欧州における高齢者雇用の現状と政策:ドイツ
早期退職から高齢者雇用へ
—高齢化社会への対応

ドイツ委託調査員
ハルトムート・ザイフェルト

低い高齢者の就業率

EU加盟国は、1997年のルクセンブルク・サミットにおいて、ヨ―ロッパ全体で失業の削減を図るため、各国の政策調整を行うことで合意した。この政策は失業者全体を対象としたものであるが、特に、長期失業者、高齢者等の特定集団に重点が置かれていた。2001年にはストックホルムにおいて、欧州理事会が全般的政策ガイドラインとして高齢者の就業率上昇の目標を定め、55歳以上人口の50%が就労することを目指すとした。

高齢者雇用に関する限り、これまでドイツの全般的雇用動向は極めて立ち遅れているように思われる。55歳以上人口のうち、就業により収入を得ている者は41%にすぎない。図1からは、資格、性別によって、この集団内に大きな差異があることが分かる。女性の就業率はその技術水準に関わらず、男性よりもさらに低い。また低熟練技術労働者の方が、年齢に関わらず、就職、雇用がより困難であることが一般的である。

高齢者の雇用機会を増大させるため、特別な方法を開発することが必要なことに関しては、議論は一致している。高齢者短時間労働法が2009年に期限の切れることに伴い、企業はこれまでの早期退職促進および助成金制度から転換し、高齢者の人的資源の方針を再考し、新たな人事制度を再構築することを迫られることになる。

退職に関する最近の傾向

ドイツでは公的年金受給開始年齢が男性で65歳に固定されているにも関わらず、2004年のドイツ人の平均退職年齢は、平均で61.3歳となっている(図2参照)。障害者の場合、平均退職年齢は50歳である。他のEU諸国と比較すると、スペイン、英国、スウェ―デン等、一部のEU加盟国が、ドイツよりも高い平均退職年齢を達成している。

こうした国ごとの差異は、労働市場の状況の違いや労働市場退出に関する制度的枠組みの違いに関係する。ここで問題となるのは、高齢者の雇用状況に関して、政府はどのような貢献が可能であり、また、どのような責任を負うことができるかということである。

ドイツ労働市場の退出オプション

高齢者に対する労働市場政策のメニュ―を見てみよう。ドイツの社会保障制度下における労働市場政策としての市場からの退出オプションは、いくつか用意されている。このうち受動的施策が助成金等支給に関するものであるのに対して、能動的施策である雇用・訓練制度は、高齢者の就業可能性(エンプロイアビリティ)の獲得、向上を目的としている(図3参照)。早期退職に関するオプションの特徴は次の3つに類型化される。

(1)総合障害者年金および稼得能力低下給付金

総合障害者年金および稼得能力低下給付金は、事故や長期疾病のとき、又は障害が一定程度を超えたときなどで就労が不可能な場合、被用者に、早期に労働市場から退出する機会を提供する。

(2)失業保険

早期退出オプションは、社会保障制度の一環として失業保険の対象となる。ドイツにおける失業保険の所管機関である連邦雇用庁では、失業保険給付期間を短縮できる可能性を検討している。

(3)部分退職

企業の合理化努力の一環として、高齢の被用者には、公的年金受給開始年齢である65歳に達する以前に早期退職の機会が与えられる。ドイツにおける中心的制度は、高齢者短時間労働法に基づく部分退職制度である。部分退職制度の特徴は、

  1. 55歳以上の被用者全員に、より柔軟な退職制限を用意する。
  2. 退職前の5年間は、勤務時間を半減することが可能。
  3. 企業は、最終総年収の70%までを支給し、社会保障費の90%までを支払う。
  4. 企業が失業者、又は見習いを採用した場合、連邦雇用庁から給付金が支給される。

などである。しかしこの制度は、退職のより柔軟な段階的移行を保証するものではない。実際には2.5年間フルタイムで勤務した後に退職することを選択する者が大半である。

労働市場改革における高齢者雇用の取り組み

政府は、高齢者の職場復帰、雇用期間の延長、あるいは予防措置として就業可能性の向上を図る、次のようないくつかの施策を打ち出している。

(1)賃金・給与支給保証(Entgeltsicherung)

50歳以上の高齢者は、失業給付金受給資格(180日)がある。また以前の収入と比較して低額の職についていることを条件に、賃金差額の50%の額の手当を受給することができる。これは、50歳以上の求職者が前職未満の賃金で新たに就職した場合に、連邦雇用庁が一定期間賃金差額の大部分を補助金で補償する制度。2007年末までの期限付き労働市場施策の狙いは、一定の失業期間後に新たに就職することに対して、経済的インセンティブを与えることである。

(2)失業給付金資格期間の短縮

高齢者の失業給付金資格期間は、これまでに数回延長されてきた。失業給付金の受給最長期間は、57歳以上の者で、32カ月間に延長されている。解雇を回避するため、被用者は、構造的時短補償金(Strukturkurzarbeitergeld)を2年間受給する機会がある。しかし、ハルツIV法(Hartz―IV)により、失業給付金の最大資格期間は短縮された(2006年2月1日以降、55歳で最大18カ月)。また、2005年時点で、構造的時短補償金(Strukturkurzarbeitergeld)の最大受給期間も1年に短縮されている。ハルツIV法では低額の社会給付金(Sozialhilfe)に失業給付金II(Arbeitslosengeld II)が適用されている。

(3)受入手当(Eingliederungszuschuss)

50歳以上の高齢失業者を採用する企業は、雇用補助金を受給することができる。受入手当は、労働市場の一般的状況から受け入れが困難な採用が難しい失業者を企業が適切な常勤雇用に採用した場合に、企業に対して支給されるものである。

(4)再訓練(Forderung der Weiterbildung)

中小企業(被用者100人以下)において、雇用者による賃金支給の継続を条件に、連邦雇用庁(Bundesagentur fur Arbeit)から再訓練費が支給される。再訓練とは、以下を意味する。

  1. 高齢労働者、つまり50歳以上の者の就業可能性の支援を目的とする。
  2. 雇用者数100人以下の企業であることが、給付金支給条件の1つ。
  3. 再訓練の時点で、雇用契約が存続していなければならない。
  4. 再訓練は、生涯学習の概念を満たす知識を構築するものであること。この意味における再訓練は、企業ニ―ズに関するOJT(職場訓練)とは異なるものでなければならない。
  5. 訓練は、従業員のニ―ズに適う、より総合的な学習でなければならない。

(5)強制失業保険の免除(Befreiung des Arbeitgeberanteils zur Arbeitslosenversicherung)

55歳以上の者を採用する企業は、失業保険料を免除される。

(6)採用補助金

事業を立ち上げる者への採用補助金。つまり、起業者が高齢失業者を採用する場合、採用補助金の支給をうけることができる。当該給付金は、総収入の50%を上限とし、従業員5人未満の企業に対して、12カ月間支給される。

最近の政策評価結果

高齢労働者を対象とした上記労働市場施策の利用者数が報告されている。最近の評価結果からは、成果が乏しいことが判明している。考えられる第1の理由は、労働市場の参加者に対して、最近実施された施策が周知されていないことがある。また図表4に示すような一般的傾向、つまり部分退職等の受動的施策が依然優勢であることが指摘されている。第2に、インセンティブが企業の視点からは必ずしも魅力的なものではないことが挙げられる。このように効果が不十分であるにも関わらず、前記の賃金・給与支給保証を修正する、いわゆる「イニシアティブ50プラス」に関して、最近政府は新たな提案を打ち出した(図表5)。50歳超の失業者は、前職と比較して所得の低い職に新たに就いた時、賃金補助金の受給資格を得ることになる。当該補助金では、賃金差額のうち、初年度は50%、2年目は30%が対象となる。

労働組合から見た活動の評価と提案

ドイツの高齢者労働市場政策の中間評価を実施することは、現状では、必ずしも容易ではない。視点を拡大してみた場合、ドイツの労働市場政策は2つの困難に直面している。一方で政府は、早期退出のためのオプションを廃止しようと試みている。これが不可避であるのは、社会保障支給の費用は急激に増加しており、また、現在の経済的パフォ―マンスは圧倒的な強さを持っているとはいえないため、政府は社会保障支給の削減を実施したからである。しかし、先に述べたとおり、移転支給、特に部分退職は高水準に達している。他方、高齢労働者が有給雇用に留まる期間を長期化するための積極的雇用・訓練制度もまた、現在のところ十分な成果を収めているとは思われない。

このような背景から、労働組合では次のような立場をとっている。組合からみて成功といえる今後の発展とは、退職年齢の67歳への引上げだけではなく―事実、これに関しては、ドイツで現在議論されている―何よりも、政策によって経済の一般的パフォ―マンスと労働市場の状況を改善しなければならないことを意味する。全般的な雇用が向上すれば、すべての小グル―プがその恩恵を得ることになる。ただし、雇用全体が増加した場合でも、高齢者の雇用条件改善のためには依然として個別の施策が必要である。これには以下の点が特に重要と考えられる。

第1に、既存の施策の有効性と効率性を向上させることが重要である。特に再訓練に関して、特に中小企業に対して公共政策利用の機会を周知するための行政組織を形成する十分な時間がないということがある。この文脈において、組合では、特定公共施策、特に中小企業の再教育活動を対象とした補助金の期間制限の廃止を要求している。組合は、この施策を積極的労働市場政策の標準的活動として確立することを望んでおり、さらに、再教育補助金の対象を労働者200人の企業にまで拡大すること、および生涯学習の持続的発展に関しては年齢制限を50歳から45歳にまで引き下げることを要求している。

第2に、早期退職、または段階的退職に関して、主要プレ―ヤ―がより責任を負うような形で、そのコストを組織化することである。組合は、早期退職は企業が雇用を削減し、そのコストの一部を強制失業保険、また年金保険制度に転嫁するための手法にすぎないと主張している。この問題の取り扱いに関して、組合としてはオ―ストリア方式()がより適切であると考えている。

第3に、組合は企業に対して、被用者を劣悪な労働環境による健康問題、労働災害から保護するよう更なる活動を要求している。企業は、労働環境を再組織し、労働者が職業生活の中でジョブロ―テ―ションを行う機会を増やすべきであると主張している。

図1画像

図2画像

図3画像

図4画像

図5画像

2006年11月 フォーカス: 欧州における高齢者雇用の現状と政策

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