高等教育の費用負担における貸与奨学金の役割─資源と負債の観点から

要約

古田 和久(新潟大学准教授)

過去4半世紀にわたり,高等教育の費用負担において奨学金の役割が増大してきた。実際,1990年代後半から日本育英会(現日本学生支援機構)は有利子の貸与奨学金を大幅に拡充したが,2010年代には過重な返済負担やローンの回収強化が社会問題化した。2010年代後半以降は給付奨学金の導入などにより,一部の負担が軽減されるようになった。こうした動向を受け,奨学金に関する調査研究も増えつつある。本論では,貸与奨学金には教育投資を促す「資源」としての側面と,高等教育卒業・中退後にその返済を要する「負債」としての側面があることを踏まえ,日本社会を対象とした研究をレビューした。具体的には,資源の側面として,高等教育進学や学生生活における貸与奨学金の役割を,負債の側面として,奨学金の返済,貸与奨学金が雇用や収入,精神的健康や家族形成などに与える影響を検討した。その結果,貸与奨学金は,高等教育進学率の増加や学生生活の維持に対し一定の貢献をしている一方で,その資源は必ずしも十分ではなく,貸与制ゆえの限界もあることが示された。これに対し,負債の側面に関する研究は限られているが,貸与奨学金は経済面だけでなく,家族形成や精神的健康など,個人の人生にネガティブな影響を及ぼすことが示唆された。ただし,実証研究は不足しており,今後もさまざまな分野の方法や知見を持ち寄り,学際的に研究を進める必要がある。


2025年9月号(No.782) 特集●労働研究における教育

2025年8月25日 掲載