「労働組合と中間層」
 ―連邦財務省報告、既存研究論文を幅広く紹介

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2024年3月

連邦財務省は2023年8月28日に「労働組合と中間層」と題する報告書を発表した。既存研究論文や統計データなどを引用・紹介する形で、労働組合が中間層形成に果たす役割や効果を検証。労働組合員の賃金は非組合員より10~15%ほど高いといった「組合賃金プレミアム」や、平等の推進、職場の安全衛生の改善、生産性向上との関連性を含め、幅広く論じている。

大統領令に基づく報告

バイデン大統領は2021年4月26日の大統領令で、「労働者の組織化と権限強化に関する検討部会(議長:ハリス副大統領、副議長:ウォルシュ労働長官(当時))」を設けた。部会は22年2月7日に「行政機関の既存の権限を行使し、労働者の組織化、権限付与に対する長年の障壁を取り除く」ための約70項目にわたる提言を公表(注1)。その中で、連邦財務省に対して、中間層形成における労組の影響について調査・検証することを盛り込んでいた。これを受け、連邦財務省は23年8月28日に「労働組合と中間層(Labor Unions and The Middle Class)と題する報告書(以下、「報告書」)(注2)をとりまとめた。

報告書は多岐にわたる研究者の論文や連邦労働統計局(BLS)などのデータを引用・紹介する形で、①労組は組合員の賃金を10~15%引き上げるなど、中間層の労働者は労組の組織化によって大きな利益を得ている、②労組の組織化は、組合員以外の賃金上昇や業界全体の安全衛生環境の高まりなどの波及効果をもたらす、③労組は賃金の平等化を推進することで、人種や性別に基づく賃金格差を縮小する役割を果たすなど、公平な経済の構築に貢献する、④労組は不平等を是正することで、経済全体の成長・回復、企業の生産性向上に貢献する、ことなどを指摘した。

労組組織率と所得格差

報告書は研究者の論文やBLSの人口動態調査(CPS)、世界不平等研究所(World Inequality Lab)のデータ(注3)から、米国における過去100年間の労組組織率と、総所得に占める上位1%の所得の割合(上位1%比)の推移を示した(図表1)」。それによると、近年は労組組織率が低下していく一方で、上位1%比は上昇し、所得格差拡大の傾向がみてとれる。

図表1:労組組織率と「不平等」の推移
画像:図表1

出所:U.S.Department of the Treasury(2023)Labor Unionsand the Middle Class

10~15%の「組合賃金プレミアム」

報告書はBLSの賃金データから、組合員と非組合員の2022年における賃金水準(週給・中央値)を比較した。それによると、組合員の賃金は非組合員に比べて約20%高い。人種/民族や性別ごとに見ると、この差はヒスパニック系(35%)、黒人(約20%)、女性(23%)で顕著である。職業別に見ると、「生産」の職業に従事する組合員の賃金は非組合員よりも20%以上高い。

ただし、こうした単純集計による賃金差は、年齢や学歴、職種といった要因の影響を含んでおり、組合加入者の賃金が非加入者よりも高いという「組合賃金プレミアム」自体を示す数値として十分とはいえない。報告書は、①単純な「回帰分析」で組合加入以外の要因を取り除く、②「回帰不連続分析」を用いて、従業員投票の結果、僅差で労組が結成された職場と結成されなかった職場を比較する、といった方法で「組合賃金プレミアム」の存在や程度を考察した研究論文を紹介した(注4)。こうした論文では、組合加入者に10~15%の「組合賃金プレミアム」が生じ、長期勤続者ほどその効果が大きいと指摘している。

福利厚生や職場環境改善の効果

報告書はBLSのデータから、組合員は非組合員よりもより恵まれた福利厚生を享受できていることを示した。例えば、確定給付型退職金プランの組合員への提供率は非組合員の5倍で、有給病気休暇の提供率は、組合員90%以上に対して非組合員77%となっている。

さらに、労組の存在は、職場の安全衛生環境の改善や、当局への苦情申立て、報復防止などの効果があるとした(注5)。加えて、労働組合がない企業で働く労働者等への波及効果にも言及している(注6)

「平等の重要な推進者」に

報告書は、組織率がピークだった1950年代に、労組は指導部から非白人労働者を排除したり、女性の組合員が少数派だったりしたと指摘する。だが、その後、差別撤廃の目標と方針を掲げ、性別と人種の平等を労働協約や政策提言の中心に位置づけるなど、この数十年で企業内や経済全体の平等に向けた重要な推進者になっているとの見方を示す。

そして、「組合の取り組みによって黒人女性と白人女性の賃金格差が大幅に縮小した(注7)」、「教員の男女賃金格差が団体交渉を通して減少した(注8)」とする論文を紹介。労組は幅広い属性の労働者に手を伸ばすことで、経済全体の平等を促進しうるとした。

経済全体に及ぼす効果に関しては、「1938~68年における「90/10 (上位10%と下位10%の格差を示す)所得比率」が20%低下したことの約半分は、労組の台頭で説明できる」「組織率が10ポイント上昇すると、男性の「90/10賃金比率」は2%低下する」「州の組織率が10ポイント上昇すると、その州の上位10%が占める所得の割合が6ポイント低下する」(注9)」、「1979~2017年における労組の排除は男性の「90/10賃金比率」の上昇の約13%に寄与し、組合非加入者への波及効果を考えるとその影響は約2倍になる)」(注10)、「州の組織率上昇は「働く貧困(家庭所得が全国中央値の50%未満と定義)」を減らす」(注11)といった内容の研究論文をとりあげている。

労組と経済生産性

報告書は経済生産性に対する労組の二面性(ポジティブとネガティブ)について、次のように言及する。ポジティブな面として、幸福で積極的な従業員の生産性は高く、離職率は低い。従業員の定着率が高ければ、企業は採用・研修のコストを抑制できる。また、労組の保護下で従業員が報復を恐れずに改善の意見を述べたり、職場の意思決定に参加したりできるようになることで、仕事の効率を高められる。一方、労働者保護により、生産性の低い従業員を企業に引き留めてしまう、あるいは、投資に使うはずの資金を賃上げに用いて生産性の低下を招く可能性がある。

報告書はこうした労組と生産性の関係について、医療分野での考察(労組の存在やストライキの発生と、治療の効果・質との関連性等)や、地域産業衰退、職場慣行、教育、工場閉鎖、株式評価との関連などを論じた研究論文を紹介する(注12)。そのうえで、「既存のエビデンスを概観した研究者たちは、労組の生産性に対する影響は、ややポジティブかニュートラルだと結論づけている」と指摘している(注13)

参考資料

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