メンタルヘルス:フランス
「モラル・ハラスメント」規制を法制化
労働におけるストレスへの関心の高まり
夏のヴァカンスや「週35時間労働制」(注1)など、「ゆとりのある働き方」を実践しているイメージが強いフランスだが、最近、労働におけるストレスへの関心が高まりをみせている。1989年には、INSERM(国立衛生医学研究所)が、フランス電力・ガス会社を対象に、身体的・精神的健康問題に関する初めての大規模な調査を実施。1991年には、DARES(雇用省調査統計局)が実施する「労働条件」に関するアンケート調査(注2)の中に、初めて「労働の精神的負担」に関する質問が組み込まれた。
労組もストレスに着目。管理職の労組CFE=CGC(フランス幹部職総同盟)(注3)では、2003年9月から、管理職を対象とした「ストレス・バロメーター」という調査を実施している。同調査の狙いは、(1)管理職が被っているストレスの影響について、正確な情報を提供する調査機関をCFE-CGC内に設置すること、(2)この問題について公的機関をはじめ広く一般に認知してもらうこと、(3)人々がこの問題に関する議論の場などに積極的に参加すること――の3点である。特に、「職場におけるストレスの要因」と「ストレスが管理職の健康に与える影響と諸症状」に焦点をあてて調査している(注4)。
ストレスと「モラル・ハラスメント」
こうしたストレスの要因のひとつとして、最近注目されているのが、「モラル・ハラスメント」である。この言葉は、フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌ氏の研究により、広く人々に知られるようになった。同氏によれば、「モラル・ハラスメント」は、「言葉や態度によって、巧妙に人の心を傷つける精神的な暴力」であり、家庭や職場で日常的に行われる「見えない暴力」でもある(注5)。
この「モラル・ハラスメント」が職場で日常的に行われれば、被害者の受けるストレスは増大し、精神的にも肉体的にも深刻なダメージを与えることになる。そして、そのダメージは、被害者本人だけでなく、会社組織自体にも多大な損失を与え、最終的には組織を危機的状況へと導くことにもなる。
企業は、こうした「モラル・ハラスメント」を真剣に考え、予防措置に取り組む必要がある。その際に、(1)組織の幹部に対する研修等の予防を行う、(2)何がモラル・ハラスメントであるかは、人それぞれの主観によって変わってくるため、この問題に対応する時にはひとりひとりの性格を考慮する、(3)モラル・ハラスメントがまだそれほど進行していない段階では、調停による解決を目指す、(4)モラル・ハラスメントによって重大な被害を受けた場合、その被害者は労働災害として認められるべきであり、医師や精神科医によるサポート体制も整える、(5)モラル・ハラスメントに関する法律をつくり、この行為が許されない暴力であることを示す――等がポイントとなる。特に、同氏は、「モラル・ハラスメント」の被害者を守り、また加害者を罰するためにも、法制化の必要性を強調していた。
法制化と予防対策が重要
こうしたなか、フランスでは、ストレス等の労働者のメンタルヘルスに対するダメージを「職業上の第一のリスク」として認識し、その予防の重要性を論議する動きが出るとともに、その要因となる「モラル・ハラスメント」への関心も、さらに高まりをみせた。そして、2002年1月に公布施行された「労使関係近代化法」により、(1)企業内における「モラル・ハラスメント」を規制する条文を導入(労働法L122-49条~54条)(注6)、(2)被用者の身体的健康だけにとどまらず精神的健康含めて健康予防における使用者の責任を拡大する(労働法L230-2-1条)――という労働法の改正が行われた。同時に、刑法にも罰則規定が設けられた(刑法222-33-2条)。
しかし、法律の制定によって全ての問題が解決するわけではない。労働者が被害を受けてからでは遅く、まずは予防することが重要であるため企業は、「社員を大切にし、社員が満足して働ける企業であれば、社員のモチベーションも高まり、生産性も向上する」という観点から、「モラル・ハラスメント」の予防に積極的に取り組むことが望まれる。さらに、企業だけでなく、社会全体、そして個々人でも、この問題を身近な問題として認識し、予防策を考える姿勢が必要といわれている。
法律を制定するなど、労働者のメンタルヘルスに対する問題への取組が進んでいるように思われるフランスだが、その取組みはまだ始まったばかり。しかし、「モラル・ハラスメント」という言葉だけが一人歩きするのではなく、その原因の解明と対処、さらには予防措置に積極的に取り組む姿勢は、今後の成果も含めて注目されよう。
注
- 失業率や経済状況の悪化を背景に、「週35時間労働法」は見直しがすすめられ、2005年3月22日に「時短緩和法」が成立、時間外労働の上限が年間180時間から220時間にひきあげられた。
- フランスにおける就労者を対象にした「労働条件」に関するアンケート調査。第1回目は1984年に実施。1991年調査は、第3回目にあたる。なお、1998年の第4回目調査では、労働の精神的負担に関する質問がさらに強化された。
- フランス5大労組のひとつ。エンジニア、管理職などのホワイトカラー層を中心とし、他の4労組とは異なってイデオロギー的背景を持たず、現実主義の運動に徹した組織。
- 最新の調査(第4回調査)は、2005年2月のフランスにおける管理職1168人を対象としたインターネット調査。調査期間は、2005年2月11日から17日。それによると、管理職の68%が「仕事をこなすのに充分な時間が与えられていない」と感じ(2004年:61%)、また「仕事と家庭生活の両立が困難」と感じている管理職は58%(2004年:52%)にのぼる。管理職の抱えるストレスは増大傾向にあるといえる。
- 日本の「いじめ」に近い概念として、しばしば「精神的嫌がらせ」と訳される。
- 労働法典第122-49条は、「いかなる労働者も、その権利と尊厳に損害をもたらし、その肉体的又は精神的健康を失わせ、または結果的にそうした悪化を招くようなモラル・ハラスメントを繰り返しうけることがあってはならない」と規定。こうした行為を「受けたり、受けることを拒否した理由として、またはそれについて証言・口外したことを理由として、制裁を受けたり、解雇されたり、報酬、訓練、再就職斡旋、配置、資格、等級分類、昇進、配置転換、契約の更新などにおいて、直接又は間接に差別的な措置を適用されることがあってはならない」とした。
参考資料
- マリー=フランス・イルゴイエンヌ著高野優[訳]
- 『モラル・ハラスメント』紀伊国屋書店(1999年)
- 『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』紀伊国屋書店(2003年)
2005年11月 フォーカス: メンタルヘルス
- EU: 職業性ストレスに関する取り組み
- イギリス: メンタルヘルス事情
- アメリカ: 増大する職場のストレス
- ドイツ: ドイツにおける「労働とストレス」-長時間労働による影響を論議
- フランス: 「モラル・ハラスメント」規制を法制化
関連情報
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