待機労働契約による労働者、のべ142万人

カテゴリー:非正規雇用労働法・働くルール労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2014年6月

雇用主の求めに応じて不定期に働き、労働時間によって賃金を受け取る「待機労働契約」に関して統計局が公表した新たな調査結果によれば、こうした契約の下で働く労働者はのべ142万人にのぼることが明らかとなった。宿泊・フードサービス業や事務・事業サービス業、保健・福祉業などの業種での利用が目立っている。

政府は現在、待機労働契約の拡大とその悪用の可能性への懸念から、法制度の見直しを検討しているところだ。これに対して、労使団体やシンクタンクなどからは様々な要望が寄せられている。

宿泊・フードサービス業企業の半数近くが利用

待機労働契約(zero-hours contract)には法的な定義はないが、一般的には、雇用主に仕事を提供する義務がない一方で、労働者にも仕事を引き受けるか否かを任意に決めることができるとされる。雇用法上は被用者とみなされにくいため、正規従業員に比べて権利が限定的になりがちとみられているが、こうした契約の下で働く労働者数を含め、実態は必ずしも把握されていない。理由の一端は、自らの雇用契約が待機労働契約であることを把握していない労働者が多いことによる。労働力調査に基づく推計として統計局が3月に公表した2013年(10-12月期)の待機労働契約による労働者数は、前年の25万人から58万人と大幅に増加したが、これには近年の待機労働契約の問題に関する報道の増加を受けて、こうした契約に関する認知度の高まりが影響しているとみられる(注1)

さらに、より正確な状況の把握を求める政府の意向を受けて、統計局は企業を対象とする調査を2014年はじめに実施した。労働力調査における待機労働契約の定義(注2)より広く、「最低労働時間が保証されていない労働契約」の企業による利用状況を尋ねている。4月末に公表された調査結果によれば、調査対象期間である2週間の間に1時間以上の労働が発生した契約件数=のべ労働者数は142万人と推計されている。複数の企業で同種の契約により働く労働者を重複してカウントしているため、これらの契約の下で働く労働者数はより少ないとみられるが、何らかの理由で調査期間中には労働が発生しなかった契約も130万件に及ぶと推計され、実際はより多くの労働者がこうした契約により働いていることが想定される(注3)

業種別には、宿泊・フードサービス業(のべ37万人)や事務・事業サービス業(同36万人)(注4)、保健・福祉業(同19万人)などでの利用が際立って多い。(図)特に、宿泊・フードサービス業では回答企業の45%がこうした契約を利用している。また、従業員規模に比例して利用企業の比率が高く、従業員250人以上規模で47%、20-249人規模で28%、20人未満規模で12%となっている。

なお、同調査は労働者の就労状況について調査対象としていないが、統計局が併せて公表した労働力調査に基づくデータによれば、待機労働契約による労働者の63%がパートタイム労働者だった。25歳未満の労働者が全体の36%を占めており(待機労働契約以外の労働者では11%)(注5)、また契約期間が1年以上に及ぶ労働者が過半数(57%)を占める。何らかの方法で労働時間を増やしたいと考えている労働者は全体の35%(注6)で、内訳は「追加の仕事により労働時間を増やしたい」4%(待機労働契約以外の労働者では1%)、「現在の仕事で労働時間を増やしたい」20%(同10%)、「より労働時間の長い仕事に転職したい」11%(同2%)となっている。

図:業種別労働者数と利用企業比率

グラフ:業種別労働者数と利用企業比率を示したもの

  • * 鉱業・土石業、製造業、電気・ガス・蒸気・空調、水供給・ゴミ収集・廃物処理・環境復旧(標準産業分類コードA-E)
  • 出所:統計局ウェブサイト

緩やかな規制強化か、ガイダンスによる周知か

政府は、待機労働契約の法規制見直しに関して2013年12月に開始した一般向け意見聴取(パブリック・コンサルテーション)の中で、業務の繁閑に応じた人員調整や、就学や育児・介護との両立など、待機労働には雇用主と労働者の双方に一定のニーズがあるとして全面禁止の可能性を改めて否定する一方、待機労働契約を悪用する雇用主のもとで不利益を被っている労働者がいることを踏まえ、見直し案を示していた。これには、他の雇用主のもとで働くことを禁ずる「排他条項」の規制のほか、雇用主主導での実施規範(code of conduct)の作成を通じた自主規制による対応などが含まれる。3月に終了したコンサルテーションには、3万6000件以上の意見が寄せられ、その多くは規制強化を求める内容であったとみられる(注7)。政府はコンサルテーションを受けて、回答文書により今後の政策方針を示すとしているが、これに先立って、雇用法制を所管するビジネス・イノベーション・技能省のケーブル大臣は、待機労働契約による全ての労働者に、労働時間の定めのある契約への転換を申請する権利を付与する案を検討していることを明らかにした。同大臣は、制度を悪用する雇用主が存在することを裏付ける多くのエビデンスが得られているとして、防止策に意欲を示している。

野党労働党のミリバンド党首は4月、2015年に予定される総選挙に向けた公約の一環として、待機労働契約の規制強化に向けた方針を示した。同案は、労働党が昨年、小売大手モリソンズ社の元人事責任者のピカヴァンス氏に、待機労働契約の悪用防止策の検討を依頼、同氏が4月にとりまとめた報告書を受けて示されたものだ。報告書は、待機労働契約が適正に活用されている企業では、雇用主と労働者の双方に利益をもたらす傾向にあるが、実際にはしばしば人件費削減のための方策として利用されており、労働者の収入や、給付・年金に関する権利の不安定さにつながっていると指摘している。報告書による制度改正案の一つは、特定の雇用主の下で一定時間以上の就業が6カ月に達した労働者には、最低労働時間が保証された契約への転換を申請する権利を付与し、雇用主は正当な理由なくこれを拒否することはできないとすることである。加えて、一定時間以上(対象期間中に週8時間以上)の就業期間が12カ月に達した場合、労働者は自動的に最低労働時間の保証を伴う契約に移行したとみなす(注8)。また、一定の仕事(賃金)の補償を行う場合を除いて、排他条項は無効とする。さらに、予定された仕事のキャンセルが勤務開始の一定時間以内に行われる場合、補償金(例えば1日あたり2時間分の賃金)の支払いを雇用主に課す制度を提案しており、通告の期限は最低48時間とすべきであるとしている。このほか、契約に記載された時間帯以外での待機を義務付けられないことなどを提案している。

コンサルテーションに合わせて、労使団体やシンクタンクも意見表明や提言などを行っている。経営者団体のイギリス産業連盟(CBI)は、排他条項は限定的に使用されるべきとの見方を示す一方、一定期間後に最低労働時間を保証する案は雇用にマイナスの影響を与えかねないとして反対している。ただし、例えば予定されていた仕事が直前にキャンセルとなった場合、例えば2時間分の賃金をキャンセル料として支払うなどの施策については、妥当性を認めている。また、Institute of Directorsは、排他条項の禁止に基本的には賛同しつつも、会員に対する調査結果から、雇用主による実際の利用は限定的であり、また利用企業が挙げる理由(確実な人員調達の必要、機密情報や知的財産の保護、労働者への訓練等により他社が益することの防止など)は正当なものであるとして、地位の高い労働者については適用の余地を残すことなどを提案している。

一方、労働側は、こうした契約における労働者の立場の弱さを強調、保護的施策の強化を求めている。イギリス労働組合会議(TUC)は、政府の現在の施策案では雇用主による労働者の搾取を防止することは出来ないとして、労働条件の書面による交付や仕事の依頼・キャンセルにかかわるルール設定の義務化、待機時間に関する賃金の支払いを義務付けることを併せて提案している。また公共部門を組織する労働組合UNISONは、待機労働契約による不安定さは労働者のみにとどまらず、公共サービスの質にも影響を与える懸念があるとして、とりわけ介護サービスにおける待機労働契約の禁止を主張している。

加えて、労使紛争の仲裁などを行う公的機関である助言・斡旋・仲裁局(ACAS)も、排他条項や労働者にとっての労働条件の不明確さを理由に、待機労働契約には批判的な立場だ。バーバー会長(注9)は、待機労働契約による労働者は立場の弱さから、他の仕事を探したり、雇用主から打診を受けた仕事を断りにくく、法的な権利も主張しにくいとして、実質的な排他条項のもとにあると述べている。

シンクタンクによる提言も様々だ。その一つ、ワーク・ファンデーションは、待機労働契約や排他条項の禁止に反対の立場を示している。制度改正により雇用主が現在の雇用契約を見直す場合、多くの労働者が被用者から労働者に転換され、雇用上の権利がより低下する結果となりかねない、との理由による。むしろ、業種毎に異なる待機労働契約の利用状況を考慮して、業種別団体の主導による実施規範の作成を提案している。

一方、中・低所得層の問題を扱うシンクタンク、レゾリューション・ファンデーションは、待機労働契約が雇用主と労働者の双方に柔軟性をもたらすためには、排他条項の禁止が必要であるとしている。また、雇用主・労働者双方で待機労働契約における権利や義務についての認識の不足を改善する必要を主張、雇用契約の別を問わず全ての待機労働契約による労働者に職務定義書の交付を雇用主に義務付けるとともに、雇用主の認識改善をはかるため、好事例をベースにしたガイダンスをACASが労使と共同で作成することを提案している。さらに、週当たりの労働時間が比較的一定した状態で就業期間が12カ月間を経た労働者は、労働時間の定められた契約に移行するかどうかを労働者が選択できるようにすべきであるとしている。このほか、監督機関による取締の強化に向けて、情報共有を進めることなどを提言している。

参考資料

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