論文要旨 正社員の多元化を巡る同床異夢
─労働条件のコミットメントとキャリアのコミットメント

神林 龍(一橋大学経済研究所准教授)

本稿では、労働条件を限定的に契約するいわゆる限定正社員構想について、労働条件のコミットメントという観点から実証的に考察する。具体的には、厚生労働省「多様な形態による正社員に関する研究会」によって2011年に実施された従業員調査を材料に、いかに被用者が勤務地限定条項、職務限定条項、労働時間限定条項にコミットできていないかを確認した。元来、20世紀以降の近代労働法制は長期的なコミットメントを制限する性質があった。いったん成立した労使合意もその時々の事情によって容易に変更されるがあまり、明定されたはずの労働条件が長期的な約束として信頼されない傾向があるといわれている。本稿で示された統計的関係は、そうした傾向を弱いながらもデータで示したものである。本稿では、この原因は労働条件の一時的な変更がキャリアの選択の間接的なシグナルになってしまうことにあると推論した。具体的な材料は乏しいものの、そうだとすれば、限定正社員構想を十全に機能させるためには、労働条件の変更とキャリアの変更を概念として峻別し、現実の職場における両者の関係を整序する必要がある。また、こうしたコミットメント形成には、伝統的な労使二者間のみの契約自治原則のみで対応できるかは慎重に検討する必要があるだろう。

2015年特別号(No.655) メインテーマセッション●正社員の多元化をめぐる課題

2015年1月26日 掲載