特集解題「ホワイトカラーの労働時間をめぐる最近の動向と課題」

2003年10月号(No.519)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

1980年代から1990年代にかけて、我が国では労働時間の短縮を誘導すべく労働基準法の改正が行われてきた。またこの間、経済不況の長期化もあり総じて労働時間は短縮するかにみえた。だが、最近の労働時間の推移を眺めると、労働時間が長時間化する傾向がみられ、残業時間月80時間を超える者も男性社員の約2割に及んでいる(2002年7月総務庁労働力調査)。一方、労働時間の法的枠組みの変更も行われ、裁量労働制の拡大適用も可能となるなど、いわゆるホワイトカラー層の働き方や労働時間管理のあり方は各方面から関心を呼んでいる。こうした状況を念頭に置きながら、この特集ではとくにホワイトカラーの労働時間に関わる問題に焦点を当てる。

ホワイトカラーの労働時間制度のありかたは法制度によって規制される。具体的には裁量労働制の拡大適用をめぐる議論が重要である。使用者側や総合規制改革会議からホワイトカラーの労働時間規制、特に、裁量労働制の規制緩和が主張され、労働側からはサービス残業等の問題が指摘されるなか、2002年に専門業務型裁量労働制の適用拡大、2003年6月の労働基準法改正により、企画業務型裁量労働制の対象事業場の拡大や手続き緩和等が行われた。こうした法規制の展開の背景にあるもの、規制の変化の意義・影響などを踏まえつつ、我が国におけるホワイトカラーの労働時間制度のありかたを論じたものが島田論文である。ホワイトカラー労働は、仕事に裁量性があり、また報酬も時間ではなく、成果に基づくのが適当であるため、現行の実労働時間規制が適合しない。しかし、安易に労働時間規制の適用除外を行うことは、長時間労働などの弊害を生む危険性が高い。この論文では、ホワイトカラー労働の特質と現行の弾力的な労働時間制度を検討したうえで、今後のホワイトカラーの労働時間制度のあり方について広範囲にわたる検討課題を提示した。(イ)「裁量性の大きいホワイトカラーの労働時間については、実労働時間規制には限界があることを議論の出発点をすべき」だが、「労基法41条2号のような単純な労働時間規制の適用除外が妥当とはいえ」ず、「仮に労働時間規制の適用除外を考えるときにも、その手続きなどはむしろ現行の裁量労働制が参考にされるべき」こと、(ロ)賃金制度も含めて、弊害を防止できる制度整備を併せて考えるなど、労働時間制度が適正に機能する条件を導入要件とすべきこと、(ハ)ホワイトカラーの裁量性の程度に応じて、多様な制度を構想する必要があること、(ニ)使用者には実労働時間の管理の必要がないにしても、安全配慮義務などの管理責任があること、(ホ)実労働時間規制に代わる労働時間管理方法としては、仕事量の適正な管理を前提とすべきことなどを指摘している。

日本の労働時間制度の展開を評価し、今後の政策の方向を考える上で、諸外国でのホワイトカラーの労働時間制度はどのようなものかを明らかにしておくことが有益である。しかし、労働時間制度一般の紹介はあるが、裁量労働制に相当する制度やホワイトカラーの割増賃金の実態等は必ずしも明らかにされてない。そこでフランス、ドイツ、アメリカにおけるホワイトカラーの労働時間制度の展開、内容、そして運用を明らかにし、日本法への示唆を探る必要がある。

水町論文はフランスの一般的労働時間規制を概観した後、ホワイトカラー労働時間制度につき、2000年法改正で導入された3種の幹部職員への労働時間規制を検討する。すなわち、最上位に位置する経営幹部職員の適用除外、労働単位に組み込まれた下級幹部職員への通常の労働時間規制の適用、そして、中間形態である「その他の幹部職員」には、労働時間の長さにつき「個別の概算見積合意」を認める制度を紹介している。最後の類型が注目されるが、これは日本のみなし制とは異なり、賃金計算の容易化を目指したもので、実労働時間に見合った報酬請求を排除しないこと、そして、労働時間の柔軟化一般について、フランスでは労組との集団的合意を前提とし、個別労働者の合意による規制除外(コントラクト・アウト)を認めようとはしていないことなどを強調している。

橋本論文も、ドイツの一般的労働時間制度を概観した後、実務で採用されている労働時間の貸借制度や信頼労働時間制度を解説する。そして、組合員であってももはや労働協約の労働時間規制等を受けず「自己の責任で労働時間を管理することが期待されている」いわゆる「協約外職員」の実態について、筆者が独自に行ったアンケート調査結果もふまえて紹介する。法が正面から認める適用除外(管理的職員)は狭いものであるが、協約外職員のように実務上厳格な労働時間規制が適用されていないと推測される労働者の存在は興味深い。

他方、アメリカでは、法律改正の動きがあり、梶川論文はそれを簡潔に紹介した。アメリカでは、公正労働基準法により週40時間を超える労働に対して通常賃金率の1.5倍以上の賃金支払いを義務つけるが、一定のホワイトカラー(管理的、運営的、専門的・外勤セールスなど)には時間外賃金規制の適用は除外されている(いわゆるホワイトカラー・イグゼンプション)。しかし、適用除外基準が28年も改訂されず、最低賃金以下の週給でも除外対象となりうるなど実態と合わなくなってきたため、基準となる俸給水準の引き上げと適用除外基準の明確化のための法改正が提案されている。本来、時間外賃金が得られるべき低所得者層の保護の回復とともに、適用除外基準が収入要件等を全面に出し明確化・簡略化(ロングテストの廃止)されている点も注目される。

労働時間は法制度によって規制されているが、実際の労働時間管理は企業レベルでの人事管理の一環として行われている。近年の人事管理の動向として注目されるのが、成果主義的人事管理と裁量労働制をセットで導入する企業が増加しつつある点である。佐藤論文は、成果主義的人事管理を標榜し裁量労働制を導入している代表的企業にアプローチした。その結果、仕事の成果評価は目標達成度で評価されるが、目標設定は高めに誘導されるので、目標設定プロセス自体には仕事量や時間の長さを規制する機能は働きにくく、「働きすぎ」をチェックする措置が必要なこと、さらに制度本来の趣旨である出退勤時間の自己決定を促すには管理者の役割が重要であること、などが指摘されている。これは裁量性の大きいホワイトカラーへの実労働時間規制には限界があるが、賃金制度や安全配慮義務などの制度整備は必要との意見(島田論文)と共鳴する。

労働時間が長時間化するなかで懸念されるのが、時間外労働とりわけサービス残業(賃金未払い残業)の動向である。最近の厚生労働省のサービス残業の未払いを巡る是正指導調査の結果、サービス残業の増加ぶりが著しいという。そうしたことから、労働組合の対応が注目される。鈴木論文では、主に連合や連合総研が実施した調査データを用いて、サービス残業の実態及び労働組合の取組みの現状と課題を明らかにした。賃金支払い対象として記録に残らないサービス残業の実態の把握は難しいが、「連合」調査結果によれば、普段の状態として多少ともサービス残業を経験している人は労組員の半数近くに達し、無視し得ない実態にある。そうしたことから先進的な労働組合では、残業に関する情報の収集、点検、問題の摘出に基づき会社側に対応を迫っていくなどの取り組みを行っている。2001年の時短促進法改正により、「時間外上限と割増賃率の見直しの検討」が盛り込まれたが、かりに割増率を改善しても「ただ働き残業がある限りはその効果は限定される」ことから、サービス残業撲滅には時間外労働削減と同時並行的に進める必要があるとの主張は重要である。

責任編集 荒木尚志・玄田有史・佐藤厚(解題執筆 佐藤厚)