パネルディスカッション

パネリスト
大石 亜希子、中野 円佳、桂山 奈緒子、高見 具広
コーディネーター
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長
フォーラム名
第131回労働政策フォーラム「時間帯に着目したワーク・ライフ・バランス─家族生活と健康─」(2024年3月2日-6日)

トピック1:時間の貧困

濱口 今回のフォーラムの企画を最初に考えていただいた大石先生から、議論するうえでのトピックを4点いただきました。

1つ目は、浦川先生が提起した「時間の貧困」という概念です。貧困というのは、もちろん社会政策において中核的な概念ですが、単なる所得の貧困、経済的な財が少ないということだけでなく、社会関係や文化的な問題といったことも最近議論されるようになってきています。ただ、時間貧困という概念を耳にしたのは、実は今回が初めてで、非常に目を見開かされるような思いがしました。

浦川先生ご本人はこのパネルディスカッションに加わりませんが、まず、この時間の貧困という概念を中心に議論を進めていきたいと思います。大石先生からこの問題についてコメントをいただければと思います。

背景に日本の労働市場の構造的な問題

大石 時間貧困の問題との関連では、浦川先生や桂山さんからの報告にもあったように、特にひとり親世帯が時間と食の両方の貧困状態にあるということが明らかになっています。その背景について少し考えていきたいのですが、第1に、日本の労働市場に存在する構造的な問題があるかと思います。

具体的に言うと、男女間の賃金格差が非常に大きい。先進諸国の中でも、韓国に次いで男女間の賃金格差が大きいことが知られています。となると、同じように1時間働いても、女性の場合には稼得できる賃金が少ないという問題があり、それがなかなか貧困からの脱出を困難にしている面があります。

また、日本の労働市場にはもう1つ、特有の問題として正規と非正規のギャップがあります。女性は比較的、非正規で働く人が多いということもあり、正規と非正規の間での賃金格差も影響してきます。

桂山さんの報告の中で「現場の声」が紹介されていました。養育費の取り決め率が低く、支払い率も低いことに対して、政策的に徴収強化が打ち出されている現状にはありますが、まだ具体的なスキームができあがっていないということもあるかと思います。

中野先生がおっしゃったような、父親も母親も子どもの教育に関わりたい、しかしながら、2人ともフルタイム勤務をしているため、帰宅後の時間が押せ押せの状況になっている。そういった場合に、時間をお金で代替しようと思っても、中野先生の研究成果が示した、外部化が子どもの教育にそれほど有効ではないという点は、非常に興味深いと思いました。

そして、桂山さんの報告にあった、「こども宅食」により増えた自由時間の平均が30分程度だったという結果は、短いようですが、大きなインパクトだと思いました。ひとり親世帯などの困窮世帯の時間創出に貢献しているという、とても目を見開かされるような話でした。ただ、それがどのようにして可能となっているか、ファイナンスの面もありますし、NPOの共助というスキームの中で行われていることについても多少思うところがあります。桂山さんからも、あるべき政策の方向性などについて、お話をうかがえたらうれしいです。

課題が重複する前の予防的支援が必要

濱口 まさに所得の貧困があるがゆえに時間も貧困になっているという実態をずっと見てこられた桂山さん、コメントをお願いします。

桂山 課題が重複した、より困難なご家庭の特徴というのが、報告の最後に紹介した3つのケース、①仕事・病気・子どもの関係・教育・情緒不安定が重なる②信頼構築に時間がかかる③困っているという自覚がない──なのですが、そこから精神的に苦しくなってしまって、さらに無職や働けない状態にまで陥ってしまうと、より一層問題を解きほぐすのが困難になるというのが今の実感です。課題が重複した状態に至る前に、どのようにしてそれを食い止められるかという予防的支援が必要だと思っています。

濱口 長時間労働のなかで、時間貧困がむしろ日本の労働者社会の特徴となっていたと思います。男女が同じように長時間労働になっていくという最近の傾向の中で起きている時間貧困という問題について、中野さんはどう考えますか。

親の勤務環境や子どもの特性も考慮して考えるべき

中野 最初に、今の質問に答えながら報告のフォローをしたいのですが、先ほど報告した内容は、どちらかというと帰宅時間に注目して、学力と自己肯定感などを見ています。やはり、あれでは少し不十分だと思っている点もあり、大石先生の報告にもありましたが、親の仕事の特性も帰宅時間だけで見るものではなく、シフト制勤務なのかどうかや、オンコールワークが求められるのか、コロナ禍の後でもリモートワークが可能かどうか、といったことが重要だと思っています。

また、子どもの特性もあります。学齢期になれば長期休みもありますし、乳幼児期と違い、学習のフォローが必要なタイプの子とそうでない子が出てくる。あるいは、支援学級や支援学校に通っているお子さんなのかどうか、そうでなくても、いじめなどのトラブルを抱えていないか、不登校かなど、子どもの特性や置かれている環境と、親の働き方の組み合わせとしてはいろいろなパターンがあり得ると思っています。ですので、時間の貧困が、絶対的な時間だけではなく、親や子がどういう特性を持っているかということも本当は考えていかないといけないと思っています。

お金による外部化で解決という簡単な問題ではない

共働きで長時間労働しているパワーカップルや総合職どうしの世帯についてみると、2000年代はじめの頃の先行研究だと、どちらかというと中学受験は専業主婦のサポートによって成り立つというような研究結果が中心だったと思います。ですが、最近はどちらかというと、お金で解決しようとして、大手の受験塾に行かせて、かつ、その宿題のフォローを家庭教師や個別指導で解決しているご家庭もあると思います。

これをどう評価するかですが、子どもにとっては、塾のスケジュールに従って、寝る時間が後ろ倒しになる。それによる子どもへの影響が気になりますし、そうした勉強に追い立てられることで学力を確保できることがはたして解決になっていると言えるのか。また、社会としてそれでいいのか。

体験格差の話もありましたが、家族の資源によって得られることに差が出てしまうみたいな現状があり、お金を使って外部化できるようになっているから、それでいいね、という状態ではないと感じています。

大石 よろしければ付け加えたいのですが、今の世の中では、知識量よりも、どちらかというと非認知能力が重視されるようになってきています。子どもの教育においても、非認知能力を涵養するうえでは小さい頃からの豊かな体験が必要などと言われるようになってきています。意識レベルの高い親はそれをよく知っているがゆえに、子どもに対してかなり多くの時間を投入するようになってきています。

一方、そういうことがわかっていても、時間を使いたくてもなかなかできないという家庭もあり、子どもの間での格差が広がりつつあるのかなと、お二方のお話を聞いて思いました。

濱口 私も実は今回、中野さんの報告で「仕事と教育の両立」という言葉が出てきて、いろいろな両立の問題があるなかでそういう切り口もあるのだなと思いました。

しかも、中野さんのおっしゃる仕事と教育の両立というのは、全部が全部、パワーカップルではないにしても、夫婦両方とも仕事を持って、その仕事がかなりデマンディングであるがゆえに両立が問題になる一方で、まさに桂山さんが言うように、所得が低くて、生活もとても苦しいなかで、子どもの教育をきちんとしていかなければならない。その間の矛盾が露呈しているという、本当に今の日本社会の諸相が見えてくるようなトピックだったと思います。

トピック2:時間帯という観点からのワーク・ライフ・バランス

濱口  2つ目のトピックに入っていきたいと思います。2つ目は、時間帯という観点からワーク・ライフ・バランスを捉えようということです。

今までのワーク・ライフ・バランスの議論ではどうしても、労働時間の長さに焦点が当たっていました。そこに大石先生が時間帯という概念を提起されたわけですが、昔、EUの労働社会政策の本に「アンソーシャル」という言葉が出てきて、日本でも流行すると思ったら全然はやらなかったことを思い出しました。これまで日本では、長時間労働が問題だという視点だけでワーク・ライフ・バランスを議論していたことに、実は問題があったのだろうと思います。

時間帯という議論のカテゴリーが今まで日本に全くなかったかというと、実は必ずしもそうではありません。均等法以前、女性は深夜業が原則禁止という時代がありました。ただ、当時は、「ソーシャル」でないという観点ではなく、健康に害があるという、サーカディアンリズム(概日リズム)との関係で問題にされていました。

この問題については、当機構の高見さんが第1部で報告したように、過重労働の健康への影響の観点で分析していることもありますので、ぜひ高見さんから一言コメントをいただければと思います。

日本の場合、非典型時間帯就業は残業の問題でもある

高見 今回の労働政策フォーラムは、あらためて非典型の時間帯の就業は何が問題なのかを考える良い機会になりました。

まず、非典型とはどういう時間帯なのかというと、濱口さんがおっしゃったように、深夜業が1つありますが、ワーク・ライフ・バランスの観点から問題になる時間帯には夕方以降も含むので、深夜の時間帯よりは広い範囲を指します。

研究報告では、18時以降の時間帯に、どういう人が就業しているのかということをお話ししました。22時以降の深夜業であれば、警備・保安、配送・輸送・機械運転、製造業のシフト勤務など、特定の職種に偏っていることがわかりました。業種でみると、運輸業、宿泊業、飲食業などで多い。ここで、18時以降の勤務に範囲を広げると、結構いろいろな職種が入ってきて、管理職や専門職でも多くあります。この中身には、残業が多く含まれることが、容易に想像がつきます。

帰宅時間の国際比較に関する過去の調査を参照すると、アメリカやフランスといった国は平均的な帰宅時刻が18時台なのに対して、日本の場合は、男性は20時以降が多い。日本の場合はもともと、男性・正社員では夕方以降も残業があり、通勤時間も長く、帰宅するのが午後8時、9時、10時などとなる場合が少なからずありました。今はフルタイム勤務の女性も増え、そうした働き方に男女とも直面し、共働きだと子どもの世話や教育はどうするんだという話があらためて問題になってきたんだと、非典型時間帯の就業に対する社会的な関心の高まりを受けて、私自身は認識したところです。

女性は家庭責任の意識が強く、夕方以降の仕事がよりストレスに

研究報告では、ワーク・ファミリー・コンフリクトという両立困難度についても紹介しました。

例えば夕方以降まで仕事をして、夜8時や9時に帰ってくると、家庭生活との両立に困難が生じやすくなります。具体的には、生活時間の質が問題で、仕事役割が重いことによって、限られた時間の中で家事・育児をこなそうと、とてもストレスフルな家庭生活になる。

また、調査では、家庭役割による仕事への負の影響というワーク・ファミリー・コンフリクトが、女性の特に18時以降勤務をしている人で高いこともわかりました。この背景については、性別役割規範が残るなかで、女性のほうが強く家庭役割を意識し、しっかりこなそうとするなかでストレスが仕事にも影響すると考えられます。

帰宅時間は昔から残業の問題として議論されてきましたが、特にフルタイムの女性においてワーク・ライフ・バランスの問題が深刻化していると感じました。

子の帰宅後から寝るまでの時間でしかできないこともある

濱口 パワーカップルというほどではないにしても、夫婦がともに正社員として働くなかでの矛盾というものをご覧になってきた中野さんから、この問題についてコメントいただければと思います。

中野 家事はある程度ためて行うこともできるけれども、ケアはためておくことはできないとよく言われます。子どもが学齢期に入ってからも、学校や学童保育から帰ってきて寝るまでの時間は限られており、やはりその時間帯にいるかいないかということがかなり影響します。

学習フォローが必要なタイプの子も一定割合います。学校も、1学級あたりの担任の先生が持っている人数が都市部では多く、先生たちもそれほど細かく生徒一人ひとりを見られない状況があり、実質的には親がフォローしなければいけない状態になっている。

加えて、友達とのことなどについて、夕飯を食べながら話を聞くなどというのは、学校から帰った時から寝るまでの間に起こることですが、父親の帰宅はなかなかそれに間に合っていない。母親も、父親の分を補ってやっているけれども、それができていない場合に、自分のせいで子どものケアができていないというような罪悪感を抱きがちになるということが、起こっていると思います。

濱口 桂山さんは、所得貧困があるがゆえに時間貧困になっている家庭について、夏休みの体験格差などのお話もされましたが、「時期」という観点からのワーク・ライフ・バランス問題についてもコメントをいただければと思います。

課題重複家庭ではさらに、暮らしを維持するための仕事もある

桂山 中野さんのお話を聞きながら考えていたのですが、困窮家庭や課題重複家庭においては、家事や勉強のフォローの話に加えて、子どもや親自身の暮らしや健康を維持するためにしなければいけない仕事みたいなものが、健常家庭や課題が少ない家庭よりも多く、それを処理する時間が足りていないと強く思いました。

しかも、処理するために行政の窓口に行かなければいけなかったり、行ける時間ができてもそのときは窓口が開いていないというような不一致が起きて、困窮の重篤化が進み、課題がどんどん根深くなっていくというようなことが起きていると思いました。

私たちは、24時間対応できるようにデジタルやオンラインの相談を行っているのですが、そういった支援がないと、時間の貧困によって起きる課題解決の遅れみたいなものを取り戻すことは難しいのだと考えています。

男性と女性でソーシャルの捉え方が異なっていた

濱口 大石先生、皆さんの発言内容もふまえてコメントをお願いします。

大石 さきほど濱口さんからお話のあったアンソーシャルという言葉がまだ頭に残っています。ではソーシャルは従来、何と考えられていたのかと考えてみますに、男性と女性とでソーシャルの捉え方が違っていたのかなと思いました。

例えば男性の場合、従来の昭和的な会社員の人生であれば、会社にいて、同僚と飲みに行くなどといったことがソーシャルであると考えられていたかもしれませんが、その一方で、地域などでは男性の姿がほとんど見られない。PTAでも男性の参加は少ない。

ですので、こうした面も含めたソーシャルということを考えていく必要があり、そのためには、アンソーシャルな時間帯に働くことについての視点というもの、あるいは政策対応というのを考えていく必要があると思いました。

高見さんの報告との関係でいうと、この問題について実際に研究していると、海外の文献や研究では夕方6時頃以降を非典型としています。日本で同じような定義にして発表すると、たいていの日本の人たちからは「6時、7時台って何が非典型なんですか」と言われてしまう。そうしたコメントが多いので、1時間刻みで帰宅時間の影響なども見るわけですが、やはり海外で非典型と考えられているものが日本ではまだ受け入れられていない。

とはいえ、子どもの生活時間はどこの国でも似たようなものだと思いますので、夕方以降の時間帯や週末を非典型と呼ぶ考え方をもう少し日本に広げていきたいと思っています。

定時に帰ることの定着が根本的に大事

私が投げかけていいのかわからないのですが、中野さんの著書を読んでいてとても納得がいったところがあります。「育休よりも定時帰り」ということを中野さんは著書でかなりおっしゃっていて、例えば男性と女性の家事・育児分担を考えるときに、育児をすることの負担は同じ1時間でも、例えば夕方6時~7時の間にいて行うのと、休日の昼の1時~2時にいて行うのとではかなり違うのではないかと思います。そのあたりのことについて中野さんがどのようにお考えか、もう少しお話しいただければと思うのですが。

中野 おそらく大石先生が読まれたのは、育休を男性が取るよりも、そもそも2週間、普通に定時で帰って、保育園にお迎えに行って、生活を回すというのをやってみてほしいみたいなことを書いた箇所だと思います。

保育園のお迎えもそうですし、子どもが小学生になってもメンタルケア、学習フォローもしながら夕飯の準備もして、寝るまでの間、世話をするということはどちらかというと女性がやりがちで、子どものほうもそれが積み重なると、「母親じゃなきゃ嫌だ」みたいになる。そもそも子どもがいない人も定時に帰れるようにするべきだと思いますので、定時に帰るということが定着することは根本的にとても大事なことだと思います。

トピック3:労働者と家族の健康をどう守るか

濱口 3つ目のトピックに行きたいと思います。3つ目は、労働者と家族の健康をどう守るかです。

裁量労働制や在宅勤務が広まっていくなかで、労働者の自律性、裁量性が確かに増えてきていますが、その自律性というものが逆に問題の原因にもなっているかもしれません。高見さんからぜひコメントをお願いします。

睡眠時間の量と質を確保すること

高見 長時間労働が健康にとって問題ということは広く知られていますが、あらためて健康障害をもたらすような働き方とは何かを考えるときに、1つは、睡眠時間を確保できるかが基準になります。

過労死等の労災認定基準で示される時間外労働の長さも、睡眠時間を確保できるかが1つの根拠と理解しています。では、どういう働き方が睡眠時間に関わるのか。労働時間が長過ぎて睡眠の時間を制約してしまうということは当然あるわけですが、それ以外にも問題となる働き方があります。例えば夜勤等の就業時間帯も睡眠に大きく関わりますし、不規則勤務によって睡眠の量や質を確保することが難しくなることは容易に想像できます。拘束時間が長くて休息時間を確保できないような勤務もあります。

休息時間を確保するという観点から、最近の動きとして、勤務間インターバル制度という政策も進められています。1日の勤務終了後、翌日の始業時間までに一定の休息時間を確保するという制度で、疫学の研究でも、勤務間インターバルが睡眠の量や質、あるいは健康に影響することが示されています。

生活時間や健康の確保に関わる働き方として、大都市部では長い通勤時間の問題もあります。ただ、通勤時間について、どう政策を打てばいいか難しい面があります。どこに住むかは基本的には各自が選択するものですし、企業の労務管理でどうこうできるものでもない。この点、通勤時間を削減できるリモートワークの推進は、生活時間の確保の観点からは有効な施策と言えそうです。

リモートワークをはじめとした柔軟な働き方に関しては、柔軟性や裁量性がうまく機能するかどうかが問題です。この点、「自律性のパラドックス」という言葉があり、労働者自身が労働時間や日々の業務の進め方を調整できるなら自然と働きやすくなるはずなのに、実際は働き過ぎになってしまう場合があることが問題になります。

どうしてかというと、1つには、実質的な裁量が乏しい場合が考えられます。こなさなければならない膨大な業務量が決められていて、いくら働き方に柔軟性があっても長時間働かざるを得ない場合です。もう1つは、自分でコントロールできたとしても、例えば深夜や休日でもメールをチェックしたり文書作成したりするような、オン・オフの時間の区切りをうまくつけられない場合があります。働く時間や場所の面で柔軟な働き方でも、時間の区切りがなかなか難しく、ワーク・ライフ・バランスの観点から問題になります。

健康と仕事の両立に柔軟な勤務を活用できれば

濱口 先ほど、男は育休なんか取るぐらいだったらちゃんと定時に帰るということをちらっとおっしゃった中野さんから、この問題に一言コメントいただければと思います。

中野 濱口さんが従前からおっしゃっている、ジョブ型か、メンバーシップ型かというところが大きいのではないかと思っています。この職務をこの期間でやればいいというところが明確になっていれば、時間の使い方は自分でコントロールできる。職務や期間などが明確に規定されていないと、何となく「長くいたほうがいいんじゃないか」となったり、リモートワークだからってサボっていると思われないようにずっと仕事するというようなケースが出てきてしまうのかなと思いました。

ただ、冒頭に申し上げた子どもの特性などについて少しお話しさせていただくと、最近、私も小学生の親の悩みなどをヒアリングしていて、発達に遅れのあるお子さんを持っていたり、不登校の子を持っているお母さんもいらっしゃいます。朝、登校時間が過ぎた頃に学校の前を通ると、学校の2メートルくらい手前でうずくまってしまうお子さんもいて、それに寄り添っているのはだいたいお母さんです。不登校などの場合も、自傷行為などをする可能性があるなどの深刻な状態になると、学齢期といえど目が離せなくなる。そういうことが、親の就労断念まで進むこともままある。

では母親が仕事を辞めたらそれで解決するかというとそうとは限らなくて、むしろ親子で行き詰まりを覚えてしまうということもあると思います。そうしたときに、リモートワークなどで何とかつなぎながら、家族の健康と仕事を両立させるというようなことが増えてほしいと思っています。

増えるネガティブ理由でのリモートワークや就業形態の変更

濱口 桂山さんは、いま中野さんが言われたような障がいを抱えるお子さんを持つ家族からのご相談も受けていると思います。そうした家族を抱える労働者の問題という観点でコメントをいただければと思います。

桂山 中野さんがおっしゃっていたようなケースの相談を受けることが、今とても増えています。不登校はすごい数で増えています。

リモートワークなども、ネガティブな理由で選択しています。また、非正規やパート、業務委託という形に就業形態を変更される人がとても多く、それによって、収入が減ったり、キャリアが積み上がっていく感覚が得られなくなって、メンタル的にもつらくなってという悪循環が生まれていると感じています。

予見可能性が低下することの健康への影響も重要な視点

濱口 大石先生、今までのお話をふまえて、独自の観点も含めてコメントをお願いします。

大石 少し自分語りになってしまうのですが、私は、子どもが小学4年生になって学童がなくなるところの境目で大学に転出しました。そのほうが夏休みの子どものケアをできるのではないかと思っていたのですが、実は大学教員に夏休みはないということが後でよくわかりましたし、週末も入試や研究で働くことが多いのです。そういう経験をふまえると、ワーク・ライフ・バランスを達成するうえでは、定時が決まっている働き方のほうがやりやすいことに気がつきました。

今、労働研究の世界でも予見可能性がかなり注目されるようになっています。いつ仕事が入るかなど、スケジュールの見通しが立つことがワーク・ライフ・バランスを実現するうえで重要なのですが、現実的には世界的に労働のスポット化が進んでおり、いつ仕事が入って、いつ休みが取れるのかとかいうことがなかなか見えない働き方をせざるを得なくなってきている。それがまた労働者や家族のメンタルにも悪影響を及ぼすというような研究も増えてきているので、そうしたなかでどのようにしてメンタルを含めた健康を守っていくのかを考えていくことは、新たな問題としてますます重要性を増していると思います。

時間帯との関係でいうと、過去に、週休2日制が普及する過程で、定時の終業時刻が後倒しになり、それによって保育園のお迎えに間に合わなくなるといったことがありました。ですので、何か政策を実施する場合は、もう少し、時間のトータルでの長さだけではなく、時間帯がどのような影響を及ぼすのかに注目していくということも重要ではないかなと考えた次第です。

トピック4:労働政策や企業の人事労務管理には何が求められるのか

濱口 最後のトピックです。これまでの議論をふまえて、政府の労働政策や企業の人事労務管理にはどのようなことが求められるのでしょうか。高見さんからお願いします。

働き方改革では業務量や業務の進め方の見直しも重要

高見 昔からの問題に戻ってしまうのですが、残業の削減が、働きやすさを高めるうえで取り組むべき課題であることに変わりはありません。働き方改革関連法が施行されているなかで、実態として働き方は良くなっているのかが、今日問われています。

企業の管理職へのヒアリング調査からは、働き方改革として、ノー残業デーに人事や組合が見回りに来たり、強制消灯や強制的なPCオフを行うなど、厳格な措置を講じて残業を減らす取り組みを行っている企業もありました。ただ、一般社員の残業を減らそうとするあまり、管理職をはじめとした一部の人に業務負荷が偏ってしまったなどの課題が生じた例もありました。また、時間になると会社から強制的に締め出されてしまうなか、業務をこなすために持ち帰り残業によって対応しているという例もみられました。

働きやすさを高めるためにこれから求められることとして、残業時間管理はもちろんですが、それだけでなく、残業のない働き方の実現のために業務量や進め方をどう見直すかも大事な論点だと考えています。

もう1つは従業員の健康管理のあり方です。企業において、実際に従業員の健康をどう把握・管理するかというのは難しい課題です。というのは、健康はプライバシーに関わるからです。そうした難しさの中で、会社や管理職としてできることは、社員が抱えている悩みやストレスに丁寧に耳を傾けることかもしれません。それは例えば仕事上の悩みもありますし、生活上のこともあります。会社や上司が適切なコミュニケーションをとって、個々の状況に合った働き方を見つけ出していく。社員の働きやすさや働きがいを高めるための、もう一段進めた働き方改革が必要だと考えています。

企業はまだまだ小学生だから大丈夫と考えているのでは

濱口 中野さんには、とりわけ企業の人事管理に望むこととしてどんなことがあるかという観点でお話しいただければと思います。

中野 2点コメントします。1つは人事管理という観点です。私もいろんな組織形態を見てきましたが、あらめて、本人の状況や希望、専門性、強みなどを無視した形の人事異動はとても効率が悪いと思います。

もう1つは、子どもを持つ労働者の観点です。やはり企業には、子が小学生になったら「もう大丈夫だよね」みたいな感じがまだまだあるのではないかと思います。もちろん大丈夫な子もいますが、本当にかなり家庭によって状況が違いますので、乳幼児期が済んだらまた「24時間働けますか」という状況に戻さない人事管理や、ケアをできるような人事管理ができるといいと思っています。

単なる就労ではなく生き生きとした就労をめざす

濱口 桂山さんからは、ご紹介いただいた困窮家庭が今日の日本社会で生活していくうえで、どのような課題があるかということを中心にお話をいただければと思います。

桂山 ひとり親支援や福祉の世界でも、とにかく就労するということに頑張ってきていると思いますが、単に就労するだけではなく、いかに生き生きと、かつ生産性高く働けるかということをより追求する必要があるなと思っています。

消極的な選択による非正規やリモートワークでは、やはり生き生きとしていない可能性もありますし、それによって、課題の重篤化が防げない状態が続けば、結局、そのツケは子ども世代に回ってくる。時間貧困の再生産みたいなものが起きないようにするにはどうしたらいいかをまさに考える必要があると、今日皆さんのお話を聞いてすごく思いました。

政策の面でも時間帯の問題に着目すべき

濱口 大石先生には、ここまでのお話をふまえて締めの形でコメントをいただければと思います。

大石 時間の貧困というのは一見、時間帯の問題とあまり関係がないようにも見えますが、実はとても深く関連している問題です。家庭や生活の中でケア役割を果たしていくことや、健康を守るということを達成しようとすれば、やはり特定の時間帯を守っていくことが必要になる。

そういうことにどのように対応していけばいいのかということですが、これまで総量的な労働時間についての規制がメインでなされてきたということをふまえると、やはり、健康政策の面でも労働政策の面でも、時間帯の問題に注目していくということが必要なのではないかと思います。

また、時間とお金がトレードオフになっているわけではなくて、両方とも貧困な状況にある方々のお話をうかがって、ある面、そこに自立を求め過ぎるというのも問題であると思いました。そういうところについては、やはり公助のシステムを持っていく。公的な支援という立場というのもやはり出てくる必要があるのではないかなと思いました。

濱口 ちょうど時間になりました。今日は大石先生の発案でこういう観点からの労働政策フォーラムを開くことになりました。多角的な観点からのご指摘やコメントをいただき、ご覧いただいている皆様にとっても、このテーマを考えるうえで役に立つ素材になったのではないかと思います。本日は、ありがとうございました。

プロフィール

濱口 桂一郎(はまぐち・けいいちろう)

労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長

1983年労働省入省。労政行政、労働基準行政、職業安定行政等に携わる。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授等を経て、2008年8月労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員、2017年4月から現職。著書に『新しい労働社会』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『若者と労働』(中公新書ラクレ、2013年)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)、『日本の労働法政策』(労働政策研究・研修機構、2018年)、『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書、2021年)などがある。

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