研究報告2 生活時間と健康の確保に関わる働き方

就業時間帯と健康

労働時間の長さだけではなく、就業時間帯も重要

生活時間と健康の確保という観点からどのような働き方が望ましいかを考える時に、労働時間の長さは重要な論点です。加えて近年では、就業時間帯、通勤時間や、テレワークといった柔軟な働き方も、生活時間や健康の確保に関わる論点となっています。

まず、本フォーラムのメインテーマである、就業時間帯に着目します。JILPTの調査をもとに就業者の中で18時以降の勤務がある人の割合を職業別に集計したのが、シート1になります。18時から22時の時間帯に勤務がある割合と22時から5時の時間帯に勤務がある割合を分けて表示しています。22時から5時の勤務については、「警備・保安の職業」「配送・輸送・機械運転の職業」でその割合が高いことが示されており、特定の職業に偏って深夜労働が存在していることがわかります。

これに対して、18時から22時の勤務については、先ほどの職業以外にも「管理的職業」「販売・営業の職業」といったさまざまな職業に広く分布していることがわかります。これは、その時間帯に働かなければならない仕事特性の問題というより、幅広い職業に存在する残業が含まれた数字であると解釈できます。

次に、どういう属性の就業者が18時以降の時間帯に働いているのかを議論します。これを男女別、家族形態別にみたものがシート2になります。男性は家族形態によらず、18時以降の勤務がある人の割合が3割を超えています。これに対して女性では、子どもがいない人で、18時以降の勤務がある割合が2割を超えていますが、「末子6歳未満(ふたり親)」の女性では、18時以降に働いている割合が低くなっています。これは、18時以降の就業と育児との両立が難しいことを示していると考えられます。

ひとり親世帯の女性では18時以降に就業している割合が高い

さらに注目したいのは、ひとり親世帯の働き方です。男性では、ひとり親世帯であるか否かによる働き方の違いはないように見えますが、女性においては、ひとり親世帯の女性はふたり親世帯の女性に比べて、18時以降に就業している割合が高くなっていることがわかります。ひとり親世帯の女性は生計を得るために18時以降も働かざるを得ない場合が多いのだろうと推測されます。そして、このような働き方は仕事と家庭生活との両立に困難を生じさせ得ると考えられます。

調査では、仕事と家庭の両立に困難を抱えている度合いを「ワーク・ファミリー・コンフリクト」という尺度で測定しました。そして、18歳未満の子を持つ就業者を対象に、「仕事役割による家庭生活への負の影響」「家庭役割による仕事への負の影響」という2つの観点から両立困難度を分析しました。

シート3では、「仕事役割による家庭生活への負の影響」の状況を示しています。これは、「職場での問題のため家でいらいらする」といった内容の4項目をもとに、0点~8点の合計スコアで評価をした指標で、ここでは、男女×18時以降の勤務有無の4つのカテゴリー別の平均スコアを棒グラフで表しています。これをみると、男性でも女性でも18時以降の勤務がある人のほうが、ない人に比べて「ワーク・ファミリー・コンフリクト」のスコアからみた両立困難度が高いことが示されています。

18時以降の勤務がある女性は両立困難を抱えやすい

次に、「家庭役割による仕事への負の影響」の状況をシート4で示しています。これは、「家庭内の問題によって仕事に専念できる時間が減る」などといった内容の4項目をもとに、シート3と同じように評価をしたものです。「仕事役割による家庭生活への負の影響」の結果とはやや異なり、18時以降の勤務がある女性は、それ以外の人(男性や、日中勤務の女性)に比べてスコアが著しく高いという結果が示されています。つまり、仕事の負荷が重いなか、家庭役割も負っていることで仕事にさまざまな問題が生じていることがわかります。これらの結果をまとめると、夕方以降の勤務は、ワーク・ライフ・バランスを実現するうえで問題となりやすく、特に女性が両立困難やストレスを抱えやすいことがわかります。

次に、通勤時間の問題を議論します。通勤時間はとても地域差が大きく、大都市圏ほど通勤時間が長いことはよく知られています。シート5はJILPTの調査をもとに、正社員の片道の通勤時間と平日の睡眠時間について、都道府県別の平均値を図に描いたものです。縦軸が平日の睡眠時間、横軸が片道の通勤時間の長さを示しており、千葉、埼玉、奈良、神奈川、東京、大阪、兵庫などの大都市圏が他の都道府県に比べて、平均の通勤時間が長くなっています。このような大都市圏は、平日の睡眠時間も短い傾向にあります。労働時間だけでなく、長い通勤時間は生活時間を制約することが示されています。

過重労働の実態

次に、どういう働き方が健康に悪影響を及ぼすのか、過労死等の事案をもとに考えます。近年でも過重労働による健康被害である、脳・心臓疾患や精神障害の労災認定件数が多いことがシート6から示されています。労災認定基準では、「労働時間」「時間外労働の長さ」は重要な評価基準となっています。これに加えて、脳・心臓疾患の労災認定基準では、「拘束時間の長い勤務」「休日のない連続勤務」「勤務間インターバルの短い勤務」「不規則な勤務」「交替制勤務」「深夜勤務」なども過重労働として評価されます。

深夜労働が日常的にあった過労死等の事案が少なくない

脳・心臓疾患の労災認定事案がどのような過重労働下にあったのか、JILPTが研究した結果がシート7になります。研究では、各事案について疾患の発症前の勤務スケジュールを確認し、そのなかで深夜労働がある日がどれぐらいを占めているのかの割合を算出しました。その結果、発症前において半分以上の日に深夜労働のあった事案が全体の約35%を占めていることがわかりました。

深夜労働が多くあった事案の割合は業種によって差があり、「情報通信業」「運輸業・郵便業」「宿泊業・飲食サービス業」を中心に深夜労働が頻繁にあるということがわかりました。また、報告資料では結果を示していませんが、勤務間インターバルの状況についても研究しました。休息時間を9時間、11時間確保できていない日が多い事案も少なくありませんでした。この状況も業種による差が大きいことがわかりました。

ここで、個々の事案について2つ紹介します。飲食店店長の発病前1カ月間の各日の拘束時間の状況を示したのがシート8になります。これをみると、始業時刻がやや遅めであるものの、深夜の時間帯に働くことが常態化していることがわかります。店長業務の中で、週末業務、昼夜連続勤務が続いたことで体調を崩したことが読み取れます。

深夜・不規則勤務によって健康障害が生じた例

次にトラック運転手の例を紹介します。深夜労働や不規則勤務であることがシート9からわかります。このような就業スケジュールでは生活リズムを保つのが非常に難しく、基本的な生活習慣、食事、睡眠、服薬が維持されなくなり、体調が悪化したという状況が想像できます。

過重労働の背景にあるものは

業務負荷に加えて、勤務時間の把握の難しさも

こうした過酷な働き方の背景には、過重な業務負荷があります。事案の分析からは、人手不足や繁忙期に伴う膨大な業務量、業態的に長い営業時間、顧客都合によるタイトなスケジュール、専門性や個別性が高い業務特性、店長・管理職といった業務責任者への負荷といったことがうかがえました。

加えて労働時間管理にも問題が見受けられます。1つ目は労働時間の把握方法です。自己申告制で把握が不十分である場合があります。残業の過少申告の慣行があるといった例もありました。2つ目は、管理職、店長や専門性の高い業務で、労働実態の把握が困難であること。3つ目は出勤管理しかしていないケースで、労働時間の管理がされておらず、出勤簿の押印のみで管理している事案がありました。さらに、タイムカードで労働時間を管理している場合であっても、打刻なしの残業がある場合や、申請をしない休日出勤、持ち帰り残業という形で過酷な長時間労働が行われた事案がありました。このように、業務負担、労働時間の管理に問題があることで、健康障害をもたらす過重労働が生じたことがわかります。

生活時間と健康の確保に向けて

残業削減が進んでいるが、業務量は減っていない

報告をまとめると、夕方以降の勤務や不規則な勤務は、生活リズムとの適合が難しい働き方と言えるかもしれません。そうした働き方は、ワーク・ライフ・バランスや家庭生活、健康に問題を生じさせます。加えて、長い通勤時間が生活時間を制約していることも課題です。

日本の現状を見るに、夕方以降の勤務の中には、残業が多く含まれているものと考えられます。ワーク・ライフ・バランス実現のためには、やはり残業削減が重要であり、そのための業務の見直しが求められます。

JILPTが行ったヒアリング調査では、働き方改革によって残業削減が進んでおり、企業の労働時間管理が厳格化されている様子が見えてきています。一方で、業務量が減っていないことが往々にしてあり、その場合は、管理職の業務負担が増加するケースや、持ち帰り残業で対応しているケースもありました。外形上の残業時間が減ったとしても、けっして会社全体として働きやすくなったわけではないのです。このような問題を解決するためにも、業務量や進め方の見直しが求められます。

さらに、情報通信機器の発達によって、いつでもどこでも仕事ができる状況になっていますが、つながらない権利という考え方もあるように、時間外の業務連絡、時間外のメールや電話等での連絡を控えるなど、働く人の生活時間や休息時間をどのように守るかという取り組みが、企業や社会全体のレベルで必要だと考えています。

プロフィール

高見 具広(たかみ・ともひろ)

労働政策研究・研修機構 主任研究員

2013年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。2013年JILPT入職。社会学専攻。現在の研究関心は、労働者の生活と健康、リモートワーク等の柔軟な働き方、過重労働問題など。最近の主な研究成果として、『JILPT個人パネル調査「仕事と生活、健康に関する調査」(第1回)』調査シリーズNo.234(労働政策研究・研修機構 2023年、共著)、『働き方改革、働き過ぎの、「今」─課題解消の手掛かりを求めて』第4期プロジェクト研究シリーズNo.7(労働政策研究・研修機構 2023年、共著)、「コロナ期の働き方の変化とウェルビーイングー労働時間減少とテレワークに着目して」樋口美雄/労働政策研究・研修機構[編]『検証・コロナ期日本の働き方―意識・行動変化と雇用政策の課題』(慶應義塾大学出版会 2023年、第12章、共著)がある。

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