ドイツにおける最低賃金規制の現在

要約

榊原 嘉明(獨協大学教授)

1949年の建国以来,基本法9条3項により「団結の自由」を保障してきたドイツ連邦共和国は,主に産業レベルで締結される労働協約が最低賃金規制としての機能を実質的に有してきたこともあり,長らく,法定の最低賃金制度を有していなかった。しかしながら,東西再統一を経た2000年代頃から労働市場の変化や協約拘束率の低下などを背景として低賃金労働が広がり,ついに2014年,ドイツ最低賃金法(MiLoG)が制定されるに至った。MiLoGに基づく全国一律の最低賃金額の設定は,「最低賃金委員会」による2年ごとの決議に基づいて行われることとされている。当初3回(2016年,2018年,2020年)の決議は,同国の「協約自治」の伝統に則り,①「最低賃金の設定に際し,労働協約の動向に従う」(MiLoG9条2項2文)という準則を重視していた。だが,本来であれば第4回の決議が出されるはずであった2022年,立法により,「12ユーロ」という直接的な最低賃金額設定が行われ,その後の第5回(2025年)の決議では,上記①の準則に対する言及はなくなり,その代わりに,②「労働者にとって相当な最低限度の保護に寄与」すること(同条同項1文)という準則を重視する理由づけが行われた。とりわけ労働政策ないし社会政策的な観点から見た場合,最低賃金額の設定に対し一定の政治介入が必要となり,かつ法的にも許容される場面は生じよう。しかし,第2次世界大戦終結より前のドイツの経験に鑑みるに,国家に大きく依存した賃金政策は,政治のあり様次第で,いとも簡単に,しかも如何様にも変えられてしまう可能性がある点に注意が必要である。


2026年特別号(No.787) パネルディスカッション●賃上げをめぐる労働政策

2026年1月26日 掲載