「ビジネスと人権」 ―米、英、独、仏、国際機関(EU、ILO、OECD)の取り組みについて
【序章】ビジネスと人権に関する取り組みの現状

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「ビジネス」とは本質的には人間の欲求に基づく利己的な所業であるが、「人権」とは個人として社会に存在し得る権利であり、社会における人権を擁護するためには利他的な要素が不可欠なことから、基本的に双方は対立する概念である。しかし、より良いものをより安く手に入れたいという人間の欲求が国境を越え、知り得ないうちに他国の労働者を搾取するといった現象が看過できないレベルにまで達するに至り、ビジネスを行う企業に社会性を持たせると共に、グローバルなレベルでの規制が不可欠との認識が拡がった。現在におけるビジネスとは、利己的な利益を追求する存在であると同時に、利他的な社会性をも示すことのできる存在でなければならないとの認識が共有されている。

世界の企業に向けられる目が厳しさを増す中、企業がグローバル活動を行う上で、人権を擁護し、社会的な信頼を得ることの重要性はかつてないほど高まっている。JILPT調査部(海外情報担当)は、2021年7月に「ビジネスと人権」に関する国際社会及び先進各国の取組み状況を調査し、特集として紹介した。今回は、その後の状況を取りまとめ、「ビジネスと人権」に関する世界の現在位置を再確認した。

国際社会の動き

(1)国連の指導原則に基づく「国別行動計画(NAP)」の策定状況

サプライチェーンが世界中に張りめぐらされ、多国籍企業の企業活動において国境がほとんど意味をなさない今日においては、各国における法整備を促す国連やILO、OECDといった国際機関及びEUなどの地域社会が定める「ビジネスと人権」に関する国際基準や指針及び指令等の役割が重要であり、この取組みに参画するすべてのステークホルダー間の緊密な連携が欠かせない。

国際社会における「ビジネスと人権」に関する取組みの嚆矢は、1976年にOECDが発表した「多国籍企業行動指針」や1977年のILO「多国籍企業および社会政策に関する原則の三者宣言」などに見られるが、近年における最大の転機となったのは、2011年に国連の人権理事会の関連決議により全会一致で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」((注1)、以下、指導原則)であろう。この指導原則自体は法的拘束力のないソフト・ローであったが、これから派生した国際的な各種ガイドラインや、各国によるハード・ロー化、条約化、政策等はすべてこの指導原則の内容をベースにしたものである。指導原則は、企業の責任として「国際的に認められた人権」を尊重させることを主眼として策定されており、企業には、人権への負の影響を特定し、防止し、軽減し、対処するため、影響の評価、評価結果への対処、その反応の追跡検証、対処方法に関する情報発信を実施することが求められているとしている。この一連の流れを「人権デューデリジェンス」と呼ぶが、これは、同年5月に改定されたOECDの「多国籍企業行動指針」にも盛り込まれた。この「人権デューデリジェンス」には、サプライチェーンの人権問題の特定、労働者の権利の保護、地域社会との関係の構築などが含まれる。

そして、この「人権デューデリジェンス」のプロセスを管理し、履行を確実なものとするためには国における法整備が必要となる。現在、2011年の国連人権理事会で承認された指導原則の決議に基づき、専門家で構成される作業部会が設置されている。作業部会は、ビジネスと人権に関する指導原則の普及、実施にかかる行動計画の策定を各国に奨励している。これにより、各国政府は、国別行動計画の策定や関連法の整備等を進めている。「国別行動計画」の策定状況をみると、2023年8月時点で、日本を含む30カ国が行動計画を発表しており、アルゼンチン、オーストラリアなど21カ国が策定中である(表1)。

表1:各国の行動計画策定状況
行動計画策定済みの国 行動計画策定中の国
英国、オランダ、デンマーク、フィンランド、リトアニア、スウェーデン、ノルウェー、コロンビア、スイス、イタリア、米国、ドイツ、フランス、ポーランド、スペイン、ベルギー、チリ、チェコ、アイルランド、ルクセンブルク、スロベニア、ケニア、タイ、日本、ウガンダ、パキスタン
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<一部、策定済み>
中国、ジョージア、韓国、メキシコ

(以上、30カ国)

アルゼンチン、オーストラリア、アゼルバイジャン、グアテマラ、ギリシャ、インド、インドネシア、ヨルダン、ラトビア、リベリア、マレーシア、モーリシャス、メキシコ、モンゴル、モロッコ、モザンビーク、ミャンマー、ニカラグア、ポルトガル、ウクライナ、ザンビア

(以上、21カ国)

2023年8月時点。

注:メキシコは両方に記載がある。

出所:国際連合人権高等弁務官事務所新しいウィンドウ

(2)OECDの「多国籍企業行動指針」に基づく「国別連絡窓口(NCP)」の活動状況

OECDは1976年に初めて、参加国の多国籍企業に対して期待される責任ある企業行動(RBC:Responsible Business Conduct)を自主的にとるよう勧告する「多国籍企業行動指針」を発表した。この指針にも法的な拘束力はないが、企業行動に関する最も包摂的かつ国際的な枠組みを定めた文書として、各国政府が支持している。また、指針の普及や照会処理、問題解決支援のため、参加国には、「国別連絡窓口(NCP:National Contact Point)」の設置が義務付けられている。各国のNCPの構成は、政府の関係省庁、政・労・使 三者構成、政府から独立した組織の場合等、様々であり、活動状況も国によって差がある。

フランスの連絡窓口(PCN)は、経済財政省内に設置されており、これまでに届け出られた案件は43件確認される。このPCN届出案件のうち、対象企業、人権問題が確認された国、届出内容等が確認できたのは25件で、そのうち労働関連の案件は15件である。労働関連の案件の分野別では、結社の自由が5件、労使紛争が6件、労働条件が1件、労働者の基本的人権が3件、事業所閉鎖に伴う解雇が1件、児童労働と強制労働が1件、労災事故の補償問題が1件である(なお、1案件で複数の問題に関して届け出られている場合が含まれる)。労働以外では、人権全般に関する事案のほか、資源開発による環境への影響、発電所建設に関わる土地収用、移転価格税制、健康保険の適用、情報公開・消費者利益・課税に関する案件がある。届出の内容は主にフランス企業の海外での活動に関するものであるが、フランス国内に関する案件も含まれる。PCNは、対話により紛争を解決する特徴があり、「注意義務法」に基づく裁判による救済を補完する方法と位置づけられている。

ドイツの連絡窓口(ドイツ国別連絡窓口NKS)は、連邦経済・気候保護省(BMWK)内にあり、2000年に開設された。開設以来、35件の終結事例がある。

イギリスの連絡窓口(UKNCP)は、ビジネス通商省の一部門がこれを担っている。2010~2023年の期間における申し立ては46件で、うち39件について受理・不受理を含む結論がUKNCPウェブサイト(注2)に示されている。

アメリカの連絡窓口(USNCP)は、2017~22年に合計10件の「最終声明」を公表しているが、この間企業側が調停を受入れ、当事者間での合意に至ったケースは2022年(アルジェリア案件)の1件にとどまる。ただし、2018年(インドネシア案件)と2020年(トルコ案件)の案件では企業側が調停の実施に合意し、問題提起した労組側が評価した例もあるという。

日本の場合は外務省、厚生労働省、経済産業省の3省で構成されており、2000年に日本国別連絡窓口(日本NCP)が設立された(注3)。また、3省に加えて、労使団体(日本労働組合総連合会、日本経済団体連合会)が加わった諮問委員会(日本NCP委員会)も立ち上げられており、定期的に指針の普及・実施に関する会合を行っている。なお、日本の国別連絡窓口の活動状況に関しては、後述の第2回国連ビジネスと人権フォーラム(UNBHRフォーラム)において、アラン・ヨルゲンセンOECD責任ある企業行動センター長から、「日本の日本NCPについては、これまでのところ苦情対応がG7の中で低水準に留まっている」との指摘がなされ、さらなるNCPの機能強化を求める言及があった。

(3)国連の取り組み

2011年に国連の人権理事会の関連決議による指導原則が全会一致で承認されてから10年が経過した2022年、国連は「第2回国連ビジネスと人権フォーラム(UNBHRフォーラム)」を開催し、世界から5万人を超える各国関係者、ステークホルダーらを集めた。国連による指導原則の影響と範囲は2011年の導入以来拡大しているものの、現状については依然として改善すべき点が残されている。前述の通り、これまでに多くの国が国別行動計画(NAP)を策定し、人権をビジネスに組み込むための自主的な措置(ソフト・ロー)を定めてきた。しかし、計画を定めただけでは、実効は伴わない。そのため、現在世界各国で法的拘束力のあるハード・ロー化の動きが進展している。そしてこの国別の法制化の後押しをするのが、国際機関及び地域社会の取組みである。

(4)OECDの取り組み

OECD閣僚会合は今年6月、12年ぶりとなる「多国籍企業行動指針」の6度目の改訂を承認した。今回の改訂では、社会、環境、技術分野等における企業責任の適用範囲の明確化や関連のデューデリジェンスへの期待事項などが新たに盛り込まれた。OECDの「多国籍企業行動指針」は、数年~10年のスパンで必要に応じて見直されている。これまでに、1979年、1984年、1991年、2000年に改訂を行い、2011年には、「人権」の章が新設された。6度目となる今回の改訂は、その間のグローバル経済社会の変化の中で企業が直面する「社会(自社製品やサービス利用の影響やサプライチェーンについて)」、「環境(気候変動や生物多様性に関する国際的合意目標との整合性について)」、「科学技術(データ収集・利用を含む、科学技術の開発、融資、販売、ライセンス供与、取引、使用について)」などの分野における優先課題について、デューデリジェンスの明確化や範囲の拡大などを図る内容になっている。

今回の改訂について、木下由香子在欧日系ビジネス協議会CSR委員会副委員長・BIAC日本代表委員は、「取り組むべき対象や範囲が以前より3割ほど広がって煩雑化しており、企業単独の取り組みは難しく、政府の支援等が欠かせない」とした上で、「責任ある企業行動(RBC)の国際的な指針作り等が広がる中で、EU指令案が何らかの影響を及ぼす可能性や、今後、複数ある指針の整合性と統一を図る必要がある」ことに言及している。

(5)ILOの取り組み

他方ILOでは、「サプライチェーン上のディーセント・ワークに関する戦略(ILO Strategy on decent work in supply chains)(以下、戦略)」を、第347回ILO理事会(2023年3月)において採択した。この戦略は、サプライチェーンにおけるディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を確保するための包括的なツールと実施ガイダンスをILOの政労使三者に伝えることを目的とする2023~2027年までの5カ年計画である。今回新たに採択された「戦略」は、これまでの「ILO多国籍企業宣言」や「ILO宣言」を統合した上で、2022年6~7月に実施された「サプライチェーン上のディーセント・ワーク確保のための選択肢に係る政労使三者構成作業部会(Tripartite Working Group on Options to Ensure Decent Work in Supply Chains)」によって採用された構成要素に基づき、ILOが実施すべき20のアウトプットを新たに設定したものとなっている。

このように、国際レベルにおける拘束力のあるルール策定に関しては一定程度の進捗が見られる。しかし、実効性から見た場合、その進度は必ずしも満足できるレベルとは言い難い。一方、地域社会における取組は、国際社会の取組と比して、より即時的な効果を発揮できる可能性がある。

(6)EUの取組み

EUは、域内で活動する一定規模以上の企業に対して、環境や社会・従業員の待遇、人権等に関する取り組みの方針やその成果等の開示を義務付けており、対象範囲の拡大や開示内容の厳格化を推し進めている。さらに現在、新たな法制度として、環境等に関するデューデリジェンスの義務化が議論されており、バリューチェーンを含む事業活動の負の影響の確認や、是正等の義務化も視野に入れる。

従来から実施されている非財務情報の開示制度には、改善の必要性が指摘されていた。制度改正をめぐって欧州委員会が2020年に実施したコンサルテーションの結果によれば、開示内容の比較可能性や信頼性、関連性が不十分であるとの指摘のほか、企業の側でも追加の情報請求への対応が重大な問題となっているとして、回答者の大半が共通基準の設定を支持していた。情報開示が義務付けられる対象範囲の拡大についても、多くが支持しており、これには欧州域外の企業や、非上場の大規模企業などが含まれる。

こうした議論を背景に、2023年1月に施行された「企業持続可能性報告指令」(注4)には、各種の制度改正が盛り込まれた。これは、非財務情報の開示を義務付ける企業の範囲拡大(注5)のほか、開示内容についても、より詳細な規定が設けられた。各情報は、確認に用いたプロセスを併せて報告することが求められるほか、必要に応じて短期的、中期的、長期的に予測される状況を含めることとされる。さらに、開示内容のより詳細な基準(Sustainability reporting standards)が設定される予定である。

また、「企業持続可能性報告指令」の審議と並行して、「企業持続可能性デューデリジェンス指令案」の策定が進められた。欧州委員会はまず、2020年7月、「持続可能な企業ガバナンスに関する文書」を公表した。これは企業に対し、そのバリューチェーンの活動による気候変動、環境、人権(労働者や児童労働を含む)への悪影響を明らかにし、リスクを防止し、悪影響を緩和する義務を課し、すべての利害関係者を考慮に入れてこれら義務を実施し、必要なら救済も含めた仕組みを設けることを求めるものだ。そして同年10月には、持続可能な企業統治に関するコンサルテーションを開始した。ここでは、EUにおける法規制の必要性、デューデリジェンス、その他施策、影響の測定について意見を広く聴いている。

一連の議論を受けて、欧州委員会は2022年2月、指令案を公表した。情報開示を主眼とする従来の法制度から進んで、企業に自社や子会社、バリューチェーンにおける活動が及ぼす人権や環境への負の影響を確認し、予防や緩和、是正などに取り組むことを求める内容となっている。欧州委員会は、新たなルールの導入が企業にとっての法的な確実性を高め、平等な競争環境をもたらし、また消費者や投資家には透明性を提供し、欧州および世界のグリーン経済への移行や、人権保護を進展させるとしている。

2. 各国の状況

では、ビジネスと人権に関する各国の活動状況を見てみよう。

(1)フランス

2016年末に国別行動計画(NAP)を策定し、2017年には人権に関する注意義務を企業に求める先駆的な「親会社及び発注会社の注意義務に関する法律」(企業注意義務法)を制定し、国内外からこの分野におけるパイオニア的存在と注目されたフランスであるが、その後の状況はどうであろうか。企業注意義務法は、多国籍の大企業に対し、子会社や下請け業者を含めた自社の事業活動によって引き起こされる人権や基本的自由の侵害、人間の健康と安全を脅かす環境被害など重大な違反を特定して、防止する措置を講じることを義務づけている。法案提出の背景には、2013年4月のバングラデシュ縫製工場崩壊事故の再発防止等の意図があったようだ(本法律の詳細は前回の特集を参照)。現時点で発効している人権デューデリジェンス関連法制の中では、世界で最も広範なものとされている。同法は、対象企業(5000人規模以上等)に人権侵害や環境被害を防止するための注意義務計画書の公表を義務づけているが、同法施行2年後の2020年に仏政府により公表された評価報告書を見ると、調査対象となった企業の一部はまだ注意義務計画書の公表や対策の実施等について何らの開示がない点が問題として指摘されている。また、関連NGO(CCFD)によれば、2023年1月の時点で、同法の履行義務がある263社のうち、過去3年間で注意義務計画を発表していない企業は38社に上り、同法の実効性の弱さを指摘、法律改正の必要性が取り沙汰されている。また、国会で法律が成立した時点の同法には非遵守企業に1000万~3000万ユーロの罰金を科すとの罰則規定が設けられたが、憲法評議会はこれを削除としたため、同法の実効性が損なわれたとする指摘もある。なお、同法に基づく提訴・催告の対象となった企業は、2023年3月1日時点で18社であり、そのうち労働関連は4件であった。

(2)ドイツ

ドイツもフランスと並び国内法を制定、取組みを進めている。ドイツでは、2016年12月に「国別行動計画(NAP)」を策定、同計画によれば2020年末までに、企業が自主的に人権デューデリジェンスを導入し、その実施と報告を行うことが目標とされ、目標未達の場合には、国内法による義務化の可能性が予告されていた。2020年10月に公表された国別行動計画最終モニタリング報告書により、同計画の要求事項を満たした企業は全体の13~17%の低水準であったことが判明、このため国内法化が目指されることとなった。サプライチェーンにおける人権と環境のデユーデリジェンスの適切な遵守を企業に義務づける国内法となる本法案は、途中紆余曲折があったものの、「サプライチェーン・デューデリジェンス法」として2021年6月に成立、2023年1月に全面施行された(2021年7月23日に一部施行)。同法により、従業員数3000人以上(24年1月1日以降は従業員1000人以上に対象が拡大)の企業に対して、サプライチェーンにおける人権や環境分野のデューデリジェンスの遵守が義務づけられた。対象企業がデューデリジェンス違反をした場合、行政罰として最大5万ユーロを上限とする履行強制金が科される可能性がある。さらに、企業は違反そのものについても罰金が科される場合があり、17.5万ユーロを超える罰金が科される場合は、公共調達からも最大3年間除外されることとなる(違反の程度によるが、平均年間売上高が4億ユーロ超の法人の場合、罰金額は最大で平均年間売上高の2%の額が課され得る)。なお、同法を所管する連邦経済輸出管理局は、同法の施行に合わせ、関連予算の増額や管理スタッフを増員したり、法律の解釈に関する質問を受け付ける専用サイトを立ち上げて、問い合わせや相談対応を行うなど施行までの1年半に周到な準備を行っている。

(3)イギリス

イギリスは、2013年9月、他国にさきがけて国別行動計画(NAP)を策定した。しかし、国内の外国人労働者の搾取に対する取り締まり強化を目的に法制化が進められていた「現代奴隷法」の内容の拡充により、結果的に対応する法律が別途制定されることとなった。同法は、奴隷労働や人身取引に関する既存の法規制を統合、明確化するとともに、罰則強化や新たな予防措置、政府から独立した反奴隷コミッショナー(Independent Anti-slavery Commissioner)の設置や、人権侵害の被害者の支援・保護に関する規定などを盛り込んでいる。また、イギリス国内で商品やサービスを提供する企業などのうち、売上高が一定規模以上の企業に対して、毎年度、奴隷労働と人身取引に関するステートメントを作成することを義務づけている。その後、企業の透明性向上に向けた議論が進められ、政府は2022年5月、現代奴隷法の改正法案を提出するとの意向を示した。法案の目的は、人身取引と奴隷労働の被害者の保護・支援策の強化、また企業等がサプライチェーンから奴隷労働を駆逐するためのアカウンタビリティの強化だ。企業等の透明性の向上により、取り組みを行っていない組織にプレッシャーをかけ、サプライチェーンに広がる強制労働の削減を図るとともに、強制労働の被害者に対する政府の責任、特に支援の提供に関して法律に盛り込むことで、被害者にとっての法的な確実性を高め、同時に、執行機関により強力な権限を与えることで、強制労働の発生の抑止や被害者の保護、加害者の処罰を行うとの方針が示されている。しかし、これを実現するものとして議会で予告されていた法案提出は、これまでのところ行われていない。

(4)アメリカ

アメリカは2016年に国別行動計画(NAP)を策定し、「責任ある企業行動(Responsible Business Conduct、RBC)」を支援しているが、欧州とはやや異なるアプローチでサプライチェーンのデユーデリジェンスに取り組んでいる。最近の取組みとしては、中国・新疆ウイグル自治区産品などを対象にした「強制労働防止」や、アメリカ・カナダ・メキシコ自由貿易協定(USMCA)で定めた「早期対応労働メカニズム(RRLM)」による「労働者の権利(結社の自由・団結権)の確保」などの取り組みがある。中国・新疆ウイグル自治区産品などを対象にした「強制労働防止」については、中国新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品の輸入を原則として禁じる「Uyghur Forced Labor Prevention Act、UFLPA(ウイグル強制労働防止法)」を2022年6月に施行、同自治区産の製品は強制労働によるものではないことの証明がないかぎり、CBPが輸入を差し止めることとした。アメリカはこれまでにも綿製品、トマト、ポリシリコン(太陽光パネルの部材)という特定の物品、製品を対象に、中国新疆ウイグル自治区からの輸入を禁じる措置をとっていたが、今次措置によりすべての物品等にこれを拡大、同自治区において、全体または一部が採掘、生産、製造されたすべての物品、製品、商品を強制労働によって作られたものと推定し、米国への輸入を禁じることとした。また、アメリカ、カナダ、メキシコの三カ国間の自由貿易協定(USMCA)下の労働者の権利確保については、締結国が順守すべき事項として、ILOが認める労働者の権利を確保することや、労働法の効果的な施行を図ることを明記している。これまでのRRLMの実施状況を見ると、2020年7月の制度開始から2023年8月までの間に、アメリカ政府からメキシコ政府に対して12回、調査を要請している。

3.人権と環境

人権と環境のつながりは、ビジネスと人権に関するもう一つの重要なテーマである。前出の「第2回国連ビジネスと人権フォーラム」においても、「環境保護が人権享受の鍵であり、人権の行使が効果的な環境保護にとって重要である」ことが強調された。環境権を人権として扱うということは、指導原則および関連する地域および国の法律が、企業に環境への影響について責任を負わせるための枠組みを提供できることを意味する。EU指令案においても、デューデリジェンスプロセスの一環として、人権への影響とともに環境への悪影響を特定、終了、防止、軽減、および説明することを企業に要求できるとしている。

また、「第2回国連ビジネスと人権フォーラム」の直前に開催された第27回締約国会議(COP27)のシャルムエルシェイク実施計画には、「気候危機が国家および世界の安全保障に影響し、食料、水、土地などの希少な資源をめぐる競争の激化を引き起こす」ことについての議論も含まれていた。フォーラムでは、特に淡水源を共有する国々の水安全保障の問題に取り組むための国際協力の必要性について議論があったほか、気候変動の不平等な影響に対処するための国際協力の必要性に関する議論が行われた。

4.人権と紛争

ビジネスと人権に関する取組みには、ロシアのウクライナに対する違法な戦争、ミャンマーでのクーデターとその後の軍事独裁政権、新疆ウイグル自治区での深刻な人権侵害、シリア、アフガニスタン危機などの国際紛争が色濃く影を落としている。政府は制裁の賦課や対外援助の提供など、さまざまな外交政策手段でこれらの対立に対応しているが、企業は益々複雑化する政府の規制を遵守しながら、このような困難な状況下で人権を保護するための取り組みを続けなければならない。国連開発計画(UNDP)は、これらの紛争環境における人権やその他の課題に取り組む企業を正しい方向に導くため、紛争の影響を受けた企業の人権デューデリジェンスの強化に関するガイドを作成、企業は、「武力暴力や武力紛争、軍事占領、重大な人権侵害、または上記のいずれかの兆候が存在する場所で事業活動を行う(または去ることを決定した)場合、果たすべき重要な役割を持っている」としている。

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