特集解題「パートの基幹労働力化と新たな課題」

2003年9月号(No.518)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

企業によるパートタイマーの活用は、90年代に入り量的に拡大したのみでなく、活用分野が高度化し、パートの基幹労働力化が進展した。パートの職業能力や企業への貢献のあり方が、経営パフォーマンスを左右する時代となった。雇用機会に占めるパートの比重が拡大したため、職業能力を十分に発揮できる仕事なのか、公正な処遇であるのかなどが、働く人々の職業生活にとって重要なものとなってきている。しかし、現状を見ると、従来の正社員の役割を担うなど基幹的な業務に従事するパートが出現しているにもかかわらず、正社員とパートの処遇には大きな格差が存在する。それだけでなく、格差について合理的な説明が困難な事例も少なくない。

他方、パートの基幹労働力化を進めてきた企業を中心に、パートの処遇改善の必要性を認識し、正社員とパートの処遇の均衡を図るため、雇用・処遇制度の改革に取り組む動きが見られる。労働組合は均等処遇実現のためにパート労働法の改正を要求しているが、経営者団体は処遇改善に理解を示すものの法改正には反対している。こうしたなか厚生労働省は、正社員とパートの公正処遇を実現するために、両者の均衡に関する考え方を示した改正パート指針を2003年8月に告示した(同年10月1日施行)。

本特集では、上記のようなパートを巡る状況変化を受け、正社員雇用とパート雇用の関係、パートを含めた非正社員の雇用管理の現状、企業の人事管理及び法整備に関わる課題を取り上げた。

90年代とりわけ90年代後半は、パートを中心とした非正社員が増加し、フルタイムの正社員が大きく減少した。人件費の削減などを目的として企業は、フルタイムの正社員を削減しパートを増加させてきたのか。この点を分析したのが石原論文と原論文である。

石原論文は、労働市場全体で確認できる変化(フルタイム常用労働者の減少と短時間常用労働者の増加)と事業所内で生じている雇用構造変化が、同じでないことを明らかにする。「雇用動向調査」の個票を事業所単位で分析して以下の点を明らかにしている。すなわち、(1)パートを雇用する事業所は全事業所の半分に過ぎない。(2)パートが増加しフルタイムが減少している事業所は全事象所の5%前後でしかなく、そうした事業所の拡大傾向も確認できない。(3)パートの増加の半数は、フルタイムの減少を伴っていない。(5)フルタイムの8割以上がパートの増加に関係なく減少し、とりわけフルタイムの減少が顕著なのは、元々パートを雇用していない事業所である。石原論文は、「雇用動向調査」の常用労働者をフルタイムとパートに分けて分析を行ったものである。有期契約であっても契約が更新されるフルタイムの非正社員は、フルタイムの常用労働者に含まれていることに留意が必要である。従って、フルタイム勤務であるが契約が更新されかつ呼称がパートである非正社員(いわゆる「呼称パート」や「疑似パート」)は、フルタイム常用労働者に含まれている。本論文は、常時雇用されているフルタイムとパートタイムの間の代替関係を分析したものである。

原論文は、企業単位の個票データを用い、正社員とパート・アルバイトが代替関係にあるのか、それとも補完関係にあるのかを、正社員とパート・アルバイトの賃金格差と資本をモデルに組み入れて計量分析を行っている。賃金格差と資本を組み込んで分析した点が原論文の貢献である。分析結果によると、労働市場全体では、正社員とパート・アルバイトの非正社員の間には、代替関係でなく補完関係があることがわかる。ただし、企業規模別に見ると、1,000人以上の大企業では補完関係が30人以上100人未満の小企業では代替関係が確認でき、企業規模によって生産要素の需要関係に違いがあると考えられる。

両論文によれば、企業は、人件費を削減するなどのために正社員を減らし、パートなどの非正社員を増していると言われているが、個別事業所毎や個別企業毎に見ると必ずしもそうではない。今後は、企業や事業所の雇用行動の違いを説明できるモデルの開発が研究課題となろう。

企業内における正社員と非正社員の量的構成の変化だけでなく、正社員と非正社員の内部に複数の雇用区分が設けられてきている。こうした雇用区分の多元化は、合理的な雇用区分の設定を人事管理上の課題として提起している。例えば、非正社員の多数を占めるパートの基幹労働力化の結果、正社員の雇用区分と同じ仕事に従事し、正社員と同レベルの技能を保有したパートなどが出現している。この結果、パートの雇用区分と正社員の雇用区分の再編など、雇用区分間の処遇均衡が人事管理上の課題となってきている。この課題を取り上げたのが、佐藤・佐野・原論文と西本・今野論文である。

佐藤・佐野・原論文は、雇用区分の多元化の実態を、企業事例とアンケート調査で明らかにするとともに、雇用区分間の均衡処遇として正社員とパートを取り上げ、均衡処遇に対する企業の取り組みを促進している要因を計量的に分析する。分析結果によれば、(1)雇用区分の設定方法は多様であること、(2)正社員・非正社員の枠を超えて雇用区分の再整理や、正社員の雇用区分と非正社員の雇用区分間だけでなく、それぞれの内部における雇用区分間の均衡処遇への取り組みが必要であること、さらに(3)パートの単純な量的拡大ではなく、基幹労働力化の進展が企業の処遇の均衡への取り組みを促し、企業の人材活用戦略も均衡処遇への取り組みに違いを生じさせることなどを明らかにしている。

西本・今野論文は、正社員と非正社員(主にパート)の均衡処遇を評価する尺度を開発した上、非正社員の人事処遇制度は正社員と異なる制度として設計されているものの、均衡処遇の程度は人事処遇の各分野によって多様であることを明らかにする。さらに、均衡処遇が企業の経営パフォーマンスに影響を与えていることを示す。ただし、均衡処遇と経営パフォーマンスの間には媒介変数が介在し、正社員と非正社員の均衡処遇が経営パフォーマンスを高めるためには、処遇関連制度の均衡から人材活用制度の均衡を経て、格付け制度の均衡を段階的に進めていく必要があることを仮説として提示する。今後は、仮説の検証や非正社員の雇用形態別に均衡処遇の取り組みの違いなどを分析する研究が望まれる。

西谷論文は、パートと正社員の均等待遇を巡る法政策に関し、海外の動向や日本の労使の主張、さらに先行研究を整理し、つぎのように提起する。すなわち、日本における法的規制のあり方では、同一価値労働・同一賃金の原則の緩やかな解釈を前提とし、パートと正社員の均等待遇原則を法律で明確にした上、学説・判例、指針によってその内容を具体化すべきである。法改正を見送り、指針改正を先行させた政府の政策への批判ともいえる。均等・均衡に関する企業、組合、労働者の共通認識が十分に形成されていない状況で、法改正を先行させることの是非に関して議論の深化が求められる。また、同論文の「パートと正社員の均等扱いを真に実現するためには、単に賃金制度のみならず、長時間労働、頻繁な配転・出向という正社員の働き方を見直す必要がある」との主張は重要である。厚生労働省「パートタイム労働研究会最終報告」(2002年7月)も指摘するように、パートの処遇改善のためには正社員を含めた企業の人材活用を見直すことが不可欠なのである。

また、佐藤・佐野・原論文が指摘するように、現行パート労働法は、フルタイム(法では通常労働者)とパート(短時間勤務)の処遇均衡を企業の努力義務としているが、フルタイムとして想定しているのは正社員である。しかし、雇用区分は、必ずしも正社員とパートの違いに沿ってのみ設けられているわけではない。パートと同じ仕事に配置されている者が、非正社員の雇用区分に属するフルタイムの契約社員であることも少なくない。正社員と非正社員の雇用区分の間だけでなく、それぞれ内部における雇用区分間の処遇均衡を対象とする法整備が求められよう。

責任編集 佐藤博樹・佐藤厚・玄田有史(解題執筆 佐藤博樹)