ワーク・ライフ・バランス:EU
EUのワーク・ライフ・バランス政策

欧州連合(EU)は、長年男女平等の推進に積極的に取り組んできた。最近では、男女の実質的な機会均等は、職業生活と家庭生活の責務の両立があって初めて実現可能であると認識されるようになった。欧州雇用戦略でも、女性の就業率目標の設定()、仕事と家庭生活の両立に向けたファミリー・フレンドリー政策の推進、労働時間の柔軟化――などの施策を掲げている。EUは、2010年までに世界で最もダイナミックで競争力のある知識経済の実現を目指しており、そのためにもワーク・ライフ・バランス政策の推進が欧州社会において益々重要な課題となっている。

欧州雇用戦略とワーク・ライフ・バランス

1997年に開始された欧州雇用戦略は、4本柱の1つに男女機会均等政策を掲げた。

欧州雇用戦略および2000年の欧州理事会で採択されたリスボン戦略(成長と雇用のための10カ年計画)は、2010年までに女性の就業率をEU全体で60%(2004年は55.7%)に引き上げる長期目標を掲げている。また、高齢化社会を迎える欧州において人口動態の変化に歯止めをかけるための出生率の改善が課題となっている。これらの目標を達成するためには、職業生活と家庭生活の調和が重要であり、女性の労働市場へのアクセスと参加、男性の家庭生活への参加の障壁となる事柄を改善していくことが不可欠としている(欧州生活労働条件改善財団「欧州の生活の質調査」2003年)。

欧州雇用戦略に基づき毎年策定される雇用ガイドラインの2002年版は、仕事と家庭生活の両立には、キャリア・ブレーク、両親休暇、パートタイム労働、使用者と労働者双方の利益にかなう労働時間の柔軟化に関する政策がとりわけ重要であると指摘した。女性と男性の労働市場への参入と雇用の継続を支援するため、子供やその他の要介護者に対する良質のケア施設の十分な提供、男女の家庭責任の均等な分担、中断の後労働市場に再び参入する女性と男性の再統合――を促進する施策が不可欠であると主張した。加盟国に対しては、1)両親休暇やその他の休暇制度、子供やその他の要介護者のためのケア施設の整備などのファミリー・フレンドリー政策の推進、2)ケア施設の利用可能状況に関する数値目標の設定、3)有給の仕事に復帰しようとする女性と男性の障害を除去する方策の検討――などを求めた。

EUは2005年、リスボン戦略の中間見直しに基づき同戦略を大幅に改定した。これに伴い、2005~2008年までの包括的な戦略目標を定めた新しい雇用ガイドラインが7月に採択された。新ガイドラインは、8つの指針のうちの1つに「仕事への生涯アプローチの促進」という目標を掲げ、1)女性の就業率の向上と雇用、失業、賃金に関するジェンダー・ギャップの縮小に向けた決然たる行動、2)仕事と私的生活のより良い調和、身近で負担可能な育児施設やその他の要介護者のためのケアの提供――の実現を目指している。また、「雇用保障を伴う柔軟性の促進および労働市場のセグメント化の縮減」の指針の下に、1)様々な契約や労働時間制度の必要性を考慮した労働法制の適用、2)安全衛生を含む労働の質と生産性を向上させるための、革新的で適用可能な形態の労働組織の促進と普及――などの手段を通じた労使の役割の拡大を促している。

EU育児休業指令と育児施設の整備に関する目標

EUの中央労使団体の欧州労連(ETUC)、欧州産業経営者連盟(UNICE)および欧州公共企業センター(CEEP)は1996年、育児休業に関する枠組み協定を締結した。協定は、労働社会問題相理事会の決議によりEU指令として採択された。指令は、男性および女性労働者は、個人の権利として、子供の誕生または養子縁組に基づいて、その子供の世話をするために、8歳に達するまでの各国または労使が定める年齢まで、少なくとも3カ月間、育児休業の権利を有すると定めている。双方の権利は、男性と女性の機会均等と均等待遇を促進するため、原則として譲渡できないものとされている。育児休業指令はまた、病気や事故などの緊急の家庭的理由に基づく業務からのタイムオフの権利も規定している。

2002年のバルセロナ欧州理事会は、リスボン戦略に基づき、女性と男性の就業率の向上を目的とした、育児施設の設置に関する目標を設定した。加盟国は2010年までに、3歳から義務教育年齢までの子どもの90%、3歳以下の子どもの33%に育児施設を提供しなければならない。育児施設は、すべての人、とりわけ女性が労働市場に参入し、就労を継続できるよう、負担可能な料金で身近に設置され、質の良いものでなくてはならない。EUは、加盟国および労使団体に、男性が育児の責任を分担するよう奨励する活動を要請している。

労働時間の柔軟化

欧州委員会は1997年、柔軟性と安全性の両立に基づく企業(労働組織)の適応能力の強化を目的とした「新たな労働組織のためのパートナーシップ」と題する政策文書(グリーン・ペーパー)を発表した。グリーンペーパーは、労働時間の柔軟化は企業側に労働需要への鋭敏な対応を可能にすると同時に、労働側にとっても家庭責任や教育訓練との両立を容易にするという意味で望ましいものであると指摘。労働時間の柔軟化の方向性として、1)操業・営業時間と労働時間の分離(労働時間短縮と営業・操業時間の延長の両立)、2)労働時間計算の年間化(休暇取得の促進と労働需要に見合う労働時間制の実現)、3)パートタイム労働の促進(仕事と学習・家事の両立、労働需要に見合う労働時間制の実現)、4)職業生涯を通じた柔軟な休暇制度(家庭、学習、その他の理由のためのキャリア・ブレークを通じた生活の質の向上)、5)勤労生活の質を向上させるためのテレワークの可能性のさらなる検討――などを提示した。企業の適応能力を強化するための新たな枠組みを発展させるため、グリーンペーパーは、労使および公的機関に対し、パートナーシップの構築を呼びかけた。そのようなパートナーシップが、生産的で、学習する、参加型の労働組織の実現に大きく貢献すると主張した。

ワーク・ライフ・バランスに関する欧州連合理事会決議

2000年6月のEU雇用社会問題相理事会は、「女性と男性の家庭生活と職業生活への均衡のとれた参加に関する決議」を採択した。決議には法的拘束力はないものの、加盟国に対し、男女の家庭生活と職業生活の調和を促進するために、次のような措置を講ずるよう検討を要請している。

  1. 母親の産前産後休暇と同時に、働く男性に父親休暇を付与すること
  2. 働く男性に家庭生活の主たる支援を提供する権利を付与すること
  3. 働く男性と女性の間の、子供、高齢者、障害者、その他の要介護者のケアに関する均衡のとれた役割分担を促進すること
  4. 家庭支援サービスの強化および子供のケアの仕組みの改善に関し結果を検証する基準を設けること
  5. 片親家庭に対する特別の保護
  6. 学校と労働時間の調和
  7. 仕事と家庭生活の調和の必要性を認識させるための学校プログラムの開発
  8. 女性と男性の労働市場への参加、男女の家庭生活への参加、男女の母親休暇・父親休暇・育児休暇の取得、労働市場における男女の状況に関する報告書を定期的に取りまとめること
  9. この分野における新しい考えや概念を発展させるための科学的研究を支援すること
  10. 本決議の目的のために積極的に活動している非政府組織に対するインセンティブと支援策の開発
  11. 一般市民と特定グループの双方に対し、より進歩的な展望を切り開くための、定期的な情報提供と啓蒙活動の実施
  12. 労働者の家庭生活を考慮した経営慣行を導入・拡大するよう、企業、とりわけ中小企業に奨励すること

参考

  1. 欧州委員会ウェブサイト、欧州生活労働条件改善財団ウェブサイト
  2. 濱口桂一郎氏ウェブサイト「女性と男性の家庭生活と職業生活へのバランスのとれた参加」「EU労働法政策における労働時間と生活時間―日本へのインプリケーションを中心に」
  3. 「先進諸国の雇用戦略に関する研究」(労働政策研修・研究機構2004年)

2005年12月 フォーカス: ワーク・ライフ・バランス

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