モノプソニーと中小企業の賃金

要約

風神 佐知子(慶應義塾大学教授)

規模間賃金差の要因として,労働者の能力差や,生産性の差,離職率の差などが論じられてきた。本稿では,それらを踏まえてもなお見過ごせないモノプソニー(monopsony),すなわち,個々の企業に対する労働供給が完全には弾力的ではない状態に着目した。企業は右上がりの供給曲線に直面していると,完全競争市場下のように一定の均衡賃金で労働者を任意の量だけ雇えるわけではなく,規模を大きくするには高い賃金を支払う必要があり,これが規模間賃金差を生む。モノプソニーは,労働市場の摩擦や労働者の特異性により生じる。そこで,日本でも企業は右上がりの労働供給曲線に直面しているのか,その傾きは企業規模により異なるのかを分析した。2017年と2022年の『就業構造基本調査』を使い,モノプソニー・パワーを層化Coxハザードモデルで離職弾力性を推計することで明らかにした。さらに,理論的には自明だが,実際にモノプソニー・パワーが賃金を低下させているのかを検証した。その結果,中小企業の離職弾力性の方が大企業のそれより小さい,すなわち,モノプソニー・パワーは大きいことが明らかになった。また,2022年の方がどちらの規模でもモノプソニー・パワーは強まっていた。また,モノプソニー・パワーは賃金を低下させていた。モノプソニー・パワーが大きいことが,労働者の属性や地理的制約に関するものであるならば,スキルや労働者の移動を伴わない就業機会の拡充策が有効であろう。


2026年9月号(No.794) 特集●中小企業を捉え直す

2026年8月25日 掲載