研究報告 働く人のキャリアとこれからのキャリア支援

いよいよ自分のキャリアを自分で考える時代に

キャリア支援を考えるにあたり、まず概況の認識をお話しします。

キャリアコンサルタントの国家資格化から6年。その間に働き方改革、就業形態の多様化、さらにはコロナ禍、そしてテレワーク、リモートワークと、さまざまに働く環境が大きく変化しました。

雇用社会の変化も生じ、われわれがキャリアに抱くイメージも大きく転換したと実感しているところではないでしょうか。特に昨今は、メンバーシップ型雇用、ジョブ型雇用、さらにそれをハイブリッド的に混在させた日本的ジョブ型の議論もされるようになり、さまざまな形で働く人のキャリアが話題になっています。

将来の予測は難しいですが、おそらくは社会制度や働き方もグローバル化して、世界的に平準化・均質化していき、極端なメンバーシップ型雇用の日本は、原則的にはジョブ型の方に寄っていく、という方向感だろうと認識しています。

さらに、人口動態の高齢化により、職場は以前のような若年者を中心とした形では考えられなくなっています。そして、産業構造の変化、AI、DX等によるホワイトカラーの働き方の大きな変化により、専門性を持たない職業が難しくなってくるだろうと思います。

コロナ禍を経てキャリア観・就労観に大きな変化が生じたこともあり、いよいよ自分のキャリアを自分で考えるという、数十年来言われ続けてきたことが本格的に社会に響いてきていると認識しています。

これからは、従来と異なる視点の考え方・アプローチ・取り組みが求められています。端的には、組織、企業や学校が主導してキャリア形成を行う日本的キャリア形成とは異なる視点で考えていかざるを得ません。

キャリア支援は個人が環境を整備し、側面的サポートを行う方向へ

自ずとキャリア支援の視点の転換にもつながり、組織が個人のキャリア形成を手取り足取りやってあげる、という形から、個人が組織を利用して自らキャリア形成を行っていくというタイプに変革せざるを得ない。キャリア支援も、個人が行うキャリア形成の環境を整備し、側面的なサポートを行うものへと変化していくだろうと見ています。これからのキャリア支援は、本格的・根本的な変化という意味で、真にラディカルなキャリア支援を追求する段階にあると認識しています。

そうしたなか、國分室長からもお話があったとおり、「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」が出されています。ここでは、「労働者の自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直しの促進」とあるように、労働者自らの自律的・主体的なキャリア形成が念頭に置かれています。注目すべきキーワードは、「労使の協働」です。

個人の側には学びのプロセスを、組織の側には学びの好循環を、どちらも促進していこうというのが、このガイドラインの狙いだと思います。個人、組織の双方が、キャリア形成のプロセスを問題にしているという点で、画期的なガイドラインであると認識しています。

そもそもキャリア概念とは、一時点の職業選択ではなく、生涯にわたるプロセスであり、その結果積み上げられた蓄積に着目する考え方です。そうした趣旨に沿った内容になっていると思います。

これからのキャリア支援に向けて、個人の側の準備として求められるのは、キャリア形成に向けた良い循環があって、それをつくり出す。組織の側は、こうした個人の準備に応える形で、一定のキャリア支援を提供する。キャリア支援の有無で組織が選ばれる時代へとなっていきます。

キャリアの好循環が個人のキャリア形成で求められる

個人のキャリアの好循環については、JILPTの調査研究から、いくつかのエビデンスを紹介します。まず、個人の側に求められることをまとめたのがこの図(シート1)です。

意識が高ければ学習への意欲もあり、学習の意欲が高ければ行動にも結びつき、行動に結びつけば業績にも反映され、業績が高まればより一層やる気が増す。個人のキャリアは、これらが互いに相関していることが、これまでの調査研究で明らかになっています。つまり、このキャリアの好循環に入っていくことが、個人のキャリア形成において求められるということです。

特に、キャリアへの志向性、意識面は重要です。

日本の専門職比率は2割で、他の先進諸国の4割に比べ、専門職志向が低くなっています。営業職が管理職へと昇進するのではなく、他の先進各国と同じように、販売・マーケティングのプロへと専門職化する方向性を重視したい。また、ある領域の専門性が、別の専門性を獲得する基盤にもなると思います。

さらに、それが学びだけでとどまらず、具体的な問題、目標達成、問題解決、生産性への志向性や行動に結びつけていく。そして、行動が活性化すれば、業績につながっていきます(シート2)。

キャリアコンサルティングに関連して言うと、自分の業績、達成した目標、その仕事の意味も、常に考えて内省しリフレクションを促すのも重要です。シート1の矢印それぞれにキャリアコンサルティングが介在する余地があります。

キャリア支援が好循環に切り替える転轍点となる

特に、個人の好循環に入っていくところを、今後のキャリア支援では重視してはどうかと考えています。個人のキャリアを好循環に切り替える転轍(てんてつ)点となりうるのが、キャリア支援、キャリアコンサルティングではないでしょうか。

キャリアコンサルタントが関われる瞬間というのは一時点でしかないわけですが、この一時点で大きな影響を与えて、この切り替えポイントで働く人々が好循環に入っていけるようにする。そうした重大な契機を提供できる、重要な役割を担っていることを認識していきたいと思います。

なお、参考までに学校領域のキャリア支援に触れると、求められるキャリア意識やスキルの基盤も変化しており、今後は基本的に学校時代に形成したスキルを基盤に、自ら経験や実績を積み上げていく必要があるだろうと考えています。昨今、リカレントもしくはリスキルといったことが強調されますが、基本的には学校段階でスキルの基盤を作り、それを伸ばしていく、という認識は持っていたいと思います。

ですので、学校領域のキャリア支援をされている方は、生徒や学生に学校時代から常に自らの「専門性」について意識させることが大切だと思います。これは、大学など社会への出口だけではなく、もっと早い段階で小中高の学校現場などでも積極的に関わる方策があれば望ましいと思います。

組織はどれだけよい機会・環境を提供できるかが重要

組織の側の準備ですが、組織の姿勢として、どれだけよい機会を提供できるのかが重要になってくると思います。どれだけプレーする機会や、スキルが身につく環境を提供できるのか、こうした環境を提供できないと、若手や良い人材に選ばれないということになります。その際、組織として備えておきたい魅力的な施策として、例えば、キャリア支援、キャリアコンサルティング、組織と個人が真摯に対話する仕組みが求められます。

キャリアコンサルティングを組織に導入する効果を示したのが、シート3の図表です。

ここでは主観的な満足感だけで見ていますが、収入などの客観的なキャリアの指標で見ても、同様の結果が得られています。JILPTのこれまでの調査研究でキャリアコンサルティングに効果があることが明らかになっています。

企業内でキャリア相談ができれば転職にはつながらない

2022年版労働経済白書では、キャリアコンサルティングを受けている人のほうが、転職機会が多いという結果を示しています。これと同じデータをさらに詳細に分析しました。それによると、企業内で相談ができた場合には転職が少なく、企業外相談の場合は転職が多いという結果が得られています。

要するに、企業内で相談できる機会がないと外に目を向けざるを得ず、転出につながってしまう。キャリア支援は転出につながってしまうのではないかと危惧する声も多いですが、むしろキャリア支援がないと、社内に自分の将来を見つけられない場合、見限って、転出する結果になってしまいます。

これからは日本も個人主導型の本来のキャリア支援に向かうべき

今後は、個人の働き方が変わっていく中で、本来のキャリア支援がより機能する世の中になることを強調したいと思います。日本のキャリア形成、キャリア支援は、もともと海外で生まれた個人主導のキャリア形成・支援を、日本の社会風土の中でねじって運用してきたものです。もう少しグローバルな、本来のキャリア支援が機能するような世の中になっていく、また、そうするべきであるというのが、今回、強調したい点です。

プロフィール

下村 英雄(しもむら・ひでお)

労働政策研究・研修機構 副統括研究員

筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。キャリアコンサルティングおよびキャリアガイダンス政策、キャリア支援論等をテーマに研究を行う。主な研究成果は、『先進各国のキャリア関連資格及びキャリア支援のオンライン化に関する研究』(資料シリーズNo.250,2022年)、『就業者のライフキャリア意識調査─仕事、学習、生活に対する意識』(調査シリーズNo.208,2021年)、『ジョブ・カードを活用したキャリアコンサルティング─企業領域におけるキャリア・プランニングツールとしての機能を中心として─』(資料シリーズNo.226,2020年)、『職業訓練及びキャリアコンサルティングの統計的手法による効果検証』(労働政策レポートNo.12,2019年)など。国家資格キャリアコンサルタント。1級キャリアコンサルティング技能士。

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