特集解題「労働市場サービス産業の未来」

2002年9月号(No.506)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

「労働市場サービス」とは耳慣れない言葉だが、そんなに新しい内容ではない。公共職業紹介を含め、求人広告、職業紹介、労働者派遣など、労働市場における、人と仕事のマッチングを行うサービス一般を指す。本特集の佐野論文によると、企業と労働者の、片方または両方から、求人・求職の依頼を受け、なんらかの調整メカニズムでそうしたニーズを充足させるためにサービスを提供するのが業務内容である。そして、マッチングメカニズムの違いによって、労働市場サービスは、採用支援、職業紹介、就職支援、労働者派遣などもと分けられ、佐野によれば、この四つが、労働市場サービス産業の中核をなす。

では、なぜ、今、労働市場サービス産業の特集なのか。少なくとも四つの理由があるように思われる。

第1は、労働市場サービスの「産業化」である。つまり、規制緩和によって、労働市場サービスの多くの部分が、民間企業に開放され、労働市場サービスを事業として行う企業が数多く出現し、労働市場サービスが、産業として成立した。なかでも、民間職業紹介と労働者派遣事業における規制緩和が、大きなインパクトをもっており、労働市場サービスが新たな産業として認知される基盤となっている。詳しい市場規模の推計などは、佐野論文に譲るが、おおよそ、市場規模は 2000年度で、2兆3600億円を超える。

第2の理由として、労働市場サービスの産業化の結果として、労働市場サービスを提供する民間企業などについて、法規制の問題が起こってきた。市場規模が小さく、職業紹介や労働者派遣が、ほんの一部を対象にしていたときには、法律によって規制を行い、保護すべき労働者の割合は極めて少なかったが、「原則自由化」の建前にたつと、保護すべき労働者の割合も上昇する。また、有田論文も主張しているように、労働市場サービスというのは、「労働力商品の特殊性」(人格と不可分の商品であり、不適正な行為が、生活や人格に大きな影響を与える可能性が高いこと)を前提とせざるをえないので、民間に開放することの危険性は、他の産業より大きいかもしれない。

さらに、第3の理由として、民間の労働市場サービス産業の拡大にともなって、こうした民間企業の提供するサービスの効率や有効性などが問題になってくる。はたして民間企業の提供するサービスは、労働市場におけるマッチング機能の有効な促進に役にたっているのか。それとも、一部の労働者の「良い」仕事へのアクセスを援助しているだけなのか。その場合、就職弱者や地方の労働者にとっては、民間企業の参入は、あまり大きな意味はないのか。また、さらに、「官民の棲み分けと連携」が目的であれば、官と民が各々比較優位をもつタイプのサービスは何なのか。こうした疑問が、特に職業紹介や就業支援サービスについて提出され、丁寧な分析による検討が必要とされている。

そして、労働市場サービスについて、今新たに議論しなくてはならない、第4の理由は、言うまでもなく、不況から脱出できないわが国経済と、そのなかにおける失業率の継続的な高さである。ちなみに、今月号では、「平成14年版労働経済白書」座談会も掲載されており、そこでも失業が大きく取り上げられている。なかでも大きな焦点があたっているのが、労働市場におけるミスマッチによる失業であり、こうしたことへの解決策として、官民の労働市場サービスが期待されるのは自然な成り行きだろう。

では、このような問題意識について、本特集にある論文は、どうとらえているのだろうか。佐野論文は、すでに述べたように、民間の労働市場サービス産業の規模を推定し、その拡大を予想している。だが、同時に佐野は、これまでの拡大を、「雇用流動化への期待や規制緩和による一時的な新規参入増」、および一種類のサービスの「経営上のデメリットを、複数事業(サービス)の多角化・兼業化によって相殺するため」の自己増殖(みせかけの拡大)ととらえ、今後の市場拡大について楽観的な見通しをもっていない。また、産業が今後抱える構造的な問題として、「インターネットの普及」「ミスマッチの増大とそれによる信頼の低下」「過当競争による価格競争」「曖昧な官民相互補完関係」の四つをあげ、こうした問題が、今後この産業の健全な発展を妨げる可能性を指摘している。

また、有田論文は、労働市場サービス事業の規制のあり方について、これまでの規制の枠組みを手際よく整理し、既存の規制手法は、「弊害発生の事前防止のために、そうした弊害をもたらす悪質な事業者を事前に排除し、健全な労働市場サービスの市場において、求職者が安心してサービスを選択し、契約することができるような環境を実現しようとして」きたとまとめている。さらに、前にものべた「労働力商品の特殊性」によって、事後救済ではなく、労働者への弊害を未然に防ぐことが、中核的な目的であり、新しく生まれる、様々な労働市場サービスの業態においても、可能な限り、既存の労働市場サービスと類似の内容を根拠として、同様の規制を加えることが重要だとする。だが、有田によれば、この産業が提供するサービスの中には、既存の枠組みに入らないサービス(たとえば、求人・求職情報提供サービス)もあり、こうした事業については、新しい規制手法が必要になる。現在、労働市場サービスは、大きく発展しており、これまでの規制の枠組みにはない柔軟な手法によって、労働者への弊害を防止するための努力が必要だと結論づけている。

この二つの論文の、やや実態的な議論に対して、後半の二つは、労働市場サービスの有効性を検討する分析的内容である。まず、中村論文は、職安による公的職業紹介事業にどの程度の効果を期待できるのかを、様々なデータソースを使って検討している。比較対象は、もちろん民間の職業紹介であり、公共職業安定所の転職支援機能は、失業率(需要不足失業率および構造的失業率)を抑制する視点で見ると、ある程度の効果をあげており、その効果は景気の後退期で著しく、転職後の賃金の年功度からみた転職後の労働条件も大きくは低下しないことが発見されている。このことから、中村は、最近、失業者の増加による混雑現象のために、公共職業安定所のマッチング機能が低下しているものの、おおむね「職安経由での転職者は他の転職者に比べて、転職によって相対的に良好なマッチングを達成したことになる」と述べ、「民間職業紹介の機能が十分に発揮していない現状において公共職業安定所の役割が大きい」と結論づけている。

また同様の結論は、蔡・守島論文においても見いだされており、職安を含めた、転職経路の選択は、転職者がついている仕事の社会経済的地位や、転職の理由などによって決まる可能性が高いために、公式的経路が存在しないと、就職・転職弱者は、労働市場においての立場がいっそう弱くなってしまうと結論づけられている。根拠として、蔡・守島は、良いマッチング(賃余の上昇、転職後の満足度など)をもたらすと言われている人的経路による転職は、男性で、転職時の年齢は低いが、ひとつの会社に勤めていた期間の長い、失業期間を経験していない労働者が利用する確率が高く、また組織のネットワークによる転職は、転職の理由が、「倒産やリストラによる転職」であるケースが多い、また、公共職業安定所を使う労働者は、上記の反対の属性をもっている、さらに、こうした転職の理由や、個人属性をコントロールすると、転職経路の転職結果に与える影響はほとんどみられない、という実証結果を用いている。つまり、効果的な転職ルートを用いるかどうかは、労働者の属性や転職理由によって影響をうけ、労働者が、転職において、マッチング効果を 上げるために行う自由な選択ではないのである。

以上のように、本特集の論文は、総体として、民間の労働市場サービスの拡大がいつまでも続くべきではないし、また相応の規制のあり方も必要だとしており、そのなかで、公共職業安定所の機能の重要さを再確認している。

だが、こうした労働市場サービスの発展は、わが国企業の労働市場の大きな変化を背景にしている部分もあるだろう。たとえば、正社員との契約に関する考え方の転換であり、企業の人材育成に関する考え方の変化である。こうした変化が現在の労働市場サービスに新たな内容を付け加えていく可能性は高いと考えられる。その場合、労働市場サービス産業は、わが国の労働市場においてもっと大きな役割を担う可能性もあるだろう。

責任編集 守島基博・佐藤博樹・佐藤厚(解題執筆 守島基博)