報告1:これからの人材マネジメントの課題
JILPT研究フォーラム2007「労働市場の構造変化と多様な働き方への対応」
第26回労働政策フォーラム(2007年9月7日)

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報告(1) これからの人材マネジメントの課題

(株)リクルート ワークス研究所長 大久保幸夫 氏

大久保幸夫氏(写真)

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多様化の問題は、制度的な側面で議論を積み重ねられてきたが、もう一つの側面として、現場でどのようにマネジメントしていくかという課題が大きな問題になっている。ワークス研究所で実施したアンケート調査によると、人事部門が感じている現在の課題として、「女性の活用」を挙げる企業が7割(70.6%)に及ぶ。次に、「戦略上必要な人材像の明確化」(57%)が続き、「価値観や企業文化の共有」(54.4%)、「高度専門人材の育成・採用」(53.5%)、「正社員以外の人材の活用」(45.2%)などの問題が多様化に関する項目として挙げられている。

このような人事課題が列挙される背景には、様々な人たちが同じ職場で働いて組織の中が多様化しているという事実がある。しかし、それにもかかわらず、現場のマネジメントがうまくいっていないという危機感がアンケート結果から見てとれる。

私の職場を見渡しても、正社員、職域限定の正社員、契約社員、パート・アルバイト、派遣、常勤・非常勤の業務委託の人など、じつに様々な人が働いている。この人たちを戦力として最大限に有効活用し、業務を遂行していくことが現場のミドルマネージャーに課せられている。私どもの研究所では今年、ミドルマネージャーを対象とした研究を中心テーマにしているが、ミドルマネージャーというのは大変難しい問題を抱えていると思っている。彼らの仕事の一つは、業績を向上させ、業務効率、生産性を上げること。もう一つ、期待されているのは、いわゆるダイバーシティ(多様性)の問題だ。多様な人たちをうまく使い、ワーク・ライフ・バランスを実現し、メンタルヘルス・ケアもしつつ、人材育成もしなければならない。短期的に見ると業績・生産性の向上とは矛盾しやすく、さまざまな要求を同時に抱え込んでいる。この2つのテーマに折り合いをつけながら、日々のマネジメントをしていくのは、非常に大きな負荷である。

現実として、それがなかなかうまくいかない理由の一つは、ミドルマネージャーの年齢にさしかかる人は、バブル経済のときに大量採用された世代だからだ。彼らの入社後、バブルは崩壊し、後輩がしばらく入ってこなかった時期を経ている。そのため、マネジメントを経験する機会が十分になかった。

フォーラム風景(写真)

また、過去10~15年位の間に、現場組織がフラット化した。昔ながらの係長職的な初級管理職がなくなりつつあり、課長が最初の初任管理職になり始めている。つまり、いきなり課長になってマネジメントを背負う。職場がかつての姿とは違っているので、上司がやっていたマネジメントを観察学習して、真似をすればいいというわけにはいかない。期待されているものが違う。そこに難しさがある。

さらに、今のミドルマネージャーは部下の管理だけでなく、自分自身もプレーヤーとして業績を上げることが期待されている。こうなると本当に忙しくて、やることがいっぱいある。このように、職場で働く人材の多様化が進む一方、そのマネジメントの蓄積が遅れているという点が指摘できる。

このため現場では、本人は意識していなくても、雇用形態差別につながるようなものの言い方やマネジメントをしてしまう。あるいは、メンタルヘルス上リスクがあるプレッシャーをかけてしまったり、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントにつながりやすい行動をしてしまう。こうした問題が現実に起こっている。

さらにモチベーションの向上に関しても揺らいでいる部分がある。旧来の正社員に対するモチベートと、非正社員の人たちに対するモチベートには違いがある。例えば、ある仕事を任せるとき、「君に任すよ。自分の思うようにやってごらん」という言葉は、正社員であれば、その人を信頼して権限委譲しているわけで、モチベートすることになるだろうが、派遣社員に同じことを言ったらどうだろうか。もともと会社の中の文脈を知らないので、任すと言われても困ってしまう。責任転嫁されたと感じるかも知れない。同じマネジメントというわけにはいかないのが現実である。多様な人材をどうマネジメントするかということが、人事課題の中でも重要性を増し、最近、マネジメントスキルの強化に取り組む企業が増えている。

一方、多様化しているのは非正社員だけではない。正社員も多様化している。部下には、そのうち自分を飛び越していくような次世代のキーマンが配属されるかも知れないし、いつやめるか分らない戦力にもならない若者がやって来るかも知れない。或いは、出産などで仕事と生活のバランスに配慮しなければならない女性社員や、再雇用した大先輩、その他にも外国人、中途採用者などもいるだろう。さらに言えば、昨今のM&Aがこの複雑性に拍車をかけている。組織融合が日常的に必要な場面が多くあるなかで、今度は、組織文化そのものが違う人たちをマネジメントしなければならない。こうして考えると、現在のマネジメントがいかに難しいものであるかが分かると思う。

多様化をいい方向に持っていけるのか、ネガティブな側面が大きく露出してしまうかは、ミドルマネージャーのマネジメント力に大きなウエートがあるのではないかと実感している。



第1部 シンポジウム INDEX
  page1 基調報告 「正社員・非正社員の雇用区分を越えて」
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  page3 報告(2) 「「多様な働き方」への道筋」
  page4 報告(3) 「人材活用上の誤解と課題─雇用区分を越えて」
  page5 パネルディスカッション 「正社員・非正社員の雇用区分を越えて」

第2部 分科会へ (page 6 - 13)