特集趣旨

ウィズ・コロナ時代の労働市場

新型コロナ・ウイルス感染拡大が猛威を振り始めてから1年以上経過するが,収束する兆しはまだみえてこない。コロナ禍において働き方を含めた我々の日常生活が一変したのは言うまでもない。この特集号では,新型コロナ感染拡大が労働市場にもたらす影響,労働法の対応,人事労務管理の変化,労働者への心理的な支援の在り方に関して他の分野の研究者が理解できるように解説していただく。

2020年4月に発令された緊急事態宣言によって経済活動は完全にストップし,休業者,そして解雇や雇止めによる失業者は増加した。日本の場合,失業率はそれほど上昇せず,低く抑えられていたが,平均賃金上昇率は小幅ながらマイナスとなった。日本は雇用維持を重視したといえる。反対に米国やカナダなどは雇用維持よりも雇用調整を積極的に行い,その結果,平均賃金は上昇した。

国によって対応は異なるし,労働市場にもたらされるアウトカムも異なる。このような異なるアウトカムになるのは,新型コロナのような感染症の特性ではなく,むしろ社会の制度の違い,社会の構成員(個人,企業,政府など)の感染症に対する対応の違いによるものであることは,歴史的にみて明らかである。

新型コロナ感染が企業にもたらした大きな変化の1つは在宅勤務の普及である。在宅勤務のメリットは,ワークライフ・バランスが達成しやすいことであろう。ただし,条件がある。それは労働者本人が労働時間の管理ができ,自主的に仕事を進めることができる場合である。とはいっても,通常,彼らは労働者なので,労働基準法のもと使用者により労働時間を管理されなければいけない。労働時間を管理しにくい状況で管理するには,フレックスタイム制,事業場外みなし労働時間制度,裁量労働制を適用していくことが考えられる。労働者の権利を守りながら,ニューノーマルにおける新たな働き方とこれまでの労働時間管理方法との間に齟齬がないように対応していくことが望まれる。

在宅勤務のデメリットの1つは,これまでとは異なる新しい仕事の仕方に慣れず,それが職務ストレスにつながることである。特に,デジタルリテラシーが低い労働者は余計にストレスを溜めるであろう。属性で言えば,男性より女性,年齢が高い人,低学歴な人ほどデジタル・デバイスに慣れていない。服部等論文の研究では,職場メンバーの職務ストレスを軽減する対策として相互支援と上司支援を挙げている。相互支援は同僚同士での水平的な支援関係とすれば,上司支援は上司・部下間の垂直的な支援関係といえる。

就活生もまたコロナ禍でストレスを感じているであろう。コロナ・ショックにより企業は採用を控え,就職氷河期の再来となるのではと不安に感じているかもしれない。しかし,現時点で就活生が就職氷河期世代のようになるのかを判断するのは時期尚早と堀論文は述べている。

コロナ感染がいつまで続くかわからない中,不安を抱きながら自粛生活を続けるのもストレスフルである。一時的なひきこもりが本物のひきこもりに変わる可能性もある。また,変異コロナが拡大しつつある中,病床が確保できないことも不安にさせる(井深論文は,なぜ病床確保が進まないかを説明している)。

コロナ禍で心のバランスを保ちながら生活するのに必要な資質として「ネガティブ・ケイパビリティ」(negative capability)がある。これは不確実で,不安定な状況に耐えられる能力のことを意味する。また,不確実であることを前向きに受け入れることを意味する「ポジティブ・アンサートンティ」(positive uncertainty)という概念もある。このような心構えが今後我々には必要なのかもしれない。

(編集委員・佐々木 勝)

2021年4月号(No.729) 特集●ウィズ・コロナ時代の労働市場

2021年3月25日 掲載