特集解題「海外の労働法制―最近の動向―」

2002年11月号(No.508)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

本号では,フランス,オランダ,オーストラリアにおける労働法の最新の動きについて,それぞれの国の研究者に分析をお願いした。いずれの論文でも,労働法における規制のあり方を考える際に参考となる貴重な分析視角が提供されている(以下の解題は,論文の掲載順と異なっている)。

ヴァキエ論文は,フランスの最近の重要立法をとりあげ,そこにおいて「社会的目標の実現と企業経営の自由」との間の均衡がいかに図られようとしているのかを紹介している。なかでも興味深いのは,社会近代化法において,経済的解雇の正当性の範囲を限定しようとする試みが,憲法院によって企業経営の自由を過度に侵害することを理由に違憲と判断された点である。その一方で,同法は,解雇回避のための雇用保護計画の作成・実施を使用者に義務づけており,そこでは労働者の企業内外での「再配置」が重視されている。ヴァキエ氏は,経済的理由による解雇の過度の制限は望ましくなく,いわゆる予防的解雇も認められるべきとしたうえで,雇用の流動化のための環境整備の重要性を主張する。雇用保障を労働市場全体で図っていくべきとの主張と思われるが,フランス法自体が,本当にそのような方向で今後も進んでいくかどうかは,政治情勢とも関係して予断を許さないであろう。

フォス論文は,いわゆるオランダ・モデルの形成に至る歴史的経緯や背景を説明しながら,最近の立法を紹介している。なかでも興味深いのは,(緩和しつつあるとはいえ)なお厳格な解雇規制とますます弾力化してきている有期労働法制や派遣労働法制とのコントラストである。このようなコントラストは,正規雇用における雇用安定の維持という労働組合側の要望(および政府の立場)と,労働力利用の柔軟性という経営側の要望との妥協により生じたものある。後者の柔軟性の側面においては,パート労働のいちはやい「典型労働(正社員)化」に引き続いて,派遣労働まで同様の道をたどりつつあるようにみえる点は,かなりショッキングである。もっとも,「呼び出し契約」にも典型的にみられるように,これらの弾力化が労使間の協定により進められ,労働者の利益の保障にも配慮されている点は看過すべきでない。このような「柔軟性」と「保障」の両立の試みは,まさに欧州大陸法系の労働法の将来を先取りしているような感もある。もっとも,オランダ・モデルは,その独特の協調的な政労使関係(ポルダー・モデル)ぬきには考えられないのであり,より南の国では,たとえば派遣労働のもつ雇用定着化への導入としての機能を積極的に評価するような柔軟頭の労働組合の登場は望むべくもないであろう。

タン論文は,オーストラリア労働法の規制緩和のプロセスを,「分権化」と「脱集団化」というキーワードを軸にして丹念に分析している。オーストラリアでは,強制仲裁制度による労働条件規制の役割が法律によって徐々に制限され,他方でコモンロー上の雇用契約が増加傾向にある。これは結果として,不当解雇からの保護規制の縮小ともあいまって,使用者の権限の拡大に寄与している。しかも,このような「個別化」の流れは,労働組合の保護の縮小も同時に進められていることによって拍車がかかっている。ここでは,最低労働条件規制,解雇規制,組合の保護というような労働法上の基本的制度が次々と切り崩されてきているのであり,労働法研究者としては,とてもシニカルな傍観者ではいられない。団結権規定が組合保護のために新たに活用される可能性があるという指摘が,わずかな救いであろうか。

責任編集 大内伸哉・荒木尚志(解題執筆 大内伸哉)