「ビジネスと人権」 ―米、英、独、仏、国際機関(EU、ILO、OECD)の取り組みについて
【OECD】「OECD多国籍企業行動指針」を改訂
―12年ぶり6度目
経済協力開発機構(OECD)閣僚会合は6月8日、12年ぶりとなる「OECD多国籍企業行動指針(以下、「行動指針」)」の改訂を承認した。今回の改訂では、社会、環境、技術分野等における企業責任の適用範囲の明確化や関連のデューデリジェンス(注意義務)(注1)への期待事項などが新たに盛り込まれた。以下にその概要を紹介する。
ほぼ10年ごとに改訂される「行動指針」
OECDの「ビジネスと人権」に関する取り組みの原点をたどると、47年ほど前まで遡る。1976年に初めて「行動指針」が発表され、参加国の多国籍企業に対して、期待される「責任ある企業行動(RBC:Responsible Business Conduct)」を自主的にとるよう勧告した。
「行動指針」は、数年~10年のスパンで必要に応じて見直されている。これまでに、1979年、1984年、1991年、2000年に改訂を行い、2011年(注2)には、「人権」の章が新設された。当該章には、「企業には人権を尊重する責任があり、自企業及び取引先の活動等において、適切にリスクベースのデューデリジェンス(注3)を実施すべき」という主旨の文言が加えられた(注4)。
「行動指針」は、表1が示す通り、責任ある企業行動(RBC)に関してⅠ~Ⅺまでの幅広い分野において原則と基準を定めている。
分野 | 内容 |
Ⅰ.定義と原則 | 「行動指針」は多国籍企業に対し、良き慣行の原則・基準を提供。「行動指針」の遵守は任意のものであり、法的に強制し得るものではない。参加国政府は「行動指針」の普及を促進し、「各国連絡窓口(NCP)」を設置。 |
Ⅱ.一般方針 | 持続可能な開発の達成、人権の尊重、能力の開発、人的資本の形成、良いコーポレート・ガバナンスの維持等のため企業は行動すべき。リスクに基づくデューデリジェンスを、サプライチェーン(供給網)を含む企業活動による悪影響を特定、防止、緩和するための主要ツールとして導入。 |
Ⅲ.情報開示 | 企業は、活動、組織、財務状況及び業績等について、タイムリーかつ定期的に情報開示すべき。企業が情報開示すべき重要情報と、企業による情報開示が奨励される情報を例示。 |
Ⅳ.人権 (2011年に新設) |
企業には人権を尊重する責任があり、自企業及び取引先の活動等において、適切にリスクベースのデューデリジェンスを実施すべき。 |
Ⅴ.雇用・労使関係 | 企業は、労働者の権利の尊重、必要な情報の提供、労使間の協力促進、途上国で活動を行う際の十分な労働条件の提供、訓練の提供、集団解雇の合理的予告等を行うべき。 |
Ⅵ.環境 | 企業は、環境、公衆の健康及び安全等を保護し、持続可能な開発の達成等に向け十分考慮を払うべき。 |
Ⅶ.贈賄、贈賄要求、金品の強要の防止 | 企業は、賄賂その他の不当な利益の申し出、約束又は要求等を行うべきでない。2011年の改訂により、対象範囲を贈賄要求、金品の強要の防止にも拡大、少額の円滑化のための支払いについても言及。 |
Ⅷ.消費者の利益 | 企業は公正な事業、販売及び宣伝慣行に従って行動し、提供する物品・サービスの安全性と品質確保等のため合理的な措置を実施すべき。消費者情報を保護し、誤解を招きやすい販売活動を防止し、弱い立場にある消費者やEコマース等にも適切に対応すべき。 |
Ⅸ.科学・技術 | 企業は、受入国の技術革新能力の発展、受入国への技術・ノウハウの移転等に貢献すべき。 |
Ⅹ.競争 | 企業は、法律・規則の枠内において競争的な方法で活動すべき。 |
Ⅺ.納税 | 企業は納税義務を履行することにより、受入国の公共財政に貢献すべき。 |
出所:外務省経済局経済協力開発機構室(PDF:756KB)(2022)をもとに作成。
「行動指針」に法的な拘束力はないが、企業行動に関する最も包摂的かつ国際的な枠組みを定めた文書として、各国政府が支持している。また、「行動指針」の普及や照会処理、問題解決支援のため、参加国には、「連絡窓口(NCP:National Contact Point)」の設置が義務付けられている。各国のNCPの構成は、政府の関係省庁、政・労・使 三者構成、政府から独立した組織の場合等、様々であるが、日本の場合は外務省、厚生労働省、経済産業省の3省で構成されており、2000年に設立された(外務省経済局経済協力開発機構室に設置)。また、3省に加えて、労使団体(日本労働組合総連合会、日本経済団体連合会)が加わった諮問委員会(日本NCP委員会)も立ち上げられており、定期的に行動指針の普及・実施に関する会合を行っている。
「行動指針」に参加している国は、現時点で日本を含むOECD加盟国(38カ国)に、アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、クロアチア、エジプト、ヨルダン、カザフスタン、モロッコ、ペルー、ルーマニア、チュニジア、ウクライナ、ウルグアイの非加盟国(13カ国)を加えて、計51カ国となっている。
2023年改訂の主なポイント
6度目となる今回の改訂は、その間のグローバル経済社会の変化の中で企業が直面する「社会(自社製品やサービス利用の影響やサプライチェーンについて)」、「環境(気候変動や生物多様性に関する国際的合意目標との整合性について)」、「科学技術(データ収集・利用を含む、科学技術の開発、融資、販売、ライセンス供与、取引、使用について)」など分野における優先課題について、デューデリジェンスの明確化や範囲の拡大などを図る内容になっている(表2)。
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出所:OECD(2023)等をもとに作成。
関係者のコメント
木下由香子在欧日系ビジネス協議会CSR委員会 副委員長・BIAC日本代表委員は7月6日、今回の改訂について、従前どおり企業の自主性を尊重している点を評価した上で、取り組むべき対象や範囲が以前より3割ほど広がって煩雑化していることや、企業単独の取り組みは難しく、政府の支援等が欠かせないことなどを指摘した。さらに、責任ある企業行動(RBC)の国際的な指針作り等が広がる中で、現在EUでも、人権および環境デューデリジェンスを義務化する「企業持続可能性デューデリジェンス指令案(CSDDD/CS3D)」が議論されており、何らかの影響を及ぼす可能性や、今後、複数ある国際指針の整合性と統一を図る必要があることにも言及した(注5)。
また、アラン・ヨルゲンセンOECD責任ある企業行動センター長は、改訂部分のみに着目するのではなく、より包括的な内容把握と取り組みを各国に依頼するとともに、OECD「行動指針」のユニークな特徴である各国連絡窓口(NCP)が果たす役割の重要性について改めて言及した。その中で、日本のNCPについては、これまでのところ申し立てがG7の中で低水準に留まっている点を指摘し、今後可能であれば、専用サイトの作成や専従スタッフの配置も選択肢の1つだと提案しつつ、さらなるNCPの機能強化を求めた(注6)。注
- デューデリジェンス(Due diligence)とは、企業に求められる、当然行われるべき注意義務のことを指し、そのまま「注意義務」と訳されることもある。(本文へ)
- 同年(2011年)3月には、国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)」(Guiding Principles on Business and Human Rights)が承認され、大きな国際的な取り組みの転機となった。詳細については、JILPTが前回発表した2021年の特集(フォーカス)を参照されたい。(本文へ)
- 企業がデューデリジェンスに取り組む際には、「リスクに相応した(リスクベース)優先順位付けが重要」という意味。(本文へ)
- 外務省「OECD多国籍企業行動指針(PDF:659KB)」(2011年改訂版仮訳)(本文へ)
- ジェトロ・アジア経済研究所国際シンポジウム『ビジネスと人権と環境』 デューデリジェンスのさらなる可能性—OECD多国籍企業行動指針の改訂をうけて(2023年7月6日開催)より。(本文へ)
- 同上。(本文へ)
参考資料
- 外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/housin.html
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100279241.pdf(PDF:756KB) -
OECD
OECD (2023), OECD Guidelines for Multinational Enterprises on Responsible Business Conduct, OECD Publishing,Paris.
OECD Guidelines for Multinational Enterprises NCP short video.
https://www.youtube.com/watch?v=d4kC_tLhIsI
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