特集解題「NPOと労働」

2003年6月号(No.515)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

今月の特集テーマは、「NPOと雇用」である。編集委員会では、毎年夏から秋にかけて、向こう一年間の特集テーマをどうするのかを議論する。現在およびこれからの重要な労働問題からキーワードを探し、特集テーマとするわけである。昨年の議論のなかでも特集テーマに「NPO(非営利組織)」を取り上げることに、異論はまったくなかった。

これからの雇用機会の一つの重要な受け皿として、また新しい働き方を提供する場として、NPOへの期待は大きい。しかし、そこでハタと気づく。一体、労働問題としてNPOをどのように考えていけばいいのか。たしかにNPOについてはすでにすくなからず研究蓄積もあるし、学会だってある。だが、そのなかで『日本労働研究雑誌』として何を新たに労働問題の研究テーマとしてNPOに注目していくべきなのか。

このような悩みを抱えていた最中、NPOを真正面から取り上げた論文が投稿されてきた。それは独自に行ったアンケート調査を駆使した経済学の視点によるNPOの雇用についての実証論文だった。通常の審査を経て本月号に投稿論文として掲載された宮本大氏の論文がそれである。さらに労働法からのアプローチとして、山口浩一郎氏は、編集委員会からの強い要望に快くお応えいただき、NPOそしてボランティアが働く上での法的諸問題をていねいに整理していただいた。特集として論文2本というのには一抹の寂しさを感じる読者もいらっしゃるかもしれないが、これらの力作論文からもNPOと雇用の関係を議論する上での基本的かつ重要な論点を広く知ることができる。改めて感謝申し上げたい。

山口論文と宮本論文の詳しい内容については、それぞれを熟読していただければと思う。両者の論では事実整理と共に、問題提起も豊富になされている。

山口論文で提起された多くの問題のなかでも「ボランティア(とくに有償ボランティア)への労働法規の適用をどうかんがえていくかは、今後の大きな政策課題である」という指摘に、筆者は特に強い印象を覚えた。山口論文では、学生や生徒などのボランティアへの関心の低い日本の現状を「異常である」と指摘した上で、その活性化のための法整備のあり方を整理している。ボランティアの法的地位の検討には、労働法規を適用していくやり方、請負関係として法的に位置付けるやり方、法律関係というよりも自然債務のような関係としてとらえるやり方など、その実態を踏まえながらの検討の必要性を指摘されている。

労働組合とNPOとの関係の議論も実に興味深い。NPOは労働組合に比べても法的環境は十分整備されておらず、財政基盤も弱い。その意味で「前途は多難」なNPOに比べて、企業が存続する限り組織自体は維持される労働組合は「有利」である。しかし一方で、多くのNPOの目指している「社会に問題を提起しこれを動かしていく統治機能は(労働組合には)ほとんどない」。そう考えると、NPOは労働組合にとって脅威とみなすよりも、社会貢献のあり方を模索する上での相互補完的な存在として捉えるべきであるように思える。

その他、NPOの低い労働保険や社会保険の加入率を「問題である」と指摘されていたり、収支改善への大きなインセンティブになるみなし寄付制や認定NPO法人の要件緩和を今後継続して検討すべき課題であるとするなど、数多くの提起をしていただいた。

寄付税制のあり方は、続く宮本論文で取り扱われるNPOの雇用問題でも大きなテーマとなる。一体、NPOではどのような基準で有給職員や無給職員を雇用しているのか。経済学の世界では、営利企業(PO)による労働需要については、企業はその利潤を最大にすることを前提して最適な雇用水準を決定するという基本的な考え方がある。ところがNPOは文字通り、利潤や営利を目的として活動していない以上、利潤最大化という行動原理にそもそも成立しない。では、 NPOは何ら基準もなく、職員を採用しているのだろうか。

宮本論文では、NPOの雇用原理とは利潤最大化ではなく、寄付や助成などの収入を所与とした上での財・サービスの生産量最大化行動であるという仮説を立て、それが筆者らの独自調査によるデータ分析の結果と矛盾しないという結論を導き出す。

実際、宮本論文では1999年から2000年にかけてNPO団体の収入が37%増加したが、そのことが有給職員を30%以上増加させた可能性を試算している。そこから要約では「税制の優遇措置などを通じてNPO収入が増加することで有給職員の雇用創出が期待できる」と結論付けている。

無論、筆者自身も述べているとおり、ここで用いられたデータが国際、環境活動などに携わる年収1000万円以上のNPO団体を対象としていることから、その代表性に疑問を持たれる向きもあるかもしれない。しかし、NPOの雇用決定について、ここまで詳細な分析は日本の労働研究のなかでもこれまで例がなく、その主張に反論しようとするならば、新たなデータによる実証研究が用意されなければフェアではない。その意味で宮本論文は、今後のNPOの雇用研究の先駆けとなる提起を含んだものである。

このような雇用創出効果も含めて、NPOには現在の様々な雇用問題を解決する決め手として、ややもすると過大とさえいえる期待が寄せられることがある。提言として田尾雅夫氏がお書きいただいている「学問的に、やや突き放して言えば、NPOをどのように位置付けるかについてはまだ不明なことが多い」というのは、事実だろう。

そこでNPOの実態をどう位置付けるか、その視点を提供していただくため、NPOの現場で実際に活躍されている三名の方に座談会に参加いただき、NPOの現状、可能性、課題を中心に広くご議論いただいた。

先進国のなかでも就業者に占めるNPO就業者割合が、日本はかなり低い部類に属する。その意味ではNPOには今後発展性があるという見方もでき、NPOに「過大な期待が集まるのも当然」なのかもしれない。ではNPOの成長を現状で阻んでいる原因は何かというと、そこには労働条件の低さもあるが、実際にはリーダー不在の問題が大きいという。成長するNPOには「企画力、想像力、そして先見性」に富み、NPO以外でも成功したであろう優れたリーダーがいる。問題はそのようなリーダーをどう育成していくかであり、今後の世代交代を乗り切ることが、NPOが社会に真に根付くための課題となる。

NPOには、雇用の量的拡大の担い手となる可能性もさることながら、新しい働き方を実現する場という意味で、雇用の質的変化の源泉としての期待も座談会では語られる。さらには深刻化が進む若年の育成問題のカギをNPOが握るという指摘も見え隠れする。雇用社会の門戸が若年に対して益々狭まりつつあるがそれはNPOからみれば人材を確保するチャンスでもあり、「NPOは彼らをきちっと受け止めるだけの用意をしておく必要がある」という主張には期待を感じずにいられない。

座談会で三名の方々には、今後必要となるNPO労働研究の具体的なヒントも提示いただいた。いずれにせよ、座談会からはNPOがもう理念の問題を超え、市民事業(コミュニティビジネス)としてどう定着可能であるが、その具体策を提示する段階にあることがよくわかる。そこでは「一番の課題はお金です。お金をどうするんだという話が9割以上、ミッションは当たり前の話です」と語られる。 NPOを考える上で、金銭的・経済的問題に加え、ボランティア、有給・無給職員、そしてリーダーといったNPOで働く人々の実状、すなわち労働問題の解明と解決がその発展のカギを握ることが本特集からも伝わるだろう。

責任編集 大内伸哉・玄田有史(解題執筆 玄田有史)