公正なグローバル化という課題

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2005年2月

公正なグローバル化とは何か。「グローバル化をめぐる議論は相手の意見が聞こえない者同士の議論のようにまるでかみ合わない」という指摘がその困惑と苛立ちを表現している。グローバル化がもたらすプラスの側面を評価しつつも、そのウラに淀むマイナスの側面への懸念が、紙のウラとオモテの関係のようにつきまとうからだ。国際自由労連(ICFTU)が日本で初めて開催した世界大会の最大の使命は、そのマイナスの側面への挑戦開始を宣言することだった。大会は公正なグローバル化実現に向けての方針と戦略を確認し、響きも高らかに進軍ラッパを吹き鳴らした。しかしこの戦略がどこまでグローバル化利益の公正な分配に向けて機能するのか、どこまで不均等な結果の改善を実現できるのか、視界は必ずしも良好ではない。国際労働運動の方向とその中で日本の労働組合が期待される役割について、連合の中嶋滋総合国際局長のインタビューを交えながら紹介する。

1. グローバル化と「底辺への競争」

グローバル化は、労働者と労働組合に多くの課題をつきつけている。労働条件がより低く、労働組合のない地域を求めて、事業移転を実行しようとする企業の論理が優先するためだ。発展途上国の政府も、労働法規の適用を緩和し、労働組合の活動に制限のある輸出加工区(EPZ)を設け、海外直接投資(FDI)を呼び込もうとしている。それが、各国間の「底辺への競争(Race to the bottom)」に拍車をかけ、労働条件切り下げ競争が繰り返される現実がある。外注化、下請契約、契約労働などの不安定な雇用が増大し、さらに、児童労働や、強制労働に限りなく近い実態を産む基盤となっている。また、発展途上国が、国際通貨基金(IMF)や世界銀行から融資を受ける際には、労働者のリストラや公共サービスの民営化を含む構造調整策が義務づけられることが多く、このことが労働者の基本的権利を制約し、経済的弱者の生活を悪化させる要因とも言われる。

こうしたグローバル化の負の影響に対し、労働組合はどのように対応しようとしているのか。ICFTUは、2004年12月5日~10日、宮崎市において、「連帯のグローバル化~未来に向けてのグローバル・ユニオン運動の構築~」をテーマに、第18回世界大会を開催した。大会は、経済のグローバル化と超自由主義的な経済政策のマイナスの影響に苦しむ人々のために、労働者の基本的権利を遵守させる闘いを強化していくことをテーマに議論した。

こうしたテーマを取り上げた背景について、ICFTUのガイ・ライダー書記長は、「グローバル化は一つの現象であり、それ自体に反対も賛成もない。しかし、グローバル化が労働や経済にもたらす具体的な影響を注視し、マイナスのインパクトを克服することが労働運動の課題」と述べる。連合の中嶋総合国際局長も、「経済のグローバル化は事実であり、今さら反対の立場を唱えても意味がない。公正なグローバル化をめざし、不公正な面を是正していかなければならない」と述べる。

2.公正なグローバル化の実現

  1. 中核的労働基準に関するILO宣言

    ILOは、1998年にグローバル市場における最低の国際労働基準として「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」を採択した。これは、ILO条約のうち、1)結社の自由及び団体交渉権(87号、98号)、2)強制労働の禁止(29号、105号)、3)児童労働の廃止(138号、182号)、4)雇用及び職業における差別の禁止(100号、111号)――の4分野8条約を中核的労働基準と定め、条約批准にかかわらず、すべての国の政労使が尊重・遵守していかなければならないと宣言したものだ。(注1

    ICFTUは宮崎大会で、「IMFと世界銀行は、発展途上国に対し、労働者や貧困者の利益に反する構造調整プログラムを条件とした金融支援を継続している」と指摘し、両組織に対して中核的労働基準の尊重を強く求めていくことを決議した。また、世界貿易機関(WTO)に対しても、「創設当初より、労働者の搾取、開発不平等、環境破壊、男女不平等を悪化させる貿易自由化モデルの手段であり続けてきた」と批判し、WTO付属文書に「すべての生産品は、主要な労働基準に従って生産・流通されなければならない」との、「労働者の権利条項」を盛り込むよう主張している。

    日本は、4分野8条約のうち、105号(強制労働の禁止)と111号(雇用及び職業における差別の禁止)を、いまだ批准していない。

  2. OECD多国籍企業ガイドライン

    OECDは1976年、多国籍企業が力を持ちすぎているとの懸念から、「OECD多国籍企業ガイドライン」を採択し、2000年6月に大幅な改正を行った。ガイドラインは、遵守を決めた支持国(注2)に本社を置く多国籍企業を対象に、経済、環境、社会の発展に向けた、好ましい企業行動を勧告することが役割だ。ガイドラインには、人権、情報開示、雇用及び労使関係など9分野における企業行動の原則と基準が盛り込まれている。

    ガイドラインは、国際的には法的拘束力を持たない。しかし支持国の政府が設置するナショナル・コンタクト・ポイント(NCP)が、その遵守と理解促進に責任を持つ仕組みとなっている。(注3

    2000年の改正で、ガイドラインには中核的労働基準のすべてが盛り込まれた。また、支持国の多国籍企業が支持諸国以外の地域で操業する場合にもガイドラインが適用されることが明確に示された。

    日本の場合、NCPは、厚生労働省、経済産業省、外務省によって構成され、それぞれ、連合、日本経団連、在外公館と連絡を取りつつ問題解決に当たる。連合の中嶋総合国際局長は、「日本企業の海外事業展開は当然であるが、それはOECD多国籍企業ガイドラインを遵守したものでなくてはならない。昨年、日本のNCPに持ち込まれた案件は4件であり、製造業のほかに、サービス、流通の事例もあった」と述べる。ガイドライン違反に対して連合は、現地の労働組合、関係組織及び国際産業別組織(GUF)(注4表1)の日本協議会、それと違反企業の労組と連絡を取りながら是正を求める行動を開始した。

  3. 国際枠組み協約

    多国籍企業とGUFとの間で、企業が海外で事業展開を行う際の行動規範や労働者の基本的権利などについて規定した国際枠組み協約(IFA)を締結する例が増えている。

    これに対して国際使用者連盟(IOE)は、「第三者と協力して行動規範を作成するかどうかを選択するのは企業の判断である」という見解を示し、企業が自主的に行動規範を定める場合もあるとしている。国際的枠組み協約は多国籍企業とGUF両者の約束であるのに対して、企業の自主的な行動規範は経営側の一方的な宣言とも言える。労使の立場が明確に分かれるポイントだ。

    国際枠組み協約では、フォルクスワーゲン、ダイムラークライスラー、ボッシュ、ルノーと国際金属労連(IMF)、スウェーデンの家具メーカー・イケアと国際建設林産労連(IFBWW)などの例がある。これらを含め既に30件を超える国際枠組み協約が締結されている。連合の中嶋総合国際局長は、「労使関係の尊重やジェンダーなどについて規定したイケアとIFBWWの協約は、人権、環境に優しい企業としてのイメージアップに貢献し、協約締結によるコスト増と相殺しても余りある功績をあげたと評価されている。フォルクスワーゲン社もIMFとの枠組み協約に基づき、リサイクル率の向上、部品の共有化を実現させるため、設計段階からの戦略変更を行い、環境に配慮する姿勢を示した」と評価する。

    多国籍企業に原材料や部品を供給するサプライヤーを、この協約で拘束するかどうかが大きな焦点となった。フォルクスワーゲン社・IMF枠組み協約は「供給業者や請負業者が各自の企業方針でこの宣言を考慮に入れるよう支援し、明白に奨励する」と規定し、基本姿勢を鮮明にした。ダイムラークライスラー社・IMF枠組み協約は、さらに一歩踏み込んで、「サプライヤーがダイムラークライスラーと同等の原則を導入・実施することを支持・奨励し、自社との関係の基礎として組み入れることを求める。サプライヤーが上記措置を講じた場合、取引関係を継続させるうえで有利な基準とみなす」とも規定する。サプライチェーンをも対象に含めない枠組み協約は、企業の社会的責任(CSR)とは呼べないとするNGOの指摘を透かし見ることができる。

    日本の金属労協(IMF-JC)は、IMFの運動方針に基づき、「海外事業展開に際しての労働・雇用に関する企業行動規範」締結の取り組みを進めている。(注5)だがしかし、日本企業とGUFの枠組み協約締結例は、まだ一つもない。

3.中国/労組なき世界の工場

経済のグローバル化により中国への海外直接投資(FDI)は、1994年の338億ドルから2003年には535億ドルに増大し、中国はアメリカを抜いて世界最大の投資受け入れ国となった。中国が「世界の工場」の地位を益々強固にする一方で、労働基本権が保証されず労働者は劣悪な労働条件を余儀なくされているとの指摘も増幅している。「中国市場の潜在能力は、計り知れない。知的で勤勉な労働力も豊富である。輸出加工区(EPZ)に進出する企業は、進出先を市場化して地域に根づこうとしていない。逃げ足も非常に速く、フィリピン、インドネシアなどでは労働力を使い捨てにして、早々に中国へ移転していく例が多々ある」(連合・中嶋総合国際局長)という。

中国の労働組合としては、中華全国総工会(組合員数約1億3000万人)が知られている。しかし、共産党の支配下にあることを主な理由としてICFTUは、総工会を独立した労働組合とは見なしていない。結社の自由が保証されていないために中国の労働者が劣悪な労働条件の下に置かれているとの認識である。中国が「労組なき世界の工場」と呼ばれる理由はここにある。

中華全国総工会への対応には、欧米とアジアでは大きな温度差がある。欧米主導色の強いICFTUは、中国の現状を批判し、バッシングすることで変革を迫ろうとしている。これに対して連合は、「あくまで中国の労働者が主役である。彼らと連帯し、支援していくことによって、課題の克服をめざしている」(中嶋総合国際局長)という違いをみせている。

2004年12月12日からの3日間、北京で、OECDと中国政府共催による「OECD多国籍企業ガイドラインの拡大適用に関するセミナー」が開催される予定となっていた。これは、OECD労働組合諮問会議(OECD-TUAC)(注6)の中での連合の主張を受けて、OECDが中国政府に働きかけて、開催準備に漕ぎ付けたものだ。ICFTU、GUF、TUACの代表のほかに、中国への投資国の労組代表として、連合、アメリカ労働総同盟産別会議(AFL-CIO)、ドイツ労働総同盟(DGB)幹部が参加する予定だった。しかしこのセミナーは、中国政府の都合で直前に延期された。

これまでも総工会とのつながりが太く、様々な形で総工会との交流を実施してきた連合は、「中国の経済的、政治的プレゼンスは、今後益々高まっていくだろう。その際、中核的労働基準を遵守していくことが、雇用の安定、労働条件の向上、ディーセント・ワークの実現につながり、世界中からより一層の尊敬を受けるであろう。このセミナーは、それに向けての重要な役割を果たすはず」と、実現へ向けて粘り強い意欲を示す。

4.日本の労働運動の課題

宮崎大会でICFTUは、GUF、OECD-TUACとともに結成するグローバル・ユニオンの運動をより一層強化していく方針を採択した。しかしながら、その構成12組織の書記長は、すべて欧州出身者である。アジア、アフリカ、南米の加盟国労組からは、「グローバル・ユニオンの判断基準が欧州労働運動の歴史と経験にのみ依拠したものとなり、自分達の宗教、文化、歴史が軽視される」との強い危惧が示された。また、ICFTUは、本部の中央集権体制を強化することを目的に、宮崎大会前に、アフリカ(AFRO)、アジア(APRO)、汎米州(ORIT)の三つの地域組織の運営を抜本的に見直し、地域大会の廃止、地域役員選出方法の変更など、合理化策を提起した。連合は、APROを通じて、「地域にはそれぞれの歴史的、文化的背景があり、画一的な運営は困難である。地域の多様性を尊重した対応が必要である。」と強く主張し、この合理化策の修正を実現させた経緯がある。中嶋総合国際局長は、「国際労働運動が総がかりで取り組むグローバル・ユニオン運動に対する期待は大きいが、多様性を尊重した活動ができるかどうか疑問が残る。また陰の存在ながら、欧州労連(ETUC)の影響力も大きい」という。欧州中心主義に対する懸念が存在する。

欧米主導の国際労働運動を是正していくためには、日系多国籍企業に関する日本の労働組合の対応が鍵となる。中嶋総合国際局長は、「日本の企業別組合には、自社のプレゼンス確保、自分達の雇用と労働条件維持のためには、格差も止むを得ないとする根強い考え方がある。国内のアウトソーシング、非典型雇用、偽装請負などの問題を含め、企業利益と重なった「本工主義」の弊害が日本労働運動の課題となっている」とその意味を指摘する。一部だけがディーセント・ワークの恩恵を享受している現状は持続不可能であり、「Race to the bottom」でなく「Race to the top」をめざす環境を作り出していかなければならないとする考え方だ。日本の労働運動が単組エゴから抜け出し、組織再編に向けた取り組みの必要性として、「日系企業にOECD多国籍企業ガイドラインを遵守させ、企業の社会的責任(CSR)を通じてより高い水準を達成させるよう、日本の労働組合が影響力を行使できるかどうかが注視されている。アジア諸国に張り巡らされた下請、系列による日本の多重構造の生産システムはもう通用しない。社会的公正さの実現に向けた日本の労働組合の対応が重要であり、連合の役割も大きい」(中島総合国際局長)と指摘する。

資料出所:日本労働組合総連合会「ICFTU(国際自由労連)~グローバルユニオンの強化に向けて~」

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