「ビジネスと人権」の国家行動計画(NAP)を改定

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米国務省は3月25日、ビジネスと人権に関する「国家行動計画(National Action Plan、NAP)を改定した。「責任ある企業行動(Responsible Business Conduct、RBC)」を支援する取り組みを中心にした2016年12月制定の計画を、人権・労働者の権利の強化などを進める観点からアップデートした。

国連指導原則とNAP

国連人権理事会は2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認し、専門家で構成する作業部会を設置した。作業部会は、「ビジネスと人権に関する指導原則」の普及・実施にかかる行動計画の策定を各国に奨励。これに基づき各国政府は、NAPの策定や関連法の整備等を進めている。

米国では2016年12月にNAPを策定し、RBCを支援している(注1)。グローバルでより高い基準、より平等な競争の場を設定し、米国企業が世界中のさまざまな環境で、責任ある行動の目標を達成できるよう、政府内および官民の調整を強化する方針を掲げたものだ。

主な改定内容

国務省は2024年3月25日にNAPを改定した(注2)。改定にあたって、「人権と労働者の権利の強化・改善の推進」「グリーンエネルギーの利用拡大」「汚職への対抗」「人権擁護活動家らの保護」「ジェンダーの公平・平等の促進」「テクノロジーの使用における権利の尊重」といったテーマへの近年の関心や重要性の高まりを反映させた。

主な改定内容は以下の4項目である(図表1)。

図表1:米国NAPの主な改定内容(2024年3月25日)
項目 主な具体的内容・目的

①RBCに関する連邦諮問委員会の設立

多様な利害関係者らとの連携強化

②連邦政府の調達の方針とプロセスにおける人権尊重

連邦請負事業者・下請業者による強制労働、人身売買等の取り締まり・監視の徹底

③ビジネスと人権に関するUSNCP(米国連絡窓口)の強化

諮問機関の創設、機密保持や報復などのポリシー改定・策定、ウェブサイトのアクセシビリティ向上

④企業へのリソースの提供

「RBCと労働者の権利InforHub」設立、人権擁護活動家らの保護、投資家らを含む人権DD(注意義務)の徹底

出所:連邦労働省、国務省、各ウェブサイト等より作成

まず、「RBCに関する連邦諮問委員会(Federal Advisory Committee on Responsible Business Conduct)」の設立である。国務省は同委員会を活用し、民間部門や地域社会、労働組合、市民社会(人権擁護活動家らを含む)、学界、その他RBCの政策・プログラム・イニシアチブに関わる利害関係者との連携を強める。さらに同委員会はRBCの取り組みを進展させ、NAPの履行状況を追跡する役割を担う。

次に「連邦政府の調達の方針とプロセスにおける人権尊重の強化」である。具体的には、①連邦保健福祉省、連邦国土安全保障省、連邦司法省が議長を務める「米政府ホットライン作業部会」が、連邦請負事業者・下請業者(連邦政府と請負契約を締結する事業者・下請業者)による人身売買違反を、労働者や市民社会が政府に通報できる方法を改善するための選択肢を特定する、②国務省は、連邦請負事業者らがプロジェクトの設計、要請、監視においてデューデリジェンス(DD、注意義務)を果たせるよう、高リスクかつ大型契約おける人身売買のリスクをマッピング(対応関係の図示)するプロセスを試行する。③連邦国土安全保障省の税関・国境警備局(CBP)は、米国の納税者の税金がサプライチェーンで強制労働を用いる企業に渡らないよう、繰り返しの違反に対する関税法や強制労働を防ぐための法律に基づき、連邦政府との取引の一時停止や禁止を含む判断のガイダンスの草案を作成する、④国防総省は、国際的な人権および人権法に沿った形で、民間セキュリティプロバイダーのために、「国際行動規範協会(International Code of Conduct Association、ICoCA)」の加盟の奨励または義務付けのための審査を行う。

USNCPの強化

3つ目の改定の柱は、労働者・被害者らを救済するアクセスの強化である。国務省は利害関係者との関与を強め、RBCに関する「OECD多国籍企業行動指針(OECD Guidelines for Multinational Enterprises)、以下:「OECDガイドライン」」に基づく米国のナショナル・コンタクト・ポイント(USNCP)を強化する。

「OECDガイドライン」は加盟各国に、ビジネスと人権に関する問題に対処するための連絡窓口(National Contact Point、NCP)の設置を求め、各分野(「概念と原則」「一般方針」「情報開示」「人権」「雇用・労使関係」「環境」「贈賄及びその他の形態の腐敗の防止」「消費者利益」「科学・技術及びイノベーション」「競争」「納税」)の原則と基準を定めている(注3)

USNCPは、米国で運営または本社を置く企業のOECDガイドライン上の問題に対処する。労組などからの問題提起を受け、調停の場を提供したり、関係当事者間の対話を促したりする。ただしUSNCPには、申立てのあった企業の行為について、OECDガイドライン違反に該当するかどうかを判断する機能はない。今回のUSNCPの改革には、①新たな諮問機関の創設、②機密保持や利用手順のポリシーの更新、③報復に関するポリシーの策定、④USNCPウェブサイトのアクセシビリティの向上、など労働者・被害者救済に向けた観点からの方策を示している。

各種機関での救済システムの構築

このほか、連邦労働省は、国際労働機関(ILO)が実施する200万ドルの技術支援プロジェクトに資金を提供する。これにより、労働者主導の社会的コンプライアンスを促進し、グローバル・バリュー・チェーン(GVC、国境を越えた生産工程の中で付加価値を生み出す供給網)における労働者の権利を保護し、救済システムへの革新的なアクセスを開発する(注4)

また、民間部門と提携し、開発途上国での問題解決のための資金を提供する「米国際開発金融公社(The U.S. International Development Finance Corporation、DFC)」では、苦情を申し立てた労働者らへの報復に対する保護を強化するため、匿名での苦情申し立てを可能にするといったガイダンスを作成する。

さらに、連邦財務省は、世界銀行グループである国際金融公社(International Finance Corporation、IFC)や、国連機関である多数国間投資保証機関(Multilateral Investment Guarantee Agency、MIGA)を含む国際開発金融機関(Multilateral Development Bbanks)において、開発プロジェクト等の影響を受ける地域社会に対する効果的な救済制度を構築する。

米国輸出入銀行(Export-Import Bank of the United States、EXIM)は、救済手続の強化について輸出信用機関(Export Credit Agency、ECA)と協議し、救済措置へのアクセス及びプロジェクトベースの苦情処理メカニズムの有効性を改善する方法について意見を求める。

「RBCと労働者の権利Infohub」を設立

4つ目の改定の柱は、RBCを進めるための「企業へのリソースの提供」である。連邦労働省は、企業の事業運営と付加価創出供給網における労働者の権利向上のため、政府全体の視点やアプローチ、一連のリソースの情報を提供するオンライン・リポジトリ(ポータルサイト)「RBCと労働者の権利InforHub(Responsible Business Conduct and Labor Rights InfoHub)」を設立した(注5)

また、米政府は、開発などの影響を受ける先住民族や地域社会との協議・関与に関する好事例(ベストプラクティス)を含む企業向けのガイダンスを発表するとした。国務省は2024年3月18日、人権擁護活動家や市民活動家の保護に関するガイダンスを制定。こうした活動家らに対するSNSなどオンラインプラットフォームを通じたデジタル攻撃を特定・軽減し、被害者を救済するための方針を定めている(注6)

このほか国務省は、人権侵害を可能にしたり、悪化させたりする恐れのある技術への投資を企業が検討する際に、投資家が「人権デュー・デリジェンス(HRDD)」を実施することを奨励するガイダンスの作成を主導する。さらに、特定の国やセクターでビジネスを行う、あるいはこうした国やセクターが関与する取引に従事する企業、投資家、その他の利害関係者に対して、米政府が追加の勧告を出すことも掲げている。

参考資料

  • 国務省、日本貿易振興機構、連邦労働省、各ウェブサイト

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