ワーク・ライフ・バランス:ドイツ
国力強化のために家族に優しい環境を整備
ドイツでは、従来、高い失業率(注1)への対策として、労働時間や働き方の見直しが進められてきた。すなわち、雇用創出を目的として、ジョブシェアリングやパートタイム労働が推進されており、企業における柔軟な働き方の導入・取組みはかなり進んでいる(注2)。しかし、最近では国力を高めるという視点から、「仕事と生活のバランス」――ワーク・ライフ・バランスを必須とする見解を各省庁が示している。
その背景にあるのが、「少子高齢化」の進展である。日本やイタリアと同様に「超少子化国」とされるドイツでは、第二次世界大戦後のベビーブームを経て、1996年から1973年にかけて、合計特殊出生率が著しく低下した。出生率の低下傾向は続き、1995年には1.25まで落ち込んだ。その後、やや回復をみせるものの(出生率は常に、人口置換水準(約2.1)を大幅に下回る低い水準で推移している。若年者(15歳以下)の人口割合をみても、1970年には2割を超えていたが、2002年には15.4%となっており、連邦政府も「少子高齢化」の進展を深刻な問題と捉えている。出生率の低下が続き、労働力人口が減少すれば、国力の強化は望めないからだ。ワーク・ライフ・バランスは子供が増えるような環境づくり、労働力人口の増加に有効な方策と位置づけられている(注3)。
少子化の要因のひとつに、しばしば「女性の社会進出の進展」が挙げられるが、ドイツでも女性(15~64歳)の労働力率は、1982年に52.1%、1992年に60.8%、2002年に64.4%と、次第に上昇している。こうしたなか、仕事と子育ての両立支援への取組みも進められたが、それは出産・育児休暇を充実させる一方、保育サービスの立ち遅れという特徴をもつ。その背景には、「子育ては、母親が自宅で行うべきもの」という根強い社会通念が存在し、両立支援策も「女性のため」と位置付けられる傾向が強かったことがある。こうした考えが、育児・家事負担の女性への偏りを強めてしまっていることは否めない(注4)。
しかし、近年、政府は「男女に中立的な制度」の普及に取り組んでいる(注5)。そこには、「ドイツの国力強化のためには、家族に優しい環境が必須である」という政府の考えが存在する。家族に優しい環境とは、「女性・男性共に、生活と仕事の両立が可能な環境」であり、このワーク・ライフ・バランスの実現は、国全体の力を強める可能性をもつというのが、政府の見解である。
政府は、「家族に優しい環境づくりは、全ての人にとってプラスの効果をもたらす」としている。例えば、家族にとっては、優しい制度や支援策の提供により仕事と生活が両立しやすくなり、生活の満足度が高まる。また、企業にとっては、家族に優しい企業文化により、優秀な人材を確保することができ、人材政策の上でコスト削減に繋がる。さらに、社会や国全体をみると、家族に優しい環境が整備されれば、労働力人口が増加し、税収増加や税金控除などが得られるだけでなく、新しいアイデアや創造性、刺激が生まれ、新たな産業や市場の創生が可能となる――と、いうのが政府の主張である。
こうした家族に優しい環境整備の実現に向けて政府は、政府レベルの政策をただ打ち出すだけでなく、企業に対してどのように政策を進めていくかということにも積極的に取り組んでいる。
政府の支援策~『家族のためのアライアンス(“Allianz fuer die Familie”)』
2003年夏から、「家族・シニア・女性・青少年のための省(BMFSFJ)」が主体となって「企業における家族に優しい環境づくり」を推進するためのイニシアティブを展開している。「家族の結束力を高める」がそのスローガンである。財界、連盟や政界の協力を得ながら、各種プロジェクトを実施している。その活動の前提は、(1)出生率が回復しなければドイツの国力は低下する、(2)能力ある女性の労働力が不足している、(3)早い時期から子供の教育と躾に取り組むことは国にとっても重要である――という3点。また、(1)社会の意識改革、(2)政策や取組みの意義、先進事例の情報公開、(3)企業や自治体に対する活動支援――等を活動の目的としている。
こうした目的のもとに取り上げられている主要テーマは、(1)企業文化の改革(家族に優しい組織、労働時間、人材育成)、(2)女性の社会進出(特に管理職)、(3)家族支援のためのサービス――等。なかでも、「企業文化の改革」は特に重要視されている。企業の文化を変えていくには、まず「意識改革」が必要であるということから、「家族に優しい組織とはいかなるものか」ということに関する情報の提供、人事系役員向けの専門セミナーの開催、労働時間や人材育成に関する情報の提供――等を積極的に行っている。また、専門的な支援を必要とする中小企業を対象としたセミナーや支援策もある。
「女性の社会進出」については、特に女性管理職を増やす必要性を強調し、情報提供もかなり手厚く行っている。「家族支援のためのサービス」については、自治体や企業、団体の先進事例の調査分析を実施している。
このほかにも、「家族に優しい企業」を表彰するコンクールを開催。同コンクールの募集要項には、「家族に優しい企業であることが求められる10の理由」が掲げられており、企業に対して「なぜこのようなことに取り組む必要があるのか」ということを訴えている。
ちなみに、10の項目の内容は、以下の通りである。
【家族に優しい企業であることが求められる10の理由】
- 多くの人が、やりがいのある仕事と幸せな家族生活の両立を望んでいるため
- 少子化の時代において、子供が増える環境をつくれば国力と国民の生活の質が向上するため
- ドイツ経済を動かす最重要資源は職場で共有される知識であり、それを形成する人の「幸せ」が知識の高低を左右するため
- 生活が満たされている従業員はモチベーションも生産性も高いため
- 既婚の従業員は、家庭において、職場でも役立つ組織的及び社会的能力を習得するため
- 家族に優しい企業の方が、優秀な人材を確保・維持できるため
- 企業は、家族に優しい対策を掲げることにより、他社優位性と革新性が高まるため
- 家族に優しい企業の方が、魅力的で責任感のある雇用者であると評価されるため(企業イメージの向上)
- 国の継続的な発展は、子供の世代の力に大きく依存するため
- 全ての国民にとって、子供は将来のための最も優れた投資対象であるため
地方分権化が進んでいるドイツの特徴を生かし、「地域連携の推進」にも取り組んでいる。地域レベルにおける産官学のネットワーク(政・官・民・社会施設、宗教団体、イニシアティブ等)の形成が進んでおり、様々な団体がひとつのネットワークを組んで、「家族に優しい環境づくり」の実現に取り組んでいる。こうした「家族のための地域連携(Lokale Buendnisse fuer Familie)」の主要テーマには、ワーク・ライフ・バランスをはじめ、「育児」「住環境」「教育」「父親と母親の家庭における役割」「健康」――等、家族にかかわる様々な課題が取上げられている。
同ネットワークは、自律性の高い組織であり、活動のガイドラインも自ら作成し、それぞれの地域で独自の活動を展開している。活動内容は、地域によって異なるが、主にネットワークを形成するためのフォーラムや討論会、ロビーイング活動、具体的な対策の推進活動等を行っている。各種活動への参加費用は基本的に無料。こうした活動に対して、国は、無料相談所のためのスタッフや若干の資金援助を行っている。
例えば、ドイツ北部に位置する Leer 地区では、財政状況の厳しいなか、地域の活性化を図ることを目的として、(1)ファミリー支援サービス、(2)公的な人材仲介ネットワーク、(3)「女性と職業」をテーマにした各種プログラム(女性対象)の開催――を柱として地域連携に取り組んでいる。地域の自治体が中心となって、こうした活動に積極的に取り組み、その効果も認められている。
企業のワーク・ライフ・バランス導入への取組みをどう促進するか
ドイツ政府は、「家族に優しい環境づくり」のための具体策とその経済的効果を明確に示すことにより、企業のワーク・ライフ・バランスへの取組みの促進を図っている。そこには、「ワーク・ライフ・バランスの推進は、あらゆる人にとってWin-Winの効果をもたらす」という政府の基本理念が存在する。
政府の示す具体策は、(1)休暇取得者のための個別相談、(2)休暇取得者のための相談窓口や復帰準備プログラムの開設等、(3)多様な就業形態、(4)休暇取得者向けのテレワーク制度、(5)企業内託児所の設置、(6)育児助成金の給付等。また、こうした取組みを行うことによって得られる経済的効果として、(1)休暇中の従業員の補充に係る費用の削減、(2)休暇中の従業員に係る給与等の削減、(3)休暇から復帰した従業員の受け入れ態勢の整備に係る費用の削減、(4)復帰後、家庭の事情による遅刻・早退等の減少――の 4点を挙げ、さらに、(1)休暇取得後の復帰率の上昇、(2)休暇取得期間の短縮化――という効果もあるとしている。
政府は、モデルケースと試算を示すことでも、企業への取組み促進を図っている。モデル企業が、家族に優しい環境づくりをした場合としなかった場合では、どれほどコストに差が生じるかということを計算し、具体的な数字で示すのである。
こうした政府の働きかけの影響もあり、ワーク・ライフ・バランスを導入し、その効果をあげている企業も出始めている。例えば、カッセル市にある石油会社(注6)。2000年以降、家族に優しい環境づくりに取組み始めた同社では、育児休暇取得期間が大幅に短縮化した(注7)。ちなみに、同社が行った取組みには、以下のようなものである。
- オルタナティブテレワーク制度の導入(対象者: 5人)
- 対象者の自宅にコンピュータを設置(SOHO用家具は提供しない)
- 会社にテレワーク用ワークステーションを 2席設置
- 社内託児所の設置
- 2001年に、従業員の要望に応えて設置
- 会社が所有している本社付近の施設を託児所に改装
- 収容人数・・・60人
- 開所時間・・・ 7時~18時(緊急時の対応も行う)
- 運営・・・外部委託
- 料金・・・公立の託児所と同等
育児休暇取得期間が短縮され、復帰率が高まれば、コスト効果はさらに大きくなる。このように効果が目に見えるかたちで現れることは、企業のワーク・ライフ・バランス導入に対する関心が高まるとともに、積極的に取り組む企業が増えてくると政府は考えている。
ドイツでは伝統的に「失業対策」という観点から、労働時間の柔軟な運用等、仕事と家庭生活の両立を図る上で重要な「働き方の柔軟化」が進められてきた。しかしながら、その背景には、「育児は、母親が自宅で行うべきもの」という根強い社会通念があり、「多様な働き方」が実践されていながらも、子供をもつ女性の負担は減らないという状況にあった。
こうした状況のなか、国の競争力向上という視点から、「女性・男性共に、生活と仕事を両立させるための環境を整えることが必要」という方向性を明確に示したドイツ政府のワーク・ライフ・バランスへの取組みは注目に値する。そして、この取組みも、単に政府が政策を打ち出すだけではなく、積極的に企業や地域のイニシアティブを求めている。
少子化の進展を深刻に捉える政府は、「ドイツはファミリー・フレンドリーになる」というキャッチフレーズのもと、2005年1月、「子育て支援法」を制定。2010年を目標に、3歳以下の子供を対象とした保育サービス(保育所・託児所・保育ママ等)をEUレベルにまで引き上げることを目的としている。企業に対しても、子供がいることで従業員が直面する様々な問題に対処できるように、「柔軟かつ多様な働き方」の導入を促進している(注8)。
このように、ドイツのワーク・ライフ・バランス政策は「国力を高める」ことを目的としたファミリー・フレンドリー施策が中心であり、制度を設けるだけでなく実際の運用に繋げるために「官民協同」で取り組む姿勢、地域ネットワークの形成、企業への経済効果の強調等を特徴とする。同様に少子化問題を抱えるわが国にとって、その取組みから得られる示唆は多いといえよう。
注
- 2003年に、就業者数が記録的に後退。2004年 9月末現在の失業率は、10.3%で、失業者数は425万人(連邦雇用機関発表。ただし、2004年1 月より集計方法が変更されたため、昨年との単純比較は出来ない)。さらに、2005年1月には、失業者数が500万人台に達した。同年 2月には、失業者数521万6000人、失業率は12.6%を記録。失業率は増加傾向にあり、雇用情勢は悪化している。
- ドイツ経済研究所の調査によれば、企業における柔軟な働き方の導入状況は、日・月・年単位での柔軟な労働時間58.0%、一時的なパートタイム労働制40.4%、長期間(1年以上)の柔軟な労働時間制18.3%、ジョブシェアリング9.1%、在宅勤務7.8%、サバティカル休暇4.1%等となっている。(厚生労働省、2004)。
- いわゆる少子化対策としてワーク・ライフ・バランスを位置づけることについては、現時点では出生率の回復との因果関係の実証が困難であることから、これを是としない考え方もある。
- 例えば、「育児手当法(1985年成立)」により、1986年1 月1日から「育児手当・育児休暇制度」が導入されているが、育児休暇取得者のほとんどが女性であり、男性の取得者はわずか1.5%であった(厚生労働省、2004)。
- 男性の育児休暇取得の促進を目的として、2000年7 月に「育児手当法」が改正、2001年1 月1 日より施行された。これにより、「育児休暇」は、「両親が同時に休暇を取得することができる」という意味で、「両親休暇」という名称に変更された。しかしながら、利用状況に大きな変化はなく、父親の休暇取得率は未だ2%に過ぎない。現在、父親の取得促進のため、「両親休暇・育児手当制度」を再度改正するという議論もでている。
- BASF社100%出資の石油会社。カッセル支社の従業員数789人。女性従業員の比率は34%。
- 同社の1998年の育児休暇取得期間は、33カ月。しかし、「家族に優しい環境づくり」に取組み始めた2000年は、25カ月に短縮された。さらに、2001年は21カ月、2002年と2003年は19カ月と、年々短縮化されている。
- ノルドラインウェストファーレン州政府は、2001年1月に、「100社運動」というキャンペーンを実施している。これは、州政府が中小企業に対し無料でフレキシ・ワークの導入に必要なアドバイスを提供するというもので、当初の目的の100社の倍以上の企業が参加。最終的には68社が様々な形態のフレキシ・ワークを導入し、500の新規雇用につながったとされる。フレキシ・ワークの中では、「労働時間貯蓄口座制度」の人気が最も高かった。これは、実際の労働時間が労働協約で定められた所定内労働時間と異なる場合に、時間外手当等によって金銭的に精算せずに、中長期的にプラスあるいはマイナスの債権として各労働者の労働時間貯蓄口座に記録していく制度。プラスの債権は休日として、マイナスの債権は勤務として相殺できる。
参考
- 伊藤美保(2005)「少子化時代における国家と企業の投資:ドイツにおけるワーク・ライフ・バランスの推進策」労働政策研究研修機構国際フォーラム「少子化問題と働き方を考える」講演資料
- 厚生労働省(2004)『世界の厚生労働2004海外情勢白書』TKC出版
- Lore Arthur(2002) Work-life Balance:Towards an Agenda for Policy Learning Between Britain and Germany, Anglo-German Foundation for the Study of Industrial Society
2005年12月 フォーカス: ワーク・ライフ・バランス
- 国際動向概論: ワーク・ライフ・バランスの取組みの国際的動向(北欧・フランス・アメリカ)
- EU: EUのワーク・ライフ・バランス政策
- イギリス: ワーク・ライフ・バランスの政策支援と現状
- ドイツ: 国力強化のために家族に優しい環境を整備
関連情報
- 海外労働情報 > フォーカス:掲載年月からさがす > 2006年以前 > 2005年の記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > ドイツの記事一覧
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > ドイツ
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