鉄鋼産業、8.5%の賃上げと週32時間(週4日)勤務を要求
 ―IGメタル

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2023年11月

ドイツ最大の産別組合である金属産業労組(IGメタル、215万人)は23年11月中旬から始まる鉄鋼産業の労使交渉で、8.5%の賃上げと現行の週35時間から32時間への労働時間短縮(賃金はそのまま維持)を要求する。同労組は数年前から産別交渉において週労働時間の短縮を主要な要求項目としている。40年前にIGメタルが長い年月をかけて獲得した週40時間から週35時間制への労働時間短縮を彷彿とさせる要求内容で、交渉の行方に注目が集まっている。

IGメタルによる1.1万人の労働者希望調査

IGメタルは交渉に先立ち、1.1万人の労働者を対象としたアンケート調査を行った。それによると、回答者の72%が物価高騰を考慮した賃上げは重要だと考えていた。また、同75%は、現行賃金を維持したまま週労働時間を短縮することは重要だと回答しており、さらに同65%は、時短は雇用確保のための重要な手段だと考えていた。鉄鋼産業の労働者数は過去50年で2/3に減少しており、現在は環境に優しいグリーン・スチール(鉄の製造過程で二酸化炭素の排出を極力減らすこと)への変換が進んでいる。二酸化炭素を多く排出する石炭の代わりに水素を多く使用することで、一部の生産分野(コークス工場など)の労働力余剰が見込まれており、労働時間短縮は、ワークシェアリングによる労働者全体の雇用確保につながるという考えだ。

労組による40年前の時短要求―週40時間から週35時間へ

過去、1980年代から90年代にかけて、IGメタルを中心とした産業別労働組合は、残業廃止や労働時間短縮などを強く訴え、交渉の優先議題に「労働時間」を掲げた。 その結果、労使で締結された労働協約が重要な役割を果たし、その後、ドイツの1人当たり平均年間総実労働時間は、大きく減少した(図1)。

図表:図1:ドイツの1人当たり平均年間総実労働時間(就業者)の推移
(1985年~2010年までは5年毎、2010年~2020年は1年毎)

画像:図1

出所:JILPT『データブック国際労働比較2022(PDF:1.8MB)

他方、「労働時間の短縮」と並行して発展してきたのが「労働時間の柔軟化」である。使用者は、労働組合の要求に対応するため、変形労働時間や労働時間口座(労働者が残業をした場合に、その残業時間を口座に貯めておき、後日休暇等で相殺する制度)などの柔軟な働き方を促進することで需給調整を行い、競争に生き残ろうと試みてきた。

なお、当時の週35時間制の導入を振り返ると、短期間の要求ですぐに労使が妥結したわけではない。かなりの年月をかけて労組が要求し続け、時にストライキも実施しながら妥結に至っている。妥結も、まず週40時間から週38.5時間、その後、週37時間、週36時間、週35時間と、4段階に分けて労働時間短縮を行い、達成した。

その間、反対派が懸念したような生産への悪影響も、賛成派が期待したような高失業率の大幅な低下も生じなかった。WSI(経済社会研究所)元所長のハルトムート・ザイフェルト氏によると、こうした段階的な労働時間の短縮と、労働時間の柔軟化によって、同産業では大幅に生産性が向上したが、それは自然に発生したものではなく、新しい労働時間構造が触媒となって労働組織全体が変化したためだと分析する。

鉄鋼業の好況も追い風に

現地の公共メディア(Deutsche Welle)によると、ドイツの鉄鋼を用いた製造分野はコロナ禍を経て好況に推移している。自動車メーカーのメルセデスやBMW、電子工学メーカーのシーメンスやボッシュの利益率は、22年はいずれも12~15%と推定されている。また、世界第5位の武器輸出国でもあるドイツは、近年のロシアのウクライナ侵攻に伴う欧州とNATOの安全保障上の懸念の増大から、新兵器の受注が急増し、ラインメタル、ティッセンクルップ、KMW、MBDA等の関連企業はいずれも数十億ドルの増収を記録している。

要求に対する労使の主張

労働組合側は、週労働時間の短縮は、労働者全体の健康と生活の質を大幅に改善するとともに、ストレスの軽減による労働寿命の延長や、医療費の削減、早期退職のための社会的コストの削減にも寄与すると主張する。さらに、若い労働力にとって魅力的な労働条件の整備は、今後同産業にとって欠かせない要素であり、グリーン・スチールへの移行に伴う雇用喪失にも対抗できるとしている。さらに、長引く高インフレによる賃金の引き上げも同時に欠かせないとしている。なお、IGメタルによると、週32時間への短縮と週4日制の導入は、過去と同様に段階的な導入を想定しているようである。

他方、使用者側は、賃上げと同時に労働時間短縮を実施すれば、大幅な競争力の低下を引き起こし、交代制勤務(シフト勤務)に混乱をきたす、として強く反発している。すでにいくつかの鉄鋼企業では、週32時間制や週33時間制を導入しており、実績もあるが、使用者側が警戒しているのは、今回の要求(鉄鋼産業で働く8万人の労働者のみを対象)に合意した場合、さらに広範囲な産業への導入やさらなる労働時間短縮議論に発展することだろう、と前述のザイフェルト氏は分析している。同氏は、今後機が熟し、幅広い社会的コンセンサスを得て週32時間制(週4日勤務制)が導入された場合は、単なる労働者の健康と生活の質改善のみならず、より幅広い男女の機会均等や家族政策の目標達成や、様々な分野の市民参加促進にも寄与する大きな波及効果が期待できると考えている。

参考資料

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