地域労働市場における人的資本の外部性
要約
本稿では,地域労働市場における人的資本の外部性について,関連する研究を概観して議論する。人的資本の外部性とは,教育を受けて高度な人的資本を蓄積した労働者から知識やスキルが波及することを通じて,周囲の労働者の生産性も向上するという正の外部性である。実証的には,地域労働市場において高度な教育を受けた労働者が増加すると,その地域で働く労働者の賃金や生産性が向上すると考えられる。本稿の議論は次の3点にまとめられる。第1に,海外の実証研究によると,人的資本の外部性の存在を示唆する分析結果もあれば,そうでない結果もある。このような差異が生じる要因の1つに,経済開発に伴って教育レベルが向上し,高度な人的資本を蓄積した労働者が増加すると,人的資本の外部性が低下することが挙げられる。このことは,人的資本の外部性が収穫逓減であることを示唆する。第2に,地域労働市場における人的資本の外部性に関する実証研究は,大都市で働く労働者ほど高賃金を受け取るという都市賃金プレミアムの実証研究と関連する。両研究を関連づけた研究によると,都市賃金プレミアムの要因の一部は人的資本の外部性であることが示唆される。第3に,日本における人的資本の外部性に関しては,既存研究は僅かでエビデンスが十分に蓄積されていない。そのため,一連の議論を踏まえて,日本に関する実証研究を進める際に考慮すべき点を検討する。
2025年9月号(No.782) 特集●労働研究における教育
2025年8月25日 掲載