2004年 学界展望
労働調査研究の現在─2001~2003年の業績を通じて(3ページ目)


Ⅲ 新規分野の産業動向

(1)IT・情報サービス

論文紹介(佐野

富士総合研究所経済福祉研究部『IT分野の外国人技術者の受入れに関する調査・研究』

昨今IT不況が言われていますが、IT企業に対して行ったこのアンケート調査によると、わが国の情報サービス産業では依然としてコンサルテーション、プロジェクトマネジメントを行うような上流工程を中心に、1割程度人材が不足していることがわかります。このような人材不足への対応策として考えられるのは、国内での技術者の養成、国外への業務のアウトソーシング、外国人IT技術者の活用がありますが、現在わが国で就業しているIT技術者のうち、外国人が占める割合は約1%となっています。

この数字を見ると、外国人IT技術者がわが国の情報サービス産業の人材不足に対して与えている量的な影響は、現在までのところそれほど大きいとは言えません。その一方で、外国人技術者を活用している企業は、2点をその活用理由として挙げています。第1に日本人技術者では現状ではなかなか身につけていないような高度な技術を持っている点、第2に日本と海外の両方の言語、ビジネス慣習に精通し、日本と海外との間のパイプ役としての役割を担う人材となりうる点です。情報サービス産業ではこうした人材を「ブリッジSE」という言葉で表すようになっているようです。ですから、外国人技術者がわが国の情報サービス産業に与える質的な貢献度は決して低くないとこの報告書では指摘しています。

討論

小杉

技術力という点では優秀な若い人は多いと思うのですが、なぜプロジェクトマネジャー層が育っていないのでしょうか。

佐野

ITのグローバルな世界市場において、日本のIT産業がおかれている位置がいまだ中途半端である、といった構造的な問題があるのかもしれません。つまり、ITの技術革新力そのものでは、アメリカに大きく水をあけられている。その一方、コスト面では韓国、台湾、さらに最近では中国などアジア諸国のIT産業集積とそのスケールメリット、プラス人材供給力にかなわない。技術で見劣りする上、他方、その割にコストが高い。その意味で日本は、IT技術の先進国とは言えないのでしょう。そうなると関連の技術者は、日本国内のITマーケットを舞台に、既存の技術を持って国内市場で経験を積んでいくことになります。こうしたパターンも十分ありうると思いますが、日本国内でのシステムエンジニアの労働の現場を見ていくと、正直なところかなり突貫工事的な忙しさがあります。海外の現場は、この辺が若干緩やかだと聞きます。こうした実際の仕事で経験を積む現場に時間的精神的余裕がないと、経験をもとに全体的なマネジメントをする層が育ちにくくなるのは仕方がないことだと思います。

また、日本のIT各社それぞれにおける人材確保および社内教育システムの問題、その背景にある構造的な問題も大きいでしょう。今回の文献サーベイでは、調査実施期間の問題で取り上げませんでしたが、IT分野の人的資源管理問題として、いくつかの調査研究が論点をまとめています。例えば、日本のIT技術者には意外に専門教育を受けた人がいない。文科系の大学卒業生のシステムエンジニア(SE)も数多くいますが、技術レベルの高度化によって「誰でも鍛えればSEになれる」時代は過ぎ去ったと考えていいでしょう。これらは、日本の資格試験、例えば情報処理技術者試験の合格率の低さにも表れてきているようです。さらに、これらの人材を教育する企業側にも問題がある。社内教育がIT技術の製品知識、基礎技術に偏重してしまっていて、アメリカ等で日々進捗している技術革新のスピードについていけなくなってしまっている。この点、私は昨年、中国の大学で客員教員をしていましたが、中国の北京シリコンバレー(北京市中関村)の技術者は常にアメリカの技術革新を意識しながら仕事をしています、しかも彼ら彼女らは、アメリカを意識しているぶん、米国留学などキャリア意識も高く、日本の技術者とは比較にならないぐらいです。同様に、各企業におけるIT技術者のキャリアパスが古くなっているのも問題です。日本の場合、プログラマー(PG)→システムエンジニア(SE)→プロジェクトマネジャー(PM)という単線的なキャリアパスになっていて、いわゆる「PG時代の下積みをしているうちに、自らの保有する技術知識が一時代古いものになってしまう」ようなケースが生じてしまっています。加えて、特定労働者派遣事業のSE派遣に代表されるような雇用形態にも問題があるかもしれません。この場合、若い技術者は特にどうしても賃金を契約社員的な感覚で把握してしまいます。いわゆる「人月単価」です。これにより、長期的な教育意欲の減退が見られる、という指摘もあります。

最近では、とくに問題になっている技術革新面でのキャッチアップについて、これらを具体的に進めるための大学と企業の連携が進んできていますが、こうしたネットワークがいわゆるIT上流工程の高度な人材を輩出するようになるまでは、しばらく時間がかかると思います。

佐野

IT化により、プロジェクトマネジャーやSEへの需要が大きくなったという側面もあると思います。システム開発を手がける企業は、そうした人材の育成に力を入れているので、今後はそういった層が育ってくるのかもしれません。

佐野

報告書のテーマとなっている外国人技術者の導入ですが、それほど需要は大きくないというものの、入国管理制度上の壁はそれほど高くありません。日本の場合、外国人単純労働者の受け入れには慎重ですが、IT技術者のようなホワイトカラー層は積極的に受け入れる方向にあります。中長期的な方向はどうみるべきでしょうか。

佐野

上流工程のSEの仕事は、例えば顧客が業務処理システムに求めるあいまいな要求をくみ取ってシステムに置き換えられるよう明確に定義したり、あるいは、システムを導入するにあたり、顧客の部門間での担当業務の調整が必要となったりした場合に、調整をサポートしたりする必要があります。そのような場面では、とくに高度な日本語能力であるとか、日本の企業内の人間関係に関する洞察が必要とされるようです。外国人技術者をそうした上流工程で本格的な戦力とするのは今後も難しいでしょう。しかし、顧客企業などとの調整の必要がないOSやパッケージソフトを作る場合などの上流工程のSEや、報告書にあるような「ブリッジSE」というかたちでは、今後、上流工程での外国人IT技術者の活躍が増えるかもしれませんね。

(2)介護

論文紹介(佐野

注目職種のひとつとして、サービスの充実が今後ますます期待されている介護分野の職種に関する調査報告を紹介したいと思います。

厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業『介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係る研究・平成14年度報告書』

この報告書は、2000年度から2002年度にかけての一連の調査研究の成果です。ホームヘルパー、介護施設直接処遇職、ケアマネージャーといった介護関連分野の職種について、[1]課業難易度のランクづけ、[2]課業遂行に必要な職務遂行能力の段階区分、[3]職務遂行能力段階に応じた能力開発・キャリア形成・処遇管理の仕組みづくり、[4]雇用能力に関する統一的な行政指針の策定などを行っています。ここでは、とくにホームヘルパーの職務遂行能力の段階区分に関するアンケート調査の結果と、それにもとづく提案内容にかぎって紹介したいと思います。対応する年度の調査報告書としては、厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業(2002)があります。この調査は、2001年11月に、約1000名のホームヘルパーを雇用する民間会社の常勤・非常勤ホームヘルパーを対象に実施したものです。

調査では、ホームヘルプ・サービスの19の課業における、「易しい段階(基本動作とされる段階)」「普通の段階(状況や変化に気配りしながら実施することが求められる段階)」「難しい段階(ケース別の応用や残存機能の活用など環境を考慮して実施することが求められる高度処遇の段階)」という3段階の難易度レベルについて、ホームヘルパー本人がどの程度できると自己認識しているかをきいています。その結果、ホームヘルパーの職務遂行能力について、「易しい段階」の仕事を「ほぼできるレベル」から[難しい段階」の仕事を「十分にできるレベル」までの階梯が存在することを明らかにしています。

また、こうした職務遂行能力は、基本的に経験期間に相関しており、入職から18ヵ月までの初期の段階に急速に伸び、その後、48ヵ月あたりまで漸進的に伸びていくことがわかります。

報告書では、これらの事実発見をもとに、人事管理上の課題として、職務遂行能力を基本におく職能資格制度の導入や、能力水準を基準とした賃金制度、能力配置の効率化・適切化および人材育成という視点に立った計画的な仕事の配分などが必要であることを指摘しています。

調査データから個人の能力得点別に時給額を見たとき賃金額が能力の高さを正確に反映していないことも明らかになっており、報告書では、この点からも、能力開発のためには、能力水準を基準とした賃金制度の整備が必要としています。また、介護保険制度についても、身体介護中心型、家事援助中心型、複合型という三つの介護サービス区分に応じて、ホームヘルパーの職務能力に関係なく介護報酬が事業者に支払われる現在の仕組みを改め、介護報酬算定基準に職務遂行能力による報酬段階という考え方を取り入れることなどが提案されています。

(財)介護労働安定センター『登録型ヘルパー研究会報告─「月契約ヘルパー」の確立を目指して』

2002年11月から2003年2月にかけて、訪問介護をあつかう11の事業所に対して行ったインタビュー調査です、ただし2事業所については「登録型ホームヘルパー」の雇用形態はありませんでした。報告書ではこのほか、介護労働安定センターが2000年度と2001年度におこなったアンケート調査のデータも再分析しています。

ここでいう「登録型ヘルパー」とは、ホームヘルパーとして事前に訪問介護サービス事業所に登録を行い、要介護者からのサービス利用依頼にもとづく事業者からの照会と、登録者本人の都合(日時・内容)が合致したときにサービスに従事する変動的(非常勤)なものをいいます。

介護労働安定センターが実施した調査(データ出所「介護事業所における労働の現状」(2003年1月))によると、訪問介護サービスでは従業員の48.7%、訪問リハビリテーションサービスでは従業員の36.6%をこうした「登録型」が占めています。

インタビュー調査からは、第1に、登録型ヘルパーは、事業所の管理者による直接の指揮命令が及ぶ労働者として取り扱われていること、第2に、登録型ヘルパーの大部分が、月間勤務表をもとにその月の就労日と就労時間(合計としての総労働時間数)が定められ、その後の変更・調整はあるものの、基本的には月間勤務表にもとづいて就労していることが明らかになっています。

したがって、登録型ヘルパーの多くは、月ごとの有期雇用契約のもと就労する「月契約ヘルパー(登録にもとづく月契約非常勤ヘルパー)」とみなすことが現実的であり、労働条件の明示や、所定労働時間の設定、当日キャンセル時の休業手当などによる賃金保障、雇用保険の適用、解雇予告など、月ごとの雇用関係を前提とした適切な雇用管理の必要性が指摘されています。

討論

佐野

介護サービスを支える職種である、ホームヘルパーやケアマネージャーなどの職種については、専門的な職種としての社会的評価が必ずしも定着していないようです。この点に関しては、連合総合生活開発研究所(2001)や、日本労働研究機構(2003b)があります。前者はケアマネージャーとホームヘルパー、後者はホームヘルパーについて、就労実態や仕事に関する意識をきいています。

このうち、連合総合生活開発研究所(2001)によると、「ホームヘルプサービス職は、社会的に正しく評価されていると思いますか」という質問に対し「評価されている」(2.4%)と「大体評価されている」(23.7%)を合わせた〈評価されている〉は、26.1%で4分の1にとどまります。とくに、ホームヘルパー1級や介護福祉士など高資格取得者では、〈評価されていない〉とする割合が8割前後と高くなっています。

日本労働研究機構(2003b)でも、同様の事実が発見されており、ヘルパーの93.4%が、働く上での悩み・不安・不満が「ある」と答え、その内容として「ヘルパーに対する社会的評価が低い」ことを挙げる者が最も多く1997年実施の調査では70.4%、2002年実施の調査でも62.5%を占めています(複数回答、ただし両年度で選択肢の数・一部内容が異なる)。

介護の現場で質の高いサービスが安定的に供給されるためには、介護に関する職種に対するこうした社会の認識のあり方を改善していくことが大事と思われます。そして、それとともに、あるいはそのためにも、質の高い介護サービスの安定的な供給を可能にする、雇用管理の仕組みの整備が重要となってくると考えられます。今回紹介した2点は、その際の改善点の所在を実態調査にもとづいて明らかにしている調査報告として、実践的な意義が大きいと考えられます。

小杉

介護労働は社会的な評価が十分伴っていないことが問題ですね。ただそれにもかかわらず、介護労働に従事したいという若い人たちはたくさんいて、その意欲は決して低くありません。介護労働者の供給は十分あります。

佐野

では、例えばIT同様、外国人労働者導入の検討などは早計ということでしょうか。台湾政府は1990年代後半から、フィリピンなど東南アジアの労働者をヘルパーとして受け入れる制度を導入していますが、日本においてこのパターンは当てはまらないということなのでしょうか。

小杉

そうだと思います。人の役に立てることを実感できる、やりがいのある仕事として興味を持っている若者がたくさんいます。資格取得には積極的なのですが、職業として食べていけるのか、発展性はあるのかという点で躊躇している状況だと思います。質の高い介護サービスを安定的に提供するためには、労働条件やキャリア形成など働く側の視点からの制度の整備も重要です。

佐野

今回紹介した報告書でも明らかにされているように、人事管理の面から見ると、個々の労働者の能力の違いを、その処遇に正当に反映させる仕組みがないという問題もあります。また、登録型ヘルパーのように、就労形態の位置づけがあいまいであるため、適切な管理が行われていないこともあります。こうしたことの改善も今後の課題といえるでしょう。

〔文献リスト〕新規分野の産業動向

(1)IT・情報サービス

  1. 富士総合研究所経済福祉研究部(2002)『IT分野の外国人技術者の受入れに関する調査・研究』

(2)介護

  1. 厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業(2003)『介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係る研究・平成14年度報告書』
  2. (財)介護労働安定センター(2003)『登録型ヘルパー研究会報告─「月契約ヘルパー」の確立を目指して』

参考

  1. 連合総合生活開発研究所(2001)『検証:介護保険制度1年─連合総研「介護サービス実態調査」から見えてきたもの』
  2. 日本労働研究機構(2003b)『ホームヘルパーの仕事・役割をめぐる諸問題─ホームヘルパーの就労実態と意識に関する調査研究報告』(調査研究報告書No.153)
  3. 厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業(2002)『介護関連分野における雇用・能力開発指針の策定に係る研究・平成13年度報告書』
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