ワーク・ライフ・バランス:国際動向概論(北欧、フランス、アメリカ)
ワーク・ライフ・バランスの取組みの国際的動向

1980年代以降、欧米では、女性の社会進出、家族形態の多様化、男女労働者の意識の変化、そして人口の少子高齢化等を背景に、働く人々の意識が、「仕事と家庭―ワーク・ファミリー」のバランス、さらには、「仕事と(個人の)生活―ワーク・ライフ」のバランスへと、広がりをみせている。そして、業績向上のため、働く人々が望む方向を重要なテーマと捉え、優秀な人材を確保し、その人材が能力を充分に発揮できる環境の整備を試みる企業も増えてきた。企業経営にとっても、「ワーク・ライフ・バランス」(注1)は、キーワードのひとつとなっている。

ワーク・ライフ・バランスは、これまでの「ファミリー・フレンドリー」施策よりも、より広い施策を包含する。性別や年齢に関係なく、労働者の仕事と生活全般のバランスを支援するという考え方であり、この「生活」のなかには、子育てや家庭生活だけでなく、地域活動や趣味・学習などあらゆる活動が含まれる。

いかにして「仕事と生活の両方が充実した働き方」を実現させるか。その取り組み方には、国ごとに違いが見られる。大きく分けると、公共政策として国・地方自治体が中心となってワーク・ライフ・バランスのためのサービスに取り組んでいるヨーロッパ型と、企業経営上のメリットという観点から企業主導で、取組みが進められてきたアメリカ型のアプローチがある。ここではヨーロッパ型の代表国として北欧諸国とフランス、そして「ワーク・ライフ・バランス」という言葉の発祥地ともなったアメリカの動向を紹介する。

北欧諸国の取組み~男女を対象とする両立支援策と充実した長期休暇制度

ヨーロッパ諸国では、特に、保育や介護の基盤整備の一環として、国や地方自治体が中心となってワーク・ライフ・バランスのためのサービスに取り組んでいる。例えば、充実した家族政策で知られる北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェー等)の保育サービスや休暇制度、各種手当等は、各国の経済・社会状況を背景に、その内容は異なるものの、両立支援の対象を「男女」と明確に捉えているというひとつの大きな共通点をもつ。

世界で初めて「両親」を対象とした、スウェーデンの「親保険(総合的な出産・育児・介護休業制度)」(1974年)や、当初から「男女」を対象としてきたノルウェーの出産・育児休業制度(1977年)の導入等にみられるように、北欧諸国では、労働はもとより、出産・育児への参加においても男女平等が政策理念・目標の一つとされてきた。

しかし、このような政策がとられながらも、育児休業の取得は、女性に偏りがちというのが現実であった。こうしたなか、ノルウェーの「パパ・クオータ制」(注2)の導入(1993年)を皮切りに、他の北欧諸国でも父親の育児休業取得を義務づける動きが活発化(注3)。「男性の育児参加」は、北欧全体の問題としてとらえられている。

さらに、ワーク・ライフ・バランスを支援するものとして注目されるのが、「長期休暇制度」(注4)の充実である。例えば、スウェーデンの「サバティカル休暇制度」。これは、勤続2年以上の労働者が、手当(賃金の68%)を支給されながら、最長一年間の休暇を取得し、家庭での育児や学習ができるというものである。失業者が代替要員として雇い入れられることが条件。一部の地域での試験的実施を経て、2005年1月から全国に拡張された。また、フィンランドの「ジョブローテーション制度」(1996年導入)も、フルタイムの従業員は、代替要員として失業者が雇用されることを条件に、90~359日の範囲で休暇を取得できる。休暇中は、社会保障から失業手当日額70%相当額が日数分支給される。なお、その使途に制限はなく、育児や趣味、教育訓練等に使用できる。

フランスの取組み~家族給付と併せて両立支援を重視

北欧諸国同様に、明確な家族政策(注5)のもと、「家族に対する手厚い経済的支援」と「働く母親へのサービス提供」に力を入れてきたのが、フランスである。そうした政策の代表ともいわれる家族給付制度は、広く市民全体(原則として外国人であっても居住者は受給可能)を対象としており、手厚く多岐にわたる。さらに、「(男女が結婚によって築く)伝統的家族モデル」は覆されたという認識のもと、こうした政策の対象となる「家族」は、非婚カップル、別居カップル、離婚、再婚家庭、ひとり親家庭、同性カップルなど多様な形態となっていることも、大きな特徴である。

また、子育てや家庭と仕事の選択は、個人が自由に行うべきであり、そのための環境づくりが重要であるという認識の広まりを背景に、仕事と(家庭)生活の両立支援は、政策課題としても重視されている。例えば、家庭における託児支援の強化(注6)。代表例としては、「認定保育ママ」(注7)を雇用する家庭に対する援助制度(AFEAMA)の導入(1990年)が挙げられる。これにより、認定保育ママの受け入れ能力が拡大。現在では保育サービスの主流となっているほどである。さらに、「父親の責任」という新たな視点を導入。2001年には、「父親と子供の接触を高める必要がある」という考えから、「父親休暇」が従来の3日から最長14日までに拡大された。

2005年6月に発足したドビルパン内閣においても、両立支援は重要な政策課題として位置づけられている。同年9月には、「女性が仕事を続けやすい環境を整備すれば、3人目以上の出産を促進できる」とし、出生率の向上と女性の経済的自立を同時に推進することを目的とした育児休業改革を発表。子供が誕生すると、両親のどちらかが3年間休業でき、月額513ユーロを上限とする手当が国から支給されるという現行の育児休業補償制度を維持しつつ、第3子の誕生以降について、受給期間は1年間に短縮されるかわりに、月額750ユーロの休業手当を支給するという新たな選択肢が導入されることとなった。つまり、第3子が誕生した場合、育児のために一時的に休業することを望む親は、3年間休業し、月額513ユーロの手当を受け取るか、1年間休業して、月額750ユーロの手当を受け取るか――のどちらかを選ぶことができるようになる。2006年7月からの実施予定。また、子供が成人するまで、父親も、職業生活と家庭生活の両立を実践できるように、父親の育児休業へのアクセスの促進にも取り組む旨が同時に発表された。

こうした両立支援策の他に、北欧同様、フランスにもいくつかの長期休暇制度がある。その代表的なものが、「サバティカル休暇」で、期間は6~11カ月。対象者は、(1)申請時に勤務する企業における勤務年数が3年以上であり、かつ通算の勤務年数が6年以上で、(2)過去6年間に当該企業で同制度を利用していないこと――が条件となる。使途に制限はないが、スウェーデンの制度と異なり、期間中は無給である。そのためか、利用者はあまり多くないとされる。なお、2003年には、「休暇積立口座制度」を導入。これは、最大で年間22日間の有給休暇を積み立てて、無給休暇(原則2カ月以上)の際の給与補償に充てるもの。実施には、企業または産別ごとに労使協定を締結する必要がある。

アメリカの取組み~企業主導で、ファミリー・フレンドリーからワーク・ライフ・バランスへ

ヨーロッパ諸国とは異なり、アメリカでは国や地方自治体によるワーク・ライフ・バランスの取組みは、積極的に行われてこなかった。そのため、企業経営上メリットがあると考えた企業が、「生産性の向上」につながるとして、積極的に託児所の設置や様々な休業制度、経済的支援等を実施している。

1980年代以降、働く女性の増加や家族形態の多様化等を背景に、アメリカの企業は、「いかに優秀な人材を確保し、生産性を向上させるか」という観点からファミリー・フレンドリー施策を充実させてきた。さらに最近では、企業の取り組みは、子供をもたない従業員をも対象とするワーク・ライフ・バランスへと広がっている。

企業が模索と試行錯誤を重ねた結果、現在までに開発されたワーク・ライフ・バランスのプログラムは多種多様であり、例えば、(1)フレキシブル・ワーク、(2)保育サポート、(3)介護サポート、(4)養子縁組サポート、(5)転勤サポート、(6)EAP(社員援護プログラム)、(7)ヘルス・アンド・ウェルネス、(8)各種保険制度、(9)休暇制度、(10)教育サポート等があるという(注8)。なかでもフレキシブル・ワーク、すなわち正社員の働き方に柔軟性をもたせるプログラムは、ワーク・ライフ・バランス施策の中核として位置づけられる。具体的な勤務形態としてはフレックス・タイム、ジョブ・シェアリング、テレコミュート(在宅勤務)などがある。

伝統的に「家庭は個人の領域」という考え方が強いアメリカでは、保育も全国に一律の制度はない。育児休業も年間で12週間の無給休暇が法律で定められているにとどまる。保育所の数や質も非常にレベルが低く、ベビーシッターを雇うとしても経済的負担が大きい。子育てしながら働くには、決して良い環境とはいえない。しかし、女性の社会進出が進むなか、結婚・育児のために優秀な人材が辞めてしまうことは企業にとってマイナスとなるという考えから、企業は「育児支援」を中心に従業員の「家庭生活に配慮した(ファミリー・フレンドリー)」就業環境の整備に着手し始めた。

90年代に入ると、子どもや家族を持たない従業員のニーズにも応えていく必要性があるのではないかという課題が浮上し、育児支援、ファミリー・フレンドリー施策から、全従業員のプライベートな生活全般にも配慮していくというワーク・ライフ・バランスへと、施策の幅は広がった。現在では、より優秀な人材を確保・定着させ、生産性や業績、顧客の満足度、さらには従業員の仕事へのモラールを向上させる上で、ワーク・ライフ・バランスの取り組みは重要視されている。

こうした企業による女性の登用や支援策、特に育児サポートに焦点をあてて、企業の評価を行っているのが、『ワーキング・マザー(Working Mother)』誌である。1985年から、「ワーキング・マザーのための職場ベスト100」として、働く母親にとっての優良企業の評価を毎年実施している。ちなみに、2005年度のベスト10は表1のとおり。日本でもよく知られるジョンソン・エンド・ジョンソン社やIBMコーポレーションなど、「常連」が、今回もランキングされている。これらの企業では、事業所内の託児施設等に代表される各種育児サポートはもちろんのこと、フレックスタイム、ジョブシェアリング、在宅勤務などの柔軟な勤務制度、従業員の健康や生活設計に関するセミナーの実施など、まさに従業員の生活全般に対するサポートシステムが整えられている。

もちろんアメリカの全ての企業が、こうした取組みを行っているわけではない。しかし、多様な人種や年齢層の人々が、性別に関係なく、個々の能力や適性に応じて、「やりがいのある仕事」と「充実した生活」を調和させることができれば、より優秀な人材を確保でき、生産性や業績、顧客の満足度、さらには社員のモラールの向上つながるという考えは、確実に広がっているといえる。

このように、国際的なワーク・ライフ・バランスの取組みをみてみると、公共政策として国・地方自治体が中心となってワーク・ライフ・バランスのためのサービスに取り組んでいるヨーロッパ型と、企業経営上のメリットという観点から企業主導で、取組みが進められてきたアメリカ型に大別できる。しかしながら、ワーク・ライフ・バランスの定義や取り組み方は国によって様々であり、アプローチが変遷する場合もある。

これまで、アメリカ同様に企業主体の取り組みが行われてきたイギリスも、ブレア政権誕生とともに、政策が介入して企業の取組みを後押しするようになった。現在、イギリスでは、ワーク・ライフ・バランスの支援は、政策上の中心課題として位置づけられている。取組みの中核となるのは、フレキシブル・ワーク。2002年には親が雇用主に対して「柔軟な働き方」を要求する権利が、法律上規定されている。それまでの企業主導から、政府主導へと大きな転換をみせている。

いかにして「仕事と生活の両方が充実した働き方」を実現させるか。家庭・子供をもつ労働者に限らず、「全ての労働者のワーク・ライフ・バランス」にどう取り組むか。明確な答えはまだ出ていない。しかし、今後は、政府や企業だけでなく、労働者ひとりひとりが、自らの問題として考えていかなければならない大きな課題となることは間違いないであろう。

  1. Bristol-Myers Squibb Co. (医薬品メーカー)
  2. Eli Lilly and Company (医薬品メーカー)
  3. General Mills(パッケージ食品会社)
  4. Hewlett-Packard Company(コンピューターメーカー)
  5. IBM Corporation(コンピューターメーカー)
  6. JFK Medical Center(医療機関)
  7. Pricewaterhousecoopers LLP (世界最大規模の会計事務所)
  8. Prudential Financial Inc.(金融サービス)
  9. S.C.Johnson& Son,Inc. (総合医薬品メーカー)
  10. Schering-Plough Corporation(医薬品メーカー)

出所:Working Mother Media Inc. ウェブサイト

参考

  1. 厚生労働省(2004 )『世界の厚生労働2004海外情勢白書』TKC出版
  2. 小倉一哉(2001)『欧州におけるワークシェアリングの現状―フランス、ドイツ、オランダを中心に―』日本労働研究機構労働政策レポートVol.1
  3. 佐藤博樹・武石恵美子(2004)『男性の育児休業』中公新書
  4. パク・ジョアン・スックチャ(2002)『会社人間が会社をつぶす』朝日新聞社
  5. 林雅彦(2003)「フランスの家族政策、両立支援政策及び出生率上昇の背景と要因」日本労働研究機構欧州事務所、特別レポートVol.5
  6. 前田信彦(2005)「欧州における長期休暇制度-ワーク・ライフ・バランス政策の試み」『日本労働研究雑誌』No.540
  7. 労働政策研究・研修機構『Business Labour Trend』2004年1月号

2005年12月 フォーカス: ワーク・ライフ・バランス

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