「労働時間」が再び優先議題に
―IGメタル次回交渉

金属産業労組(IGメタル)は、2017年末から始まる労使交渉で「労働時間」を優先議題にすると発表した。労使はともに「労働時間」に関する調査を実施し、分析を進めている。少子高齢化やデジタル化の進展等を背景に、30年前とは異なる文脈で、再び「労働時間」が交渉の中心に上ってきている。

80~90年代の「労働時間短縮」交渉

約30年前の1980年代から90年代にかけて、IGメタルを中心とした産業別労働組合は、残業廃止や労働時間短縮などを強く訴え、交渉の優先議題に「労働時間」を掲げた。 その結果、締結された労働協約が重要な役割を果たし、過去35年間で、ドイツの1人当たり平均年間総実労働時間は、380時間も短縮された(図1)。

他方、「労働時間短縮」と並行して発展してきたのが「労働時間の柔軟化」である。使用者は、労働組合の要求に対応するため、変形労働時間や労働時間口座(注1)などの柔軟な働き方を促進することで需給調整を行い、競争に生き残ろうと試みてきた。

図1:1人当たり平均年間総実労働時間(就業者)(1980年~2015年)
図表:画像

  • 出所:OECD Database (2016年9月)
  • 注:1990年は旧西ドイツ地域が対象。また、集計方法が変更されたため、1990年と1995年以降の数値は接続しない。

「選択的労働時間」が焦点に

そして、いま再び「労働時間」が議論されている。背景には、デジタル化の進展でICT(情報技術)を活用し、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方が広がったこと、少子高齢化の進展で、労働者が無理せず長く働き続けられる「労働時間制度」が模索されていること等がある。

労働社会省(BMAS)は2015年4月、現行法が想定していない柔軟な働き方にも適応する制度・政策などを話し合う大規模な対話プロジェクトを実施した。討議の結果は、2016年11月に白書「労働4.0」として発表された。その中では、現行の労働時間法から逸脱できる企業内の政策実験の枠組み(Experimentierräumen)を設けた上で、労使合意に基づいて労働時間を選ぶことができる「選択的労働時間」制度の試行(2年の期限付き)が提案されている(注2)

ドイツ鉄道の協約―労働時間ルネサンス

白書は「労働時間は、今後一層の柔軟化と労働者の自己裁量権の確保が重要」としているが、2016年12月には、この考えに沿った画期的な労働協約が合意に至り、注目を集めた。

ドイツ鉄道と鉄道交通労組(EVG)の協約で、期限は2018年9月30日まで。具体的な内容は、2017年4月からの2.5%の賃上げと550ユーロの一時金支払いに加え、2018年からは、①賃上げ(2.6%)、②労働時間削減(週39時間から週38時間へ)、③休暇(6日間の有給休暇の追加取得)、の中からいずれか1つを労働者が自由に選択することができる。ドイツ経済社会研究所(WSI)の賃金協約専門家は、これを「協約自治(Tarifautonomie)における労働時間議論のルネサンス(再生)だ」と評価している。

報道(Handelsblatt)によると、IGメタルはこの時点で、同協約を追い風に「次の交渉で、労働者の主権に基づく選択的労働時間制度の導入を求める」との方針を明らかにしている。

IGメタルの労働時間調査―「裁量」が鍵

IGメタルは、交渉の1年前となる昨年末から労働時間の裁量権拡大などを求めて「労働時間キャンペーン」を開始。さらに2017年1月から2月にかけて「労働時間の満足度」調査を行い、結果を5月に発表した。調査には、金属、鉄鋼、電気、手工業、衣料・繊維、林業等の産業で働く68万人以上の労働者が参加した。同調査は、労働時間の満足度に働く正と負の要因を特定し、回答者全体の傾向と、モバイルワーカー(勤務場所や時間が固定しておらず、ICT等を活用して柔軟に働く者)のみを抽出して、その傾向を分析している。その結果、モバイルワーカーは、回答者全体より労働時間に関する裁量が大きかった。モバイルワーカーはまた、長時間労働の割合も多かったが、総合的な労働時間に関する満足度は、回答者全体70.7%に対して、77.4%と高かった(表1)。ここから、労働時間の満足度には、労働者の裁量の大きさが密接に関わることが明らかになった。

表1:労働時間の満足度に寄与する要因
  回答者全体の割合 モバイルワーカーのみの割合
満足度にプラスの要因    
実労働時間=希望労働時間 63.8% 62.3%
予測可能である、裁量がある 83.5% 85.5%
直前でも数時間のオフが取得可能 85.6% 96.9%
一定期間、労働時間を短縮できる 58.0% 76.3%
満足度にマイナスの要因    
長時間労働 24.4% 42.2%
土曜等の週末労働 16.1% 7.2%
予測可能でない、裁量がない 16.5% 14.5%
業務の進捗にかかる圧力 27.3% 22.2%
総合的な労働時間の満足度 70.7% 77.4%
  • 出所:IG Metall(2017).

ゲザムトメタルの調査―法改正希望は4割強

金属産業経営者連盟(ゲザムトメタル)も同時期に「労働時間と柔軟化に関する調査」を実施し、結果を発表している。モバイルワーク、労働時間の裁量度、仕事と生活の調和、現行法(労働時間法等)などのテーマについて1100社以上の企業と1000人以上の従業員に各々質問している。その結果、回答企業の44.7%が、労働時間法が規定する「1日単位」の上限労働時間(1日最大10時間)を、「1週間単位」の柔軟な上限時間に改定することを望んでいた。また、1日単位で規定されている11時間の連続休息時間(インターバル規制)については、59.7%の企業が運用の柔軟化を求めていた。

一方、労働者の回答を見ると、全体の77%は「他の日にその分短く働くのであれば、1日に10時間以上働いても良い」と回答していた。また、11時間の連続休息時間については、労働者の21%のみが「条件付き(厳格な規定と運用が担保され、総労働時間が増えない場合に限り)で、一時的に休息時間を短縮しても良い」と回答していた。このように労働時間の柔軟化については現時点で、労使の考えに隔たりがある。

IABの調査も、裁量がポイント

公共研究機関のドイツ労働市場・職業研究所(IAB)も最近、「職業教育訓練研究機構(BIBB)/ドイツ労働安全衛生研究所(BAuA) 雇用調査」のクロス・セクションデータを使用した「労働時間と満足度調査」の結果を発表した。それによるとIGメタルの調査結果と同様に、労働時間の裁量権が大きい労働者ほど労働時間満足度が高かった。また、未払い残業、交代(シフト)勤務、週末出勤等の不規則な労働時間は、仕事の満足度を低下させていることも明らかになった。さらに、労働者のワークライフバランスを可能にし、ストレスの軽減を図る企業ほど、欠勤率や離職率が低く、労働者の満足度が高く、生産性や業績に良い影響を与える可能性があることが示された。

労働者の希望で週28時間まで短縮可能性も

報道(WiWo)によると、IGメタルは、次回の交渉で「労働者が育児や介護責任を負う場合など、各人のニーズに応じて、労働時間を週35時間から最大で週28時間まで短縮できる権利を要求していく」としている。国内最大の産業別労組であり、他産業の交渉にも強い影響力を持つIGメタルの交渉が成功した場合、今後は全国に選択的労働時間の導入が波及する可能性がある。

参考資料

  • EurWORK(30/06/2017), IG Metall, GESAMTMETALL(Arbeitszeitumfragen 2017), IAB Discussion Paper(20/2017), WirtschaftsWoche(WiWo)(23.06.2017), Handelsblatt(14.12.2016), BMAS, BDAほか。

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