男女間賃金格差透明化指令の成立

カテゴリ−:労働法・働くルール

EUの記事一覧

  • 国別労働トピック:2023年7月

男女間の同一労働同一賃金の原則の実施強化に向けた法整備を加盟国に求める指令が、5月に成立した。従業員規模100人以上の企業等に定期的な男女間賃金格差の公表を義務付け、正当性を示すことができない5%を超える格差がある場合には、労働者代表と共同で検証や是正措置等の実施を求めることなどが盛り込まれている。

労働の価値を評価・比較する分析ツール等の整備を要請

男女間の同一労働(または同一価値労働)同一賃金をめぐっては、2006年の男女均等待遇原則指令(注1)において規定され、加盟各国でもこれに対応した法制度が整備されている。また2014年には、同指令の補完を目的とした賃金透明化に関する勧告(注2)が示され、同一賃金原則のより効果的な実施に向けて、賃金の透明性向上を官民の雇用主に働きかける各種施策の実施が提案された。しかし、同一賃金原則の効果的な実施はその後も課題として残り続け、賃金の透明性の欠如が大きな障害の一つとなっていることが調査等で確認されていた(注3)。このため、欧州委は2021年3月、改めて賃金の透明性向上に係る法整備を各国に義務付ける賃金透明化指令案(注4)を公表、2年余りの議論を経て、2023年5月に成立した(注5)

指令はその目的として、男女間の同一(価値)労働同一賃金の原則の適用強化と、賃金の透明化及び実施メカニズムの補強を通じた差別禁止の強化に向けて、最低限の要件を設定することを掲げている(第1条)。同一賃金の実施には、労働の価値の同等性が評価される必要がある。このため、指令は加盟国に対して、雇用主における同一(価値)労働同一賃金に基づく賃金体系の整備の促進や、労働の価値の評価・比較を支援する分析ツールや手法の提供に向けて、必要な施策を講じることを求めている(第4条)。労働の価値が同等であるかを評価する基準は、直接間接に労働者の性別に基づくものであってはならず、スキルや労力、責任、労働条件のほか、場合によって特定の職務や地位に関連した要素などが考慮されることを要する、としている。

求人応募者、労働者への情報提供を義務化

賃金透明化のための手法の一つは、求人応募者に対する情報提供だ(第5条)。応募者には、応募する職務の初期賃金額または賃金額の範囲や、職務に関連する労働協約上の規定について(ある場合)、情報提供を受ける権利が保証される。加えて、雇用主には、応募者の現在・過去の給与額を尋ねることが禁止される。

また、労働者に対する情報提供も規定されている(第6条)。雇用主は、賃金額や賃金水準、昇給の決定に際して使用される基準について、労働者が容易にアクセスできるようにしなければならない。労働者は、自身の賃金水準や、性別、同一(価値)労働に従事している労働者カテゴリ別の平均賃金について、情報を請求し書面でこれを受け取る権利を有する(第7条)。もし情報が不正確あるいは不完全な場合には、追加的な説明や詳細について請求することができる。雇用主はこうした請求に対して、適正な期間内(最長で2カ月以内)に情報を提供しなければならない(注6)。また労働者は、同一賃金原則の実施を目的として自らの賃金について公表することを妨げられてはならず、加盟国は、賃金情報の開示を制限する契約上の条項を禁止するための施策を講じなければならない。

男女間賃金格差の公表義務

加えて、雇用主には、男女間賃金格差に関する行政機関への報告及び公表も義務化される(第9条)。指令は、雇用主が所管の行政機関に報告すべき指標として、以下の7指標を挙げている。

  1. 男女間賃金格差
  2. 補足的・可変的手当(complementary or variable components)に関する男女間格差
  3. 男女の賃金中央値における格差
  4. 補足的・可変的手当の中央値における格差
  5. 補足的・可変的手当が支払われている労働者の比率(男女別)
  6. 賃金額の四分位における男女比率
  7. 労働者カテゴリ別・賃金区分(基本となる賃金、補足的・可変的手当)別の男女間格差

報告義務が課される雇用主の範囲や適用時期等は、従業員規模によって異なり、従業員250人以上規模の雇用主には2027年6月までに適用の上、毎年の報告が義務付けられる。また、100~249人規模の雇用主については、2031年までに順次適用が拡大されるが(注7)、報告義務は3年に1回となる予定だ(注8)。雇用主は、上記の各種指標のうち労働者カテゴリ別の男女間格差以外のデータ(上記①~⑥)について、ウェブサイト等で公表しなければならない。所管の行政機関は、雇用主から報告された労働者カテゴリ別の男女間格差以外のデータをとりまとめて公表する。

一方、労働者カテゴリ別データについては、労働者や労働者代表への提供のほか、求めに応じて労働監督官、均等機関(注9)への提出が義務付けられている(提出可能であれば過去4年分)。労働者、労働者代表、労働監督機関、均等機関は、提供されたデータについて追加的な明確化や詳細(賃金格差に関する説明等)を求める権利を有し、雇用主はこれに対して、適正な時間内に裏付けのある返答をしなければならない。賃金格差が、客観的で性中立的な基準に基づくものとして正当性を示せない場合、雇用主は労働者代表や労働監督機関、均等機関との協力により、適正な期間内に状況を改善しなければならない。

労働者代表と共同での検証や是正の義務

雇用主から報告されたカテゴリ別平均賃金水準における男女間格差が5%以上であり、これについて客観的かつ性中立的な根拠による正当性が示されず、かつ報告から6カ月以内に是正も行われていない場合、加盟国は雇用主に対して、労働者代表と協力して合同賃金評価(joint pay assessment)を実施するよう求めなければならない(第10条)。合同賃金評価は、格差の確認、是正および予防が目的とされ、以下の内容を含むこととされる。

  • 各労働者カテゴリ別の男女比率の分析
  • 男女労働者の賃金水準および補足的・可変的手当に関する情報
  • 各労働者カテゴリ内の男女間の平均賃金の格差
  • 平均賃金水準における格差の客観的かつ性中立的な根拠に基づく理由(労働者代表と雇用主の間で確立されたものがある場合)
  • 産休・父親休暇、両親休暇、介護休暇を取得した労働者が、取得期間中に実施された改善策により復職後に利益を受けた場合は、その男女比率
  • 正当化されない男女間賃金格差について実施された対策
  • 前回の合同賃金評価の効果に関する評価

雇用主は合同賃金評価の結果について、労働者や労働者代表に提供するほか、別途設置される監視機関(注10)に連絡しなければならない。また、労働監督機関や均等機関の求めがあれば提供しなければならない。合同賃金評価の結果を受けて施策を実施する場合、雇用主は正当化されない格差を適正な期間内に改善しなければならない。加盟国は、労働監督機関や均等機関がこれに参加するよう定めることができる。施策の内容には、現行の職務評価・分類制度の分析やその構築を含まなければならない。

指令にはこのほか、法的救済等に関する内容が盛り込まれている。労働者が、直接または間接差別の可能性が推定される事実を提示して申し立てを行った場合、雇用主に反証の責任が課される(第18条)ほか、労働の同等性の評価にあたっては、同一の雇用主の下での雇用(注11)や、同時点での雇用が必ずしも前提とされないこと(第19条)、また比較可能な労働者がいない場合、統計や、仮想の労働者について想定される処遇など、他のエビデンスを用いた差別の証明が可能とされることなどを規定している。

加盟各国には、2026年6月までの国内法の整備のほか、制度を通じて収集されたデータ等の提出や実施状況に関する報告などが求められる。

関連情報