「ビジネスと人権」 ―米、英、独、仏、国際機関(EU、ILO、OECD)の取り組みについて
【ドイツ】サプライチェーン・デューデリジェンス法が1月1日に施行

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サプライチェーンにおける「人権」と「環境」のデューデリジェンス(注意義務)の適切な遵守を企業に義務付けた「サプライチェーン・デューデリジェンス法 (Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz, LkSG)が2023年1月1日に全面施行された(一部、2021年7月に施行)。ドイツは、21年6月の同法成立後、約1年半かけて履行確保の体制構築などを進めてきた。本稿では、同法の施行前後の動向を中心に、国際機関(OECD、国連、EU)による「ビジネスと人権」の取り組みとドイツの対応を併せて紹介する。

サプライチェーン・デューデリジェンス法の概要

23年1月1日、サプライチェーン・デューデリジェンス法 (以下、「LkSG」) が施行され、従業員数3,000人以上の企業に対して、サプライチェーン(供給網)における人権や環境分野のデューデリジェンス(注意義務)の遵守が義務づけられた。24年1月1日以降は、従業員1,000人以上の企業にも対象が拡大される。

企業が今後行うべきデューデリジェンスには、主に以下が含まれる:

  • リスク管理体制の整備とリスク分析の実施
  • 企業の方針書の公表
  • 予防措置の確立
  • (違反発見時の)是正措置の実行
  • 苦情処理手続きの確立
  • 文書化、及び年次報告書の作成

LkSGが適用される「サプライチェーンの範囲」は原則として、「自社」および「直接取引先」までとなる。ただし、「間接取引先」において人権や環境に関する義務違反や侵害などの兆候があれば、企業は必要に応じて行動を起こさなければならない(LkSG §9)。その際、「適切性の原則(Prinzip der Angemessenheit)(注1)」が適用される。企業は特定された全てのリスク課題に同時に対処する必要はなく、まず重要なリスク案件に焦点をあてて、個々の状況を鑑みながら可能なことのみを行えば良いとされる(リスクベース・アプローチ)。あらゆる適切な努力を行っていたにもかかわらず、サプライチェーンにおいて人権侵害や環境汚染などが発生した場合、企業は訴追されない。

対象企業がデューデリジェンス違反をした場合、監督当局の連邦経済輸出管理局(BAFA)により差止命令が出されるが、それでも改善しない場合、5万ユーロを上限とする履行強制金が科される可能性がある(LkSG §23)。さらに、企業は違反そのものについても罰金が科される。額はその重大性と企業の総収益によって算出されるが(LkSG §24)、17.5万ユーロを超える罰金が科される場合は、公共調達からも最大3年間除外される(LkSG §22)(違反の程度によるが、平均年間売上高が4億ユーロ超の法人の場合、罰金額は最大で平均年間売上高の2%の額が課され得る)。

なお、LkSG下で生じる義務に企業が違反した場合、行政上の秩序違反行為と見なされて(LkSG §24)、行政罰を受けるが、刑事責任や民事責任には原則として問われない。その理由について、「Initiative Lieferkettengesetz (サプライチェーン法イニシアチブ)」が発行した解説書(注2)によると、「LkSGは、人権や環境の侵害を未然に防ぐという予防効果が主目的であるため、行政による監視と制裁が最も適切な法的手段であること」に加えて、「企業を対象とした法律で、刑事責任を負うべき人物が存在しないこと」、「企業活動において人権侵害が起きた場合、民事責任とは何か、という独立した定義がなければ、被害者が個人でドイツの民事裁判所に訴えて企業責任を問うことは、立証責任や短い消滅時効などの点で法的ハードルが高く、ほぼ不可能であること」などを挙げている。その上で、民事責任については、ドイツが単独で定義するのではなく、現在議論が進むEU指令案(CSDDD/CS3D)でその定義を共通化し、それにより各国レベルで規定することが極めて重要だとしている。

ただし、LkSGは「特別代表訴訟」(LkSG §11)を規定しており、個人にかわり、ドイツ国内に本拠地がある労働組合やNGOが当該企業を提訴することは可能となっている。

履行確保を担当する連邦経済輸出管理局(BAFA)

LkSGは、「連邦経済・気候保護省(BMWK)(注3)」、「連邦経済協力開発省(BMZ)」、「連邦労働社会省(BMAS)」の3省が所管する法律である。また、履行確保は、連邦経済・気候保護省の管轄下にある「連邦経済輸出管理局(BAFA)」が担当する。連邦経済輸出管理局は、経済発展、国際貿易、気候保護分野の監査監督を遂行する組織で、LkSGの法的枠組みの中では、主に以下の業務を担う:

  • 企業の報告の受取り、遵守状況のモニタリング
  • 企業の取り組みに対する支援
  • 違反の検出、排除、防止
  • 罰金等の賦課

連邦経済輸出管理局は 6月30日に初めての年次報告書「(Rechenschaftsbericht 2022)(注4)」を発行し、施行前の準備状況を報告している。それによると、22年度の連邦予算で承認された連邦経済輸出管理局のLkSG関連予算は528万ユーロ(人権費やモニタリング費用などを含む)で、新規に57のスタッフポストが認められた。これに従って連邦経済輸出管理局は採用活動を行い、22年末までに57ポストをほぼ埋めた(23年1月1日付で採用)。なお、23年度予算では、さらに44のポストが認められている。事前に3省と連邦経済輸出管理局が合同で行った必要人員推計では、常勤換算で少なくとも計143人以上の人員が必要とされており、今後も、予算の承認状況に応じて増員が続くものと思われる。

連邦経済輸出管理局は2021年10月から、関係者(労使団体や企業、市民等)に対する説明会や対話イベントを開始し、同時期に専用サイトを立ち上げて、問い合わせや相談対応も行っている。頻繁に聞かれる事項はQ&Aとしてまとめて公開し、適宜更新している。2022年は627件の問い合わせがあり、このうち最も多かったのは、「法律・解釈に関する質問(34%)」であった(図表1)。

図表1:連邦経済輸出管理局に寄せられた問い合わせの内訳(2022年、計627件)
画像:図表1

出所:BAFA(2023).

このほか2022年6月には、LkSGの適用対象となる可能性があるドイツ国内の企業約1,600社に対してレターを発出し、法律の施行が半年後の23年1月に迫っていることや、企業が果たすべきデューデリジェンスの解説、連邦経済輸出管理局の役割、問い合わせの受付先などの包括的な情報を提供し、各企業に準備を促した。さらに、サプライチェーンの適用が国外にも及ぶことを想定し、苦情受付フォーム(Beschwerde  melden)はドイツ語のほか英語、フランス語、スペイン語でも提出可能な多言語対応サイトを立ち上げた(図表2)。また、「オンラインアクセス法(OZG)」に基づき、企業の文書や年次報告書を電子データで受領するための専用サイトの準備も同時に行った(注5)

図表2:連邦経済輸出管理局の苦情受付フォーム
画像:図表2

出所:連邦経済輸出管理局サイト(https://elan1.bafa.bund.de/beschwerdeverfahren-lksg/新しいウィンドウ).

こうした連邦経済輸出管理局の活動やLkSGの法的実効性に関する連邦政府の最初の評価は、2024年6月末に予定されている。

施行前―学術界からの提案

LkSG施行前には、企業のリスク分析にかかる手間やコストを削減するためのアイデアが学術界を中心に提案された。例えば金属産業の使用者団体(ゲザムトメタル)の委託を受けたキール世界経済研究所(IfW)は、企業が単独で関連リスクを想定・分析するのは難しく、代替案として、信頼できる取引先や信頼できない取引先を国や国際機関がリストアップして、「ポジティブリスト」や「ネガティブリスト」を作成・導入する可能性を検討した上で、アメリカのネガティブリスト(注6)などの既存制度を紹介している(注7)。また、連邦経済・気候保護省(BMWK)所管の政策的に中立かつ独立した科学諮問委員会(Wissenschaftlicher Beirat)も、施行に先立ち、安全な供給国・企業を選定した「ポジティブリスト」や、そうでない国・企業を選定する「ネガティブリスト」の作成、それに付随する「各種認定・証明制度」を構築することで企業のリスク管理を大幅に簡素化できる可能性があると提言している(注8)。ただし、これまでのところ、政府によるLkSG関連の具体的なリスト化の動きは特に見受けられない。

バングラデシュから初の苦情申し立て

LkSG施行後の4月24日、初めての苦情が連邦経済輸出管理局に対して申し立てられた。当該日は、バングラデシュ郊外の縫製工場ラナ・プラザの崩落事故(2013年4月24日)(注9)から10年の節目に当たる。

訴えたのは、「バングラデシュの全国縫製労働者連盟(NGWF)」、「アフリカ女性開発・コミュニケーションネットワーク(FEMNET)」と、ベルリンに本拠地がある「欧州憲法・人権センター(ECCHR)」の労組・人権団体で、訴えられたのは、ドイツ国内の「アマゾン」と「イケア」の2社である。

告訴状によると、2社は、職場の安全改善を目的としたバングラデッシュの防火・建築安全協定(アコード)(注10)に署名していない上、繊維・縫製産業における健康と安全のための国際協定(国際協定)(注11)にも加入しておらず、当該企業は意図的にデューデリジェンスを忌避している、としている。その上で、バングラデシュの繊維産業の状況は世界的な周知の事実であり、LkSG9条が規定する通り、間接取引先であっても人権や環境に関する義務違反の兆候があれば、企業は国際協定に加入する等のデューデリジェンスを遵守すべきだと訴えている。

なお、この訴えについて、「イケア」は、国際協定の要件を超えた企業独自の基準を設定していること、企業の独立性を維持するため同協定に加入していないことを対外的に説明し、連邦経済輸出管理局による徹底的な調査と公正な判断を求めている。連邦経済輸出管理局は今後、告訴状に基づいて訴えられた企業がLkSGに基づくデューデリジェンスを遵守しているかどうかの調査と認定を行う。

国際機関の取り組みとドイツの対応状況

現在、複数の国際機関も「ビジネスと人権」に関する取り組みを行っている。例えば、経済協力開発機構(OECD)は1976年に「OECD多国籍企業行動指針」を策定し、2023年に6度目の改訂を行ったばかりである(注12)。また、国連は1999年に「国連グローバル・コンパクト」を、2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)」を策定している。EUレベルでは、1月5日に「EU企業持続可能性(サステナビリティ)報告指令(CSRD)」が発効し、現在は、「企業持続可能性デューデリジェンス指令案(CSDDD/CS3D)」(2022年2月23日に発表)の発効に向けた議論を進めている。以下に国際機関の取り組みに関するドイツの対応を紹介する。

(1)OECD多国籍企業行動指針と連絡窓口(NKS)の活動

ドイツを含むOECD加盟国38カ国と非加盟国13カ国の計51カ国が参加する「OECD多国籍企業行動指針(以下、行動指針)」は、幾度かの改訂を経て、現在では各国に関連の申し立て受付機関として連絡窓口(Die Nationale Kontaktstelle für die OECD-Leitsätze, NKS)の設置が義務付けられている。ドイツの連絡窓口は、連邦経済・気候保護省(BMWK)内にあり、2000年に開設された(注13)。開設以来、35件の終結事例があり(注14)、直近は以下の通りである(図表3)。

図表3:ドイツ連絡窓口(NKS)の直近の終結事例
申立者 申し立てを受けた企業 申し立ての概要・最初の申し立て年 NKSの活動概要
  • ダフネ・カルーアナ・ガリジア財団(マルタ)
  • シーメンス社
OECD「行動指針」のIV章(人権)、VII章(贈賄、贈賄要求、金品の強要の防止)、XI章(納税)の侵害に関する申し立て(2020年)。
  • NKSが両者に調停を提案し、3回目(2023年1月24日)で、当事者が合意(内要は秘匿)。これにより2023年5月4日に最終報告を発行。
  • NKSは1年後の2024年5月4日にフォローアップを実施予定。
  • SÜDWIND研究所(ドイツ)
  • Sedane労働情報センター(インドネシア)
  • クリーン・クローズ・キャンペーン(オランダ)
  • アディダス社
インドネシア国内のアディダス社の下請け工場(PT Panarub Dwikarya, PDK)について、「賃金」と「結社の自由」の侵害に関する申し立て(2018年)。
  • NKSの結論としては、「賃金問題」は調停で解決されたが、「結社の自由の問題」は解決に至らなかった。その点について、申立者に対して、報告・申し立てルートの改善に向けたより具体的な改善提案をアディダス社に行うことを勧告。
  • NKS は同事例に関して2020年4月24日に報告書、同年11月に中間報告、翌2021年4月にフォローアップ最終報告を発行。
  • ウルゲバルト(Urgewald)
  • 世界経済、エコロジー、開発(WEED)
  • ジャーマン・ウォッチ
  • ドイツ環境自然保護連盟(BUND)
※全てドイツの組織
  • ドイツBP社
  • バクー・トビリシ石炭火力発電所のプロジェクト「BTC(バクー・トビリシ・ジェイハン)パイプライン」に関連する申し立てで、OECD「行動指針」のⅡ章(一般方針)、V章(雇用・労働関係)、VⅡ章(環境)を侵害していると主張(2003年)。
  • ドイツBP社は、BTCパイプラインのコンソーシアムや他のいかなる企業にも関与していないため、親会社である英BP社の一般的な責任を負うことはできないとして、NKSは予備審査後、詳細な審査のために訴状を受理しなかった(2003年)。

出所:BMWKサイト

(2)国連・指導原則に基づく国別行動計画(NAP)」の策定とLkSGの施行

ドイツは2016年12月に、国連人権理事会が2011年に承認した「ビジネスと人権に関する指導原則(指導原則)」に基づく「国別行動計画(Nationalen Aktionsplan, NAP)」を策定した。計画では、従業員500人超のドイツ企業(約6,000社)の半数(50%)以上が、2020年までにデューデリジェンスを導入し、その実施と報告を自主的に行うことが目標とされた。なお、目標未達の場合は、国内法による義務化の可能性を予告していた。政府は企業の自主的な取り組み支援に向けて、相談窓口やポータルサイトの開設、サプライチェーンにおけるハイリスク分野・地域の特定、関連の調査研究、ベストプラクティスの収集・提供などを行った。しかし、最終年の標本調査では調査対象2,250社(従業員500人超)のうち、有効な回答を提出したのは455社のみで、さらに計画の要求事項を満たした企業は13~17%のみであったことが判明した。そのため、計画実施当初の予告通り、関係する3省がLkSG法案を作成し、利害関係者協議(Verbändeanhörung)を経て、2021年3月3日に閣議決定した。LkSGはその後、6月11日に連邦議会で可決、同25日に連邦参議院で承認され、2023年1月1日に施行された。

(3)EU指令の動向とLkSGへの影響

EUレベルでは、LkSGの施行直後の1月5日に「EU企業持続可能性(サステナビリティ)報告指令(CSRD)」が発効した(注15)。同指令は、2014年の「非財務情報開示指令(NFRD)」によって導入された非財務報告に関する既存の規則を強化する後継指令として位置づけられており、大企業と上場した中小企業に対して、環境権、社会権、人権、ガバナンス要因などの持続可能性事項に関するより詳細な報告を新たに義務付けている。すでにNFRDの対象となっていた従業員500人超の上場企業は2024会計年度から適用され、その報告を2025年から行うことが決まっており、ドイツは指令に沿った国内法の整備を進めている。

さらに、欧州委員会は22年2月23日発表の「企業持続可能性デューデリジェンス指令案(CSDDD/CS3D)」の議論を進めている(注16)。LkSGに近い内容だが、従業員500人超で世界の年間純売上高が1.5億ユーロ超の企業が対象のほか、同売上高が4,000万ユーロ超で、うち50%以上が「指定業種(人権や環境問題のリスクが高い衣料・農林漁業・鉱業など)」からの売上げである場合は、従業員250人超の企業も対象になり、ドイツよりも範囲が広い(注17)。さらに適用についても、「バリューチェーン」という、ドイツの「サプライチェーン」よりも広い概念について企業のデューデリジェンスが求められている(注18)。さらに、制裁の具体的な内容と民事責任に関しては加盟国の国内法で定めることとしているが、指令案では、企業がデューデリジェンスを遵守せず、適切な予防や悪影響の最小化に努めずに損害につながった場合には、企業が損害賠償責任を負うと定めている(しかし、適切な検証措置を講じている場合は免責される)。今後、指令が成立すれば、ドイツは期限までにEU指令に沿って国内法(LkSG)を改正する必要が生じる。

参考サイト

参考レート

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