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第3回 過去最高の女性就業率:その裏を読む

周 燕飛 JILPT主任研究員

2019年6月28日(金曜)掲載

女性の就業率は空前の高さである。総務省「労働力調査」によると、2018年は15~64歳女性の就業率が69.6%に達し、その2年前(2016年)から米国やフランス(ともに67%)を上回った。景気回復が始まった2012年からの6年間で9ポイントも上がり、世界的にみてもとても早いペースの上昇である。30代を中心に出産や育児によって働く人が減る「M字カーブ現象」が解消されつつあるようにも見える。

このとき問題となるのは仕事の内容である。就業率の急上昇とは裏腹に、正規雇用に就く女性の割合がなかなか上がってこないのだ。訓練機会もキャリアの見通しもないまま低技能・低賃金で働く、いわゆる「非正規のわな」に陥っている女性は一向に減る気配がなく、女性人材の浪費問題が解消されていない。実際、前出の調査では、15~64歳女性雇用者に占める非正規雇用者の割合は、2018年が53.8%であり、2012年以降(約53%)はほぼ変化がない。また、2015年の国勢調査によれば、15~64歳女性の66.5%が就業しているが、そのうち、「主に仕事」は37.4%に過ぎない。約3割の女性が「家事・通学のかたわら仕事」(27.2%)または「休業者」(1.9%)の状態である。

言い換えれば、女性の6割以上は依然として、「専業主婦」もしくは家事や育児の傍らで働く「準専業主婦」状態である。かつて主流であった世帯形態である「専業主婦」モデルはすでに「夫婦共働き」モデルにとって代わられたという認識は、大きな誤解だと言える。「専業主婦」モデルの根幹である「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という男女役割分業慣行は、今も日本社会に深く根付いている。女性が、妊娠・出産を機にキャリアの主戦場から離れ、家事・子育てを一手に引き受けて夫の仕事を支えるというのは、現在も一般的なスタイルである。

一方、専業主婦世帯が中流の暮らしを維持するために必要な収入額を稼げる男性世帯主は大きく減少した。ブルーカラーを含む幅広い職種において、男性の賃金のみで中流階級の生活を享受することができた1970~80年代と違って、現在はホワイトカラーの専門職に就く男性ですら、それが難しくなってきた。2015年の時点で、夫婦と子ども2人の4人世帯における標準生計費は月額31万円程度である。標準生計費に税と社会保険料等の固定支出が加わる(貯蓄はゼロと仮定)と、専業主婦世帯ならば、夫は最低、年間476万円を稼ぐ必要がある。つまり、仮に夫が年間2000時間(常用労働者の平均労働時間に相当)就業する場合に、その時給が2,380円以上であることが平均的な暮らしを送る条件となる。最近の全国調査によれば、その収入基準をクリアしている男性世帯主は4割強しかなく、大学・大学院卒の高学歴者でも全体の半数程度に過ぎない[注1]

専業主婦世帯が中流の暮らしを維持するために必要な収入を稼げる男性世帯主が大きく減少したにもかかわらず、「専業主婦」モデルは健在である。その結果、専業主婦層内部での格差や貧困等、社会のひずみがますます拡大している。経済的困窮に喘ぎながらも専業主婦でいる女性が数多く存在していることがその1つの表れである。

筆者はJILPT「子育て世帯全国調査」を使って専業主婦世帯の貧困率を集計したところ、2011年から2014年までの調査においては、専業主婦世帯の貧困率はいずれも10%を上回っており、世帯全体の場合に比べて高い水準にあることが分かった[注2]。そのうち、専業主婦世帯の貧困率がもっとも高くなったのは2011年の調査で、貧困率は12%だった。この時、貧困専業主婦の人口は50万人を超えていたと推計される。

2012年の調査以降は、アベノミクスによる日本経済の景気回復で人手不足が顕在化し、貧困専業主婦の人数は次第に減少傾向にある。とくに2016年調査では、専業主婦世帯の貧困率と貧困人口はともに大きな改善がみられ、貧困専業主婦の人数はピーク時の半分以下となった。それとは対照的に、妻が非正規雇用者である共働き世帯の貧困率が上昇している。貧困専業主婦のうち、就業希望のある女性を中心に、非正規として就職できた人が増えたことが、その背景にあると考えられる。貧困専業主婦の一部が非正規に移行した結果、妻が非正規である共働き世帯の貧困率は、経済好況期ではむしろ上昇している。

しかし、経済には好況期と不況期という景気循環があり、好況の次には必ず不況がやってくる。経済が不況期に入った時には、非正規労働者は雇用の調整弁として、真っ先にレイオフされる対象になる。そのため、「専業主婦」から非正規に転身した貧困層の女性は、再び元の「貧困専業主婦」状態に戻るリスクを抱えている[注3]

脚注

注1 詳細は、周燕飛「日本人の生活賃金(PDF)新しいウィンドウ」『季刊 個人金融』2017年秋号、pp.73-89。

注2 調査シリーズNo.175『子どものいる世帯の生活状況および保護者の就業に関する調査2016(第4回子育て世帯全国調査)』(2017年)参照。貧困率は、厚生労働省が公表している貧困線を用いて算出(詳細はpp.18-19)。

注3 本テーマについて更に詳しく知りたい方は、周燕飛『貧困専業主婦』(新潮選書、2019年7月22日発売予定)を参照されたい。

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