パネルディスカッション:第71回労働政策フォーラム
現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング
(2013年12月6日)

写真:壇上の講演者の様子

パネリスト
寺山 昇
埼玉労働局職業安定課企画・調整室長
石川 邦子
日本産業カウンセラー協会東京支部キャリア関連講座部部長
番田 清美
東京学芸大学学生キャリア支援センター特命准教授
石川 拓夫
日立ソリューションズCSR統括本部ブランド・コミュニケーション本部本部長
コメンテーター
川﨑 友嗣
関西大学社会学部教授
コーディネーター
下村 英雄
労働政策研究・研修機構主任研究員

下村研究員

下村 これより、パネルディスカッションに入ります。先ほど各パネリストからご自身の専門領域について、今後の課題や可能性についてご報告いただいたところですが、この場では、「多様化する個別キャリア支援とキャリア・コンサルティング」をテーマにそれらの内容をさらに一段掘り下げて議論します。

現代社会においてキャリア・コンサルティングを行うにあたっては、対応すべき問題が多々あり、ご来場の皆様も解決に向け、日々模索しているかと思われます。この場では、ご来場の皆様からあらかじめいただいた質問に各パネリストが回答する方式で進めていきたいと思います。いただいた質問の内容は大きく2つに分類できます。1つは組織内で個別支援を行う際、他部門との連携をどのように行うべきか、また、その中で自分の立ち位置はどうあるべきかという質問。もう1つは個別支援が困難な事例への対応方法についてです。

では、まず、1つ目の質問について、番田さんから順にコメントをお願いします。

テーマ1 組織における個別キャリア支援の立ち位置

番田准教授

番田 大学生の本業はあくまで学業であることを踏まえると、学生に対するキャリア支援は、学業、それから将来の就職と切り離して考えることはできません。ですから、支援に際しては、講義を通じて学生のことをよく把握している教員とどれだけ連携をとれるかが大きな鍵になります。

学内を見渡すと、1つの企業のように、総務があり、人事があり、専門性を身につけた講師陣がいます。こうした内部の資源と連携し、活用することが重要と感じています。

連携に際して問題となるのが、これを司るハブ的な部分をどこが担うかという点です。通常、大学という組織は、各部門が縦割りになっているため、連携が困難です。しかし、学芸カフェテリア事業は、もともと文部科学省の学生支援GPから立ち上がった経緯もあり、柔軟に運用することが可能なことから、ハブ的な役割を果たしています。

さらに、学芸カフェテリア・オフィスは、学生たちのサロン的な場所となっています。また、ソフト面でもハード面でも、連携を行いやすい、柔軟性の高い場所となっています。

石川(邦) 私は、産業カウンセラーとして、各企業で働く方々と関わっています。問題の解決に向けては、個々の従業員への対応だけではなく、その方が今悩んでいる環境への働きかけも重要です。したがって、各企業の人事部門には、現場で起きている課題や問題に加え、これに関連する職場環境の問題もフィードバックするように心がけています。

組織との連携が重要

下村 今後、環境への働きかけはキャリア・コンサルティングにおける一大テーマになるものと思われます。カウンセリングに関する研究分野においても、アドボカシー、組織への働きかけは課題と認識されており、今後、研究が活発になるのではないでしょうか。

石川(拓)本部長

石川(拓) 企業内で関連部署と連携して問題解決を図っていくことが企業内カウンセラーにとって非常に重要なタスクで、これを行わないと社内での有用性が認められません。個々のクライエントに評価されることも重要ですが、経営上、必要な機能として課題解決を図るという意識が必要です。ここが外部のEAPサービスと違うところです。

ただ、注意しなければならないのは、相談者がメンタルヘルスの疾患を患っており、本人に自覚がないような場合です。カウンセラーは、自分の職域を超えた部分については、専門家にリファーする必要があります。そのあたりの見極めをどのように行うかは、今後、企業の中でノウハウを蓄積していく必要があると感じています。

どのような立ち位置で、企業内カウンセリングを行うのが適切かとの質問については、可能であれば、まったく中立的な立場でカウンセリングの組織を設置するのが一番よいのではないでしょうか。

寺山 連携に際しては、日頃から連携先との信頼関係を築いていることが重要です。たとえば、障がい者関連でいえば、区役所や障がい者関連の支援機関と「顔の見える」関係構築を図りながら、いざという時は、ハローワークが他機関との連携をコーディネートしつつ、チームで支援しています。

米国では、日本のハローワークにあたる「ワンストップ・キャリアセンター」が中心となっていろいろな医療・福祉関係機関を動かして、障がいのある方の強みを活かした仕事を創出していく「カスタマイズ就業」という動きが展開されているところです。

テーマ2 個別支援が困難な事例への対応方法

下村 会場からいただいたもう1つの質問は、発達障害やうつの方など、カウンセリングが困難な事例に対して、どのように対応するかというものです。ここでもパネリストの方々から1人ずつ考えをお聞きしたいと思います。

番田 大学生への支援では、卒業というデッドラインがあり、それ以降は関与できないため、非常に心残りです。

ある学生は、就職先がなかなか決まらず、私たちのところを頻繁に相談に訪れていました。その学生は、うつ症状が出ていたのですが、そのことが志望先企業に知られると採用されないので、なんとか隠したいと話していました。

当時4回生で、砂時計の砂がどんどんなくなっていくような追い詰められた心境だったと思います。しかし、私たちは、「就職してからの時間のほうが長いのだから、うつであることを無理に隠す必要はないんじゃないの」とアドバイスしながら、その学生とつきあってきました。

ただ、うつ症状が出ているということで、学生相談室の臨床心理士にもリファーして、キャリアとメンタルの両面から彼を支援しました。その後、しばらくしてから、学生相談室と互いの情報を交換したところ、相談者の学生が同性愛者であることがわかりました。最近失恋をしたことで、社会で生きていくことへの苦しさを感じていたそうです。

私は、当時、セクシャル・マイノリティーに対する知識が不足していたこともあり、学生の悩みに対して適切な対応をとることができないうちに卒業時期を迎えてしまいました。

つい最近になって、本学にも学生支援室や男女共同参画室ができました。男女共同参画室には、ジェンダーの専門家やカウンセラーが常駐しており、彼らと連携を取ることができれば、こうした問題も解決できたかもしれません。その反省を活かして、今後同じ事例があれば、各部門と連携していきたいと思います。

カウンセラーや人事も知識やスキルの向上を

石川(邦)部長

石川(邦) 先ほどのお話でも少し触れたのですが、発達障害や知的障害であることを本人が認識していない場合、現場のカウンセラーが対応に苦慮したり、もしくは対応方法を間違うケースが多々あります。逆に相談者が医療機関でうつと診断されたと主張していても、実際はそうではなかったケースも最近増えています。そのような中で、カウンセラーが自分の対応のまずさに自信をなくしてしまうことも少なくありません。

このような相談者に対する適切な見立てができるようカウンセリング学会やカウンセラー協会では、実績あるカウンセラーを講師に招き、研修を行うなどして、知識やスキルを身につけさせているところです。

先ほどの報告では、キャリア・カウンセラーだけではなく、企業の人事の方にも知識やスキルを身につけて欲しいと申し上げました。私が支援している企業では、対人関係に向いていないと思われる軽度の発達障害を抱えた従業員が、営業部門に配属された結果、仕事がうまくいかず、自己否定的になってしまうというケースがみられました。人事部門の方には、配属先に関してもいろいろな観点から考えられるようにお願いしたいと思います。

石川(拓) 中高年齢者に対するキャリア支援にも困難が伴います。2000年度以降、少しずつ変化が生じつつあるとはいえ、いまだに中高年齢者の間には、会社や肩書きといった外的キャリア中心の物の考え方が非常に根強い状況です。これをいかに働くことの意義や価値といった内的キャリア中心の考え方に変えていくかが企業内カウンセラーの力量です。そのためには、各従業員に現実をきちんとみせていくことが重要です。

私どもの業界では、とかくスキルが陳腐化しやすい。ただ、1つだけ陳腐化しないものがあります。それが「人間力」や「メタコンピテンシー」と呼ばれるものです。中高年齢者は早くこうしたスキルに着目し、磨いていって欲しいと考えます。

社員は、ある時点でキャリアの方向を乗り換える必要があると思います。しかし今まで企業内の人事制度やそれに準じた処遇に浸かってきた人には非常に難しい。内的キャリアやメタコンピテンシーへの意識転換をカウンセラーの力だけでできるかといえば限界がありますが、それでもやらなければならない問題だと思います。

社内でもう1つ課題となっているのは、20歳代の社員です。我々の分析によると、とくに秀才タイプに多いのですが、彼らは常に物事に正解を求め、キャリアの中にもこの考えを持ち込みます。これについても、カウンセラーが世の中の現実を見せて、いろいろな解があることを理解させることが必要ではないでしょうか。

寺山室長

寺山 障がい者雇用の関係で難しいケースの時は、ベテランのジョブコーチと一緒に支援にあたって来ました。

適切なサポートさえあれば、障がい者の能力は磨かれ、職場にも定着します。ある企業では、発達障がいの方を清掃業務で採用したのですが、企業内の名伯楽ともいうべき人事担当者が彼の適性を見抜いた上で、企業の見学者向けのプレゼンテーションを行う業務にも配置したところ、以前に増して能力を発揮できるようになったこともありました。

川﨑 ここまで各パネリストのお話を伺って感じたことは、個別の支援をいかに組織との関わりの中で進めていくかが今後の重要なテーマであるということです。

これまでのお話の流れをみると、1つは、企業や大学といった恒常的なメンバーで成り立つような組織での話になるかもしれませんが、個別の支援を必要な対象に特化して、適切に運用していこうということだったと思います。この流れからいいますと、組織の中で関わり、立ち位置を確認しながら、困難な事例にどのように対応していくか、そこに1つの専門的な個別支援としての意義が出てくるのではないかと思いました。

支援が必要な学生ほど相談に来ない

大学生を支援する中で課題と感じているのは、本当に支援が必要な学生ほど相談にこないということです。先ほど、石川(邦)さんの報告にもありましたが、大学では主体的な支援ニーズを持っている学生のみを支援し、そうでない学生に対するアウトリーチ(出張支援)は行わないのが一般的です。

そこで、もし、問題の大きい学生に特化した支援の仕組みがあれば、より有効なキャリア支援が可能になるのではないかと思うのですが、この点について、どのようにアプローチすべきか、パネリストの皆様の意見をお聞かせください。

石川(邦) 大学のキャリアセンターで相談にあたるカウンセラーから聞いた話でも、やはり本当に来て欲しい学生が来てくれないとのことでした。

すべての学生に対応できるわけではないのですが、せめてできることがあればということで、私は大学で受け持つ講義の中で、学生とともにキャリアセンターに行って利用方法を学ぶことを取り入れています。

また、先ほどの報告でも申し上げましたが、学生には、企業で働いている人と電話で話すことに慣れていない者が多い。2回生の段階では、就職活動の中でOB・OG訪問が必要になることを知らない学生も多い。私は、担当する講義の中で、学生たちに「近い将来やらなければならないのだから、いまのうちにグループで練習しよう」と無理にでも訪問させています。最初は抵抗感を示す学生も多いのですが、電話でアポイントメントを取り、訪問を終えた学生の晴れやかな笑顔をみていると、やってよかったと思います。就職活動が本格的に始まる前に、自分と異なる年齢の人と接する、または社会を自分の目でみに行くといったことを練習することで、就職活動へのハードルを下げるのは重要なことではないかと感じています。

このように学生たちが苦手だと思っていること、知らないことを避けずに進めば、その先に何かもっといいものがあるということを少しでも体験してもらいたいと思います。

番田 本学は、教員養成系の大学のため、キャリア形成に関する講義がほとんど行われておらず、キャリア支援的なものは講義外で行われているのが実情です。ですから、支援に際しては、自ら足を運んで相談に来る学生しかすくい取れておらず、頭の痛い問題です。

そのような学生は就職活動時期が始まる以前から、大学に来ないなど、兆候がみえており、もはやキャリア支援だけの問題ではないことがわかっています。高校生までは地域社会で生きてきた若者たちが、大学という地域外の遠い世界に出て、大人になる一歩手前の段階で個人として歩むことに恐れを抱いています。

ある学務課の職員は、そんな学生と話をしたり、学生の家の前まで行ってみたり、ご両親と電話で話したり、メンタル的な問題も絡んでいる場合は学生相談室の臨床心理士も巻き込んで、対応するなどかなりの努力をしているそうです。

キャリア・カウンセラーがそこまで学生と関わる必要はないとの考えもあります。しかし、実際、関わることで学生の将来が開けていくのですから、大学は関われるための体制づくりを整備していくことが必要なのかもしれません。

川﨑教授

川﨑 いまお話いただいたような問題は、解決に向けて、個々のカウンセラーの判断にまかせることは難しい部分があります。大学側が組織として、支援体制をルール化し、制度に組み込んでいくことが重要ではないでしょうか。

こうした学生のケースは私の大学でもしばしばみられます。私は現在、大学のキャリアセンターの中で、外部のキャリア・カウンセラーと一緒に学生のキャリア相談を担当しています。ただし、自分が受け持つゼミを受講する学生については、授業で顔を合わせているので、個別に対応しています。

学生の中にはメンタルの問題を抱えた者がしばしば見受けられます。大教室での講義には出られても、ゼミのように少人数で学生同士の距離が近いとなると出られないという学生が最近増えてきました。少人数の授業は、必修なので単位を落とすと卒業できません。先ほど番田さんがおっしゃったとおり、まさに就職、キャリア支援以前の問題です。

昨年、卒業したゼミ生もそのような学生の1人でした。ゼミの教室に入れないというので、私の研究室まで訪ねてくれば、教室まで同伴すると伝えました。てっきり断られるかと思ったのですが、「先生、お願いします」と言うので、さすがに手をつなぐまではしませんでしたが、幼稚園児を送るような感じで教室まで連れていきました。これを2、3回繰り返したところ、彼は一応1人で教室に出られるようになりました。

このようなケースは他にもかなりあるのですが、大学にガイドラインがない中で、すべての教員がそこまで積極的に関わるのは難しく、あくまで一部の人材が個人的に努力しているのが実情です。

企業と大学の接続のギャップの解消を

下村 石川本部長は、長年、人材の採用に携わってきたとのことですが、大学から学生を引き受ける立場として、今の論点について、キャリア支援を絡めてお話いただけますか。

石川(拓) 企業は、新卒採用する際に学生を評価するポイントとして、第一に基礎学力、簡単に言えば、「自分で考える力」をあげます。第二にメタコンピテンシー、言い換えるなら「人間力」をあげます。

一方、いろいろなアンケート調査の結果をみると、学生側が企業に評価してもらいたいポイントは、資格やスキルが一番にあがっています。

今の新卒採用シーンで混乱が生じている理由は、まさにこの企業が求めるものと、学生側が企業に評価してもらいたいもののギャップにあります。ですから、大学のキャリアセンターには、キャリアシートの書き方を教えることも大事ですが、社会が何を求めているかを学生自身にきちんと考えさせる機会を早くから持たせ、人間力強化などを意識して取り組むように指導すべきではないでしょうか。

このギャップがあるからこそ、学生は「なりすまし」に走り、自信のない人間力などをさもあるように振る舞うわけです。面接では、このなりすましをいかに暴くかが重要になっています。企業も学校、学生も、まったく生産性のないことにものすごいエネルギーを費やしている状況です。

今後、企業が求める人材と学生が評価してもらいたいポイントのギャップが生じないように産学連携で支援すべきだと思います。

グローバル競争が一層進展する中で、学生に対してどこまで手を差し伸べるかとの議論をしているのはおそらく日本だけではないでしょうか。こうした現実も踏まえて、多くの現場で議論していただきたいと思います。

寺山 先日、ある大学で就労支援サービス論という講義を担当しました。その中で、労働基準法や最低賃金法に関するクイズを行ったのですが、驚いたことにほとんどの学生が労働基準監督署を知りませんでした。現在、埼玉労働局では、いろいろな大学で労働法規に関する出張セミナーを行っているところですが、今後さらに学内で労働に関する知識を学生に付与する機会を増やしていくことが必要と感じました。

また、就職活動について、親子で話し合いの機会を持つことも重要です。私自身も、長男・長女が就職活動をしている時は、エントリーシートの書き方を教えたり、働く意義について話し合うなど以前に比べて親子の会話の機会が増えました。

川﨑 先程、石川(拓)さんがおっしゃっていた大学と企業の接続に関する議論ですが、私自身もなぜこのようなギャップが生じるのか常々不思議に思っています。

私は学生たちに常々、「ちょっと頑張った程度で取得できる資格を持っていても就職で有利になることはないよ。どうしても身につけたいことがあって資格を取るのはいいけれど、就職の手段として取る必要はまったくないよ」と話しています。自分が選んだ大学の中で、充実した学生生活を過ごし、さまざまな人と出会い、社会経験を積むことにより、自分の選択肢をより大きく育てることが次の選択につながっていくということも説いているのですが、依然、ギャップは生じています。

大学側でも学生に指導をしているはずですが、もしかすると学生たちに誤解させるような情報を与えてしまっているのかもしれません。また、大学とは別の経路で、たとえば、周りの先輩や親から誤った情報を入手することもあり得ます。ギャップが生じることは、企業側、学生側双方にとって大きな損失となりますが、これをどのように解消していくかを考えるべきでしょう。

企業が学生に求める具体的な能力については、経営者団体や経済誌の調査結果では、「コミュニケーション能力」「仕事に対する意欲」「積極性」「協調性」「チャンレンジ精神」などが上位に並びます。

しかし、就職活動中の学生にとっては、面接で何社も落ちた末にやっと内定が1つ取れたという状態では、どのように努力して何を身につけたら、内定につながるのかということがわかりにくい。そのような状況で就職活動を続けているとメンタルに不調をきたす学生も出てきます。

ですから、合否にかかわらず、何らかのかたちで学生にフィードバックする仕組みが必要だと思います。この点について、何かご意見があればお願いいたします。

石川(拓) どの企業においても職務上必要とされる最低限の基礎能力は必ず存在します。面接では、学生がその要件を満たしているか判断しています。この基礎能力を学生にどのように伝えていくかは今後の課題です。

この基礎能力を身につける方法として、たとえば、インターンシップやアルバイトなどありますが、私自身は、地域の活動に参画することが良いのではないかと考えています。さまざまな年代や職業の方達と触れ合うことで、世の中の不条理な部分を学ぶことができ、社会人になってから正解のない課題に主体的に立ち向かえるようになると思います。

労働関連の知識も求められる

下村 キャリア・コンサルティングそのものだけでなく、社会のシステムや体制についてのお話も多くありましたが、今後はこれらが論点になりうるということが会場の皆様にも感じていただけたかと思います。今後、こうした点についても情報発信していくことがキャリア・カウンセラーには必要になっていくのかもしれません。

寺山さんからは、労働関係法規について学生に説明する機会があるとのお話がありましたが、現代社会においては、労働関連の知識もキャリア・カウンセラーに求められるようになってきていることがうかがえました。

時間に若干余裕がありますので、会場の皆様から追加の質問があればおうかがいしたいと思います。

雇用調整局面でのキャリア・カウンセラーの対応とは

質問者 最近、企業が社員を自己都合退職に追い込むために異動させる「追い出し部屋」が話題になっています。企業にとって、辞めてもらいたい人材に対して、キャリア・カウンセラーはどう対応すべきでしょうか。

もう1つの質問は、テレビドラマの「半沢直樹」のように、社員が上司から理不尽な要求をされ、しかもその責任を負わせられるような場合についてです。ほとんどの人は半沢直樹のように「倍返し」などできず、キャリア・カウンセラーに相談にくるのですが、こういった人たちに対してどうアドバイスするべきなのか。

私自身、都内の大学で非常勤講師として、学生に安全衛生関係法令の講義を行っているのですが、必修科目ではないため、学生全体でみると、安衛法を知らない学生のほうが圧倒的に多い状況です。彼らが卒業後、いわゆるブラック企業で酷使され、壊れていく。このような状況において、われわれはどう対処すべきなのか教えていただけないでしょうか。

石川(拓) 追い出し部屋の話がでましたが、私個人としては、企業における雇用調整の局面では、キャリア・カウンセラーは原則、表に立つべきではないと考えています。雇用調整は、信頼関係がある現場のラインで行うことが基本だと思います。キャリア・カウンセラーはそれを側面支援するポジションにいるべきです。もちろん、この自分の立ち位置を理解した上で、自身の責任で、ケースに応じて柔軟に対応することもありうると思います。ただ、何でもキャリア・カウンセラーの職域でカバーできるわけではないということはご理解いただきたく思います。

また、ご出講の皆様からは、メンタルヘルス上の疾病の原因はキャリアへの悩みが起点でないかとご意見もありましたが、日立グループでは、長時間労働が疾病の大きな原因であると捉えています。実際に労働時間の適正化に取り組むことで、疾病の発生率を大幅に下げた実績もあります。

最後に申し上げたいのは、経営の目的は事業継続であり、そのためには、資本である人材のパフォーマンスを最大化することが重要だと言うことです。ですから意図的に人材を損ねるマネジメントを行うことは経営の理にかないません。ほとんどの企業は、重要な経営課題として適正な労務管理や活性化に向け、努力しているのだということをご理解いただきたいと思います。

寺山 たとえば、相談内容が労働関係法規に抵触するものであれば、総合労働相談コーナーや労働基準監督署に誘導するなどの措置をとります。

パワハラへの対応に関しては、厚生労働省が2012年に公表した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告新しいウィンドウ」が参考になると思います。実際にパワハラに該当するようであれば、各労働局の総合労働相談コーナーを紹介しています。

石川(邦) 個々の対応としては、石川(拓)さんや寺山さんからお話があったとおりだと思いますので、私からは、役職定年を迎えた社員に対する企業の取り組み事例をご紹介します。

その会社では、メンタルヘルスで休職していた社員たちが復職する際、彼らに助言・指導を行うメンター役に役職定年者を指名しています。メンターに指名された方は、メンタルヘルスや傾聴の知識を学んでから、復職者の個別支援に当たります。

私はメンターへの支援を行っているのですが、どのメンターも取り組みの中で発生するさまざまな問題をきちんと受け止めて、生き生きと対処しています。

この取り組みは、メンタルヘルス不調を起こして休職しなければならなくなった若手社員のキャリアを支援する観点で行われているのですが、同時に「中高年期の危機」を迎えつつある人たちにも新たな存在意義を感じてもらえる優れた制度だと思います。

キャリア支援に必要なソーシャル・ジャスティスの視点

下村 各パネリストからご紹介があったお話は、いま世界中でソーシャル・ジャスティスの観点から対応が行われようとしているところです。こうした論点をご紹介すると、まるで企業を悪者として扱っているように受け止められることがありますが、まったくそういう意図はありません。むしろ、企業は企業で考えるべきことを考え、自由な企業活動をしていただくためにこそ、キャリア支援を行う側にはソーシャル・ジャスティスの視点が必要になってくるということです。企業の自由な活動とソーシャル・ジャスティスの視点は相互補完的に両立するものと考えられている訳です。

それでは、そろそろまとめに入ります。今回のパネルディスカッションでは、さまざまな課題が浮き彫りになりましたが、次の展開に向け、最後に各パネリストの先生方に今後のキャリア支援に関するビジョンについてコメントをいただきたいと思います。

番田 今日の報告では、私が勤務している部署について、大学内における支援機能のハブ的な役割をしていると申し上げました。実際、各機能間にはつながりがあるものの、まだその結びつきは弱いと感じています。

今後、学内の各機能を有機的なものとして連結するためには、どうすべきであるかということを考えているところです。現在、異なる部署で相談に当たっている人たちによるアンオフィシャルなミーティングを開いています。ミーティングでは、自由な雰囲気でいろいろなことについて情報交換しています。その中から出てきたアイディアを制度化し、それなりのシステムを構築すれば、大学の相談機能はさらに向上するのではないかと期待しています。

石川(邦) 先程も申し上げましたが、キャリア支援を行う者自身がレベルアップしていくことが重要ではないかと思っています。そのためには、キャリア支援者に対する教育支援ができる体制づくりを進めていくことが必要です。

また、「変化のタイミングでのキャリア支援」については、部分的に取り組むのではなく、行政、企業、学校が一体となって、進めていくべきではないでしょうか。

石川(拓) 昨今のビジネス環境を見ると、グローバル化の影響が非常に強く、とくに私どもの業界は、常に国際標準化の方向に向かうため、技術やスキルがコモディティ化しやすい状況です。

新興国のIT技術者の中には、母国語に加え日本語と英語に長けた人材もいます。しかも一般的には同世代の日本人の2分の1、あるいは3分の1の賃金水準と言います。グローバル化の中で、日本人のIT技術者はこうした人材と競わなければならない。そんな中で企業内のキャリア支援はどうあるべきかを常に考えています。

1つの方策として、従業員が社外のさまざまなコミュニティに参画することで自分のメタコンピテンシーを鍛えていくことがあげられます。メタコンピテンシーはコモディティ化しません。グローバル競争の中で競争優位を築くものだと思います。これを実現するためには、労働環境を見直し、ワーク・ライフ・バランスを実現することが必要です。

寺山 私はキャリア・コンサルタントとして、使えるツールがさらに増えることを希望します。たとえば、米国には職業情報、キャリア情報の提供システムの米国労働省のオーネット(O*NET)新しいウィンドウというインターネット上のサービスがあるのですが、このようなツールが日本にあれば、選択肢が増えてキャリア支援がやりやすくなるのではないかと感じています。

下村 最後に川﨑先生から総括的なコメントをお願いします。

個別支援こそ個別に行ってはいけない

川﨑 今回のフォーラムを通して強く感じたのは、「個別支援こそ個別に行ってはいけない」ということです。言い換えれば、個別支援こそ、組織内のシステムに組み込んだ上で行っていくための体制づくりが、企業、支援機関、教育機関それぞれにおいて必要になるのではないでしょうか。

下村さんのお話にもありましたが、世の中全体が多様化する中で、個別支援のあり方も多様化しています。ある問題の一部はシステムの中でカバーできても、別の一部はカバーできない場合、個別の支援が必要になるケースも想定されます。

さらに個別支援自体もそれぞれのフィールドの中での仕組み作りとの兼ね合いが大きいということが、今日、パネリストの皆様のお話をうかがって感じられました。これを下村さんの報告にあった枠組みに沿ったかたちで言い換えるとすれば、個別支援において、システマティックにどうアプローチしていくのか、今後さまざまなフィールドでの工夫や1つの方向性として提案できるのではないかと思いました。

下村 本日はありがとうございました。最後に一言付け加えるとすれば、現代社会の諸問題を解決するにあたり、個別のキャリア支援にはできることはまだまだたくさんあるということになるかと思います。今日のフォーラムで議論されたことがそのヒントになれば嬉しく思います。

プロフィール ※報告順

パネリスト

浅野 浩美(あさの・ひろみ)

厚生労働省職業能力開発局キャリア形成支援室長

一橋大学社会学部卒。1983年労働省入省(心理)。1991年全国初の女性専用の公共職業安定所「大阪レディス・ハローワーク」初代所長。職業安定局雇用政策課広報担当官、群馬県職業安定課長、職業安定局業務指導課中央職業指導官等を経て、2003年より雇用・能力開発機構キャリア支援部職業意識啓発推進室長として、若年者職業意識啓発、キャリア・コンサルタントの養成等を担当。その後、大阪労働局需給調整事業部長、東京労働局需給調整事業部長等を経て、2011年4月より現職。

寺山 昇(てらやま・のぼる)

埼玉労働局職業安定課企画・調整室長

埼玉県労働部職業安定課入職後、県内の各ハローワーク等を経て労働大学校(全国の労働局・ハローワーク職員の合宿研修を行う機関)の准教授(3年間)、ハローワーク浦和専門援助部門統括職業指導官(3年間)、埼玉労働局職業対策課長補佐(2年間)等を歴任。2013年4月から現職。ハローワークにおける職業指導(窓口)に通算13年、特例子会社等の設立支援に通算7年携わる。2級キャリア・コンサルティング技能士、2級人事・人材開発スペシャリスト(ビジネス・キャリア検定)。

石川 邦子(いしかわ・くにこ)

日本産業カウンセラー協会東京支部キャリア関連講座部部長/日本産業カウンセリング学会理事

IT関連企業に26年間勤め、主にオペレーション部門の人材育成と人事部門(採用・研修)を担当。35歳で役員就任し、全社の採用・教育全般の体制構築を行なう。44歳で自分の将来に迷いを持ち、2003年退職。独立後、ストレスケアサロン経営と併行し、法政大学キャリアデザイン学部に進学、2009年に同大学院に進み修士課程修了。現在は、企業向けの研修講師及びカウンセラー業務、日本体育大学、法政大学、白百合女子大学でキャリア教育担当。2011年に日本産業カウンセリング学会にて学術賞を受賞。2011年からJAICO東京支部キャリア関連講座部の部長として、キャリアカウンセラーの育成に務める。1級キャリア・コンサルティング技能士。

番田 清美(ばんだ・きよみ)

東京学芸大学学生キャリア支援センター特命准教授

東京学芸大学大学院教育学研究科修了。教育学修士。大手企業役員秘書、英語教室主催、桜美林高等学校英語講師を経て、2007年11月東京学芸大学学生キャリア支援センター特任講師。2008年5月より現職。文部科学省学生支援GP平成19~22年度「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」における東京学芸大学「学芸カフェテリアによる学修・キャリア支援」事業に従事。GP期間終了後、事業を大学本体組織として継続させる。2013年4月より、産業能率大学、桜美林大学にて非常勤講師としてキャリア形成授業を担当。GCDF。

石川 拓夫(いしかわ・たくお)

株式会社日立ソリューションズCSR統括本部ブランド・コミュニケーション本部本部長(前 人事総務統括本部人財開発部部長)

1983年入社、以後人事総務部門において人事、採用、教育、活性化、組織風土改革、セカンドキャリア支援など、一貫して人事分野を担当。2013年7月より現職。2004年情報処理推進機構(IPA)ITプロフェッショナル人材育成協議会委員、2004年情報サービス産業協会人材育成委員会WG主査、2007~2010年IPAエデュケーション委員会副主査、2010~2012年IPA中小ITベンダー人材育成優秀賞表彰委員、2010年~ITスキル研究フォーラム理事、2012年IPA ITSS改訂のあり方検討委員会委員など歴任。

川﨑 友嗣(かわさき・ともつぐ)

関西大学社会学部教授

早稲田大学教育学部教育学科教育心理学卒業後、同大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程を修了。日本労働研究機構キャリアガイダンス研究担当研究員を経て、1997年関西大学社会学部に助教授として着任し、2003年より現職。専門領域はキャリア発達研究・キャリアガイダンス研究で、「職業指導Ⅰ・Ⅱ」「キャリアデザインⅠ~Ⅲ」などの科目を担当。キャリアデザイン担当主事として、キャリア相談など大学生のキャリア形成支援にも携わる。主な研究業績として、「キャリア形成支援によるフリーターのキャリア自立―支援者へのヒアリングに基づくキャリア自立プロセス・モデル構築の試み―」[共著](キャリア教育研究、2010年)、「キャリア教育の効果と意義に関する研究―意岐部中学校区における効果測定―」(関西大学人間活動理論研究センター研究成果報告書、2010年)など。

コーディネーター

下村 英雄(しもむら・ひでお)

JILPTキャリア支援部門主任研究員

筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。1997年より現職。当機構における主な研究成果は、『成人キャリア発達とキャリアガイダンス―成人キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤』(研究双書、2013年)、「成人の職業スキル・生活スキル・職業意識」(JILPT調査シリーズNO.107、2013年)、「成人キャリアガイダンスの多様なニーズとそのあり方に関する調査研究」(労働政策研究報告書NO.149、2012年)、「若年者の自尊感情の実態と自尊感情等に配慮したキャリアガイダンス」(JILPTディスカッションペーパー11-06、2011年)、「学校時代のキャリア教育と若者の職業生活」(労働政策研究報告書NO.125、2010年)などがある。産業カウンセラー。2級キャリア・コンサルティング技能士。