特集解題「ワーク・ライフ・バランスを求めて」

2002年6月号(No.503)

『日本労働研究雑誌』編集委員会

核家族世帯や共働き世帯の増加、さらには男女の役割分業意識の変化などを背景に、生活と仕事の調和を可能とする働き方を求める人々が増加している。西嶋の提言にあるように、企業にとっても、生活と仕事の両立に関する労働者のニーズを満たすことができなくては、良質な人材の確保や、従業員のモラールや生産性の維持・向上が難しい時代となりつつある。こうした状況を受け、法制面では、育児・介護休業法が施行され、育児と介護に関しては仕事との両立を支援する仕組みが整備されてきている。だが、その運用面での課題も少なくない。

育児に関わる支援策を取り上げれば、法定を上回る休業規定が設けられていても、その取得が難しい職場が少なくなかったり、取得できても必要な期間の取得が出来ないなどの問題が指摘されている。また育児休業の取得者を見ると、圧倒的に女性に偏っており、男性の取得者はきわめて少ない。男女の役割分業意識は、男性に関しても弱まりつつあり、また子育てや家事に積極的に関与したいとする男性も増えつつある。しかし、職場における男女役割分業意識が根強いことなどが、男性の育児休業取得を例外的なものとしている。

こうした状況を受け、本特集では、働く人々のワーク・ライフ・バランスを実質あるものとするために、いかなる課題が残されているかを検討することにした。

脇坂論文は、育児休業制度が実際に活用される条件として、代替要員の確保など休業者が担っていた業務処理が円滑に行われる仕組みが不可欠とし、それを事例研究とアンケート調査で検討する。休業者が担当していた業務を外部から確保した要員で代替する方式(直接代替方式)が適用できる範囲は限定的である。そのため、休業者が担当していた業務を複数の職場成員が少しずつ分担する方式(分担方式)や休業者の業務を下位職位の者が担当しその者の業務をさらに下位職位の者が分担していく方式(順送り方式)を取り上げ、それぞれが機能する条件と長短を分析する。分担方式が機能するためには、休業者の仕事を分担できる技能を保有している職場成員が相当数必要で、その数が少ないと労働強化となり、さらに業務を分担する者が休業を取得する可能性が高いことが求められる。順送り方式が機能するためには、職場成員がそれぞれの上位職位の者の業務の一部を担えるように日頃から技能を縦に伸ばしておくことが不可欠で、さらに職場成員間にキャリアの連続性が存在しなくてはならないとする。他の方式を含め、今後さらに事例を収集分析し、望ましい対応策を提示することが有益な作業となる。

両立支援策を充実しても、均等施策が十分でない企業では、男女の職域分離や女性の管理職登用が進まない。そのため両立支援策に加え、均等支援策の充実が求められるが、両者の関係に関する研究はこれまでほとんど行われていない。川口論文は、生活と仕事の両立施策(ファミフレ施策)と男女の均等施策の関係が補完関係にあるのか、あるいは代替関係にあるのかを独自のマイクロデータに基づき分析し、補完関係にあることを実証した。「男女の均等化を促進すると、ファミリー・フレンドリー施策の必要性が高まり、またファミリー・フレンドリー施策の推進がさらなる均等化を可能とするという相乗効果」があるとの指摘は、きわめて重要である。

川口論文は、ファミフレ施策が人材確保などにとって有用な施策と理解されていても、施策に関する負担感を企業が感じている場合では、施策の実施に結びつかないことを指摘している。つまり、両立支援策を社会的に推進していくためには、ファミフレ施策と企業のパフォーマンスの関係に関する研究が求められる。海外ではファミフレ施策と企業のパフォーマンスの関係に関する実証的な研究の蓄積があるが、日本では皆無に近い。こうしたなか坂爪論文は、従業員の態度に対するファミフレ施策の影響に関する分析だけでなく、経常利益や離職率など企業のパフォーマンスに及ぼす影響を分析しており、有益なデータを提供している。同論文によれば、企業がファミフレ施策を導入し、従業員に認識されるように運用されている場合には、従業員の働きがいや働きやすさ、とりわけ後者が高まる。川口論文もファミフレ施策の充実している企業が必ずしにもその施策に熱心に取り組んでいるわけでない可能性を指摘していたが、ファミフレ施策は、制度として導入されるだけでなく、実際に運用されなくては効果を発揮しないのである。企業のパフォーマンスに対するファミフレ施策の影響では、女性の離職率を引き下げる効果は認められるが、それ以外に関しては有意な影響は認められない。しかし従業員の働きがいや働きやすさの向上を通じた経常利益等への貢献を想定でき、さらなる検討が期待される。また、ファミフレ施策が効果をあげるためには、施策内の一貫性が重要なことを明らかにしている。この指摘は、ファミフレ施策と他の人事施策の間の施策の一貫性に関する研究の重要性を提起している。

川口論文によれば、労働組合はファミフレ施策の制度面の整備にはプラスの効果を持つが、運用面などその実質的な取り組みには効果がないとされている。こうした指摘に対して前田論文は、ファミフレ施策の導入に関する労働組合の取り組みが有効であるかを労働組合に対する調査に基づき検討を加える。労働組合の活動においてファミフレ施策への取り組みは優先度が低いものの、労働組合の中に女性問題担当者が一人でも配置されていれば、取り組みが活発化し、施策も充実することを明らかにしている。この点から、産業別組合などが傘下の企業別組合に対して女性問題担当者を配置するように働きかけることは、労働組合のファミフレ施策への理解を深め、取り組みを促進する契機となることが示唆される。

坂爪論文は、ファミフレ施策が従業員の働きがいや働きやすさの改善に貢献することを明らかにしているが、さらに金井論文は、生活と仕事の関係を直接取り上げ、ワーク・ファミリー・コンフリクトに関する先行研究をレビューし、キャリア・ストレスの視点からワーク・ライフ・バランスを確保するために必要な課題を検討している。組織(とりわけ職場の上司)としては、ワーク・ライフ・バランスを支援する施策とその運用の積極性と柔軟性が、個人としては複数のキャリアの分化と統合が求められることを提起している。

日本におけるワーク・ライフ・バランスに関する実証的な研究は、著についたばかりと言える。本特集を契機として、さらに研究が深化され、ワーク・ライフ・バランスへの取り組みに関する認識が企業経営に浸透し、ワーク・ライフ・バランスへの取り組みが経営戦略の重要な柱として位置づけらることを期待したい。

責任編集 佐藤博樹・守島基博・長縄久生(解題執筆 佐藤博樹)