欧州における高齢者雇用の現状と政策:デンマーク
福祉国家を維持しつつ高齢者雇用を促進

デンマーク委託調査員
田口繁夫

高齢化のピークは2035年

デンマークにおいても他の西洋諸国と同様に高齢化が一段と進行しており、高齢化がピークに達するのは2035年と推測されている。(図表1

また、デンマーク統計局のデータによると、2003年末日における55歳の就業率は男性が86.3%、女性は79.6%だが、60歳の就業率をみると男性が64.4%、女性は42.9%と大幅に低下していることが分かる。

デンマークの特徴は60歳から国民年金受給開始年齢である65歳までの高齢者の就業率が低いことである。これは、1979年に導入された早期退職手当制度に拠るところが大きい。早期退職手当は、満60歳に達した後国民年金受給開始年齢である65歳までの間に退職を希望する者の所得を保障するために導入された制度だが、利用者は年々増大の傾向で、2004年現在の利用率は対60歳ー65歳人口比で60%となっている。(図表2

デンマークでは特に近年、社会経済的な観点からはもとより、調和が取れた職場作りという意味においても、高齢者は欠かすことができない重要な存在だという認識が深まっている。このような状況の中、2006年6月20日、政府与党と野党である社会民主党及び急進自由党は、早期退職手当及び国民年金の受給開始年齢の引き上げをはじめとした、一連の社会福祉制度の改正に関する取り決めについて合意に達した。

定年制と早期退職手当

デンマークにおける定年は基本的には65歳とされており、企業年金及び公的年金である国民年金(老齢年金)の受給開始年齢も65歳である。ただし、公務員については本人が希望する場合には70歳まで働くことができる。

しかし高齢者は色々な意味で重要だという社会認識が深まっている反面、早期退職手当制度を利用し、65歳に達する前に退職する勤労者が増加しているのが現状である。

EUの年齢差別禁止指針に沿ったデンマークの施策

デンマークでは2004年、労働市場における差別禁止法が改正され、人種、肌の色、宗教、政治的信念、性的オリエンテーション(異性愛者・同性愛者)、国籍に加え、差別のクリテリアとして「年齢」が条文に加えられた。同法はさらに2006年に改正され(第5条A4項)、労働市場における年齢による差別のクリテリアは2007年1月より従来の65歳から70歳に引き上げられることが決まった。これは具体的には、雇用、昇格、研修・教育、給与、解雇等に関して、年齢を理由に直接的若しくは間接的に労働者を差別してはいけないことを意味する。例えばその一例として、使用者が年齢を特定して求人することは直接的な差別とされる。

間接的な差別を定義するのは容易でないが、例えば特定の年齢層の労働者に対し他の年齢層の労働者と比較してより厳しい要求をすることなどがその例である。労働者に対する使用者の要求は、基本的に理にかなったものでなくてはならない。ただし、同法は特定のグループに属する労働者(例えば高齢者)を優先・優遇する施策については例外的に認めており、例えば高齢者がより長く職場に留まることを目的とした特別な施策(シニア・ポリシー)は違法行為とはみなされない。

高齢失業者に対する日割り失業手当(失業保険)に関する規定の改正

  1. 現行の規定では失業保険の給付期間は基本的に4年間。ただし、55歳~59歳の失業者については同失業手当の給付期間を最高9年間まで延長することが認められていた。この高齢失業者に対する同特別規定は2007年7月1日に廃止される。しかし、2006年12月31日現在、満54歳以上の者については、従来の規定が適用され、最高9年間まで延長することができる。
  2. 従来最高2年半までとされていた60歳以上の失業者に対する日割り手当ての給付期間を通常の4年に延長。
  3. 58歳及び59歳の失業者に対して適用されていた活性化サービス給付を免除する特別規定を廃止し、58歳及び59歳の失業者に対しても活性化サービスを受ける権利と義務を付与する。(図表3参照

シニア・ジョブ

日割り失業手当の延長が認められなくなったことが理由で当該手当ての受給資格を失う満55歳以上の高齢失業者の雇用対策として2007年1月から「シニア・ジョブ」が提供される。「シニア・ジョブ」を提供するのはコムーネ(自治体)の責務とされるが、コムーネが開設するシニア・ジョブ一件につき国庫補助金として年11万クローネが計上される。シニア・ジョブは早期退職手当の支給開始年齢まで給付されるが、労使協約により定められたシニア・ジョブの通常賃金と補助金との差額は自治体が負担する。

また、2008年以降、失業期間が12カ月を超える満55歳以上の者に対し、民間部門においてもシニア・ジョブ制度が導入される。ただし、補助金の支給期間は最高6カ月とされる。

デンマークの公的年金制度

(1)国民年金

デンマーク国籍をもつ満65歳以上の全ての者に支給される公的老齢年金。1999年7月1日に施行された改正法により支給開始年齢が従前の67歳から65歳に引き下げられ、現在に至っている。年金の満額受給要件は、満15歳から65歳に達するまでの間に最低40年間デンマーク国内に居住したこと。なお、デンマークと国際協定を締結している国の国籍をもつ者、定住年数など特定の要件を充たした外国籍の者にも年金の受給資格が与えられる。なお、2006年6月、与野党の合意により、2027年以降については、同年金の受給開始年齢が67歳に引き上げられることが決まった。(図表4参照

(2)失業保険

職能別に組織され、職能別労働組合の代表者によって管理・運営される失業保険基金に加入している者で受給要件を充たす者に対して最高4年間失業保険が支給される。

〈受給要件〉

  • 失業保険加入期間が1年以上であること。
  • 過去3年以内に52週間以上の就労実績があること。
  • 職業紹介所に求職登録を行い、健康であり仕事の紹介があった翌日から就労が可能なこと。
    〈50~54歳の特別規定〉
  • 失業保険の受給資格を失った50歳~54歳の者で、当該資格を喪失してから満60歳になるまで早期退職手当の掛け金を支払った実績がある場合は、満60歳に達した時点で就労実績に関する当該手当ての受給要件を充たさない場合でも、日割失業手当の受給資格が与えられる。
    〈55~59歳の特別規定〉
  • 満55歳に達した者で日割り失業手当の受給要件を失うが、満60歳に達した時点では早期退職手当の受給資格を有する場合、満60歳に達するまで日割り失業手当の受給資格を保持する。
    〈60歳以上の特別規定〉
  • 満60歳に達した者については、失業保険の受給期間は最高30カ月。これは、例えば満60歳に達する前に日割り失業手当を30カ月以上受給した場合、満60歳時点においては同手当ての受給資格を失うことを意味する。例えば、満58歳に達したとき失業した者の場合、満60歳になった後は6カ月しか受給資格がないことを意味する。

〈支給額〉

  • 同手当ての支給額はフルタイム就労の場合、
    1日:667クローネ、週:3335、年:173420クローネ。(2006年現在)

(3)早期退職手当

満60歳に達した後、国民年金の受給資格を得る満65歳までの間に退職を希望する者の所得を保障するために1979年に導入された制度。受給要件は、受給前の30年間に通算して25年以上失業保険基金に加入し、掛け金を支払っていたこと。なお、国民年金と同様、2006年6月、同手当ての受給開始年齢を引き上げる案に与野党の合意がみられ、2022年以降、同手当ての支給期間は満62歳から満67歳まで(2006年現在では60歳から65歳)になることが決まった。

(4)労働市場付加年金(ATP)

労働市場付加年金(ATP)は、勤労者を対象に1964年に導入された制度で、国民年金に上乗せして当該付加年金が支給される。満16歳から65歳までの勤労者の給与の一定額(労働時間により額が異なる)の2/3を事業主が1/3を被雇用者が負担し、労働市場付加年金基金(ATP基金)にその資金をプールし、年金の原資に当てる義務的な制度。通常、満65歳から同年金が支給される。給付額は、1964年以降継続してこの制度の適用を受けていた場合、年額は約20100クローネ(2006年現在)。

(5)特別積み立て年金(SP)

1998年以降、16歳から64歳の勤労者及び自営業者(ただし、1939年7月1日前に生まれた者は66歳まで)は特別積み立て年金の掛け金として所得の1%を同年金基金にプールすることが義務化されるようになった。満65歳から75歳までの10年間にわたって、毎月一定額が年金として支給される。

高齢者継続雇用への取り組み

(1)シニア・アグリーメント

高齢者の継続雇用に関する取り組みとしてはシニア・アグリーメントがまず挙げられる。シニア・アグリーメントとは、使用者と被雇用者が個人的に取り交わす取り決めで、その内容は通常の労働条件と異なるものである。例えば、土・日以外に休日1日加えて労働日数を週4日にすることや、仕事の内容を変えるなど、労働時間、給与、仕事の内容、責任範囲、雇用形態(顧問、契約社員等)など全般にわたって、労働者が60歳で退職するのではなく、できる限り定年の65歳に至るまで継続して就労することを支援する内容を盛り込んだ取り決めである。

政府は、使用者協会及び労働組合の協力を得て、シニア・アグリーメントをより普及するために、「シニア・アグリーメントでは金曜ではなく木曜日に『良い週末を!』」等の標語ポスターを作成し、積極的なキャンペーン活動を展開している。

(2)将来の所得保障制度

2006年6月20日、政府与党は野党の社会民主党、急進自由党の賛同を得て、社会福祉制度(主に所得保障制度)の改正に関する取り決めが採択された。このたび採択された制度改正は、少子高齢化社会が急速に進行していることを踏まえ、今後とも持続可能且つ安定した行財政を確保し、将来にわたり福祉国家を維持することを大きな目的としている。同取り決めの概要は以下の通りである。

  1. 早期退職手当の受給開始年齢の引き上げ
    • 早期退職手当の支給開始年齢を2019年から2022年にかけ毎年0.5歳ずつ引き上げ、2022年以降からの受給開始年齢は62歳とする。
    • 同制度改正の適用対象となるのは、2006年12月31日現在で満48歳未満の勤労者及び自営業者である。2006年12月31日現在で満48歳以上の勤労者及び自営業者については、同手当ての支給開始年齢は従来どおり60歳。
    • 制度改正後の早期退職手当の受給期間は、従来と変らず最高5年間。(図表5参照
  2. 国民年金の受給開始年齢の引き上げ
    国民年金の支給開始年齢は、2024年から2027年にかけて毎年半年0.5歳ずつ引き上げられ、2027年以降からの受給開始年齢は67歳。(図表6参照

(3)早期退職手当・国民年金と平均余命

2025年以降、早期退職手当て及び国民年金の受給開始年齢は、60歳人口の平均余命の伸びにスライドする形で調整される。60歳の平均余命が伸びない場合、早期退職手当て及び国民年金の支給開始年齢はそれぞれ62歳と67歳に据え置かれる一方、60歳の平均余命が伸びることが明らかになった場合は、同手当及び年金の2025年以降の支給開始年齢は変更・調整される。ただし、この場合には2015年時点ですでに当該変更を予告しなくてはならないとしている。

(4)部分年金制度

満60歳から65歳の勤労者で労働時間を短縮して就労することを希望する場合、減給分の一部を補填する従来の「部分年金制度」は、2007年1月1日から満48歳未満の者を対象に廃止されることが決まった。ただし、2006年12月31日現在で満48歳以上の者については、従来通りこの制度の適用対象とされる。

表1

資料出所:Statistisk Tiarsoversigt 2005 & DREAMS dokumentation 23/11 2004

表2

資料出所:Statistisk Tiarsoversigt 2005






参考

2006年11月 フォーカス: 欧州における高齢者雇用の現状と政策

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