男女間の賃金格差解消に向けたアジェンダ 経済政策研究所

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2016年1月

リベラル系シンクタンク、経済政策研究所は11月19日、「女性の経済アジェンダ」を発表した。これは、女性の就業率が高まっているにも関わらず、男性と比べて低いままにとどまる賃金をどのように高めていくかという政策的道筋を一二項目にわたって示したものである。近年、男女を問わず、一握りの高所得層に富が集約することにより、低・中所得層の賃金が低下している。低所得層の労働者の多くを女性が占めていることから、こうした構造的な富の偏在の問題を克服することこそが、男女間の賃金格差の解消に向かう近道だと経済政策研究所は指摘する。

最賃引き上げと団体交渉の強化を柱とする政策的道筋

  1. 連邦最低賃金の引き上げ
    時給7.25ドルにとどまる現行の連邦最低賃金では、たとえ養わなければならない子供がいない場合でも、ささやかな生活を送ることさえ困難な状況となっている。この連邦最賃を時給12ドルに引き上げるだけで労働人口の四分の一にあたる3500万人の賃金が大幅に上昇するが、そのうちの56%が女性である。
  2. チップ最低賃金の廃止
    チップを受け取る労働者の最低賃金(チップ最低賃金)は連邦最低賃金を大幅に下回る時給2.13ドルにすぎない。このチップ最低賃金を廃止するだけで数百万のサービス産業の労働者の賃金を上昇させ、収入を安定させることができる。そのうちの三分の二を占める女性であり、チップを含んだ時給が男性で10.63ドルのところ、女性が10.07ドルにとどまる賃金を引き上げることにつながる。
  3. 団体交渉権の強化
    女性が労働組合を組織することを容易にするとともに、労働法を違反する企業への罰則を強化し、公的セクターにおける団体交渉権を守り、労組組織化を困難にするライト・トゥ・ワーク法の拡大を阻止かつ反転することが、すべての女性労働者がより良い賃金や手当、労働条件を獲得するための交渉を行うためのテコとなる。団体交渉権の後退が中間層にとって賃金を低下させたもっとも大きな要因だが、労働組合に加盟する女性は労働組合に入っていない場合と比べて、賃金や病気有給休暇の取得、年金などの点で有利な状況となっている。
  4. 採用、賃金、昇進における差別を取り締まる法制度の強化
    女性労働者の時間給の中央値は男性の83%にすぎないように、男女間の賃金格差は依然として存在している。高学歴女性労働者ほどその差は拡大し、男性の74%に低下する。黒人およびヒスパニック系女性の賃金は白人男性と比較して、それぞれ65.1%と58.9%にとどまるなど、人種間でも格差は拡大する傾向にある。この状況を改善する方法は、使用者に対して人種、性別における差別に関する取締りを強化することである。
  5. 有給家族休暇の提供
    家族の看護、介護のための有給家族休暇の権利を有する労働者は、民間企業で働く従業員の12%にすぎない。時働いている女性にとって家庭と仕事の両立を実現するためには有給家族休暇の提供が必要である。
  6. 有給病気休暇の提供
    39%の労働者は有給病気休暇を取得する権利を有していない。このことは、病気になった際に、賃金を得られずに生活の基盤が脅かされる労働者が三分の一以上存在することを意味している。すべての労働者が有給病気休暇を取得する権利を手にすることは、家庭と仕事の両立を経済的な不安を感じることなく実現するために重要である。
  7. 「細切れ雇用」の撤廃
    26歳から32歳で子育て中の女性労働者のうち、34%が仕事のシフトを一週間以内にしか事前に知らされていない。この傾向は、収入が不安定な低賃金労働者ほど顕著になっており、一日のうちにまとまった時間を労働にあてることが難しい「細切れ雇用」の状態にある。とくに子育て期にある女性労働者にとって、家庭と仕事の両立を実現するとともに、収入を安定させるためには、「細切れ雇用」の撤廃が必要である。
  8. 保育、幼児教育の充実化
    二人の子供にかかる保育費用は一般的に家賃よりも高い。このことは、女性を労働市場から退出させることにつながっている。だれにでも利用可能な保育費用を設定するとともに、設備の向上と保育施設で働く労働者の処遇改善による幼児教育の充実化は、将来的な教育および雇用機会の向上や犯罪率の低下を生み出すことにつながる。
  9. 社会保障の維持・拡充
    平均的な女性退職者の社会保障受給額は男性退職者と比較して300ドル以上低い。これは男女間の賃金格差に起因しているだけでなく、多くの場合、女性が家族の介護や看護の主たる担い手となることで自らの収入を獲得する機会を失うことに影響を受けている。高齢女性の53%が病気にみまわれたときには経済的に脆弱であり、貧困状態に陥る危険性がある。働く女性にとって健康保険、年金といった退職後の生活を支える社会保障制度の維持・拡充が望まれる。
  10. 不法滞在の状態にある労働者に対する市民権の付与
    不法滞在の状態にある労働者が働いく可能性の高い職種では女性比率が高く、たとえば家政婦やベビーシッターといった家庭内労働では93.1%が女性である。こうした労働者に市民権を付与することは、低賃金の状態にある女性労働者の生活と労働条件を向上させる大きな道筋となる。
  11. 労働基準法の遵守を強化
    最低賃金違反、賃金・残業代未払い、請負労働の活用による労働基準法逃れ、事業主による給与税および各種社会保障税逃れ、家族および病気休暇の不備などが横行するなか、労働基準法の規制が不十分である。これらは、低賃金労働の分野で顕著であり、およそ50億ドルが労働者に未払いとなっているが、被害の多くが女性労働者に集中している。また、残業代の対象から除外されるホワイトカラー・エグザンプションによって賃金上昇が抑えられている労働者の半数が女性である。
  12. 賃金上昇と失業率低下を優先した金融政策の実現
    過去35年間にわたり、生産性は65%上昇したにもかかわらず、多くの労働者の賃金は停滞している。低金利政策を維持することは、労働市場を逼迫させることを通じて失業率を低下させるとともに、賃金を上昇させる圧力となる。このことは、性別や人種間で賃金格差が存在する現状において、そうした格差を解消するための早期解決をもたらす。政策担当者は賃金格差の存在を念頭においた金融政策を実現するべきであり、安易に金利を引き上げる決定をすべきではない。

低賃金労働者としての女性と家族の問題解決に向けて

「女性の経済アジェンダ」は、生活することが困難なほどに賃金の状態にある女性労働者に焦点を絞ったものである。「4.採用、賃金、昇進における差別を取り締まる法制度の強化」のなかで、高学歴になるほど男女間の賃金格差が拡大することを指摘しているが、主眼は、低賃金かつ不安定な状況におかれている女性労働者とその家族の生活状況をどのように引き上げていくかということにおかれている。

これは二つの点からみることができる。ひとつは、連邦最賃水準で働いている労働者の過半数が女性であるという事実であり、もうひとつは同一労働同一賃金に関する規制が存在していないということである。

本アジェンダでは、女性管理職登用比率向上や女性の能力の活用といった課題には触れていない。こうしたことに問題が存在しないわけではなく、女性労働者の生活と労働の改善にとって、低賃金労働者の抱える問題を解決することがより効果的との立場にたったものである。経済政策研究所はこの問題について、印象論ではなく、統計的な調査結果を提示する。

そもそもアメリカでは、同一の職務であれば同一の処遇にしなければならないという原則が法的に存在していない。こうした状況で男女間の処遇格差を解消するための政策的な道のりは、同一労働同一賃金に基づく規制を新たに作り出すよりも、差別の問題として表出させるか、連邦最賃の引き上げや社会保障の拡充、有給病気・看護休暇の提供といった対応が近道となる。拡大する低賃金労働者の担い手の多くを女性が占めるという状況はアメリカだけで進展していることではない。女性の経済アジェンダ」は一定の普遍性をもつであろう。

このアジェンダには、労働組合リーダー、エリザベス・ウォレン上院議員、ローザ・デローロ下院議員が賛同の意を示しているほか、経済政策研究所は広範な支持を呼びかけており、連邦下院議会での採択を求めている。

(山崎 憲)

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