特集解題「企業年金と労働」

2002年7月号(No.504)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

2001年に確定給付企業年金法・確定拠出年金法が可決成立したことによって、2001年10月1日から確定拠出年金が施行され、また2002年4月には確定給付企業年金が施行された。今回の企業年金改革は、低経済成長下で年金基金の積立・運用が困難になったこと、いわゆる「ポータビリティ」の問題、企業間の労働移動の増加といった社会・経済環境の変化によって生じた問題へ対応しようとするものである。しかしながら、今回の改革によって従来の企業年金制度の問題点がすべて解決されたわけではない。このような点を踏まえ、本号においては企業年金改革の意義、企業の雇用管理への影響、労働市場への影響、今後の課題といった点について論じた論文を集めた。

小島論文「「企業年金」からの卒業を」は、従来の厚生年金基金と確定給付企業年金の法的性格を明らかにしている。企業年金二法の登場により、従前からの厚生年金基金に加え、労使の選択肢が拡大した。しかし、企業年金二法の登場は、従来からあった厚生年金基金の公的性格をより鮮明にした、と小島氏は指摘する。つまり、厚生年金基金は厚生年金給付を代行する公的年金であるが、確定給付企業年金は事業主による退職時の給付を年金化した私的な年金であり、確定給付企業年金の登場が、厚生年金基金の公的性格はより鮮明になったというのである。小島論文は、法律を子細に検討して、両制度の本質が全くことなることを明らかにしている。

さらに、小島氏は確定拠出年金の性格も一様でないことを指摘する。企業型は賃金的、個人型は貯蓄的な性格を有するように見えるという。このような性格の異なる多くの制度が併存し、労使がそれらの中から自由に選択するという新しい枠組みでは、従来漠然と「企業が実施する年金」といった程度の意味で用いられてきた「企業年金」という用語は、適切でなく、その安易な使用はかえって危険であり、この用語からは、もはや卒業すべきである、と主張している。

次に、菊池論文「企業年金改革と社会保障制度の方向性」は、今般の企業年金改革の原理的意義を、社会保障制度ないし社会保障法の側から検討している。菊池氏は、最近における社会保障の様々な構造改革の背景に、社会保障法のパラダイム転換があるという。すなわち、社会保障を所得保障・医療保障・社会福祉などの国家から国民への一方的「給付」からのみ捉えるという伝統的社会保障法から、私人間関係も含めた多面的双務的な法律関係として捉えるという社会保障法へのパラダイム転換が生じたのである、という。社会保障法のパラダイム転換との視点からみた場合、もはや企業年金もその考察の埒外におかれるべきではない。公的年金の縮減という昨今の状況等に鑑みると、企業年金の法的位置付けは、社会保障法固有の視座(老後所得保障)に立ってなされるべき必要性が高まっている。菊池氏は、「自由」基底的社会保障法理論の立場から、今般の企業年金改革を積極的に評価すべきものと位置付けている。今後に残された課題として、菊池氏は、支払保証制度、制度運営にかかる労働者の「参加」手続き、年金受給のための通算制度等をあげている。

臼杵論文「変化しつつある雇用慣行と企業年金制度」は、従来の雇用慣行のもとでの企業年金の特性とその雇用管理上の効果について議論した上で、雇用慣行の変化に対応するために、企業年金制度の変更が行われてきたことをアメリカについて紹介している。さらに、日本の企業年金制度の改革が、最近の雇用慣行の変化に対してどれだけ対応できているのかについて、日米で比較できるように表の形で示している(臼杵論文図表6)。

臼杵氏は、確定給付年金などわが国の退職給付は、(1)50歳前後までの勤続促進、(2)それ以降の退職促進、(3)不祥事や任務懈怠の防止、など雇用管理上、一定の役割を果たしてきた、と指摘する。しかし、長期雇用の変質やキャリア・働き方の多様化など、雇用慣行の変化により、それに対応した新たな年金制度が求められるようになっている。実際、2001年以降認められた確定拠出年金やキャッシュ・バランス・プランは、発生給付額を年功的でないように修正するなど、その要請にある程度応えている。今後の課題として臼杵氏は、次の点を指摘している。第一に、米国の401kプランと比べると、個人の選択の余地が狭い上、異なる制度間の資産移換が認められないことである。第二に、税制面では制度の選択・設計に中立な非課税個人勘定の創設が必要であるとしている。

確定拠出型の企業年金「日本版401(k)」の導入により、企業年金の重要性が高まった。しかし、確定拠出型企業年金の最大の問題は、資産運用のリスク負担が企業から個人にシフトされるという点である。そのため、資産運用の知識の有無によって老後の年金額が大幅に異なったり、危険な投資を行いすぎて、老後生活のための資産を失ってしまったり、という問題が生じる可能性がある。そこで重要になってくるのは、労働者に対する投資教育である。

小塩論文「企業年金と投資教育」は、アメリカにおける投資教育の研究を展望し、日本へのインプリケーションを検討している。アメリカにおける実証研究によれば、(1)従業員向けの投資教育が401(k)への加入率や掛け金の拠出率を高める効果を持っている一方、(2)自動加入にすると加入率が大幅に高まり、「デフォルト」設定された拠出率や運用方法がそのまま選択されるなど、従業員の意思決定がかなり“受動的"となっていることが明らかにされている。小塩氏は、アメリカの経験をもとに、日本の投資教育のあり方について、企業型年金と個人型年金についてその効果を議論している。企業型年金については、実質的に自動加入であり、運用方法の選択を除くと従業員のイニシアティブが強く働かないので、投資教育の効果は限定的であるとしている。一方、個人年金については、個人の選択にかなり委ねられているので、投資教育に一定の効果を期待できるとしている。しかし、日本では国民の金融知識や危険資産の保有度合いが極めて低いこともあり、アメリカの実証分析が示唆する以上に投資教育が大きな効果をもつ可能性もある、と小塩氏は指摘している。

アメリカの企業年金制度については、本特集号でも複数の論文で扱われている。ところが、近年、企業年金制度の改革を行ったドイツの状況についての簡潔な解説は少ない。渡邊論文「ドイツ企業年金の行方」は、ドイツの企業年金改革をコンパクトに紹介している。ドイツで最近行われた大規模な年金改革においては、公的年金の役割縮小をやむを得ないものとし、企業年金や個人年金の普及・促進に力点を置くという姿勢が貫かれている。渡邊氏は、「このような改革方針は、従来より公的年金の補完機能を付与されている企業年金法制に多大な変化を与えるものである」と指摘する。企業年金が抱える様々な問題に対し、ドイツではどのような解決が図られているのか、また、今回の改革でどのような制度変更がなされたのかを受給権保護を中心とする法規制の観点から検討が行われている。具体的な法改正としては、企業年金改善法の改正であり、その中で明示されることになった賃金転換型企業年金が大きい。賃金転換型企業年金においては、即時に受給権賦与されるため、ポータビリティが高まったとされている。加えて、企業年金に関連する範囲で、公的年金、個人年金の改革が紹介されている。

責任編集 大竹文雄・大内伸哉・渡邉博顕(解題執筆 大竹文雄)