特集解題「キャリア・カウンセリング」

2003年8月号(No.517)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

若年のフリーターや無業者、中高年の転職、長期失業などの雇用問題に対する対策の1つとして、キャリア・カウンセリングが提起されている。厚生労働省も不況下の雇用対策の一環として、また将来の個人主導の職業能力開発を支援する専門家として、キャリア・カウンセリングについての知識とスキルを持つ「キャリア・コンサルタント」の養成を打ち出している。特集するに当たり編集委員が議論したことは次の2点である。

第一は、このようにいろいろな場面で使われるようになったキャリア・カウンセリングという概念について、関係者の間で共通認識ができているものなのだろうか、という点である。実際問題として、臨床心理士のようにカウンセリング・ルームで「サイコセラピー」をするイメージと、ハローワークの相談窓口で少し詳しい相談にのる「職業紹介」に近いイメージとでは、違いすぎるし、これらの違いを放置したままの議論ではあまり生産的でないと思われる。

そこで、多義的なキャリア・カウンセリングの内容をきちんと整理すべきではないかということになった。

第二の議論は、キャリア・カウンセリングに関連してどの分野を取り上げるかという点である。特集では、産業界とのかかわりの中で、具体的には次の4つのサブテーマを設定した。すなわち、1)第1の議論で提起された視点を意識しつつ、キャリア・カウンセリングの抱える問題点を概観すること。2)企業の中でのキャリア・カウンセリングの実態と抱える問題点を整理してその解決方向を提起すること。3)産業界で最もキャリア・カウンセリングの活発なアウトプレースメントサービス業界での動きを紹介すること。4)今日のキャリア・カウンセリングへの関心を高める一つの契機となった厚生労働省の「キャリア・コンサルタント養成」の背景と仕組みを紹介すること。

1)のテーマには渡辺論文が対応している。氏は、キャリア・カウンセリング先進国アメリカにおいてキャリア・カウンセラーとしての専門的訓練を受けた先駆者である。渡辺論文は、学校の生徒や教師のことを念頭に置けばよかった10年前とは異なり、最近では、産業界からの質問や問題提起が多くなっていること、企業からはキャリア・カウンセリングの固定化したイメージに基づきキャリア・カウンセラー不要論すらでてきている現状などを指摘するとともに、多様な背景をもつ人々がそれぞれの立場からキャリア・カウンセリング界にかかわってくるようになった現状の下で、「カウンセリング心理学の立場から」、キャリア・カウンセリングをめぐり起きている混乱が、その利用者であるクライアントをも悩ませ、カウンセラーの社会的な地位確立と発展を阻害している現状を明らかにする。そのうえで、専門家としての態度を育成することに関係する人々が共同で立ち向かうこと、専門家集団として「キャリア・カウンセリングの機能とそれを評価する視点」を開示する課題があることを提起している。

横山提言は、大変化の時代の新たな人材の開発と育成は、キャリア開発(発達)の理念と手法(キャリア・カウンセリング)に頼るしかないと断じ、組織と個人との共生、個人主導の尊重という哲学とそれを基盤とした新たなキャリア開発手法について提言する。提言は、産業界に対する厳しい批判を含むものであるが、氏が経営側に都合のいい企業論理という大きな圧力の中で、CDPの真の発展と定着のために尽力されてきたことを思うと納得できるものである。

2)のテーマについての今野論文は、横山提言と重なる部分が多い。それは、企業におけるキャリア・カウンセリングが、経営をめぐる組織と個のせめぎ合いという共通の課題を持つことによろう。氏の主張は、「キャリア・カウンセリングはキャリア開発上の課題を明らかにしようとしたり、課題を解決しようとする際の心理的な援助活動である。したがって、キャリア開発が前提となって初めて成り立つものである」と明快である。キーになる「キャリア」概念を明らかにしたうえで、この業界に混乱があるとすると、それは「わが国にはキャリアという概念が存在していなかったからだ」と指摘する。また、キャリア開発への援助に携わる専門家をそのテーマとサービスの質の違いから、カウンセラーとファシリテーターに区別し、手段の一つであるキャリア・カウンセリングではなく、キャリア開発をいかに進めるのかという視点の重要性を指摘している。

3)のテーマに関して、小林紹介は、アウトプレースメントでの事例紹介を通して、キャリア・カウンセリングの有効性を考察する。氏が属する会社は我が国のアウトプレースメントサービスにおいて先駆けの会社の一つで、そこでキャリア・カウンセラーとして第一線で活躍している。氏は、「雇用情勢が大変厳しく長期間失業する人が増えている現状の要因を、景気動向や時代の変化に求める風潮もあるが、一番の問題はやはり求職者一人一人にある」と言い切る。また、「アウトプレースメントサービスは対企業サービスであるので、個人を扱っていながら、結局最後まで企業依存型のキャリア形成を選択したということにほかならない」という指摘も注目に値する。背景として、「組織と個との関係」や「個のキャリア発達」こそキャリア・カウンセリングの本質的なものであるという、今野論文とも通ずる共通認識が存在している。第一線の現場で、個人のキャリア開発(発達)に真摯に向き合っている専門家・実践家の間には用語やイメージの混乱など存在していないのである。

4)のテーマにかかわり、木村氏が論じている。平成11年の職業能力開発促進法の改正を契機に産業界においてキャリア・カウンセリングへの関心がさらに高まったとはいえ、制度や政策は実施された時から、その設立への思いや趣旨通りには機能しないことが少なくない。しかし、個人主導の職業能力開発への転換という課題を乗り越えていくための具体的な枠組みが求められているが、その一つは、企業や労働力需給調整機関におけるキャリア・カウンセリングの基本を前提とする「キャリア・コンサルティングの推進」であることは間違いない。木村紹介では、特にその担い手であるキャリアャリア・コンサルタントの養成についての基本的な考え方が紹介されている。氏が述べるように「キャリア・カウンセリング」と「キャリア・コンサルティング」は、「キャリア・ガイダンスとカウンセリング」の発展の中で蓄積された知識と手法が生かせる同じ物なのかもしれない。しかし、名称が違い養成過程が違う2つの資格は、渡辺論文が指摘する危うい問題を内包することも確かである。

21世紀を迎えるに当たり、時のアメリカ労働長官は、次のようなメッセージを送った。「ますます厳しくなる国際競争の中でアメリカ経済が優位を保つためには、自立し高度な専門性を持つ個々の労働力が前提になる」。このことは経済の長期低迷の中で模索するわが国とわが国の労働者についてもあてはまる。巧みな産業政策で新たなタイプの会社人間を生み出すことではなく、自ら「キャリア問題」を解決していけるような自立し専門性の高い労働者群の出現が必要である。次回にこの種の特集テーマを組んだとき、現場での混乱や不要論ではなく、現下の関心の高まりを好機とし内部の危機を克服し、自律し高度な専門性を持つ「キャリア・カウンセラー」によって社会的に認知されたキャリア・カウンセリングが着実に根づいた姿を報告したいものである。

責任編集 佐藤博樹・松本純平・守島基博(解題執筆 松本純平)