教育過剰研究の現状

要約

北條 雅一(駒澤大学教授)

本稿は,個人の学歴が現在の仕事に必要とされる水準を超えている状態を指す教育過剰の問題について,その計測方法,発生メカニズムおよび経済理論との整合性,国内外における近年の研究動向の観点から概観した。教育過剰の計測手法には複数のアプローチが存在し,手法によって教育過剰・過少の判定結果には無視できない差が確認される。教育過剰は賃金のみならず,労働意欲や仕事満足度にも悪影響を及ぼすことが多くの研究で確認されているが,経済理論との整合性の観点でいえば,実証分析の結果は素朴な人的資本理論よりも仕事競争モデルやアサインメント理論を支持する傾向にある。2000年代以降は学歴の垂直的なミスマッチからスキルのミスマッチ,そして仕事と専攻分野の関連性に着目した水平的ミスマッチへと議論が拡張している。国内においては2010年代以降,精力的に研究が進められ,おおむね諸外国の分析結果と整合的な結果が得られている。国際的に見て日本は,教育過剰の発生率およびその持続率が高い国と考えられ,いったん教育過剰に陥った労働者がその状態から脱出することが難しい国の1つであることから,教育過剰の問題が日本社会に無視できない社会的損失を生み出している可能性がある。教育過剰を含むミスマッチの解消に向けた方策を検討する上でも,更なる研究の進展が必要である。


2025年9月号(No.782) 特集●労働研究における教育

2025年8月25日 掲載