ディスカッションペーパー 22-10
コロナ禍・中長期における賃金の動向と賃金の上方硬直性に係る論点整理

2022年7月6日

概要

研究の目的

本稿では、コロナ禍と中長期における賃金の動向を多角的に分析するとともに、賃金の上方硬直性に係る論点を整理した。我が国では、「人手不足にもかかわらず、賃金が上がっていないのではないか」といった疑問が、昨今の大きな関心事項の1つとなっている。今後、アフターコロナに向けてフェーズが本格的に移行していく際、コロナ禍において潜在化していた人手不足の課題が顕在化・深刻化し、労働需給の逼迫化が懸念される中で、賃金をめぐる状況や賃金の上方硬直性に係る論点について、認識の共通化を図るための材料を整理し、今後の政策の議論に資することが目的である。

研究の方法

文献サーベイ、公的統計等の分析

主な事実発見/政策的インプリケーション

<コロナ禍の動きは、2022年前後を境に様相が異なる>

  • 2021年12月以前の全産業の動向をみると、一般労働者の「時間当たり賃金」は、2020年度中も緩やかに増加したが、2021年度に入ると特別給与(賞与)などの影響により減少し、その後、横ばい圏内で推移した。パート労働者の「時間当たり賃金」は、2020年度中も緩やかに増加し、2021年度に入ると一時的に減少したが、再び増加した。他方、一般労働者・パート労働者ともに、「総実労働時間」が2020年5月に大きく減少し、依然として前々年より低い水準にあり、「賃金総額」を押し下げた。
  • 2022年1月以降の全産業の動向をみると、一般労働者・パート労働者ともに「総実労働時間」はおおむね横ばい圏内で推移している中で、建設業や医療,福祉などで賃上げに向けた施策支援が講じられていることもあり、「時間当たり賃金」が増加している。このため、一般労働者の「賃金総額」は増加しており、パート労働者の「賃金総額」はおおむね横ばい圏内で推移している。

<今後の賃金動向の分析に当たっての視点>

  1. ウクライナ・ロシア問題による世界情勢の悪化や、円安方向への急激な為替変動によって、エネルギーコストや原材料費が高騰しており、消費者物価の上昇に伴って、賃金の実質的な購買力が低下すること(実質賃金の減少)が懸念され、引き続き注視が必要である。
  2. 一般労働者・パート労働者ともに、多くの産業において、総実労働時間はコロナ禍以前の水準にまで戻っていない。コロナ禍での経験を踏まえ、アフターコロナにおいて企業の事業活動の在り方に変化が生じ、労働者の働き方にも影響する可能性がある中で、今後、総実労働時間は、コロナ禍以前の水準に戻っていくのか、又は、減少した水準で構造的変化として維持されるのか、「賃金総額」への影響といった観点からも引き続き注視が必要である。

    なお、仮に総実労働時間が減少した水準で構造的変化として維持され、「賃金総額」を押し下げる場合であっても、ワーク・ライフ・バランスを選好する者は、働く際のwell-beingを向上させている可能性があることに留意が必要である。

  3. 2022年2月以降の労働力調査では、非労働力人口や完全失業者数が減少し、雇用者数が増加傾向にある。毎月勤労統計調査では、一般労働者・パート労働者計の実質賃金の変化分に対し、パート労働者の構成比はプラス寄与(相対的に賃金水準の低いパート労働者の減少による平均値の押上げ)が続いているが、今後、変化が生じる可能性が示唆される中で、足下において、新たに雇用された者(転職も含む)の産業・職業・雇用形態などの特性が、コロナ禍以前からどのように変化し、賃金の動向に影響を与えているのか、引き続き分析・注視が必要である。
  4. パート労働者については、労働需給の逼迫化などにより時間当たり賃金が増加した場合、収入を一定の金額に抑えるために、総実労働時間を減少させることで調整しようとする動きが生じ、「賃金総額」の増加として現れにくい面があることに留意が必要である。

<2013年以降の景気回復局面における一般労働者の「時間当たり賃金」は、1990年代後半と比較すると、抑制的な賃金の上がり方であり、賃金に上方硬直性(上がりにくさ)が生じている>

  • 中長期的な賃金動向、特に2013年以降の景気回復局面に着目すると、一般労働者・パート労働者ともに「総実労働時間」の減少がみられた中で、「時間当たり賃金」は増加していた。しかし、一般労働者の「時間当たり賃金」は、1990年代後半と比較すると、抑制的な賃金の上がり方であったと評価でき、賃金に上方硬直性(上がりにくさ)が生じているといえる。

<賃金の上方硬直性は「複合的な要因」であり、多岐にわたる論点がある>

  • 本稿では、賃金の上方硬直性に関連する6つの論点(① 賃金プロファイルのフラット化、② 名目賃金の下方硬直性がもたらす上方硬直性、③ 企業を取り巻く環境変化(グローバル化の進展、外国人株主・機関投資家による企業ガバナンスへの影響の高まり、技術革新、不確実性の増大等)、④ 「ワーク・ライフ・バランス施策と補償賃金仮説(ヘドニック賃金仮説)」、⑤ 「労働組合と賃金」、⑥「転職などの労働移動と賃金」)について、先行研究をサーベイして得られた知見のポイントを整理するとともに、活用できる公表データの範囲で、当該知見に資するような足下の状況を分析し、いくつかのインプリケーションをまとめた。

    賃金の上方硬直性に係る論点は多岐にわたり、「複合的な要因」だと考えられるため、今後とも先行研究の知見をいかした丁寧な議論が肝要である。

賃金の上方硬直性に関する考察の視座
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政策への貢献

新型コロナウイルス感染症が経済社会・労働市場へ与えた影響を検討する際の基礎資料となることが期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「労働市場とセーフティネットに関する研究」
サブテーマ「労働市場の情勢に関する分析」

研究期間

令和4年度

研究担当者

戸田 卓宏
労働政策研究・研修機構 主任研究員※所属・肩書は執筆時点

関連の研究成果

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内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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