採用での男女差別に初の調停
―一人っ子政策の緩和で男女差別は増加傾向

カテゴリー:労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2014年4月

採用において男女差別があったとして、被告企業が3万元の慰謝料支払い、謝罪および原告を雇用するという内容の調停が、昨年12月に北京市内の人民法院で実施された。雇用分野での男女差別に対する裁判所の調停は初。近年は男女差別を含めて雇用における差別取り扱いを禁止する法律が整備されてきているが、実態はそれに追いついていない。今年に入ってからは、一人っ子政策の緩和を受けて女性求職者に対する差別が悪化しているとの現地報道もある。差別の証明義務を労働者(求職者)側が負っていることや、裁判になれば長期化する懸念が強いことへの不満も多く、現状に対する抜本的な対応策を政府に求める声も強い。

性別を限定した求人に異議、1年半を経て調停、和解

裁判では被告企業の性別を限定した求人が問題視された。2012年6月、当時大学を卒業直後であった原告女性は、被告企業の「男性に限る」という求人広告を見て被告企業に問い合わせたところ、「当該の職の求人は男性だけの採用を予定しており、原告はその条件に合致しないため、採用を考慮しない」という旨の回答を得た。これにより精神的損害を被ったとして、原告は被告企業に対して5万元の慰謝料と公式な謝罪を求めて裁判所に提訴していた。当初原告は労働補償監察条例に基づき訴えを起こしたが、受理されなかったため、2013年9月に北京市内の人民法院に民事訴訟を行った。そして同年12月に、被告企業が3万元の慰謝料支払い、謝罪および原告を雇用するという内容の調停が実施されて和解した。雇用分野での男女差別に対する裁判所の調停は初である。

原告は2012年7月に人民法院に訴えを申請していたが、そこから今回の調停を得るまでに約1年半を要した(図表1)。一連の過程では市民団体などが人民法院や被告企業の施設の前で抗議活動を行うなど、本事件は中国国内でも注目を集めた。

図表1:経緯概要
2012年6月 原告が被告企業の求人に応募するものの、連絡なし。求人内容に「男性に限る」とする条件を確認したため、原告が被告企業に照会。被告企業は「今回の求人は男性に限り、原告は条件に合致しないため採用しない」旨を説明。
2012年7月 原告が被告企業を北京市海淀区人的資源社会保障局に告発。また、海淀区人民法院へ訴えを申請。被告の謝罪と精神的損害に対する慰謝料として5万元を要求。人民法院は訴訟受理後7日以内に立件の是非を決定するが、人民法院から連絡がなかったため、原告は訴えから15日後に人民法院へ問い合わせるも回答無し。
2012年8~9月 原告は海淀区人民法院などに、立件されなかったことに対する苦情申し立てを実施。また、海淀区労働監察所(日本の労働基準監督署に相当)にその苦情申し立ての内容を送付。
2012年10月 海淀区人民法院より原告が調査を受ける。経緯を説明した後、「たとえ差別が事実であったとしても、それを処罰できる規定がない」という回答を得る。
時期不明 被告企業が「男性に限るという表記は記載を謝った。既に修正した」旨を表明。
2012年11月 海淀区人民法院が労働補償監察条例若干の規定第35条の3(注1)に基づき訴えを棄却。「男性に限定した求人は被告企業従業員の『誤り』であった。既に修正されており、現在はそうした求人はない。原告が訴えた時点で既にそのような広告はなかった」。人民法院は原告に雇用促進法62条(注2)に基づく訴訟を提案。
2013年1月 原告が海淀区人的資源社会保障局に対して不服審査を申請。
2013年3月 海淀区人的資源社会保障局が上記申請を却下。
2013年4月 原告は上記の申請却下を不服として、海淀区人民法院に海淀区人的資源社会保障局を法定職責不履行として訴える。
2013年5月 海淀区人民法院が上記訴えを正式に受理。
2013年7月 海淀区人民法院が上記訴えを一審で棄却。
2013年9月 原告が被告企業に対して民事訴訟。被告の謝罪と精神的損害に対する慰謝料として5万元を要求。
2013年12月 被告企業が3万元の慰謝料支払い、謝罪および原告を雇用するという内容の調停が、北京市内の人民法院で実施された。
  • 出所:法治週末等より作成
  • 注:労働補償監察条例若干の規定第35条
    労働保障行政部門は労働保障法に違反する行為に対して、調査に基づき、検査結果を以下のように処理する。
    1. 法に基づき行政処罰が適当である場合は、法に基づき行政処罰を命じる
    2. 改善を命じることが適当である場合は、法に基づき改善を命令又は相応の行政処分を行う
    3. 軽微なものや既に改善がなされている場合は、立件しない
  • 雇用促進法62条
    本法に違反して雇用差別を受けた場合、労働者は人民法院に訴訟できる

横行する採用段階での差別

上記のような事案が発生する背景には、各種法規制はあるものの、それが遵守されておらず、有効に機能していないことがある。雇用における男女差別の禁止に言及している法令としては、「労働法」、「雇用促進法」、「婦女権益保障法」などが挙げられる(図表2)。

図表2:各種法規での雇用における男女差別禁止規定
労働法 労働者の就業は、民族、人種、性別、宗教の信仰の違いによって差別されてはならない(第12条)
女性は男性と平等な就業上の権利を有する。女性には適応しないと国家規定が定めた職種および職位を除き、労働者の採用に際して性別を理由にして女性の採用の拒絶、採用基準の引き上げをしてはならない(第13条)
雇用促進法 国家は女性が男性と平等な労働権を有することを保障する。使用者は、女性には適応しないと国家規定が定めた職種およびポストを除き、労働者の採用に際して性別を理由にして女性の採用の拒絶、採用基準の引き上げをしてはならない。使用者は女性を採用するに際し、結婚・出産・育児に関する内容を労働契約において制限してはならない(第27条)
本法に違反して雇用差別を受けた場合、労働者は人民法院に対して訴訟できる(第62条)
婦女権益保障法 国家は女性が男性と平等な労働権・社会保障権を有することを保障する(第22条)
使用者は雇用に際して、女性には適応しない職種およびポストを除き、労働者の採用に際して性別を理由にして女性の採用の拒絶、採用基準の引き上げをしてはならない(以下略)(第23条)

出所:国務院等より作成

また男女差別以外でも、「雇用促進法」は「第三章:公平な雇用(第25~31条)」で民族や障害の有無等での雇用差別を禁じている。国際条約では、2005年に国際労働機関の「雇用及び職業についての差別待遇に関する勧告」を批准している。法的規制の他にも、2013年5月には教育部が新規学卒者の採用に際しての「差別的取り扱いへの是正」を勧告している。具体的には、教育部が研究分野での重点大学に指定している「985工程」に該当する39の大学、および重点的に投資するとしている「211工程」に該当する100の大学のみに対象を限定した求人行為をしてはならないとしている。なお教育部によれば、こうした行為は地方政府や国有企業でも横行している。

上記のように、政府は様々な法規制を定めて対策を実施しているものの、採用差別は横行している。特に性別・年齢において差別が顕著に観察されている。一般の求職者の目に広く触れる大手企業が運営するインターネット上のマッチングサイトでも、性別や年齢を限定した求人広告は多数掲載されている。また、中国全土に展開するような大手の小売・飲食企業であっても、自社の施設に性別や年齢を限定した紙媒体の広告を掲載することが珍しくない。

使用者には性別や年齢による差別的求人をする者も多いが、その他にも身長・出身地域・戸籍の種類、果ては血液型や干支、星座を採用基準の一つとして捉えて、差別的な求人行為をする者も多い。

各種調査でも、差別の実態は明らかにされている。北京婦女子労働委員会の2011年の調査報告によれば、61%以上の女性が求職活動において差別を受けたと回答している。女性の社会進出を支援するLean in Beijingが2013年秋に400人の女性を対象に実施した調査によれば、44%が仕事において男女差別を受けたことがあると回答している。北京大学が2009年に3,000人の女性を対象に実施した調査では、4人に1人が過去1年以内に性別を理由として求職を拒否されたことがあると回答している。

こうしたアンケートで雇用における性差別は明らかであるが、賃金でも男女格差は拡大しているとされる。かつて、市場経済の深化が差別を解消するという希望的観測もあったが、むしろここ10年ほどで男女の賃金格差は拡大しているという調査結果もある。

一人っ子政策緩和の副作用、女性の雇用差別が増加

今年に入ってからは上記の差別に加えて、若年女性に対する雇用差別、特に求人段階での差別が拡がっていると現地報道は伝えている。背景に存在するのは、昨年公表された一人っ子政策の緩和である。

昨年の三中全会で表明された一人っ子政策の緩和(国別労働トピック 2013年12月記事参照)を受けて、各地方政府は続々と、夫婦の一方のみが一人っ子である場合の第二子出産を容認している。

2014年3月末時点で既に9つの市・省・自治区で容認されているほか、大半の地域が上半期中に容認する見込みである(図表3)。

図表3:夫婦の一方のみが一人っ子である場合の第二子出産の容認状況

  • 出所:各地方政府、人民日報等より作成
  • 注:3月末時点。第二子の出産に対して、各市・省・自治区は第一子出産後一定年数以上間隔を空けることや、出産者の年齢が一定の年齢を下回らないことなどを求めているが、その間隔、年齢は地域により異なる。

こうした中、主に若年の女性に対する採用差別が増加している。現地報道によれば、新規大卒者が就職活動の面接において「将来的に二人目を出産する意思の有無」や「兄弟・姉妹をはじめとする家族構成の状況」を質問される事例が増えている。背景には各地で広まる一人っ子政策の緩和があるとしている。なお2011年の時点でも、中華全国婦女連合会の調べによれば56.7%の新規大卒女性が「女性の方が仕事を得る機会が少ない」と回答し、91.9%が「面接官から男女差別を受けた」と回答している。昨年は新規大卒者が699万と過去最多であったため、「史上最も(就職が)困難な年」と伝えられた(国別労働トピック 2013年5月記事参照)が、教育部によれば2014年はそれを上回る727万人に達する見込みである。そのため現地報道は、女性差別が横行している事を受けて「ただでさえ、史上最も困難な年よりも更に困難であるのに、女性求職者にとってはそれを超えて厳しい状況になるだろう」と伝えている。

使用者側は生育休暇(出産に伴う休暇。但し男性も地域によっては出産者の看護のための休暇として数日間の取得が可能)を複数回取得されることを敬遠していると思われる。中国では社会保険の一つとして「生育保険」があり、これにより生育休暇中の女性の所得を補償している。保険料率は労働者負担が0%で、使用者負担が地域により異なるが0.5~1%である。休暇期間は、北京市の場合は98日間を基本として出産の状況により期間が加算される。難産の場合で15日、満24歳以上での出産で30日、多胎児の場合は二人目以降について1人につき15日が加算される。休暇期間中の所得補償の金額は、当該地域における前年の平均月額給与に基づき決定される。

社会保険料の使用者負担は労働者の性別に関係なく徴収され、また男性労働者の配偶者が未就業である場合は、その配偶者の出産も「生育保険」の対象となる。そのため、社会保険料の納付という点では、使用者にとって女性を雇用することによる追加の金銭的デメリットは存在しない。しかし、複数回の出産により生育休暇を長期間取得されることが、使用者側の懸念と推察される。

北京市内の人民法院によれば女性労働者の妊娠・出産・育児に関連する労働争議はここ3年ほど増加傾向にある。北京市では今年2月より一人っ子政策が緩和されたが、人民法院は「今後、こうした労働争議は増えるだろう」としている。

新規の法規制求める声も

雇用差別に対しては、政府に更なる対応を求める声が強い。特に、多くの諸外国では雇用差別が存在しなかったことの証明義務が使用者に対して課されている一方で、中国においては労働者側に雇用差別が存在したことの証明義務が課されている点については不満が強く、改善を求める声もある。今回のような雇用契約を有しない求職者の事例では、労働仲裁制度の適用外であり通常の裁判の手続きを踏むこととなる。一旦裁判となれば、図表1のように労働補償監察条例や雇用促進法の範囲内で扱われるか否かは不透明であり、通常の民事訴訟の場合も含めて長期化する可能性が高いため、その事が労働者側を裁判に踏み切らせる足かせとなっている。雇用促進法については、禁じている差別の種類が性別・民族・障害・病気のみであり、年齢・宗教・身長・性的特質などが含まれていないことへの指摘もある。

一部の先進的地域では中央政府に先んじて対策が試みられており、深セン市は経済特区を対象に男女平等を促進する条例の導入を検討している。また中央政府レベルでも、3月に開催された全人代(全国人民代表大会)で「雇用差別禁止法を制定すべき」という意見が参加者からあがった。

参考資料

  • 国務院、人的資源社会保障部、各地方政府、人民日報、法治週末、China Labour Bulletin、Los Angeles Times

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