2004年 学界展望
労働調査研究の現在─2001~2003年の業績を通じて(2ページ目)


Ⅱ 多様なキャリア

(1)若年期のキャリア──学校から職業へのトランジッション

小杉

多様なキャリアという話で大きく二つに分けたいと思います。一つが若年期のキャリアということで、学校から職業へのトランジッションのプロセスの変化です。これまであった日本型の職業への移行プロセスが大きく崩れて、それが若年期のキャリアの多様化につながっている。それに焦点を当てた研究。それからもう一つが、中高年での企業を超えたキャリアの展開です。失業・転職を経験するキャリアの実態、一般化、キャリア形成上の問題といった視点からの調査研究です。

論文紹介(小杉)

日本労働研究機構『大都市若者の就業行動と意識─広がるフリーター経験と共感』

まず、学校から職への移行の研究ということでは、やはりJILでやってきた調査を一つ紹介させていただきたい。これは東京都在住の若者を現地抽出法というサンプリングをして、フリーター1000人、非フリーター1000人の両方をとって、若者全体の中でフリーターがどういう位置づけになっているかを調べた調査です。

フリーターだけに焦点を当てるのではなく、全体の中でのフリーターということで調査していますので、結果として出てくるのはまず、若者の中のフリーター経験者はどのくらいいるかということです。ある一時点を区切ってのフリーターの動向については「就業構造基本調査」なり何なりでデータがとれますが、キャリアの中でいったんはフリーターになって、そこからやめたような人を把握するためにはこういう調査をやらなければならない。その結果によると東京都の若者では、3分の1がフリーターを経験したことがあることがわかります。

それから、意識の上でのフリーターヘの共感度を測ると、6~7割がフリーターに対してはかなり強い共感を持っている。フリーターをするのも、やりたいことを探すにはいいことではないかという感触を持っているということで、若者にとってフリーターというのが、誰でも経験するごく普通のこと、それはそれで理解できるという状況になっているという点で、調査が行われた2001年時点で世間的にはまだまだフリーターが認知されていなかったことを考えると、驚きでした。

それから、この調査は、フリーターになる経路からやめて出ていくまでのプロセスを全体と捉えているところが他のフリーター調査とは違う特異な点だと思うのですが、まず、フリーターヘの経路を見ると、正社員経験ありが3分の1程度で3分の2は正社員経験がありません。

フリーター選択理由としては、適職探索が大きく、その他では自由な働き方だということです。ただ、適職探索という理由で入ったにもかかわらず、結果として有効であったという回答はせいぜい2割程度です。本人の意図、やりたいこと探し、適職探索をしたいという意図と、実態として経験できることというのは違うことであるという指摘があります。正社員と非正社員であるフリーターの間の格差の大きさも強く意識されており、実際、正社員になろうとした最も大きなきっかけはフリーターが損だという認識からです。つまり適職探索が終わったからフリーターから出るという人は実際には非常に少ない。

フリーターから正社員への移行ですが、大体6割がフリーターから正社員になろうとして、その中のさらに6割が正社員になれています。いったんフリーターになった人も4割方は正社員に変わっている。非労働力化する人なども入れますと、6割方はフリ-ターのままではいないという結果が出ています。意識の上でも一時的な状況としてのフリーターと考えている人が多く、少なくとも3年後はフリーターでいいと思っている人は男性で5%、女性で3%と非常に少ない。ただフリーターからの離脱が現実にどのぐらい進んでいるかというのを「就業構造基本調査」を使って分析すると、だんだん後ろ倒しになっている状況があります。

日本労働研究機構(大卒者の職業への移行国際比較研究会)『高等教育と職業に関する日欧比較調査』『日欧の大学と職業』

「高等教育から職業への移行」と高等教育制度・機関、労働市場の特質、個々人の社会的属性との関係を分析し、その関係の、日本とヨーロッパ諸国との共通性と差異性を検討し、日本の移行の問題点を考えることを目的とした調査で、1998年12月から1999年2月にかけてアンケートを行いました。日本では全国の4年制国公私立大学の45校の1995年卒業者1万1945名を対象に調査票を送付し、3421票を回収しています。またヨーロッパでは、ウルリッヒ・タイヒラー(Ulrich Teichler)教授(ドイツ・カッセル大学)をプロジェクトコーディネーターとする研究者チームにより、オーストリア、チェコ、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、オランダ、イギリスの11カ国で実施され、合計約3万票を回収しています。調査時期および調査対象者は日本調査とほぼ同一です。

日本調査によると、大学卒業直後に正社員として就職せず、無業や非正規雇用者となる者は男性で17%、女性で25%でした、無業や非正規雇用者は、芸術系、教育系、人文科学系等の学部卒業者に多く、地域は北海道・東北など経済状況の厳しい地域で、また、私立の入学難易度の比較的低い大学で多いといえます。一方、個人の行動として就職活動の積極性や大学の就職サービスなどの活用レベルも影響を与えていました。しかし、欧州諸国に比べれば卒業直後に正社員になる比率は圧倒的に高いものでした。また卒業4年目の調査時点では、卒業当初無業や非正規雇用だった者でも男性で6割、女性で5割が正規雇用に移行しています。非正規や無業から正社員に移行する状況にも学部による違いがあります。移行が遅いのは、芸術系や人文科学系(男女)、教育系の女性などでした。

欧州諸国の結果を見ると、卒業4年目には「期限のないフルタイム雇用者」が男性の6割、女性の4割まで増加していますが、「パートタイムまたは有期限雇用者」は欧州のほうがずっと多くなっています。ただし、その内容が日本とは異なっており、欧州では「パートタイムまたは有期限雇用者」は、男女ともフルタイム雇用者以上に専門職に集中し、特に教育や保健医療・福祉の分野、公務部門に多くなっています。フルタイム雇用者との総年収や労働時間の差も欧州では小さく、このほか、現在の仕事と学歴との適合観についても欧州ではフルタイム雇用者との差が見られませんでした。

これらの結果から、わが国の大卒の非正規雇用者や無業者について次の問題点が指摘されます。第1は、欧州の専門職の移行プロセスでの無業・非正規に比べて、わが国の事務や販売職からスタートするキャリアでの無業・非正規雇用の問題は大きいこと。第2は、わが国では、正社員就職しなければ、職業能力獲得のチャンスが少ないこと。事務や販売職から始まる日本の大卒ホワイトカラーでは、職場主導の能力開発が大きな役割を果たし、大学の専門教育は職業能力と直結することを求められてこなかったこと。第3には、無業や非正規雇用になる背景には、大学属性レベルの要因と個人の行動レベルの要因がありましたが、労働力需要と対応しない教育を見直す必要があるでしょうし、就業体験など個人行動レベルを高める支援も重要でしょう。第4には、非正規雇用の質の問題で、収入にしろ労働時間にしろ、わが国の「期限のないフルタイム雇用」と「パートタイムまたは有期限雇用」との間には大きな差がありました。欧州でのこの差はいずれも小さく、若い時期に「パートタイムまたは有期限雇用」に就くことの意味が大きく異っていることがわかります。

討論

広がるフリーター
小杉

フリーターの年齢層が高くなっている傾向がみられることから、フリーターからなかなか抜けられなくなっていると考えられます。フリーターは一時的な状態で、適職探索期間として有効なら問題はないともいえますが、実態を見るとだんだん抜けられなくなっている。特に、女性と、フリーターになってから年月がたつ人は抜けられない。

佐野

学校を出ていきなりフリーターになると抜けられないといった傾向はあるのでしょうか。例えば、正社員を経験していないフリーター、学卒後そのままフリーターになってしまう人のほうが「なかなか抜けられない」という傾向はありますか。

小杉

調査結果ではそれは出てこなかったんです。前職の経験が生きるとか、あるいは学校に通うなど何らかの形で能力形成をしたとか、そういう要素はフリーターを抜けることに関係があるのではないかと思って調査項目に入れていますが、結果としては出てきていません。フリーターを抜けるか抜けないかというのを、多変量解析でやってみているんですが、関係が見られたのは、性別とフリーターになってからの期間です。若干関係があるのが、フリーターになってからの経験職種で、清掃や建設現場の仕事をしていると、フリーターから抜けている確率が高いという結果が出ています。

佐野

それは、抜ける先が身近にあるからということですか。清掃とか建設現場というと、フリーターではないけれども、非正規の契約社員だったり、日雇い労慟だったり。

小杉

男性の場合には、結婚のためという理由もフリーターから抜けているかどうかに関係があったんです。これと合わせて考えると、どうしても稼がなければならない状況になったときに抜け出るんだろうと推測しています。つまり建設労働などは日銭である程度の賃金を稼がなければならないという状況になったときに選択します。フリーターの中でも、低賃金でも少し楽な仕事ではなく、ハードでもとにかく金を稼がなければならないという状況になったときに選択するのが肉体労働的な仕事ではないか。

佐野

つまり生活のコストがかさんでくると、ということですね。

小杉

何らかの形で、彼らが今稼いでいる賃金では生活ができなくなった。そのときにたぶん彼らの意識の問題としてフリ一夕一に見切りをつけるのではないかというのが、私たちの一つの解釈です。

佐野

それでも、抜けられない人がいて……。問題はそこですね。

小杉

そうです。フリーターを抜けるのは、なかなかチャンスがないというのと、本人の意識の問題として、最後の一歩が超えられない。フリーターであることは、ある程度社会との距離を置いた自分自身の世界の中の気楽さとか自由さとか、そういう社会的責任を負うことからの逃避なんです。本人にとってみれば、がんじがらめになってしまう社会に入る、その一歩を超えられるかどうか、そこのところは心理的要因も結構あるのではないか。そういう分析をしています。

佐野

その一方、いわゆる「夢追い型」はやはり多いのですか。「フリーターから抜け出る」確率として、夢追い型の場合はどうなんでしょうか。

小杉

夢追い型のフリーターは15%ぐらいで、このタイプはなかなか抜けません。夢で一番多いのは、バンドとダンスですね。あとは芸術。ある意味では常に世の中に存在しているタイプの生き方だと思いますが、最近は彼らの夢をかきたてて、それで食べている業界があるのが問題で、フリーター拡大の一因ともなっているように思います。

佐野

世の中では夢追いというとかなり肯定的に受け止められる。夢追いというだけで、やはりフリーターは悪くないとか、イメージも悪くないというところなど、ある意味つくられた部分というのがどこかにあるように思います。

小杉

そういうつくられた部分はもちろんあります。それから今、進路指導の中でも、職業的自己実現が第一の価値になっていますから、そういうやりたいこと志向にどんどん若い人たちを追いやっているところがあります。

佐野

背景にゆとり教育がある、という指摘が一方でありますが、フリーターとそれとの関係はどうなっているのでしょうか。

小杉

ゆとり教育をしなければならない背景はもちろんあって、学校を卒業しただけでは簡単に就職できない状況の中で、いくら頑張っても、やってもしようがないだろうというふうにしないためにどうしたらいいか。それは、あなたの夢のために頑張りなさいというロジックを使うしかないのです。

佐野

それは、教育としてはネガティブな方向転換に感じられませんか。提示するのは夢ぐらいしかないという感じで。

小杉

ただ、その夢を提示するというのは、ある意味では本来の進路指導と言われている部分で、自分自身で自分のキャリアはつくる、自分のキャリアゴールは自分で考える、そういう本来の進路指導に今立ち返っているという状態なんですね。その中で、夢は持たなければいけないというプレッシャーに多くの若者が置かれています。

佐野

「自分の夢」を自らイメージするのは、非常に難しい。私でも無理です。その点、たしかに芸能関係だとテレビの情報とか、夢につながる情報は多いですよね。テレビで頻繁に企画されている「タレントを素人から発掘するオーディション番組」などその典型でしょうか。

小杉

そうなんです。それで、目につきやすい、かつ自己実現的な方向性の見えるものに憧れていってしまう。

職業教育・就職支援
小杉

今、フリーター問題の議論の中で言われているのは、在学中にさまざまな職業についてのさわりやすい、見やすい情報を提供して、インターンシップ、その他、ネットを通じての情報なども含めて、本人の現実とのインタラクションの中で夢をつむげるようにしなければいけないと。

佐野

現状では、そのインターンシップの効果を疑問視する意見もありますが。

小杉

数日間職場を体験するタイプばかりでなく、社会の最前線で活躍している人たちに会わせるプログラムとか、さまざまな体験を通じて現実社会との接点を広げる動きはあるのですが……。

佐野

例えば、職業意識をしっかりと持つような教育をするというのは大事だと思うんですが、実際として正社員の雇用機会が限られているなかでそういうことをやると、結果として優秀なフリーターが増えるということにとどまる可能性もありますね。むしろ、正社員でなくても長期的に家計を支えられるような仕組みや、賃金水準を社会として確保することが重要とも思うのですが。

佐野

つまり多様化していくのではないかと。

小杉

多様化ですね。それには一方で、フリーター市場のほうの整備もしなければならない。両方、動き始めたのではないかと思います。今、高校生に対しては、現実的な認識を持てるよう、例えば、現状ではフリーターはどういう不利があるかを教える。その一方で、労働市場のほうでは、非正規社員をきちんと評価するシステムをつくることが重要だという認識は生まれていると思います。非正社員で身につけた職業能力を評価できる、あるいは目標としてわかりやすく提示できる入門的な職業資格といったものを整備するとか、非正社員からスタートしてもキャリア形成ができるような相談や能力開発の機会を提供するとか、非正規雇用の均等待遇の問題への注目とかはあるのではないかと思います。

ただ、他方、現在の高校への求人の激減といった事態とこれまで学校がやってきた進路指導とが合わなくなっているという現実の中で、学校進路指導のほうがやはり今の労働市場の状況に合わせるしかないのではないか。出口指導で就職斡旋ができればOKだったものが、それが難しくなったとき、あらためて、自分の責任で職業選択ができる生徒を育てることが重要になってきた。そうした自分でキャリア設計ができる自立した人間というのは、今産業界でも必要だといわれますが、それが高校現場にまでおりてきています。そうした状況の中でインターンシップとか職業教育ということが言われるようになっていると思います。

佐野

そういう環境にいると、フリーターというのは自立した雰囲気があるので、若者たちの中で共感されると。

小杉

そうですね。フリーターになる高校生の意識というのを調べてみると、一方でやりたいこと志向というような自己実現志向もあるんですが、もうー方であるのは、やはり自由で気楽でいたい、楽でいたいという志向で、このセットなんですね。後者については、社会として彼らには大人になってもらわなければならないわけですから、こちらについてはきちんとトレーニングして、大人としての役割を引き受けてもらわなければならない。これは今から学校教育の中で強化しなければならないことだと思います。

佐野

学校から職業に移行するときに、もうちょっと細かく具体的な目標を提示してやったほうがいいのではないですか。

小杉

長期にわたって本人の相談に乗って、キャリアの方向性についてサポートしていく、いわゆるカウンセリングとか相談という機能が重要だといわれています。相談機能に、訓練機会の提供、職業紹介までふくめたワンストップセンター化も若者ではとくに重要だといいます。

また、無業の若者には精神的な問題をかなり引きずってくる人も多くなっているかもしれない。現状で、正社員にうまく入れないで、かつ、学校を離れてしまうと社会的ネットワークから孤立していってしまうんですね。就職するというのは、収入とか、職業能力形成だけでなく、アイデンティティの確立という側面でも重要でしょう。自立した一人前の大人になるプロセスがこれまでとは異なってきているわけで、ホリスティックな支援がいるのでしょう。どんな支援が必要で、また有効なのか、これからの調査課題になりますね。

佐野

「恐らくこんな支援体制になるのでは?」というイメージみたいなものはあるんですか。

小杉

昨年の段階で、支援機関にインタビューして調査しているんですが、今のところ官でやっている部分を、現実のところうまく活用しているのは、高学歴者なんですね。高校中退者のような実は支援が必要だと思われる人はあまり来ていません。そういう状況で、こういう人たちに接触を持ってサポートしているのは誰かというと、それはむしろNPOでした。多様な対象をさまざまな連携で支えるというのが想定しているモデルです。

大卒のトランジッション
小杉

日本労働研究機構(大卒者の職業への移行国際比較研究会)(2001)は大卒のトランジッションについての国際比較調査です。大卒には高卒とはまた違った特有の問題があります。ヨーロッパ型では、大学を卒業して、しばらく職に就かないのはごく普通のことですが、日本の大学は企業内キャリア=サラリーマンヘの入り口としての機能を持つため、そこでトランジッションがうまくいかなくなってしまうとすごく大きな問題だということを指摘しています。ヨーロッパ型のような専門職教育から専門職への移行のプロセスでの無業状態と、大学を出て、企業内キャリアの入り口に立てないでいるのとでは全く話が違って、日本の問題は大きいということを指摘したのがこれです。

佐野

新規一括採用が体制として一部残っているときに就職しそびれてしまうと、本流から離れてしまうということですね。

小杉

そうですね。一斉一括に乗れなくなってしまったときに、ほかの入り口がない。

佐野

実は職業教育というのが、何か労働需給システムという「一つのかたち」に縛られているところがあるんじゃないかという気がしているのですが。つまり、とりあえず学卒時に職業紹介などの労働需給システムを設けてやればそれで一安心……と、行政や学校など若年層をケアする側が新たに紹介システム等を教育の中へ導入することで自己満足してしまうような傾向はありませんか。

小杉

需給システムの話もやはり避けては通れないのではないかと思います。これまでの教育は、むしろその需給システムを中に抱え込んでいた面があるわけですが、その抱え込んでいた部分が質的に変化を遂げて、使えなくなっている。そこでやはり出口のところを何とかしなければならないというふうな発想はどうしても出てきますね。同時に、問題なのは教育内容そのもので、すなわち、教育内容に労働市場の需要についてのセンスを盛り込まない教育システムで済んでしまっていた。基礎だけあればいいと言われ続けて、それでよかった。それがそうではないという時代になっているのが今だと思います。労働市場からの需要についての反応を全くしない教育というのは、やはりまずい。マッチングの部分も一つの要素だと思うし、また、もっと根本的なところで、教育してどういう人を育てようとしているのかという問題があると思います。

佐野

需給システム導入整備という制度のかたちより、職業教育内容そのものの問題が非常に重要ですね。

小杉

人格の陶冶とかいう話だけではなくて、実はそこには職業人といいますか、社会の中の一人前の大人として、社会を支えるだけの能力と意識を持った大人をつくらなければならない。その部分についてのコンセンサスがないんです。それが、職業教育という言い方になってしまっているので、ごく一部の特別な人の話だと思われてしまう。教育が本来持つべきである、次の世代を担う若い人たちをつくるというところで、あえて産業とか職業とかいう世界とのリンクを断ち切ってきたのが、これまでの日本の教育なんですね。だから、そこではやはりマッチングの話も同時に出てきてしまう。ただ、今はたしかに大学のやっているマッチングのサポートは……。

佐野

労働市場サービスの事業者、プロ、その道の専門家から見ると、学校に導入整備されている需給システムが、一般のシステムに比べて、何というか、非常に画一的で、労働市場に対して閉じたもののように感じてしまうという話をよく聞きます。労働需給システムという観点では、中高年を扱っても、高齢者を扱っても、若年層を扱っても、基本は同じはずなのですが、そのうち若年層とりわけ新卒者を扱うシステムは、もちろん仕事の経験のない学生や生徒たちが対象で、かつシステム自体インターネット等情報技術の導入割合が高いこともあるのでしょうが、どうしても他と比べて形式的なシステムになっているように感じるんです。

小杉

たしかに、その部分は、たぶんある範囲で外のサービスを買うことになってくるのではないかと思うんですよ。

佐野

先ほどの議論で出てきたような「情報技術等を最大限に援用した、労働市場サービスの新たなマッチングビジネスモデル」を外部業者から購入してきて、そのまま教育プログラムの一部に無理矢理はめ込んでしまう、といった感じでしょうか。いわばこの場合、そのビジネスモデルが教育の重要な一部になるわけですから、はめ込んでそれで終わり、ということではいけませんよね。以降頻繁に、特に教育を担っている先生たちが、その導入モデルがうまく動いているかどうか、労働市場の動向と生徒の行動変容の双方をにらみながらチェックし続けていくべきでしょう。

小杉

しかし、今、産業や職業とのつながりの中で大学のあり方を考えているのは、就職指導をしてきた大学職員の方々なんですよね。職員レベルの動きはかなり大きいのですが、教育の部分はほとんど動いていない。ここが問題の大きなところでしょう。一方で、ヨーロッパとの対比の中で言えることは、労働市場のニーズは、日本の企業社会がどう変わってくるかというのとすごく関係があると思うんですけれども、ヨーロッパ型の専門職教育、専門職という対応とはやはり同じにはならないでしょう。変化しつつある日本の企業社会の人材需要をどう読み大学教育の職業性といったものにどうつなげていくか、今、大きな課題のはずなんですけれども、それが大学教育の中でほとんど議論されないというところが問題だと思います。

(2)企業を超えたキャリア形成

論文紹介(小杉)

日本労働研究機構『失業構造の研究』

失業者と一口にいっても再就職困難な人もいれば比較的容易な人もいるという、最近の多様化した失業構造の実態を、年齢・職種による差異を中心として分析することを目的とした調査です。報告書は三つの調査をもとにして書かれています。三つの調査とは、まず、全国の公共職業安定所18所に来所した求職者7219名から回答を得た「求職者調査」、公共職業安定所20所に来所した求人企業、就職情報誌の首都圏求人側に掲載した企業3万469社を対象とし、1万1509社の回答があった「求人調査」で、この二つは1998年9月から1999年5月までに実施されました。もう一つは「求人の年齢制限調査」でこちらは公共職業安定所21所に求人を依頼した企業9073社を対象とし、うち3598社から回答のあったもの。実施時期は1999年11月です。

求職者調査では、再就職の成功したものは40歳代、50歳代に多いこと、社会的に職種別賃金が確立されている職権や専門的・技術的職種に就いていたものに多いこと、また、再就職にあたって年齢が高いほど年収の減少が著しいが、技術職や専門職、職種別賃金が確立されている職種に就いていたものでは年収が減少しなかったものの比率が高いこと、さらに、再就職にあたって同職種間移動をした場合の年収減少が小さいことが指摘されています。

求人調査からは、充足させたかった職種は「営業販売」「ソフト技術者」が多く、営業販売が充足しなかった理由は「やる気のある求職者や社風に合う人柄の求職者がいなかった」が多い。またソフト技術者などの専門・技術職では「職業能力や経験が条件に合わなかった」が多いことが指摘されています。

求人の年齢制限調査では、年齢制限を設けた企業が9割を占め、上限年齢は平均で41.1歳となり「企画・広報・編集」の32.4歳から、「警備・保全・守衛」の58.6歳と職種別の違いが大きくなっています。年齢制限を設ける理由は職種別で異なり、管理職や技術職を中心とするホワイトカラーでは賃金が高く人件費がかかることが挙げられます。対照的に現業関連職種では体力的に対応できないという理由が多くなっています。今後年齢制限を廃止する可能性については、「すべての職種で撤廃する可能性がない」が43.4%と最も多いものの、「職種によっては撤廃の可能性がある」という回答も34.6%を占めています。撤廃する可能性が相対的に高いのは、管理職、財務経理、営業職です。

こうした結果を吟味すると、まず、求人と求職のミスマッチ問題は、職業能力、賃金、年齢制限の3大ギャップ、さらに求人側の過度な「やる気・人柄」重視の行動によってもたらされていることが指摘されます。ミスマッチ解消のためにはまず、職業紹介における情報のデジタル化、訓練ニーズの高い求職者への機会の提供、仕事別の賃金基準の導入によって移動の障壁を低くすることと同時に、年齢制限については社会的規制を導入すること、の必要性が説かれ、さらに、現状の雇用・失業対策の施策を検討し、今後の展望として、個人を対象として職業能力開発の強化・拡充、ホワイトカラーの資格制度の拡充、年齢制限の廃止を努力義務規定にするなど人材の円滑な移動を促進する政策をより強力に進めることを求めています。

日本労働研究機構『第1回勤労生活に関する調査─勤労意識と失業』

勤労生活の実態把握のため、その基本線、つまり労働による自己実現、勤労観、勤労と他の生活領域との関係、勤労を中核とする制度やルールについての意識などを、時系列調査によって明らかにし、その評価を行うとともに政策立案の基礎データを得ることを目的とした調査で、10年程度という中期的視野に立って、変化を捉えようとしたものです。全国の20歳以上の男女4000人を対象に1999年から毎年行ってきた調査で、表題で取り上げているのは第1回の取りまとめで、この調査の上記の課題が明らかにされています。

これまでに、3回の調査が行われ、報告書も3冊が出ています。ここまでの調査結果から見えてきたのは、働き方が大きく変貌を遂げつつあるなかで、勤労意識は「自律した能力開発によるキャリア形成志向」へ向かっているということです。

「組織や企業にたよらず自分で能力を磨いて自分で道を切り開いていくべきだ」とする回答は3年連続で増加しており、成果重視の実績主義への目覚めとともに、自分の能力は自分で磨くことへの関心が高まっていることがわかります。そして、従来のホワイトカラー型の働き方だけでなく、専門性の強い職業や職人、農業といった仕事にも積極的な評価が集まっています。失業についても前向きに捉える人が増加しており、「失業はキャリアのやり直し」と考える人は58.0%から62.8%に増えています。しかし他方で、日本型雇用慣行への期待も依然として高く、「会社や職場への一体感を持つことについて」の評価も3年連続で増加しています。また「一つの企業に定年まで勤める日本的な終身雇用について」の評価は上下しています。

まだ3年間の観察ですが、企業を超えたキャリアの展開が広がるなかで、勤労意識にも変化が出てきたことがうかがわれます。

中馬宏之監修/キャプラン研究会編『中高年再就職事例研究 成功・失敗100事例の要因分析から学ぶ』

これは、人材紹介会社を中心に16社の人事担当者等で形成した勉強会が行った再就職に関する実践的事例研究の成果です。ボリュームの中心は、大企業から中小企業・新興企業への再就職ケース、成功事例50・失敗事例50を取り上げた、再就職の成功のための要因を分析した第2部ですが、第1部では、再就職支援のあり方についての分析がされています。

個々の再就職事例から企業を超えたキャリア形成はどういうポイントを押さえればうまくいき定着につながるかを指摘し、また、キャリア形成をサポートするサービスの問題点を分析しています。

再就職が定着にいたるか不調に終わるかを分ける要因は、まずメイン要因とサブ要因に分かれ、メインの要因としては、第1は、本人要因で、Aキャリア要因(知識・経験・専門性・仕事の進め方)、B人物要因(性格・能力・行動パターン)、Cその他要因(意識・姿勢・事情)に分かれます。第2は受け入れ会社要因で、D受け入れ会社要因(社長・組織・体制・風土)です。サブ要因は、その他の要因で、これには、E出身会社要因(職務開発室・制度)、F人材会社要因、Gその他要因があります。この枠組みに沿って、定着のためのキャリア要因としては例えば「経験が先方のニーズにぴたり」といった要件が一覧で示されています。キャリア支援の実践者のための研究といえます。

これに対して第1部は再就職支援組織のありかたを、民間再就職支援企業、(準)公的な再就職支援機関、再就職・創業支援NPO法人からの聞き取りをもとに論じています。ここでの指摘は、[1]こうした組織機能は、基本的には、求職者の個人情報を収集し、労働市場の実態等をアドバイスし、さらに不安定な状態の求職者の相談役となるキャリアカウンセラーと、求人開拓を担当し、求人情報を収集するコンサルタントの二つの側面を持つこと、[2]両者は利益相反性があるが、民間再就職支援企業では、価格メカニズムを活用した巧妙な仕組みで(例えば、カウンセラー側が求職者の難易度に応じてコンサルタントにプレミアムを支払うなど)があり、これが効率性を高めていること、[3](準)公的機関ではこうした仕組みがなく「求職者の希望・適性に近い良好で安定的なマッチング」という目的が見失われがちなこと、などです。さらに本来の目的に沿って各機関の連携が必要だと指摘しています。

討論

小杉

企業を超えたキャリア形成という視点から失業、転職を捉えた調査研究を取り上げてみました。まず、日本労働研究機構(2001b)は、労働移動の過程として失業を捉え、求人・求職の双方に対しての大規模な実態調査と移動障壁としての年齢制限を焦点にした調査を行っています。

移動がスムーズに進まないのは、求人と求職の間にミスマッチがあるからと捉え、年齢別・職業別に求人・求職の関係を分析した結果、職業能力、賃金、年齢制限が3大ギャップだと指摘しています。新しい発見ではありませんが、実証的な分析で対応すべきミスマッチの焦点を指摘していると思います。産業構造変化に伴う失業では、職業能力開発が重要だという指摘はもっともで、「訓練のための訓練」とならないために、求職者の訓練ニーズと市場ニーズとの対応の必要性が指摘されていますが、これをどう実現できるか、また、訓練の成果をどう評価するかは、政策的には難しいところでしょう。『勤労生活に関する調査』は、大きな雇用の変動が起きているこの時期に長期的視野で勤労者意識の調査を実施するという着眼がいいですね。長期的に同じ枠組みの調査が続けられれば、時代の変わり目を捉える調査となることが期待されます。調査項目も10年もつことを念頭にしっかり吟味されています。

佐野

日本労働研究機構(2003a)の調査結果によれば、個人の側の意識も「自律した能力開発によるキャリア形成志向」の比重が高まるなど、変化してきているようですね。しかし、日本労働研究機構(2001b)の調査結果にもあるように、採用できる人が不足している職種がある一方で、職業能力などを理由に就職に成功しない人が少なくないということは、そうした志向をうまく職業訓練であるとか円滑な転職に反映させるような制度的な仕組みがまだ不十分ということなのでしょうか。

小杉

今後は中馬宏之監修/キャプラン研究会編(2003)の「中高年再就職事例」にあるような事例研究を踏まえた新たなフレームワークづくりが必要だと思います。近年、民間のキャリア形成支援が活発になり、心理学的アプローチを含む方法論が議論されているなかで、こうした調査研究がいくつか出てきていますが、これも労働調査の一環として視野に入れておくべきでしょう。この研究の特徴は第1部で、再就職支援における目的合理的、かつ、効率的仕組みを全体として考える視点が優れています。

私もかかわったのですが、機構で昨年度、若者就業支援組織を対象に公的部門から、民間、NPOまで含めてヒアリング調査を行いました。支援のあり方を考えるためには、まず、実態のヒアリングから始めることが大事なのではないかと考えています。

佐野

中馬宏之監修/キャプラン研究会編(2003)の中高年斡旋のケーススタディは非常にわかりやすく問題点が整理されていて、とても貴重だと思います。その報告書にもありますが、中高年斡旋における現場の問題としては、これは雇用主側、とくに中小企業経営者の言い分なのですが、実際に採用する際、求職者に求めるのは、「やる気」だけで、むしろ本人がこれまでどのようなキャリアを築いてきたとか、具体的にどのような仕事をしていきたいかというような意識はかえって邪魔だといいます。言い換えれば、キャリアや経験、資格やプライドすべてを捨てて、退路を断って来てくれないと定着しない。過去を引きずったままでは、新しい仕事で成果を上げることはできない。キャリア・コンサルタントやコーディネーターが間に入り、キャリアの棚卸しをすることで、逆に棚卸しされたキャリアが明確になって、それに固執してしまうケ一スも出ている。コンサルティングによって、かえって円滑なマッチングが妨げられているというのです。

小杉

それは雇用主側の都合で、個人にとっては違うでしょう。個人にとっては、やはりそういった相談を通じて納得しながら次のキャリアを決めていくことが大事ではないですか。

佐野

もちろん、そうです。ただ実際のマッチングの現場では、キャリアコンサルティングが効果を上げているとはまだまだ言い難い状況です。これは特に、大企業が送り出し側となり、ホワイトカラーを中小企業に送り出すケースではさらなる調査研究が必要だと思います。実際に受け入れ側の中小企業では過去のキャリアや経験ではなく、純粋な「やる気」だけを求める傾向が強い。いや、キャリアや経験は必要条件で、十分条件として「能力と実績のある人が、それらをすべて裸一貫、新たな仕事に飛び込んでいく気持ちの持ち方」が重要になるようです、マッチング後の定着が問題となる現場では、常々こうした問題意識があります。

小杉

企業側の「雇ってやったのだから、それでいいだろう」という理屈は違うと思います。組合機能の低下した昨今、労働者はひとりぼっちになってしまっていて、求職活動においても非常に弱い立場にあるのが現状です。ここを公的機関がどのようにフォローしていくのかが今後の政策課題でしょう。

佐野

ただ「やる気」だけでいいといっても、とくにある程度重要な仕事やポジションを想定して人を採用する際には、企業側はそれに応じたスキルを求めてきますよね。佐野先生のおっしゃるように経験や技能については必要最低限身につけている人材の中から採用者を選抜する段階になって、最後は「やる気」というような要素が重要な基準になってくるのだと思います。ですから、労働者個々人が「キャリア形成」への意識を持つことは、今後も重要といえるでしょう。

〔文献リスト〕多様なキャリア

(1)若年期のキャリア─学校から職業へのトランジッション

  1. 日本労働研究機構(2001a)『大都市若者の就業行動と意識─広がるフリーター経験と共感』(調査研究報告書No.136)
  2. 日本労働研究機構(大卒者の職業への移行国際比較研究会)(2001)『高等教育と職業に関する日欧比較調査』『日欧の大学と職業』(調査研究報告書No.143)

(2)企業を超えたキャリア形成

  1. 日本労働研究機構(2001b)『失業構造の研究』(調査研究報告書No.142)
  2. 日本労働研究機構(2003a)『第1回勤労生活に関する調査─勤労意識と失業』(資料シリーズNo.139)
  3. 中馬宏之監修/キャプラン研究会編(2003)『中高年再就職事例研究 成功・失敗100事例の要因分析から学ぶ』