労働政策の展望
副業・兼業、テレワーク、そして高齢者就業

諏訪 康雄(法政大学名誉教授)

フリーランスの増加傾向

戦前までは、12歳で入職し、徒弟修業をし、20歳くらいで一人前の職人となり、しばらくお礼奉公し、やがては独立した専門職人となり、親方や工場主にもなりうる職業人生の経路があった。地場産業は、こうした職人たちによって支えられた。

終戦から10年たった1955年、雇用されて働く人は就業者中のまだ45%に達していなかった。だが、今や9割に及ぼうとしている(総務省統計局『労働力調査』各年)。独立自営業者(およびその家族従業者)は残り1割ほどで、社会的に典型的な就業形態ではなくなりつつあるようにみえる。経済成長にともない、伝統的に農林水産業、小売商などとして自営型で働く人びとが減ってきたからである。先進国はどこも、ほぼ同様の経過をたどってきた。

だが近年、情報通信技術の発達とサービス経済化は、自営型で働く人びとをまた増加させつつある。インターネットにつながる情報機器(パソコンやスマートフォンなど)さえあれば、自宅を拠点に開業することをいとも容易にしたからである。コスト削減などのための外部発注であるアウトソーシングが、インターネットを通じた公募などによる不特定多数への業務発注というクラウドソーシングなどにつながり、この流れを加速させている。

「働き方改革」論議における副業・兼業の容認やテレワークの推進は、こうしたデジタル自営業やサービス自営業の活発化に影響を与えると思われる。また、人生100年時代といったキャリアの時間軸の延長を意識した議論もまた、自営型で働く人びとを増やしていくのではないかと予想させる。

フリーランスなどの自営業をめぐる政策課題を考えてみたい。

フリーランスの長短所

独立自営業者としてのフリーランサーの長所は、自らの知識、技術技能、経験などを売りにすることで、組織や場所や時間などに縛られることが相対的に少ない働き方ができる点にある。組織に雇われない著述家や写真家などがしばしば「自由業」と呼ばれるのは、その好例である。組織で働くことに息苦しさを感じる人からは、自分なりに仕事ができると、憧れの念をもたれ、逆に組織に溶けこんでいる人には、それほど魅力的に思われない働き方である。

ただし、フリーランスの場合、何らかの卓越した知識、技術技能、経験などがないと、仕事の依頼はなく、仮にそうした業務能力があったとしても、発注者からしかるべき能力がある存在であることを知られなければ、やはり仕事にはつながらない。仕事の多くは人脈を伝わってやってくるので、それなりの人的ネットワークが築けていないと、業務が回ってくることはない。また、インターネット上で探すなどして仕事をみつけても、その受注条件が芳しくないこともしばしばである。さらに、仕事に繁閑の波があり、予定が立てづらかったり、報酬がコンスタントに得られなかったりすることもよくある。

もちろん、組織や場所や時間などに縛られることが相対的に少ないといっても、程度問題である。発注者との信頼関係を築くことは不可欠であるから、発注者の意向次第では組織の「名刺」を持たされ、その一員(従業員)であるかのように装わざるを得ないこともあるし、業務処理などのために出社での作業を求められることもある。さらに金曜日の夕刻に発注があり、月曜日の朝までに処理しなければならないなどの無理筋の依頼もある。フリーだといっても、完全な自由業であることはむしろ稀だろう。

そのうえ、営業活動、契約締結、業務処理、請求書・納品書作成、出張の手配、税務申告など、組織に属する雇用労働者であれば、組織の誰かほかの担当者にやってもらえたり、自分でするにしてもごく一部しか受け持たずにすむような諸作業を、原則として自分ですべて対処しなければならない。自分が得意でやりたい特定の仕事だけをして、それ以外の雑用はご免こうむりたいと願うならば、よほどの売上げを得てそれぞれの専門業者に「雑用」を依頼するか、他のフリーランサーらと会社や事業協働組合や相互補完処理ネットワークを作るなどして、自分の専業以外の「雑用」はそれを得意とする他者に引き受けてもらう工夫をする必要がある。円滑に長くフリーランスを続けるには、やはり一定の組織や人的ネットワークなくしては、困難である[注1]

法制度的にも、例外的な場合を除き、フリーランスには雇用関連の労働法の適用はなく、労働契約法、労働基準法はもちろん、労災保険や雇用保険や最低賃金などの制度による保護も及ばない。事業主として、独占禁止法や下請保護法の適用はあるが、それに依拠できる面はそう多くなく、さらにクレジットカードが作りづらいとか、住宅ローンなどの借用が容易でないなど、仕事や生活の面での不利益も覚悟しなければならない[注2]

専業・副業・兼業のフリーランス

このようにフリーランスの長短所を列挙してみると、医師、弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士など、士業の国家資格などを持ち、それにより努力と工夫次第で、時間の経過とともに、一定数の顧客を獲得できる見込みのある人や、強い起業志向があっていかなる艱難辛苦も乗り越えていこうとする気概と能力と人脈などのある人や、オンリーワンやナンバーワンとみなしうる特別の知識・技術技能・経験と人脈などを持つタレント的な人などは、専業的なフリーランスに向いているし、また、それ以外は考えにくいかもしれないけれども、そうでないごく普通の人の場合は、フリーランスよりも雇用労働者を目指すほうが無難で、リスクや面倒が少ないという結果になる。現にそうした道を圧倒的多数の人が選ぶからこそ、雇用社会が出現するに至っている。

このように、「専業」フリーランスはリスクが小さくない。けれども、副業や兼業でフリーランスを行う分には、リスクはずっと小さくなる。労働法の保護も、クレジットカードや住宅ローンも、本業(本務)の会社員としての雇用関係面でカバーされるし、本業の給与や賞与もあるのでフリーランスとしての収入面の不安定さも生活を脅かすことはないかもしれない。

したがって、副業・兼業の解禁により、会社への届出などで大手を振ってそれができるようになれば、「非専業」フリーランス業務に取り組むためのハードルはずっと低い。当然、平日の朝夜、土日祝日、年次有給休暇日などの自分の時間を副業・兼業にあてる覚悟があり、仕事管理や健康管理がきちんとでき、フリーランスに付き物の「雑用」を苦にしないことなども求められる。雇用でないフリーランス業務は、労働基準法の異事業場間の労働時間通算の規定(38条1項)などの適用も受けないので、そのかぎりでは、自在に仕事をしやすい[注3]

長所と短所は裏腹の関係にある。公募型のクラウドソーシングの場合、競争者が多いほど報酬額は低めになりがちとなる。働き方改革で副業・兼業が大手を振ってできるようになって、今後、より多くの人が参入するようになると、競合激化により報酬額がさらに低値となる可能性がある。副業や兼業の人が本業に対するアルバイト、内職の感覚で安値受注を繰り返すと、専業フリーランスへの影響も大きくなろう。そうなると、高度な能力を発揮する一定の専業者以外は、フリーランス専業をあきらめ、雇用をもかねた兼業者になるかもしれない。

当然、専業の場合はもちろん、兼業や副業の場合でも、フリーランス業務については、健康管理を含めた自己責任が求められる。本業に負の影響をきたせば、その方面からも責任を問われよう。さなきだに本業が忙しい人の場合は、兼業や副業でフリーランスをすることは、実際上、難しいと予想される。また、発注価格が低くなりすぎれば、雇用の求人求職と同様に、これを嫌う人も増えるので、人手不足の傾向はフリーランスの世界にも発生する。ただし、次々に生まれる時流に乗った業務、職務の場合は、ICT業界のように、フリーランスをめぐっても人手不足、人材不足の状況が顕著となり、報酬額が上がる。

テレワークとフリーランス

働き方改革では、柔軟な働き方としてテレワークの推進を挙げる。かねてよりテレワークの意義と限界を論じてきたひとりとしては、可能かつ適切な場合にはテレワークを導入することが望ましいと考える[注4]

上記の副業や兼業の場合、業務委託型か雇用労働型かを問わず、テレワークによりなされることが少なくないだろう。本業においても自宅やオフィス以外でモバイルワークとして、場所を問わずに働く人が少なくない現在、テレワークによるフリーランス業務への抵抗感はないどころか、むしろ歓迎する人も多いに違いない。スキマ時間を活用する副業や兼業の場合、パソコン、タブレットなどとインターネット接続さえあれば、いつでも、どこでも、テレワークに対応できるからである[注5]

今や、多くの書類はデジタル化され、そうでない場合でもファクスも使えるし、手書き文書を含めてコピー機等でスキャンしPDF化してメールの添付ファイルにできる。スカイプなどのアプリを使えばテレビ会議も簡単にできるし、チャットもメールもある。物品の収受でも、宅配便のサービスが全国を網羅する。

テレワークは、ICT利用能力のほか、業務をひとりで安定的に処理できるだけの仕事スキルや経験、働き方の自己管理、規律などを、働く側に求める。この点、社会人としての基本訓練がなされており、業務にも精通した高齢者には、うってつけである。加齢により週5日の出勤が辛くなってきても、あるいは、UターンやIターンなどで地方に移住したとしても、テレワークをすることで相当程度の業務処理をこなせる。

しかも、かつては、高齢者はパソコンやインターネットを使えない人の代表例のように決めつけられてきたが、30年ほど前にウィンドウズ・パソコンが普及しはじめたのであるから、当時バリバリの20代社員が今の50代であり、30代社員が60代なので、すでにPCなどを利用した業務に熟練した人は山のようにいるし、今後ますます増加することだろう。

高齢者とフリーランス

このように考えてくると、①ICTとサービス化の時代は、好むと好まざるにかかわらず多様なフリーランスを生み出すこと、②その多くがテレワーク、モバイルワークなどの形態で働くであろうこと、③若者や中年だけでなく、高齢者もその一定割合を占めるようになるであろうこと、が予想される。

平均寿命が伸び、年金をめぐる制度と財政の動向が取りざたされ、社会とのかかわりの意義などが指摘されるなどして、60歳以降も、再雇用、定年延長、再就職など、雇用形態で就労期間を延ばす例が多くなっている。だが、さらなる就労年限の延伸となると、65歳以上あるいは70歳以上の就労意思のある高齢者のすべてを雇用形態だけで対処しようとすることは、必ずしも適切ではないだろう。現に、新たに起業家となった専業者に占める60代の割合は、男性で35%、女性で20.3%にも上る[注6]。100年人生などと長寿化にともないキャリアの時間軸がさらに伸びていけば、高齢フリーランスの存在はますます無視できないものとなるに違いない。

たしかに、自分なりのペースで仕事が進められる自由度はあるかもしれないが、報酬が必ずしも高くなく、業務量の確保が容易でないうえ、雇用労働者に比較して法制度的な支援の度合いが格段に落ちるとなれば、若者や中年のフリーランス(とりわけ専業者)の実態を踏まえた法制度的な対応措置を考慮していく必要性は大きい。他方、本業として雇用関係にありながら副業・兼業としてフリーランスをする人の場合は、その程度は相対的に小さくなる。しかし、個人としての交渉力の弱さからくる問題(契約内容やその履行、紛争処理など)や労働災害などへの対応は、両者に共通する。しかも副業・兼業者が増加し、アルバイト感覚で低い単価での受注をいとわなくなると、専業者への影響が大きくなる。

年金を受給しながらの高齢フリーランスの場合は、両者の中間となるだろうか。専業者として活発に事業活動をする人がいる一方、年金という基礎収入を得ながらのフリーランスとなるので、ともすれば副業的な意識になる人もいることだろう。この場合も、副業・兼業者の増加と同様の影響が出てくる。

たしかに性急な規制をかけることには慎重でなければならない。だが、雇用労働の問題とならんで、この種の課題の動向についても配慮し、正確な実態把握と政策対応をしていくことが求められよう。

その際、戦前から戦後の高度成長開始まで自営業が就業人口の圧倒的な部分を占めていたが、農業や小商店などの生産性向上の進まなかった原因の一定部分がそこに求められるとしたならば、ICTとサービス化の時代のフリーランスの増加により、同様に生産性向上が阻害されるような事態を避ける必要も出てこよう。

政策としては、リカレントな教育訓練、生涯学習の態勢を整え、変化の激しい社会経済環境のなかで、オンリーワン的な固有の専門能力(分業力)だけでなく、社会における人的ネットワークの形成と活用(協業力)も求められる実情を踏まえ、フリーランスという人的資源への自助・共助・公助の投資行動を促進することが不可欠である。


脚注

  • [注1] 以前から、「何事にもとらわれず、好きなテーマを選んで、自由」「いつまでも現役でいられる」(片山修『取材術』PHP研究所、1990年、26-27頁)とか、「定年直後には、サラリーマン時代の制約を外れて不安になっていたのが、いまは仕事の有る無しはお客様次第にせよ、仕事のやり方は自分で自由に裁量できる。つまり、フリーであることが楽しくてしようがない。私にいわせると、せっかく、定年になった人が再就職(サラリーマンに逆戻り)するなど悲劇に思えて仕方がない」(山下凱男「人生のセカンドステージ─ある定年退職者の一カ月」ビジネスガイド、1996年8月号、99頁)という声がある一方、フリーランスの盛んな米国でも、ジェームス・E・チャレンジャー(今道明訳)『ビジネスマンと企業のためのアウトプレースメント[再就職支援]』TBSブリタニカ、1999年、58頁は、誰でも自営で成功するわけでなく、前提条件として50歳以下およびセールスの経験が要るとし、リチャード・N・ボウルズ(花田知恵訳)『あなたのパラシュートは何色?』翔泳社、2002年、84頁は、「どうしても顧客探しが嫌で失敗した自営業者を、わたしは数多く知っている。あなたもそういうタイプなら、進んで顧客探しを引き受けてくれる誰かを雇うか、仲間に引き入れるか、パートでお願いするかだ。そうでなければ、自分で事業を始めようという考えは捨てたほうがいい」と釘を刺していた。
  • [注2] 公正取引委員会競争政策研究センター『人材と競争政策に関する検討会報告書』2018年。
  • [注3] 総務省統計局『就業構造基本調査』平成14年にもとづく厚生労働省の推計では、この種の人びとが76万4000人ほどおり、逆に本業が自営業で副業が雇用労働者である人びとが24万人(両者合わせて100万人ほど)であった(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0514-5b6.html新しいウィンドウ[2018年3月1日閲覧]。なお、ランサーズ株式会社「フリーランス実態調査2017」は調査結果から、専業の自営業者310万人に対し、458万人の副業者がいると推計し、副業型の平均年収は60万円、週の労働時間は6.3時間などとする(https://www.lancers.jp/magazine/29878新しいウィンドウ[2018年3月1日閲覧])。なお、経済産業省経済産業政策局産業人材政策室「『雇用関係によらない働き方』実態調査概要」2016年調査結果も参照(http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170804zinzai02.pdf新しいウィンドウ[2018年3月1日閲覧])。
  • [注4] 諏訪康雄「在宅勤務」日本労働協会編『サービス経済化と新たな就業形態』日本労働協会、1987年、239頁以下、同「テレワークの実現と労働法の課題」ジュリスト1117号、1997年、81頁以下、同「テレワークの導入をめぐる政策課題」岡本義行編『政策づくりの基本と実践』法政大学出版局、2003年、199頁以下ほか。
  • [注5] 約100万人が副業・兼業型の自営業者数である一方([注3]参照)、専業を含む自営型の在宅テレワーカーは約70万人という(国土交通省「平成26年度テレワーク人口実態調査」)。正確なところは不詳だが、副業・兼業型フリーランスの相当割合はICTを利用して働いていると推認される。
  • [注6] 中小企業庁「中小企業白書」2017年版、95頁(総務省『就業構造基本調査』2012年の再編加工)。

2018年5月号(No.694) 印刷用(PDF:655KB)

2018年4月25日 掲載

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