資料シリーズNo.305
保育教諭の処遇改善事業と人材確保
―政令指定都市の認定こども園の事例分析

2026年7月24日

概要

研究の目的

本稿は、2013年より保育士や幼稚園教諭を対象に実施されてきた処遇改善事業について、政令指定都市X市内のこども園9園と同園に勤務する保育教諭25人への半構造化インタビュー調査を通じて、その実態(支給額や支払い方法等)を明らかにするものである。

研究の方法

インタビュー調査

主な事実発見

本報告書では、X市の認定こども園9園を対象に、処遇改善事業と人材確保に焦点をあてて分析を行ってきた。ここでは、主な事実発見を整理したい。それが下記の6点である。

第1に、処遇改善事業の運用と効果である。コロナ禍では、公立園の保育教諭も処遇改善事業の対象となったが、第Ⅱ部第1章の公立園Aで説明したように、X市の公立園については、その原資は会計年度任用職員の処遇改善に充てられた。したがって、処遇改善事業の主な対象は、私立園の保育教諭になる。私立園の処遇改善事業の運用を見ると、処遇改善Ⅱを除けば、処遇改善原資は全ての教職員に支給される場合が多い。その支給方法は、基本給に組み込むのは稀であり、一時金や手当として支給されることが多い(図表1)。その背景には、処遇改善原資を基本給に組み込むと、教職員の昇給や賞与、退職金に反映され、園の経営を圧迫しかねないこと、いつかは処遇改善事業が廃止されるかもしれないという不安によるものである。一方で、私立園は、教職員の処遇を改善するには、処遇改善事業が必要だと考えており、事業の継続を希望している。また、保育教諭は事業が実施されていることを理解し、多くの保育教諭(私立園の保育教諭13人中9人)は処遇改善を実感している1.。したがって、処遇改善事業の効果はあるといえる。

図表1 私立園における処遇改善事業の対象と支給方法

私立園で行われている処遇改善Ⅰ~Ⅲの対象者と支給方法を示している。 ・各園の処遇改善の対象者を見ると、処遇改善Ⅱを除けば、保育教諭だけでなく、全ての職種の職員を対象にしており、また、その対象には非正規労働者も含まれる。 ・処遇改善額の支給方法は、一時金や手当として支給されることが多い。一時金や手当として支給される理由としては、基本給に組み込むと、賞与や退職金など、人件費増につながっていくことが予想されることに加え、処遇改善事業が行われなくなった場合、一時金や手当であれば、処遇改善額分を削減しやすいことがあると考えられる。
  処遇改善Ⅰ 処遇改善Ⅱ 処遇改善Ⅲ
私立園A 支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:基本給と一時金で支給(半々)
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:毎月、手当で支給
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:基本給で支給
私立園B 支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:毎月、手当で支給
支給対象:保育教諭(正社員)の役職者
支給方法:毎月、手当で支給
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:毎月、手当で支給
私立園C 支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:賃金改定に活用
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:賃金改定に活用
私立園D 支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:基本給に組み込む
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:毎月、手当で支給
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:毎月、手当で支給
私立園E 支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:一時金として支給
支給対象:保育教諭(正社員)
支給方法:毎月、手当で支給
支給対象:全職員を対象(非正規を含む)
支給方法:毎月、手当で支給

出所:インタビュー調査より。

注.処遇改善Ⅰ~Ⅲは私立園が対象となっている(公立園は対象となっていない)。

第2に、処遇改善事業の課題である。その課題は主に3点ある。1つは、事務作業が多いことである。こども園に移行したことで、官庁からは、以前より多くの調査協力を要請される等、こども園が抱える事務作業は多くなっている。その事務作業の中には、処遇改善事業の結果報告等の事務作業が含まれる。こども園はその対応に追われており、事務作業の負担軽減を求めている。2つは、処遇改善事業の配分に関わる課題である。私立園Bの事務職員は、処遇改善に関わる事務作業や教職員の説明等の負担が多いことから、処遇改善の配分(金額)を一律にしてほしいと要望している。これは私立園Eでも指摘されている。3つは、更なる処遇改善事業の必要性である。この要望の背景には、保育教諭がより多くの処遇改善を望んでいることに加え、業界として魅力的な賃金水準に引き上げる必要性がある。後者について付言すれば、業界として魅力的な賃金水準に引き上げなければ、保育教諭を目指す若者が増えず、人手不足が解消しづらくなるという懸念がある。また、処遇改善の金額が増えれば、私立園は教職員の人件費負担が軽減され、施設の改修等、園の運営に必要な費用を確保しやすくなるかもしれない。

第3に、人材確保の問題である。これは、人手不足という問題であり、公立園であるか私立園であるかにかかわらず、どの園にも共通する課題である。X市の保育教諭の採用状況を見ると、必要な人数を確保できていないことに加え、受験倍率も低下傾向を示しているという。そのため、公立園によっては、保育教諭の質の低下が指摘されている。また、就職氷河期世代の保育教諭が不足し、保育教諭の年齢構成に歪みが生じているため、中堅の保育教諭を経験不足の状態で管理職に登用せざるを得ないという問題も発生している。一方で、私立園では、採用と人材の定着という課題が見られる。私立園では、採用に力を入れているものの、良い人材は公立園もしくは小規模園に流れてしまい、質と量ともに、満足な採用ができていない。加えて、人材の供給源である地元の短大の撤退や都市部からのUターンが減少していることもあり、これが私立園の人材確保をより困難にしている。また、私立園によっては、離職者が多く、人材の定着という課題を抱えている。

第4に、保育教諭が抱いている不満である。これも第3点と同様、どの園にも共通してみられ、また保育教諭が離職意向を持つかどうかにもつながる。保育教諭の主な不満は、「賃金」と「WLB」(ワークライフバランス、以下同じ)である。図表2によると、全体の平均値は2.9であるが、この数値を上回るのは、「賃金」と「WLB」である。実際、公立園でも私立園でも賃金やWLBに対する不満が指摘されていた。賃金については、自分の仕事と賃金水準が見合っていない(割に合わない)ことに対する不満が多い。ただし、賃金については、私立園を対象に処遇改善事業が行われており、また、賃金については含意で述べたため、ここではWLBに着目する。

WLBについては、業務量が多いため、勤務時間内に仕事を終えることができず、やむを得ず残業をするか、仕事を持ち帰るかという実態がある。加えて、自身の子どもが熱を出したりした時に休暇を取りにくい等の不満も指摘されている。いずれも、保育教諭が「自分の子どもよりも、他人の子どもを優先せざるを得ない」現状に置かれていることを示している。第3点目に指摘した通り、保育教諭の人材を確保するには、現在勤務している保育教諭に定着してもらう必要がある。子育てを抱えていても、保育教諭が安心して働くことのできる就業環境を整備する必要がある。

図表2 満足度の変化

2012年と2024年の2時点の保育教諭の「仕事」や「職場の人間関係」、「園児と父母との関係」、「賃金」、「研修」、「WLB」(ワークライフバランス、以下同じ)の満足度を示している。図表内の数値は、保育教諭25人の平均値である。 ・満足度の数値は、「1.満足」、「2.やや満足」、「3.どちらともいえない」、「4.やや不満」、「5.不満」の5段階で集計しており、数値が高いほど、不満の程度が高くなる。 ・全体(すべての項目)の平均を基準に見ると、「賃金」と「WLB」の2つが高いことがわかる。保育教諭は、主にこの2つの不満を抱えながら働いてきたことになる。
  仕事の内容や仕事の進め方について(仕事) 現在の職場の人間関係(上司や同僚など)について(職場の人間関係) 園児やその家族との関係について(園児と父母との関係) 賃金(毎月の給料や賞与、手当を含む)について(賃金) 研修(スキルアップ)の内容や実施について(研修) 労働時間や家庭と仕事の両立について(WLB) 全体
2012年 2024年 2012年 2024年 2012年 2024年 2012年 2024年 2012年 2024年 2012年 2024年
満足度の平均値 2.8 2.8 2.8 2.5 2.3 2.4 3.4 3.5 2.7 2.6 3.6 3.6 2.9

注.満足度の数値は、1.満足、2.やや満足、3.どちらともいえない、4.やや不満、5.不満である。数値が低いほど、満足になり、数値が高いほど、不満となる。

出所:図表1に同じ。

第5に、保育教諭の業務負担を軽減する取り組みである。保育教諭の不満の1つは、WLBであり、これが保育教諭の不満や離職意向につながっている。保育教諭の仕事と家庭の両立を難しくする背景には業務負担がある。業務負担が大きいため、子育てをしているもしくは子育てをした経験を持つ保育教諭は、家族のサポートを受けているか、受けた経験を持つ(25人中22人)。一方で、保育教諭の大学・短大の同期や職場の同僚には、仕事と家庭の両立が困難になったことを理由に、離職を選択した人がいる。このように、保育教諭の業務負担を軽減する必要がある。こうした取り組みは、3園で行われていた。1つは、公立園Dのチーム制導入による事務作業時間の確保や会議時間の変更(前倒し)であり、2つは、私立園Eのシフトの改善である。3つは、私立園Bの事務職員活用による管理職や保育教諭の負担軽減である。

第6に、保育ニーズへの対応の難しさである。今後も少子高齢化が進展することを考えれば、こども園に対するニーズが増えるとは考えにくい。一方で、私立園は、園児数が園の収入に直結しており、いかに園児を確保するかが死活問題になる。そのため、X市が公立園を認定こども園に移行することを決定した際に、その動きに追随する私立園が見られた。働く女性が増え、第2号認定で入園を希望する園児が増えていたからである。認定こども園への移行後は、私立園はニーズが減少している第1号認定の定員を減らし、第2号認定の定員を増やそうとした。しかし、Ⅹ市は「同一エリア内の第2号認定の定員に余裕がある」ことを理由に、その申請を認めていない。X市の回答には根拠があるものの、これは量的な側面を重視した判断である。一方で、利用者は、同一エリア内の園であればどこでも良いというわけではない。利用者の中には、第2号認定での入園を諦め、定員に余裕のある第1号認定で希望する園に入園するケースがある。これは質的な判断といえる。

このように、保育ニーズには、量と質の2つ側面があり、このバランスをどう図るかという難しさがある。また、この難しさは、同一エリア内で、園児数が経営に直結する私立園とそうではない公立園をどのように共存させていくかという問題にもつながる。

政策的インプリケーション

最後に、本報告書の分析結果から得られた含意(インプリケーション)について述べておく。含意には、実践的な含意と研究上の含意がある。

(1)実践的な含意

①より一層の処遇改善の必要性

保育士や幼稚園教諭は他の職種や産業と比較をすると、人手不足の状況にある。少子化で園児数は減少していくものの、安定的にサービスを提供し続けるためには、保育教諭の人材確保は必要だと言える。以下では、実践的な含意として、保育教諭の定着に必要な取り組みを述べる。

まず指摘できることは、より一層の処遇改善を行う必要性である。X市では、園長や副園長などの管理職を含め、多くの保育教諭が処遇改善の必要性を訴えている。特にその必要性を訴えているのは、私立園である。私立園の保育教諭は、処遇改善を受けている実感が薄れているところはあるものの、処遇改善事業の改善額は給与の一部になっていることを含め、処遇改善を受けていることは認識している。また、私立園は職員の処遇を改善するためには、処遇改善事業が必要だと考えており、事業の継続を望んでいる。私立園にとっても、保育教諭個人にとっても、処遇改善事業は必要だと認識されている。ただし、その機能は人材を定着させるものというよりは、生活を支えるものになっていると考えられる。

一方で、公立園の保育教諭にも共通する課題として、賃金に対する不満がある。賃金に不満を持つ保育教諭の多くは、「仕事に賃金が追いついていない」(割に合っていない)ことを指摘する。私立園に比べると、公立園は賃金が安定的で、比較的職員が配置されていると考えられがちになるが、公立園には公立園として求められる機能があり、それが保育教諭の業務負担につながっている。また、管理職を中心に、業界として魅力的な賃金水準にしなくては、若者が就職してこなくなるという危機感を示す保育教諭も存在する。

また、別の視点からも、処遇改善は必要だと考えられる。保育教諭は国家資格を持つ専門職であるため、例えば、より賃金水準が高いと思われる看護師や公立小中学校の教員の免許を取得し、転職することは考えにくい。別の職種の仕事に就くには、時間と費用がかかるからである。言い方を変えれば、それぞれの職種ごとに労働市場が形成されていることを意味する。したがって、保育教諭として処遇を引き上げることを考える方が現実的になる。ただし、ここで大きな壁がある。保育サービスの価格は公定価格である。そのため、こども園が職員の処遇改善をするために、サービスの価格を変更して収入を増やすことは困難だと言える。こうしたことを総合的に考えれば、公立園の保育教諭を含め、処遇改善事業を通じて、魅力的な賃金水準にまで高める必要がある。

② 保育教諭が考える望ましい賃金水準

上記の通り、賃金に不満を持つ保育教諭は自分の仕事に賃金が追い付いていないと考えている。より一層の処遇改善を行うには、どのくらい引き上げる必要があるかを考える必要がある。その参考になるのが、現場で仕事を担当する保育教諭の意見である。なお、この意見は、保育教諭の主観に基づくものではあるが、働き続けるか、離職をするかの選択は個人が行うことを考えれば、今後の処遇改善事業のありようを考える際に、検討材料の1つになり得ると考えられる。

その内容をまとめたのが、図表3である。図表3によると、賃金水準に不満のない保育教諭は現状に満足していると考えられるため、残りの21人について見ていく。興味深いのは、4つのパターンが存在することである。

1つは、公立園の保育教諭の賃金水準である。この回答は、全て私立園の保育教諭が挙げている。この回答をしたのは3人である。同じ職種で同じ仕事をしているのだから、公立園の保育教諭との賃金格差を是正してほしいという要望である。

2つは、看護師の賃金水準である。子どもの命を預かる保育教諭にとっては、患者の命と向き合う看護師の仕事と共通する点を感じている。この回答した保育教諭は2人である。令和8年度の初任給を比較すると、X市立病院の看護師の初任給は4年大卒でも専門学校卒でも月額33万円程度であるが、保育教諭の初任給は4大卒でも短大卒でも月額24万円前後となっている。厳密な比較はできないが、看護師と保育教諭の給与差は10万円近くになる2.

3つは、公立小中学校の教諭の賃金水準である。この回答をしたのは、4人の保育教諭である。同じ教育機関で仕事をしているのだから、公立小中学校の教諭と同じ賃金水準にしてほしいという要望である。この要望は、公立園の保育教諭からも出ている。X市では、保育教諭の給料表があり、小中学校の教諭の給料表と区別されている。令和4年の平均給与額を見ると、保育教諭は月額32万円程度であるが、小中学校の教諭は42万円程度である。それぞれの教諭の年齢や勤続年数、役職段階の違い等があるため、厳密な比較はできないが、保育教諭が望ましいと考える賃金水準の1つに、公立の小中学校の教諭の賃金水準がある。

4つは、手取りの金額を額面の金額にすることである。一般的に、額面の金額から10万円程度控除される額が手取りの金額になるといわれる。10万円程度の処遇改善を望む声は多く、10人の保育教諭がこの回答をしている。

このように、保育教諭が自分の仕事に見合う賃金水準として、様々な水準が示された。保育教諭は、自ら挙げた職種の賃金水準を知っているわけではないが、その背景には、職種間の業務の共通性など、一定の根拠がある。なお、私立園と公立園の保育教諭の給与の差を示すことは困難であるが、公立園の保育教諭の賃金水準と、公立病院の看護師や公立の小中学校の教諭の賃金水準を比較すると、その差は10万円程度であった。つまり、パターン2~4は、結果的に同じ金額差を示していることになる。敷衍すれば、処遇改善という文脈で見ると、保育教諭は、10万円程度の賃金水準の引き上げを要望しており、その金額分を引き上げることができれば、保育教諭の賃金に対する不満は減少し、離職も減少することが考えられる。また、若者にとっては、保育教諭の賃金水準が魅力的なものに映り、保育教諭を目指す若者が増え、人手不足の解消につながることも考えられるかもしれない。処遇改善の引き上げは、保育園や幼稚園、認定こども園の採用にもプラスに働く可能性が考えられる。

図表3 保育教諭が考える望ましい賃金水準

保育教諭25人が望ましいと考える賃金水準を示している。 ・現在の賃金水準に不満のない4人を除く、21人の回答は4つのパターンに分けられる。 ・1つは、公立園の保育教諭の賃金水準である。私立園の保育教諭は、公立園の保育教諭よりも賃金水準が低いと言われるが、私立園の保育教諭の中には、同じ仕事をする公立園の保育教諭と同じ賃金水準にしてほしいと考える人がいる。 ・2つは、看護師の賃金水準である。子どもの命を預かるという点で、保育教諭は自身の仕事が看護師の仕事と共通すると考えている。そのため、看護師の賃金水準まで引き上げてほしいと考える保育教諭がいる。 ・3つは、公立小中学校の教諭の賃金水準である。子どもを教育するという点で、保育教諭は公立小中学校の教諭の仕事と共通すると考えている。そのため、公立小中学校の教諭の賃金水準まで引き上げてほしいと考えている保育教諭がいる。 ・4つは、額面の給与額を手取りの給与額として受け取ることである。一般的に、額面の給与額から10万円程度を引かれた金額(手取り)が支給される。保育教諭の中には、額面の金額を手取りの給与として支給してほしいと考える人がいる。
  看護師の
賃金水準
公立園の保育
教諭の賃金水準
公立小中学校
教員の賃金水準
額面の金額 不満はない その他 n
公立園A     1人   1人 1人(業界全体の
賃上げが必要)
3
公立園B 1人     1人   1人(同年齢の
一般企業の正社員)
3
公立園C       2人   1人(20万円
以上アップ)
3
公立園D 1人   1人 2人     3
私立園A   1人   1人 1人   3
私立園B     1人 1人     2
私立園C   2人 1人       3
私立園D       2人 1人   3
私立園E       1人 1人   2
合計 2人 3人 4人 10人 4人 3人 25

出所:図表1に同じ。

注.1人は複数あげている関係で、回答数は26になる。

③ 保育教諭の業務負担の軽減

上記では、保育教諭の声を基に、更なる処遇改善の必要性を述べた。しかし、更なる処遇改善を行う場合、その原資をどこから求めるのか(誰が負担するのか)という課題が残る。特に、保育教諭が求める水準に引き上げるために処遇改善を行う場合、かなりの予算が必要になると考えられる。また、保育教諭が離職意向を持つ原因は、賃金だけとは限らないため、さらなる処遇改善を行っても、離職者が減少するとは限らない。

そのため、処遇改善以外の対応策を考える必要がある。本稿の分析結果から、保育教諭が離職意向を持つ背景として、業務負担(WLBの問題)が挙げられた。業務負担が大きく、それが保育教諭のWLBに影響を及ぼしており、それが離職意向を持つ大きな原因となっていることが指摘された。そのため、保育教諭の負担を軽減するための対応が必要になる。その対応は、3つの園で行われている。

その1つが、公立園Dである。公立園Dでは、学年ごとにチームを組み、担任(正規職員)が事務作業に専念する時間(1時間半)を確保するために、別の教諭(フリーの教諭等)がクラスを担当する試みや、できるだけ保育教諭が定時で帰宅できるよう、会議の時間帯を1時間早めたりする等の取り組みを実践している。

2つは、私立園Eである。同園では、都道府県の研修で業務の効率化の取り組みについて学んだことを機に、職員全員で業務を洗い出し、早番シフトの改善につなげている。外部から見えれば、1つの取り組みに過ぎないが、現在もそのシフトは維持されている。この改善に携わった保育教諭は、その取り組みを高く評価している。

3つは、私立園Bである。同園は、もともと残業や持ち帰り仕事がなく、保育教諭はシフト通りに帰宅することができている。その背景の1つに、事務職員が3人配置されていることが挙げられる。私立園Bでは、「保育教諭は保育を、事務職員は事務作業を」という形で機能分化することで、管理職の事務作業が削減され、管理職がクラスのフォローに入りやすくなることで、保育教諭が自分の仕事に専念しやすくなることが考えられる。事務職員に限らず、増員の要望は出されており、業務の効率化が困難であれば、人員を増やすことで、1人あたりの負担を軽減するという対応も考えられる。

これらの取り組みで重要なことは、現場が取り組むことができる改善策を見つけて取り組んでいることである。また、こうした取り組みは、公立園であれ、私立園であれ、実施可能である。こうした取り組みを共有し、各園で取り組みを進めれば、保育教諭の負担軽減につながる可能性は高い。

ただし、上記の取り組みだけで、保育教諭の負担が十分に軽減されるか、もっと言えば、現状の給与水準でも良い(割に合う)と思えるような業務負担にとどめられるかといえば、現在の取り組みでは十分といえないであろう。その実現のためには、現場において、「本当に必要な業務」を洗い出し、それ以外の業務を削減する取り組みが必要になると考えられる。もちろん、日々の仕事をこなすだけで大変な現場にそうした余裕があるのか、また、業務を削減する場合、保育教諭だけでなく、サービスを受ける保護者の理解を得る必要があるというハードルが存在する。特に、以前に比べ、保護者対応が困難になってきている現状においては、保護者の理解を得るには多くの苦労が伴うかもしれない。

少子化ではあるものの、保育教諭が不足している状況が続いており、こども園が提供するサービスの安定供給が求められることを考慮すれば、この問題を社会の課題の1つと捉え、保護者を交えて検討していく必要があるかもしれない。

(2)研究上の含意:組織内部における公平性

研究上の含意についても見ていこう。賃金の決定原則には、内部整合性(internal alignment)と外部競争性(external competitiveness)の2つがある(Gerhart 2023)。前者は、組織内の整合性、つまり組織内の従業員間の公平性を重視するものであり、後者は組織外の賃金水準との関係(採用競争力)を意識するものである。日本の正社員(正規職員)の賃金は組織内のルールに基づいて決定されており、内部整合性が重視される(前浦2025)。こうした日本の賃金決定方法は、X市のこども園の賃金制度や処遇改善事業の運用にも垣間見ることができる。

私立園の賃金制度や処遇改善事業の運用を見ると、各園の賃金制度は独自の制度になっている。各園の賃金制度の下で、保育教諭は毎年昇給していく。ただし、その昇給額には、人事評価結果が反映されておらず、勤続年数が同じであれば、昇給額に差はつかない構造になっている。また、処遇改善事業の運用を見る限り、処遇改善Ⅱについては、特定の役職に就く保育教諭に限定する園があるものの、処遇改善ⅠとⅢについては、給食調理員やバスの運転手等の保育教諭以外の職種に加え、非正規雇用労働者も支給対象としている(図表1)。また、園によっては、役職のない保育教諭にも処遇改善Ⅱを支給したり、処遇改善Ⅱの支給対象外の教職員には、支給対象の教職員より、処遇改善Ⅰの金額を高く設定することで、少しでも教職員間の処遇改善額の格差を縮小しようとしたりしている。

こうした賃金制度と処遇改善事業の運用になっている背景には、可能な限り、職場内の公平性を確保したいというこども園側の思いがあると考えられる。

しかし、一方で、私立園Bや私立園Cでは、内部整合性を重視し過ぎた結果、弊害が生じた。私立園Bでは、処遇改善Ⅱの支給を受けていないベテラン保育教諭が、自分より勤続年数が短い教職員が処遇改善Ⅱの支給対象であることに不満を抱いている。こうした不満の原因は、勤続年数を基準とした「年功」に対する意識が強いことにあると考えられる。私立園Bでは、毎年、事務職員が説明を行っているものの、その不満は解消されることなく残り、それが事務職員の精神的負担となっている。

私立園Cでは、同じ社会福祉法人が運営する介護施設で働く職員との均衡を考慮し、介護職員には処遇改善Ⅱに該当する事業がないことや、処遇改善Ⅱを受ける場合、給与の逆転現象が生じかねないこと3.を理由に、処遇改善Ⅱの申請を行っていない。他の私立園の保育教諭には、処遇改善Ⅱが支給されており、それが同園の保育教諭の賃金に対する不満になっている。このように、内部整合性を過度に確保しようとすると、組織内の整合性を図るためのコストがかえって大きくなる可能性がある。

1. 残りの4人の中には、管理職に昇進したことで、業務が増えたため、処遇改善効果が薄れてしまった保育教諭が含まれている。そのため、4人が処遇改善を実感していないことは、事業の課題であるとは言いがたいところがある。

2. 初任給の金額は、市役所や病院の採用情報に記載される金額である。その金額に含まれる手当の違いなどがあるかもしれない。

3. 処遇改善Ⅱを受ける場合、副主任に4万円の手当が支給されることで、主任よりも給与が高くなることが考えられる。

政策への貢献

既存の施策の実施状況の把握及びその評価/EBPMの推進への貢献に活用予定。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」
公共サービス産業における雇用や労働条件に関する研究

研究期間

令和7年度

執筆担当者(執筆順)

前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 副主任研究員(執筆当時)
小尾 晴美
中央大学経済学部 助教

お問合せ先

内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。