「安全で信頼できるAIの開発と使用」で大統領令
 ―労働への弊害軽減策を検討

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バイデン大統領は2023年10月30日、「安全で信頼できるAI(人工知能)の開発と使用に関する大統領令(Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence)」を出した。労働者支援に関して、AIの普及に伴う雇用喪失、職業訓練、公平性確保といった課題に取り組み、労働者にとってのAIの弊害を軽減し、利益を最大化するための原則とベストプラクティスを開発するとした。AIの労働市場への影響に関する報告書も作成する。これらは大統領令発令から180日(2024年4月30日ごろ)以内に、経済諮問委員会委員長や労働長官から大統領に報告する予定にしている。

AI大手各社の合意

ホワイトハウスはAIの普及に伴う国民の権利保護の取り組みを強めている。2022年10月4日に科学技術政策局(OSTP)で発表した「AI(人工知能)権利章典の青写真」では、自動化されたシステムの設計、使用、展開にあたっての5つの原則(①安全で効果的なシステム、②アルゴニズム(プログラミングされた計算手順)による差別からの保護、③データ・プライバシー、④通知と説明、⑤人による代替、配慮、フォールバック(機能を限定した予備的運用))をあげた(注1)

バイデン大統領は2023年7月21日に、アマゾン、アンソロピック、グーグル、インフレクション、メタ、マイクロソフト、オープンAIのAI大手7社の首脳と会談した。その際、7社がAIの安全性(safety, security)や信頼性(trust)の確保に関する自主的な取り組みに合意したことを明らかにした(注2)

7社合意は、「導入前に製品の安全性を確保する」「セキュリティを最優先してシステムを構築する」「社会の信頼を得る」を3つの柱に掲げた。企業等がAIを採用や昇進の選考に活用する際、過去の偏見に基づくデータが蓄積され、雇用差別を助長するとの懸念がある。こうしたことから、信頼性確保の取り組みのひとつとして、「有害な偏見や差別の回避、プライバシーの保護など、AIシステムがもたらす社会的リスクに関する研究を優先する」ことなどをあげている。

バイデン大統領は同日に7社合意を評価したうえで、AIがもたらすリスクの管理、国民の権利と安全を守るため、AIの規制を含む大統領令を出す方針を明らかにしていた。

その後、9月12日にはアドビ、コーヒア、IBMなど8社が同様の合意を交わしている(注3)

大統領令の内容

2023年10月30日に発表した大統領令は、労働者支援に関して以下の内容を示している。

○概要(「ファクト・シート」より)(注4)

AIは米国の雇用と職場を変えつつあり、生産性の向上を約束すると同時に、職場の監視、偏見、失業の危険性をもたらしている。これらのリスクを軽減し、労働者の団体交渉力を支援し、すべての人がアクセスできる職業訓練・能力開発に投資するため、大統領は以下の行動を指示する。

  • 雇用喪失、労働基準、職場の公平性、安全衛生、データ収集に対処することにより、AIの弊害を軽減し、労働者の利益を最大化するための原則とベストプラクティス(好事例)を開発する。これらの原則とベストプラクティスは、雇用主が労働者に過少な報酬を与えたり、求人への応募を不当に評価したり、労働者の団結を損なったりすることを防ぐためのガイダンスを提供することで、労働者に利益をもたらす。
  • AIが労働市場に及ぼす潜在的な影響に関する報告書を作成し、AIによるものを含め、労働の混乱に直面する労働者に対する連邦政府の支援を強化するための選択肢を調査・特定する。

○大統領令本文(注5)

  1. AIが労働者に与える影響についての理解を進めるため、発令から180日以内に以下の措置を講じる。
    • (1)経済諮問委員会の委員長は、AI の労働市場への影響に関する報告書を作成し、大統領に提出する。
    • (2)AI 関連の労働力の混乱に対処するために、労働長官はAIやその他の技術の進歩によって職を失った労働者を支援する機関の能力を分析した報告書を大統領に提出する。報告書には少なくとも次のことを盛り込む。
      • 仕事の混乱に直面する労働者を支援するために設計され、現在または以前に実施された連邦プログラム(失業保険や労働力機会・革新法によって認可されたプログラムを含む)が、将来起こり得るAI関連の混乱に対処するためにどう利用できるのかを評価する。
      • AIによって職を追われた労働者に対する連邦政府の追加支援を強化、展開するため、潜在的な立法措置を含む選択肢を特定し、商務長官や教育長官と協議し、個人にAI関連職業への道筋を提供する教育および訓練の機会を強化、拡大する。
  2. 職場に導入された AI が、従業員の幸福を確実に促進できるよう以下の支援を行う。
    • (1)労働長官は発令から180 日以内に、適切と判断した場合、他の機関および外部団体(労働組合や労働者を含む)と協議して、雇用主にとっての原則とベストプラクティスを開発し、公表する。これにより、従業員の幸福に対するAIの潜在的な害を軽減し、利益を最大化する。原則とベストプラクティスには、雇用主がAIに関して講じるべき具体的な手順と少なくとも以下を含む。
      • AIに関連する離職リスクとキャリアの機会(職務スキルや、求職者・労働者の評価への影響を含む)。
      • 労働基準と仕事の質(職場におけるAIの公平性、保護、報酬、健康、安全への影響に関する問題を含む)
      • 雇用主による AI 関連データの収集と使用が労働者に与える影響(労働者を保護する法律で保護される透明性、従事、管理、活動など)
    • (2)原則とベストプラクティスを策定した後、関係機関の長は労働長官と協議の上、各機関のプログラムに適切かつ適用される法律と一致する範囲内で、これらのガイドラインの採用を促進する。
    • (3)AIによって仕事が監視・強化されている従業員が、その労働時間全体に対して適切な報酬を得られるよう支援する。労働長官は、AIを導入して従業員の仕事を監視または強化する雇用主が、1938年公正労働基準法およびその他の法的要件に定義されているように、労働者が労働時間に応じて補償されることの保護を引き続き遵守することを明確にするガイダンスを発行する。
  3. AIに対応できる多様な人材を育成するために、米国立科学財団(NSF)理事長は、既存のプログラムを通じてAI関連の教育や労働力開発をサポートする(利用可能なリソースを優先する)。理事長は必要に応じてさらに関係機関と協議する。関係機関はそれらの目的のためにリソースを割り当て、さらなる機会を特定する。理事長による行動には、これらの目的のために、適切なフェローシップ・プログラムや賞金が使用される。

参考資料

  • 日本貿易振興機構、ブルームバーグ通信、ホワイトハイウス、各ウェブサイト

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