリティ・オブ・ワーキングライフの問題があります。イギリスは、EUの中では労働時間が最も長いことで知られています。週の平均労働時間がフルタイム労働従事者の場合、43.5時間になっています。かつ、週48時間以上の労働を定期的にしている人たちが400万人以上もいるわけです。また、これは推計ではありますけれども、イギリスにおいても賃金が支払われない形でのオーバータイムの労働に対する従事があるということ、これは日本でもよく知られたサービス残業であるわけですが、このサービス残業分、すなわち賃金の支払われないオーバータイムの労働時間の賃金といったものは、実際には230億ポンド相当分あるという推計があります。

かつ、パブリックホリデーの休日への権利がイギリスでは8日間です。しかし、EU諸国におきましては平均12日間のパブリックホリデーがあります。このような長時間労働のカルチャーというものが、英国には根強く残っています。EUでは労働時間指令というのが出されていて、それによって労働時間の短縮をさせようという圧力をかけることを目的に、ヨーロッパ全体でそれをやっていこうと考えたわけですが、英国の場合なかなかうまくいきませんでした。

なぜ、このようなEUの労働時間指令が英国においては効果を上げていないかというと、実は英国の場合は個人の労働者一人一人が、1週間48時間という通常の上限を適用しないという、オプト・アウトという特例制を求めることができるわけです。現在、ほとんどの政治に関するコメンテーターの人たちが、来年5月には総選挙があるだろうと言っています。ですから、それが多分1つの争点になるということと、もう一つ、今、政治的な分野でも関心が高まっているのが子育ての問題です。これも働く人の生活の質という問題では、大変大きなテーマであります。つまり働くということ、それと家庭の両立ということです。仕事でも満足を得ながら、家庭関係とどううまくバランスをとっていくのか。

それから、もう一つ、新たにかち取った権利ですが、これは労働者が使用者に対して、より柔軟な労働時間の設定を求める権利です。定型の労働時間以外のパターンも認められるようになりました。今日の労働組合にとって、特に力を入れてキャンペーンを展開している問題は、より柔軟な労働時間、それから子育てを支援するような施設の充実、しかもそれはお金が出せるような額で提供されるということ、手に負える額でということです。また労働時間も残業を減らし、それからよりよい形での労働ができるようにといった取り組みがされています。

年金問題

年金問題についても、私どもはキャンペーンを張っています。ほかの先進国と同様、英国の年金制度も大きなプレッシャーを今、感じているところです。国の年金制度というものがあるのですが、この価値といいますか、額はどんどん下がっている現状にあります。それから、また厚生年金に相当するものもあるのですが、これも大分、衰退の状況にあります。それから、最後に仕事をやめたときの給与水準に合わせた年金支給額というシステムを採用し続けているところは、大変少なくなってきています。より多くの年金の制度が、運用の成果次第という状況になっています。それから、これは国の年金、厚生年金、どちらにも言えることなのですが、働く女性の扱いという意味では、これまで大変ずさんだったと言わざるを得ません。これは大変、問題視されているものでありますし、労働組合としても重視している問題です。

基礎的な職業能力訓練

それからもう一つ、労働組合の活動が活発化しているのが、学習及びスキルの向上という分野です。現在、英国で働いている人のうち350万人の人は、識字、文字の読み書きをするとか、あるいは算数をする能力で困難を抱えています。職業訓練の体系の面でも、弱いところが英国にはあります。公共政策の議論の中では、労働組合はこれまで長年にわたってこの点を取り上げてきました。しかし、この六、七年の間は、より現実的な対応をしようということで、労働組合が実際に従業員の働いている現場に行って、新たに学ぶチャンスを提供する手伝いをしようとしています。

それからユニオンラーニング・リプレゼンタティブ、直訳すると労働組合学習代表とでもいいましょうか、そういう職場での役割も新たに打ち出しました。既に8,000人ほどの人がこの新たな役割を果たすべく、トレーニングを受けております。この中では3つの役割を担うことになるのですが、まず1つ目の役割は、使用者、つまり雇っている側に対して交渉を行って、より真剣に従業員向けの研修とか、またそこに対する投資を行ってもらうようにするというものです。もちろん、トレーニングの内容というのは、実際に仕事に直結しているものかもしれませんし、例えばITに関する技術だったり、言語を学ぶといった、より幅広い、一般的なものかもしれません。

それから2番目の役割としましては、学習、あるいは研修を提供する組織との間に入って、ブローカーのような役割をする。あるいは、地元の大学と地元の企業の間のパートナーシップの仲立ちをするということもあると思います。その結果、職場において学習センターのようなものを立ち上げるというのも考えられます。

れから、3番目ですが、個々の労働者に対して何かアドバイスをするとか、あるいはサポーターという形で支援をしてあげるというのがあります。とりわけ、基礎的なスキルに欠けているような人の場合は、新たに学習をしてというと、ものすごく大変なことのように思われがちです。私自身、英国の各地に行きまして、いろいろなプロジェクトを見ました。そこで聞いた実例というのは、本当にインスピレーションを与えられる内容でした。例えば、一生懸命サポートしてあげたがために、実際にその従業員の方がトレーニングを受けて、新たに学んで、その結果、その人の人生が大きく変わったというような話も聞きました。ここではっきり1つ言えるのは、仮に勉強しませんかという誘いが雇用者の側からであったり、あるいは地元の大学からの呼びかけであったら、おそらく従業員はそれに応じなかったと思うのです。でも、仲間の同じような労働者から勧められたら、反応は違うものになるわけです。

従業員に対する情報開示

それから、ここで取り上げる主なテーマとして最後になりますけれども、これは来年、つまり2005年から実施されることになるであろう新しい権利です。これは職場で何か変化が起こるときに、それについて情報を得たり、あるいは相談を受ける権利というものです。定期的にこういったことについての調査をやっていますが、その調査の結果を見ると、どうも何か職場で変化が起こるとき、あるいは変更が加えられるときに、従業員に対して相談がないというのが一般的なようです。でも、2005年以降、施行されるEU指令によりますと、何か職場で変更が加えられるときにはそれを従業員に伝える、あるいは相談をするための新しい手順を、従業員が会社に対して求めることができるということがうたわれています。

来年からは、まずはこの新しい法律は150人以上の従業員を抱える会社を対象とします。それが2008年になりますと、50人以上の従業員を抱える会社がすべて対象になります。これは、やはり従業員の人たち、労働者にとって自分たちの立場を改善する、大きなチャンスだというふうに考えています。であると同時に、これは企業及び組織にとってもメリットをもたらす可能性があると思います。というのは、英国においてはまだ生産性の問題があります。ほかのEU諸国と比べても、生産性は英国では低いという結果になっています。しかし、実際に生産性が高い職場というのは、従業員に相談したり、あるいは情報を開示している企業の方が、よほどパフォーマンスが上がっているのがわかります。

ヨーロッパモデルか、アメリカモデルか

今まで幾つかの問題点について説明してまいりました。ただ、それらの背景にもう一つ大きな議論があります。これを述べて最後にします。それはモデルの話しです。つまり、TUCとしては、ヨーロッパのほかの国で主に使われているような人間関係とか、あるいはいろいろな取り決めをすることによって、職場といったものを構成していくというやり方をモデルとして擁護しています。もちろん、EU諸国と一口に言っても国によって差はいろいろあります。ただ、そこには共通のパターンが見てとれます。つまり、福祉国家であるということ、それから社会の団結、連帯感といったものを大変重視しているということ、労働組合が果たすべき適切な役割というものが認識されているということ、また社会のパートナーシップが重視され、働く人々の権利及び、そういった人たちを保護するということも重視されているところが共通点でしょう。そういったものをうまくあわせることによって、経済活動そのものを管理していくという考え方があります。

それに対して、大変対照的といいますか、対比できるのがアメリカのモデルです。まず、規制緩和といったことにアメリカでは重きが置かれています。それから、雇ってまた首にする自由というのも、アメリカでは一般的です。またワイルドウエストという、フロンティア的な資本主義の考え方があります。その結果の1つが、大変大きな貧富の差といいますか、不公平、不平等です。では、そのEUモデルとアメリカのモデル、どっちのほうに英国は行きたいのかというと、やはりEUのモデルのほうに行きたいといった思いのほうが強いと言えるでしょう。

今日は金曜日の午後だと思いますので、労働組合によって皆さんの週末の時間を短くするわけにはいきません。そしてまた私も、より労働時間の短縮進めるべきという話もいたしました。したがって、私の講演としてはこれぐらいにとどめたいと思います。皆様、ご関心、興味を引いていただければ幸いでございます。

講師プロフィール

ブレンダン・バーバー (Mr. Brendan Barber

英国労働組合会議(TUC)書記長

講師ブレンダン・バーバー

ロンドン市立大学を卒業後、TUCに入り出版・情報局長、組織・労使関係局長、書記長代理を経て2003年より現職。オーガナイジング・アカデミー(組織家要請学校)やパートナーシップ・インスティチュートの設立に尽力、組織化に貢献する。労使間の「パートナーシップ」に基づき労働者の権利、福祉を重視する欧州型社会の発展を提唱。年金制度改革、労働時間といった国内外の諸問題に取り組んでいる。

1989年(当時、組織・労使関係局長)と1996年(当時、書記長代理)の2回、JIL(当時日本労働研究機構)の招聘プログラムで来日。夫人のメアリー・バーバーは、長くTUCの国際局で活躍し、日本を含む世界中の労組関係者に人気がある。趣味はゴルフで、英国の芝をこよなく愛す。二女の父。53歳。