労働政策の展望
「学習歴とキャリア」に関するいくつかの研究課題─高専教育の実績に学ぶ

矢野 眞和(東京工業大学名誉教授)

15歳からはじまる5年間教育の「工業高等専門学校(高専)」は、実験・実習の充実したカリキュラムと一学科40人の少人数教育として定評があり、KOSENは国際的に有名である。日本の高等教育政策をレビューするために来日したOECD調査団のまとめ役であるハワード・ニュービーは、「高専の教育はすばらしい。感心しました。ただ、大学、とくに大学院教育が弱いのは問題だと思います」という感想をもらしている[注1]。調査団による報告書は、2009年に邦訳されているが、そこでも、高専は、国際的評価が高く、質の高い革新的高等教育機関であると賞賛されている(OECD 2009)。

国際的に高い評判だとはいえ、国内的にはあまり知られていない学校種であり、教育の質が高いという評価を受けても、実際の高専教育が卒業生のキャリアをどれほど豊かにしているか、についてのエビデンスがあるわけではない。高専がさらに飛躍するためには、狭い世界の評判に安住することなく、社会との接点を広く開き、多様な関係者からの批評を仰ぐことが肝要である。そのためには、高専教育のいままでの実績を明らかにし、その成果を社会に発信することからはじめるのが賢明だろう。そういう意図から、文部科学省大学間連携共同推進事業KOSEN発“イノベーティブ・ジャパン”プロジェクトの一環として「高専研究」が立ち上げられた。「高専を研究する」という狙いをもった先行研究は、日本労働研究機構(1998)に限られるといってよい。この調査研究に刺激を受けつつ、調査対象者を広げて、卒業生の学習歴とキャリア形成との関係を実証的に解明することにした。全国13校の高専の協力で2015年に卒業生キャリア調査を実施し、20代後半から60歳未満の約3400人から回答を得た。7名の共同研究による成果は、2回のシンポジウムを開いて、報告してきた[注2]

「学習歴とキャリア」という調査研究は、教育政策と労働政策の接点を浮き彫りにする興味深いテーマであり、教育改革の議論の焦点にもなっている。経済学者、および教育学者による貴重な先行研究がある(松繁編2004;中原・溝上編2014)が、まだ分かっていないことの多い分野である。私たちの高専研究には、高専特有のテーマだけでなく、高等教育に共通した普遍的な成果が含まれている。内外で高く評価されている高専教育の実績をベンチマークにすれば、現在の高等教育がかかえている普遍的な問題の所在が明確になるのではないかと考え、「学習歴とキャリア」に関する研究課題を問いの形式で提起させていただくことにした。

学習成果を向上させる要因は何か

私たちの研究の一つの目的は、5年間の学習成果がキャリアの向上に役立っているかどうかの検証にある。学習成果の指標づくりそのものが大きな課題だが、一つの試みとして、「学業成績」と「学校満足度」と「卒業時の汎用能力」という三つのアウトプットに着目した。汎用能力の測定は難しいが、「学校を〈卒業したとき〉に、次に示す能力をどの程度身につけていたか」を質問した。「実験から問題の本質をつかむ力」「自分で考えながらものづくりする力」「新たなアイデアや解決策を見つけ出す力」「協働する力」「プレゼンテーション能力」の5項目について、「十分身についていた」から「まったく身についていなかった」の5段階評価である。

まず、どのような学習態度がアウトプットを向上させるか、という問いから考えてみよう。つまり、学習成果を規定する要因の分析である。学習態度に関連するいくつかの変数を選んで、アウトプットに影響する要因を探索した(重回帰分析のステップワイズ法による)。その結果を簡単にまとめたのが表1である。三つのアウトプットのいずれかに影響を与えている変数は22変数だが、影響の与え方は一様でなく、アウトプットの種類によって大きく異なっている。プラスの効果を与えている変数にマル(○)、マイナスの効果にバツ(×)として表示し、影響していない無関係な変数は空欄にしている。

表1 三つのアウトプットを規定する要因の違い
学業成績 学校満足度 汎用能力
入学前の特性 機械ロボット好き ×
中3成績
学業などの熱心度 専門科目
実験実習
卒業研究
人文・社会系一般教育
理数系一般教育
英語
インターンシップ ×
部活サークル
ワクワクする授業頻度 専門科目
自学自習時間 1~2年次 ×
3年次
4~5年次
読書の頻度 歴史関連図書
ビジネス関連図書
専門書関連図書 ×
5年教育学習生活 きめ細かい個人指導
受験無くのびのび
よい教師とのめぐりあい
よい友人のめぐりあい
進路 進学(就職ダミー)

学業成績と学校満足度の欄を比較すれば分かるように、両者が影響を受ける要因は大きく異なっている。学業成績が高い人は、専門科目・理数系一般教育・卒業研究・英語に熱心に取り組んでおり、工場実習インターンシップには熱心ではない。入学前からロボットや機械いじりが好きだったわけではないが、中学校時代の成績はよく、本科卒業後の進学希望者が多い。その一方で、学校満足度の高い人は、授業科目の熱心度に関係はないが、部活サークルに熱心である。しかし、勉強をしないわけではなく、ワクワクする授業科目には熱心であり、「きめ細かい個人指導」「よい教師とのめぐりあい」「よい友人とのめぐりあい」に恵まれたと感じている。そして満足度は、高専に入学する前の特性に関係がない。

さらに、汎用能力の規定要因は、学業成績とも満足度とも異なっている。中学校時代からロボットや機械好きで、講義課目よりも、実験実習と卒業研究に熱心であり、インターンシップ、および部活サークルも好きである。読書する人が多く、学校満足度と同様に「きめ細かい個人指導」「よい教師とのめぐりあい」「よい友人とのめぐりあい」に恵まれたと感じている。ただし、人文・社会系の一般教育には関心がないようで、マイナスの要因になっている。

学生は、入学前の特性も、学習への関心、カリキュラムへの興味も異なり、多種多様である。学習成果の指標も多様であり、三つのアウトプットはその一部を剥ぎ取った断面にすぎない。多種多様な学生が、それぞれの興味関心に応じて、たくさんのカリキュラムから刺激を受け、自由に取捨選択している。この多様性が教育の現場である。表の調査結果は、多様な高専教育のカリキュラムと豊かな共同体教育が、学生たちの学習成果に良好な影響を確実に与えている証である。限られた指標による分析だが、学業成績を重視する「理論派」と満足度の高い「人脈派」と技術者としての汎用能力が高い「実践派」の学生たちが共存しながら学んでいる姿を想起させ、教育現場の普遍性を刺激する興味深い結果だと思う。

現役の社会人力は如何に形成されるか

次に、卒業時のアウトプットではなく、現役で働いている社会人の〈現在〉の能力に着目してみよう。学校教育ではしばしば、若者の学力低下がホットな話題になるが、社会人の学力(=実力)が問題視されることは滅多にない。社会人の実力(以下、社会人力とする)が低下すれば、若者の学力よりも深刻な社会問題になるはずである。あるいは、学校の学力が低下しても、社会人力が低下しないのであれば、学力低下論争は杞憂だろう。

社会人基礎力を学校側に要請する産業界が、自分たちの社会人力を問わないのは不思議である。私の長年の疑問だが、社会人力が問われないのは、何よりも測定が難しいからだろう。無理を承知の上で、大胆な指標を設けることにした。「あなたは、つぎに示すような知識・能力を、現在、どの程度身につけていると思いますか」という質問である。知識・能力には、「学校で専攻した分野に関する専門的知識」や「社会や経済に関する知識」などを含む10項目を設定したが、ここでは、先に紹介した「5項目の汎用能力」を〈現在〉どの程度身につけていると思うか、の平均点を算出し、それをエンジニアとしての社会人力とよぶことにする。

紹介しておきたいのは、この社会人力が如何に形成されるか、という問いの一つの答えである。表2が社会人力を従属変数とする重回帰分析の結果である(現在の汎用能力と卒業時の汎用能力との相関係数は高いので、説明変数から卒業時の汎用能力を除いたケース)。

表2 社会人力(現在の汎用能力)を規定する要因(自由度調整済みR2乗=0.198)
モデル 標準化されていない係数 標準化係数 有意確率
B 標準誤差 ベータ
(定数) 1.497 .104 .000
高専成績 4~5年生 .054 .009 .103 .000
高専の生活全般の満足度 .218 .019 .198 .000
労働経験年数 .023 .006 .341 .000
労働経験年数2乗/100 -.053 .013 -.359 .000
生涯学習の頻度得点 .214 .033 .124 .000
現在の読書の頻度 .345 .036 .182 .000
相談できる友人の数 .142 .013 .192 .000

表が示している要点はシンプルだが、考えさせられるところは小さくない。第一に、学業成績と満足度の二つが社会人力の向上に貢献している。学業成績がエンジニアとしての社会人力にプラスの効果をもたらすのは当たり前かもしれないが、学業成績を軽く安易に考えがちなメディアの教育言説には注意する必要があるだろう。加えて、学業成績に勝るとも劣らず、満足度の効果が大きいのは驚きである。この分析だけでなく、学校時代の満足度は、卒業後のキャリアのさまざまな局面にプラスの効果をもたらしていた。学校満足は、レジャーランドを消費的に楽しんだ場合の評価と同じではなく、5年間のキャンパスライフの総体を評価した指標である。満足して卒業するという意味の重要性を学校は重く受け止める必要があると思う。

社会人力を向上させるためには、学校時代の学びだけでなく、労働経験年数、および生涯学習と読書の頻度が重要だということもはっきりと現れている。卒業後の学習歴だけでなく、「仕事で困ったときに相談できる友人の数」が、社会人力を高める要因になっている。社会学者のいう社会関係資本が人的資本の形成に役立っている。社会人力のごく一部の分析にすぎないが、学校教育および生涯学習の実践的意義がよく現れている。社会人力を測定する研究開発はとても面白そうだし、その形成メカニズムの解明は、教育政策と労働政策の接点を描いてくれると思う。学歴社会ではなく、「学習歴社会」の構築が社会人の学び直し政策を考えるコンセプトだといえる。

教育は将来のキャリアを豊かにするか

システム論的にいえば、教育システムのアウトプットが、教育の外にある社会経済システムに与える影響をアウトカムという。したがって、所得の向上や税収の増加は、教育の金銭的アウトカムであり、仕事の満足度や健康などは非金銭的アウトカムである。学力低下が世間の話題になるのは、学力の低下に伴う社会的影響が大きいと思っているからだろう。社会人力もアウトカムの一つであり、形成された社会人力が媒介変数になって、所得や仕事の満足度に影響を与えている。

アウトカムを個人の水準で考えれば、教育が将来のキャリアを豊かにするか、という問いになる。この問いに関連して二つのアプローチを紹介しておこう。一つは、進路選択と職業キャリアに焦点をあてた行動の分析である。どのような生徒が入学し、どのように学び、どこに就職するか。この行動選択のパターンは、高専卒業生の社会的評価に直結している。この点について、共同研究者の濱中義隆が貴重な報告をしている[注3]。世間では一般に、高専卒の社会的評価は昔と比べて低下したと思われているふしがある。しかし、60歳までの卒業生を世代別に比較した濱中の分析によれば、こうした「高専没落説」は支持されないという。その根拠として、「入学者の学力(中学3年の成績)は30年間ほとんど変化していない」「成績優秀者が大学に進学したから就職者の学力が低下したとはいえず、本科卒就職者の成績分布にほとんど変化はみられない」「大企業就職率は昔と変わらず高く、8割が技術職に就くという割合にも変化はない」などが明らかにされている。

いま一つのアプローチは、現在の仕事の評価と学習歴の関係である。仕事の評価として次の三つを取り上げた。①市場の評価としての「年収」②組織の評価としての「職位」③個人の評価としての「仕事満足度」である。学業成績がこれらの評価にどのような影響を与えているかを直接的に測定すれば、学業成績は年収に確実なプラス効果をもたらし、昇進にも小さな効果をもっていたが、仕事の満足度には関係がないという結果になる。学校満足度と卒業時の汎用能力の効果も検討したが、年収と職位と仕事満足に大きな影響を与えているのは、三つのアウトプット(学業成績・学校満足度・卒業時の汎用能力)ではなく、先に紹介した現在の社会人力である。社会人力が高いから所得が高くなっているとは断定できない。現在の仕事に恵まれている者が、自分の社会人力に自信を持って高く評価しているとも考えられる。いずれにしても重要なのは、仕事の評価と相関する社会人力に、学業成績と満足度がプラスの影響を与えていることである。つまり、教育のアウトプットが、社会人力の向上をもたらし、間接的に現在のキャリアを確実に豊かにしている。

学校だけでなく、卒業後の学習や友人などの社会関係資本を考慮すると、学習歴とキャリアの関係は非常に複雑である。この関係を説明するルートは多数あり、ここでの説明は一つの答えにすぎない。高専やエンジニアに特有な現象だと看過しないで、文科系や自分の大学の卒業生調査を実施し、「教育はキャリアを豊かにするか」という問いの答えをいくつか重ねて比較すれば、現在の高等教育が抱えている問題の所在がかなり明確になると思う。

学習歴とキャリアの多様性─学校不満は生涯のレガシーコストか

平均主義的な統計分析によって以上の三つの問いに答えると、高専教育の実績はかなり明るく描かれる。しかし、多様な卒業生のキャリアはさらに多様である。高専卒が大卒並みに活躍しているという評判がある一方で、高卒並みの処遇を受けているという不満も耳にする。仕事の評価は、学歴によって分断されているわけではなく、かなり重なって分布する。この重なりに着目すれば、高専卒業生のすべてが素晴らしいとはいえないし、アンケートの自由記述欄を読めば、高専卒という中途半端に不安定な地位に対する不満が語られるケースが少なくない。

平均主義的な分析だけでは学習歴とキャリアの多様性を損なうと考えて、共同研究では、高専卒業生の多様性を把握するようにも努めた。自由記述欄の定性的分析に加えて、1)学校の専門と関係が強い職種に就いている人と関係のない職に就いている人、2)転職をした人としない人、3)学校満足度の高い人と不満な人、といった類型によって、学習歴とキャリアがどのように異なっているかについて検討した。いずれ詳しく紹介できる機会があると思うが、高専教育の多様性を理解し、その強みと弱みを認識するためには、さまざまな視点からの分析を重ねる必要がある。

私が注目したのは、学校不満の形成メカニズムとその後のキャリアである。学校満足が将来のキャリアに影響を与えるということは、不満のままに卒業すると社会人力も向上せず、所得、職位、仕事満足にも恵まれないことになる。学校不満は生涯のレガシーコスト(負の遺産)なのか、と非常に気になった。どのような学生が不満になりやすいか、不満を緩和する学校時代の方法は何か、卒業後に学校不満を解消する方法はないのか。こうした問いは、学習歴とキャリアを考える一つの見方を提供してくれる。簡単にその一部を紹介しておく。学校不満は、カリキュラム不満とソシアル(社会関係)不満に大きく分けられ、カリキュラム不満は入学時から発生しやすく、初年次のイニシエーションが大事である。不満組は、学習の意欲のみならず、課外活動への意欲も欠け、「よい教師との巡りあい」、あるいは「よい友人との巡りあい」に恵まれないと不満になりやすい。カリキュラム不満があっても学業成績の高い人は、大学進学を選択している。学校不満のままに卒業してしまった学生が、社会人力を向上させ、仕事を充実させるための方策は、卒業後の学習しかないようである。不満を解消するためには、学校時代だけでなく、卒業後の学習努力が欠かせないし、それがなければ学校不満という負の遺産が長く続くかもしれない。

最後に、厚生労働省にお願いをしておきたい。私たちの調査からすると、『賃金構造基本統計調査』に掲載されている学歴分類のうちの「高専・短大卒」は、高専の市場評価を反映していない(全体の平均値よりも高専単独の賃金が高い)と推測される。人数からしても、「高専・短大卒」の多くは、専修学校の専門課程(=専門学校)卒であり、高専卒の人数はその一部にすぎない。高等教育研究を発展させるためにも、高専・短大・専門学校の三類型による特別集計をぜひ掲載してほしいし、時系列の個票データを活用すれば、素晴らしい高専研究ができるに違いない。あわせて、「大学・大学院卒」も、そろそろ「大学」と「大学院」を分ける必要があるだろう。


脚注

参考文献

  • OECD(森利枝訳)(2009)『日本の大学改革─OECD高等教育政策レビュー:日本』明石書店.
  • 日本労働研究機構(1998)調査研究報告書No.116『高専卒業者のキャリアと高専教育』.
  • 松繁寿和編(2004)『大学教育効果の実証分析─ある国立大学卒業生たちのその後』日本評論社.
  • 中原淳・溝上慎一編(2014)『活躍する組織人の探求─大学から企業へのトランジション』東京大学出版会.

2017年5月号(No.682) 印刷用(PDF:291KB)

2017年4月25日 掲載

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